脱力系アイドル、岩佐真悠子。のだめにも出ていて俺のお気に入り。やる気なさそうな感じが良かったのだが、最近は普通にアイドルをしている。その岩佐真悠子が、おとといかな?テレビをちらっと見たら、ホルンを持っている。
理由はないが、俺はホルンを演奏する女子に特別な思い入れがある。ちょっと調べたら、「スウィングガールズ」にも岩佐真悠子は出演していた!ビッグバンドにホルンのパートはないので、ホルンで出たわけではないのだが。

そうかそうか。岩佐真悠子はホルンが吹けるのか。さんまの番組で、ブラスバンドみたいなのをやっていて、岩佐真悠子はホルンで加わっている。小倉優子がフルート(笑)。しつこいが俺は女のフルートが大嫌い(偏見)。ま、仕方がない。

岩佐真悠子がホルンができることで好感度があがるとはとうてい思えない。そこが面白い。ホルンなんてブラバンでもマイナーだし。演奏している姿が格好いい、と思うのは俺のようなマニアだけ。トランペット、サックス、フルート、ドラムなんかは格好いい楽器だろう。あとはギターがいい。エレキね。エレキベースもいいな。キーボードも格好いい。

ともかく、岩佐真悠子をひいきします。

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大きな麻薬取引がもつれ、殺し合いになったらしい現場。鹿狩りをしていた男が偶然その現場を見つける。現金がぎっしり詰まったケースまでそのままだ。男は用心深く、生き残りはいないか、追っ手が来ないかをたしかめながら現金を持ち去る。瀕死の生存者がいたが置き去りにする。自宅に戻ってもぬかりない。やがて追っ手がくることを想定し、一刻も早くこの場所を離れることを画策する。

夜中に、ふと置き去りにした男の命乞いが脳裏をよぎる。「水をくれ」その男はそう言った。鹿狩りをしていた男は水を持ち、もう一度あの場所にもどる。用心深いはずのこの男の行動様式こそ俺たちの日常だ。案の定、現金を持ち去られて怒り心頭の面倒な連中に遭遇する。
まったく愚かなことだ。瀕死の男だって見つけたとき助けたら生きていたかも知れない。しかし、いまさら生きているはずもない。鹿狩りをしていた男の、ふとよぎった善良な心が、命をかけた逃避行の引き金を引いた。
ギャングに遣わされた殺人マシーン、シガーがこの映画でもっとも印象に残る。牛を一撃で倒す火薬を使わない「銃」で、まったく無表情に出会う人間を片っ端から殺す。怖い・・・・・・・・か??
俺は、こいつに何とも言えないおかしさを感じた。こんな奴には出会いたくないが、虫みたいな奴じゃないか。髪型、風貌も変だし。妙に哲学めいたことを言っているが無神経で身勝手なだけだ。頭、悪いよ。痛覚も鈍いようだし。映画の終盤、車で交差点を通る場面があるのだが、俺は爆笑したぜ。くだらない。演出としても「アモーレス ペロス」みたいな感じ。しかもアモペロは、タランティーノの秀作「レザポワ ドッグズ」の下手な物まね。この作品の「不条理感」なんか、二番煎じ三番煎じなんだよ。

年寄り警官がいい味わいを出していた。あの顔の皺、眼鏡、ゆっくりなしゃべりかた。まごうことないテキサス人だ。このじいさんが、やれやれという感じに出てくるのがこの映画のタイトルの意味らしい。年寄りには住めない土地だぜ、というんだからな。せっかくのトミー・リー・ジョーンズも、日本ではCMのコメディタッチを連想し、味わいが半減だ。

殺人マシーンと、鹿狩りの男の追いかけっこが、はらはらどきどきで面白い。それぞれ、知力、体力の限りを尽くし、五分の勝負だ。カトゥーンみたいだぜ。トムとジェリー。一生、追いつ追われつのはずが、ふとした誘惑にのっていきなり終わりを迎える。これはいい。鹿狩りの男が、水を持って現場に戻った発端と同じくらい馬鹿げていていいなあ。感心した。

