美男美女の恋愛メロドラマ。美しいヒロインが不治の病で記憶を失っていく。「肉体の死より先に精神の死を迎える」と医師から宣告される。愛する人の顔も名前も、自分の名前も日常のあらゆることも。「すべて忘れてしまったら心もなくなる」。


肉体は美しいまま、すべての記憶を失って死を迎える。なんと残酷なことだろう。ヒロイン、キム・スジンは苦悩する。キム・スジンを愛するまわりの人々も苦しむ。その葛藤が涙をさそう。

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ヒロイン役のソン・イェジンは美人だ。日本人の俺が見て安心できる顔だ。ジェシカ・ビールのようにいくつも思いこみのフィルターをかけなくても自然にその美貌を堪能できる。日本や支那、朝鮮の昔ながらの美人女優を煮詰めたような顔をしている。整っているのだが個性に乏しく俺はどうも萌えない。(うてなさ~ん♪)


足の微妙なラインが実に生々しい。ふくらはぎのかたち、足の指、ふともものいい感じの丸さ。長すぎず、細すぎず。エロいです。


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この映画はソウルにいる韓国人女子大生のガールフレンドから教えてもらった。すごくいいから見て!と言う。その子と話を合わせたくて見に行った。韓国の女子大生の間でかなり話題にになったという。


ヒロインの父親は大きな建設会社の社長。キム・スジンは育ちのいいお嬢さんだ。おっちょこちょいなところがあるが、おとなしく優しく可愛い。俺にとっては「ぶりっこ」すぎてつまらない女に見えるが。男は建築家を目指すワイルドな男。マッチョです。その二人が出会い、いくつか問題を乗り越えて幸せな結婚をする。


女の子を口説く手口がいくつか盛り込まれていて参考になった。女子もキム・スジンの手口を学ぶといい。ラブコメ調の展開が続く。なかなかロマンチックです。「お姫様抱っこ」が決め手。

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ヒロインのわまりやビルの上でカメラをぐるぐる回すのはやめて欲しい。俺は三半規管が弱いので酔ってしまう。古くさいプロモ・ビデオみたいな手法だ。カメラが回らないときは、キム・スジンが回っているのに笑ったけど。。。もうひとつ。大事な出会いの場面でコーラを飲むのだがその演出がいただけない。「百年の恋もさめる」。ソフィア・コッポラだったらこんなことは絶対にしない。文化の違いを感じる。最後にも同じ状況が現れ、まさか、と思ってはらはらした。


余談だが、韓国では結婚しても姓が変わらない。また同姓の相手とは結婚しない。これには細かいことがいろいろある。普通、キム同士、パク同士は結婚しないのだが、同じキムでもどこそこのキムなら問題ない、というように、名字の本籍地のようなものがある。韓国人に訪ねるとこのシステムについて詳しく説明してくれる。


仲良しの女の子同士では、なぜかフルネームで呼び合う。キム・スジンだったら、親しい友達は「キム・スジン!」と呼ぶ。映画では、夫が大事な場面でも、奥さんをフルネームの「キム・スジン!」と呼ぶ。面白い。


前半のやや退屈なラブ・ロマンスも徐々に悲しい方向に変わっていく。「ぶりっこ」演技が笑えないものになってくる。何もかも忘れてしまうことの実際が示される。新しい記憶から失われていくということが、どれだけまわりを傷つけるか。しかしそれは本人のせいではない。


記憶を失ってしだいに純化していく様子が切ない。様々な駆け引きや思惑などありえない。目の前のことにしか反応できない。終わり近く、病棟で出会う場面に泣かされる。


外出を許可され、初めて夫となる男と出会った店に行く。すべてが浄化された映像で寓話のようだ。そこで発せられるキム・スジンの言葉。俺は耐えきれず泣き崩れた。そうだよ、その通りだよ、と言いたかった。


見事に俺はこの映画の意図するところに乗せられた。期待に違わない泣かせの技術は大したものだ。大衆の娯楽は、笑って泣かせるのが王道だ。笑いの強烈さは少ないが、涙を絞られることは請け合う。どっぷりと浸りきって見てくれ。


ソン・イェジンの美貌を愛で、思い切り泣かされたら満足だ。気が散らないので劇場で見た方がいい。おまえら、見てくれ!!!泣け!!!

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