いや~面白かった。

荒唐無稽なアニメだが、全世界からアカウントが一億以上も集まって「家族を助けてください!!」とメッセージを送るところが最高に感動した。

見ていない人にとっては意味不明だと思うがそれでよい。

花札は懐かしい。昔、家族でよくやった。猪鹿蝶(いのしかちょう)とか、花見とか、青短、赤短、月見に雨煎り五光などなど。

この作品の中で重要なゲームの展開に出てくる言葉だ。このアナクロな感じが心地よい。

信州の上田の旧家という設定もいい。夏休み。甲子園長野県大会の中継。松商学園、佐久長聖、上田高校。

青空、入道雲。

今年の夏は雨ばかりで、ちっとも夏らしい空が見られない。今年はこの映画の中で初めて夏らしい空を見た。

明日も台風だし、本物の夏空は当分見られそうもない。この映画を見たことが記憶に残りそうな夏になった。

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そんなもんだとは思っていたが。。。。

冒頭は快調で、期待が持てたが、見れば見るほどうんざりさせられる場面ばかり。

ホラー要素で言えば、音や場面でドッキリするシーンは皆無。わざとのようにタイミングがずれていて、苛々してくる。つまらねぇよ。

コメディとしても、竹中直人の怪演と、竹中の持ちネタをさせられる他の出演者(ものすごくいてぇ~、と言いながら落ち武者に切られて死んでいく人たちとか・・)という感じで、笑いようがない。

登場人物の女子高生たちが少し面白かった。波留という人の言葉がおかしくて何度か笑った。悪態をつくタイミングと声がいいのだ。自分の記憶のために書いておくが、後半いいところで出てきて「・・・歌、聞いてねえし」というのには笑った。もう一つ中盤の「サプライズ、うざっ」だったかな?よかった。波留を見るためにもう一度見てみたい。

成海璃子は太ってしまって、ドタドタと走る後ろ姿が、毎朝駅で見かける高校生のようだ。普通に話すときの仏頂面がいい。薄幸な姫君に扮した姿にはちょっと笑った。どう見ても悲劇のヒロインに見えない。あまりに天真爛漫なまん丸な顔をしているので・・・・。

映画として終わり方がすっきりしなくて納得がいかなかった。

例えば、首を切られた女将や番頭はもう一度出てくるべきだろう。マイコさんの美貌がもう一度見られないのは嫌な感じだ。温水さんなどのゾンビは何????などなど。

冒頭でカーテンから出てくる竹中直人は、ここから先は作り物ですからね、と言う宣言ではないのか?だとしたら、さんざん自分がもてあそんだ出演者たちの現状を復帰して出演者たちと観客を現実に戻してくれるのが当然だろう。どうせ悪ふざけ映画なのだから。ちゃんとケツを拭け!!

こういうところの首尾一貫した感じがクリント・イーストウッドの映画にはある。映画として清潔な感じがする。

竹中直人は面白いのだから、馬鹿な映画こそ丁寧に作って欲しい。

あ、もう一つ、重々しい音楽としてのヘンデルのサラバンドはもうやめて欲しい。センスなさ過ぎ。劒岳・点の記でもさんざん使われ、鬱陶しいことこの上ない。波留の台詞で言えば「ヘンデル、うざっ!」
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新潮文庫の原卓也訳「賭博者」だ。昨日は朝から死ぬほど暇だったので、一気に読了。

これは面白い。めんどくさい独り善がりの議論が延々と続き、前半の第8章までは退屈で仕方がないが、第九章の直前から、爆発的に面白くなって一気に読めた。

夏はものすごく暇なので、毎年ドストエフスキーを読むことに決めた。

昨年は、誤訳・不適切訳でおなじみの亀山モデル「カラマーゾフ」を読んだ。途中で、亀山訳のうさん臭さが鼻につき始め、読み進めなくなり、新潮文庫版・原卓也訳に乗り換えた。

「賭博者」は、ルーレットにのめり込む主人公と、周りの怪しい人物たちのもったいぶったやりとりが描かれている。周りの人物たちは、恐ろしいほどに低俗な貴族と貴族気取りの愚か者ばかり。

主人公も周りの人物たちも、ことごとく愚行に明け暮れる。愚行権の行使だ。誰にも止められない。

金が金を生む、という投機の世界の愚かさと熱狂をリアルに描いていて、これはまさに現代人の姿だ。

ドストエフスキー本人が描きたかったのは、外国にいるロシア人の一つの姿だそうだが、外国人に対する劣等感や、キリスト教を軽視する態度など、現代日本人の姿に見えてくる。

このあたりがドストエフスキーの預言者的なところだ。人間の本質を深く洞察するあまり、どの時代のどこの世界の人間にもあてはまる人間の姿を、きわめて特殊な状況の主人公を通して描いてしまう。そういうことだ。

今度は何を読もう。「白痴」か「虐げられた人々」か。楽しみだ。
賭博者 (新潮文庫)/ドストエフスキー

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