そのあとのエピローグっぽいところが意味ありげだけど大した意味を感じなかった。原作に忠実だそうで、必要な場面だと思いますが。

見終わって、徒労感を感じた。つまらなかったのだ。お金を払ってこんな気分で終わる映画は嫌だな。そんなにすごい映画かどうか、おれにはちっとも理解できなかった。出だしは面白かったんだけど。変な殺人マシーンが気にくわない。鹿狩りの男の間抜けさと用心深さの同居にリアリティを感じたのみ。見た、という話のたねにはなった。
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チャナ・マサラの付け合わせ、ピタ。別にナンでもいいけど。ポケット型になるピタが楽しい。

<全粒粉だけで作るピタ>
全粒粉 3カップ
塩小さじ1
ドライ イースト 5グラム
砂糖小さじ2
オリーブオイル 小さじ2
50度の水 1カップ

1)粉と材料をふるいにかけ、オリーブオイル、ぬるま湯を加え、こねる。
2)40度で40分ぐらい発酵させる。
3)ガスを抜いて、5分ぐらいねかす。
4)六つに切り分け、丸くうすく伸ばし、20分ほどおく。
5)250度のオーブンで8分ぐらい焼く。
6)まるく膨れあがり、やや焦げ色がついたらできあがり。

ポケット部分に生野菜、ホムス、チャナ・マサラなどを詰めて食べる。

<レンズ豆のスープ>
レンズ豆 1/2カップ
玉ねぎ 1/3 にんにく1かけ
オリーブオイル 塩 少々 クミンシード

1)玉ねぎ、にんにくはみじん切り。弱火でじっくり加熱。
2)上記に洗ったレンズ豆、水3カップを加える。
3)あく(油分も)をとり20分ぐらい煮込む。
4)塩で味を調え、とろみが出てきたらクミンシードを加えできあがり。

パプリカを振ってだすと見た目もきれい。

全部、菜食レシピになった。豆やごまはこくがあって、食べて満足感がある。生野菜もたっぷり食べられる。肉はいらない。無駄な脂質もとらなくてすむので、ランナーにはおすすめ。食事のあともすっきりして疲れない。

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ひよこ豆で遊ぶ。

テーマ:
インドのチャナ・ダール、ブラジルのガルバンゾ。ひとつひとつをよく見ると、ひよこのようになっている。こいつがうまい。一晩水に浸し、40分から1時間、軟らかくなるまであくをとりながらゆでる。そこから先はどんな料理でもお好きなように。
今日作ったのは、チャナ・マサラと、ホムス。

ホムスは「宇宙戦争」で、ダコタ・ファニングがケータリングで注文した例の食い物だ。レバノン料理で、豆のディップだ。ピタにはさんだり、野菜スティックにつけたり、パンに塗ってもうまい。今日はたまたま冷蔵庫にあった大きいがんもどきを湯通ししてから、トースターであぶって、ホムスを乗せて食ったら実にうまかった。ちょっと醤油もかけました。

<ホムス>
作り方は簡単。ゆでたひよこ豆2カップを熱いうちに、にんにく一かけ、オリーブ油大さじ2、レモンジュース大さじ2、ねりごま大さじ1、塩5グラム、胡椒少々を入れ、フード プロセッサにかけるだけ。素朴な豆の味わい。レモンの香り、酸味、ごまのこくがとけあう。美味です。ピタにトマトやキュウリ、レタスなどと一緒にはさんで食べたら本格。

今日俺の作ったチャナ・マサラは以下の通り。

<チャナ・マサラ>
1)タマネギ大3個をスライスして、サラダオイルで茶色になるまで炒める。
2)上記のタマネギに、にんにくを刻み入れ、さらに炒める。
3)ほどよくなったら、水を加え、あく(というより油)をとる。
4)トマトの水煮缶を上記に入れ、適当に煮詰めていく。
5)ゆでたひよこ豆を上記に入れ煮込む。
6)クミンシード、コリアンダーを大さじ1ずつ、ナツメグ、カルダモン、黒胡椒を少しづつ入れる。
7)ターメリック大さじ1、カイエンヌ小さじ1を加える。
8)塩で味を調えていく。
9)多めの溶かしバターに、クミンシード大さじ1を入れほどよく炒め香りをだす。
10)上記を鍋に入れ、なじませ仕上げる。
11)刻んだショウガ、コリアンダーの葉(パクチー)をちらしできあがり。

ピタにあう。ピタも自分で作る。これが楽しい。あまりにうまくて、ひよこ豆の店でも出そうかと思うほど。。

ひよこ豆については、ひよこ豆.com が素敵です。ぜひ行ってみてください。
ささいなことから怨みを買い、破滅させられるピアニストの話。
復讐するのが、ピアニストの「譜めくり」というところが面白いので見に行った。俺は時々ピアニストの「譜めくり」をする。自分の演奏の「譜めくり」をしてもらう。「譜めくり」に恨まれて破滅させられるなんて実に嫌だ。人前で恥をかかされるに違いない。

この映画で一番こたえるのは本番前の緊張の描き方だ。怨みをかう高名なピアニストが、本番前に動揺し、舞台の上で弦楽器のチューニングのAを出すのにぶるぶる震えている、なんていうのはリアルすぎて見ている俺も身体が硬くなる。

ピアニストがどんなひどいことをしたのか。映画を動かすポイントとなるこのエピソードが微妙だ。確かに彼女のとった行動は好もしくない。だが、そのことに傷ついた少女が、ピアノを弾くことすべてを放棄し復讐にのみ意欲を燃やす、というのが歪んでいる。「譜めくりの女」の異常性が強く、共感しにくい。試験に失敗したあとの衝動的な行動に少女の本性が描写されているのだが。
成長して魅力的になった少女は巧妙にピアニストに近づく。家庭に入り込み、ピアニストの子供を支配し、「譜めくり」をしてピアニスト自身の内面に入り込む。静かで美しい映像が息詰まるサスペンスを生む。
ピアニストとヴァイオリン、チェロのアンサンブルで、大手の音楽事務所のオーディションを受ける場面がある。楽屋の様子や演奏者の行動にリアリティがある。この映画の監督は優秀なヴィオラ奏者で、音楽大学でも指導している人物だそうだ。だから演奏家の細かい心理状態や日常の描写がうまい。もちろん映画だから、見て面白い場面がたくさんある。悪どいセクハラをどうかわすか、具体例が示される。すけべなチェロ奏者はご注意を。
どうやって「譜めくりの女」は復讐を果たすのか。後半の興味はそこにかかる。演奏家にとってもっとも痛いことは、演奏で大恥をかくことだ。人前仕事というのは大変だ。舞台の上では逃げようがない。演奏するのは自分自身であって、失敗は失敗。「譜めくり」のせいになんかできない。これは恐ろしい。想像するだけで眠れなくなる。俺も人前で演奏することがあって、失敗する悪夢にうなされることがある。はっと目覚めて、ああ、夢で良かった、と思う。胸がどきどきする。すごくリアルな夢だ。
演奏の面だけでなく、ピアニストは「譜めくりの女」に籠絡されていく。若い美貌の少女の誘惑に、戸惑いつつ落ちていく。そしてすっかり「譜めくりの女」に身も心も依存状態になる。
罠は整った。あとはじっくりピアニストの破滅を見るだけ。陰湿な心理サスペンス。適度にエロティックで見て損はない。

以下は蛇足。

俺は学生の頃、声楽家の演奏会でドイツ人のピアニストの譜めくりを頼まれた。終わったあと、うまい中華料理をご馳走になりながらそのピアニストは俺に言った。「この間頼んだ譜めくりは作曲科の学生だった。ヤツは本番中に楽譜を最後までじっと見るんだよ。だからとってもやりにくかった。今日はやりやすかったよ」。ジョークだ。

ピアニストのリサイタルに譜めくりはいらない。暗譜する。アンサンブルや伴奏するとき譜めくりがいる。自分の生徒に頼んだり、気心の知れた仲間に頼むのがいい。まさか先輩や師匠に頼むわけにいかない。めくるタイミングというのがある。まためくる方法もある。次のページの頭を見えるように折り返しておいて、前のページの最後の段の後半の小節にさしかかった頃、様子を見ながらサッとめくる。たいがいピアニストは大まかな流れを確認するために譜面を見ているだけだ。細部まで見なくては弾けないというのは練習の段階だ。なるべく少ない動きで、めくるとき以外は気配を消して座っている。そんな細かいところがこの映画でもよく描写されていて、音楽をやるひとは面白いんじゃないかな。
中井英夫の「虚無への供物」の読後感に似た感慨を持った。

静かな、しかし衝撃的な幕切れが永遠に続くことを願わずにはいられない。溶暗の中に滂沱の涙を止められなかった。

潔癖な少女時代に垣間見た情熱的な男女の交情に、嫉妬の念から嘘をついた少女の物語。その嘘は、愛し合う男女を過酷に引き裂き戻ることのない時の流れに翻弄させる。

文学少女のタイプライターの音から映画は始まる。この物語がこの少女の作品であることを暗示する。この少女が感じること、見ることで映画が進んでいく。少女の自宅である邸宅の噴水の前で不可解な行動をする男女。自分の姉と少女の初恋の男が、見るだに厭わしいことをしている!姉が男の前で全裸に等しい半裸の姿態をさらす。ひどい!不潔!!

突然、時間が逆戻りして、少女が理解できなかったいきさつが繰り返される。少女が感じたことは実は正しかったのだが、そこには姉とその男とのいきさつがあった。


ここまで見て、これはどのような意味を持つのだろう?と疑問が涌いてくる。サスペンスの手法として、芥川龍之介の「藪の中」つまり黒澤映画の「羅生門」システムなのかな?それぞれの主観ショットの積み重ねで物語が進むのかな?と思うからだ。

ところがそうでもない。大事なのは、この物語の作者らしい少女の主観ショットと、実際に起こったこととの齟齬だ。そして、その齟齬が、情熱的に愛し合った姉とその恋人の運命を決定づける。

第1部では少女の嘘により引き裂かれる男女の物語が語られる。

第2部は、悲惨な戦場をさまよう恋人と、帰りを待ち望む姉の姿、そして、ふたりの運命を狂わせた罪の意識から逃れられない「文学少女」の姿が描かれる。

ここまでは「ロング・エンゲージメント」のように、引き裂かれた男女が、再会できるとの信念を捨てず、ついに巡り会う、という「ええ話し」になっている。その分、嘘をついた「少女」には過酷な糾弾の物語になる。成人して看護士になった「少女」が、姉と恋人に会い謝罪をするのだが、その行為に対する姉と恋人の態度はまったく救いがない。容赦なく「少女」の犯した罪を追及する。見ている俺はこの先の長い人生「少女」はどのように生きていくのか。この先、生きていく意味を見いだせるのか、ということまで考える。

第3部。ほんの10分に満たない長さのこの部分で語られる物語こそこの映画の核心だ。あの嘘つきの「文学少女」がその後どのように生きてきたか、なぜ今日まで生きてこられたのかが明かされる。
衝撃を味わって欲しい。美しい男女の永遠の愛情も、償いに一生を捧げなくてはならない人生も、すべては「虚無への供物」だ。理由なくこの世に生を受け、意味なく死んでいく。一時の激情も、激しい愛情も、嘘も、嫉みも、戦争も。

せめて物語の世界では美しくあれかし。文学はこのためだけに必要だ。文学があるから人間は生きていける。文学のために少女は生きてきた。それがこの「文学少女」の贖罪だった。

この映画、見てください。あとから来ます。