この曲はファンキーだぜ!

1楽章の軽薄な第一主題を聞き始めて改めて思う。Beethovenの四番の交響曲のフィナーレを思わせる弦楽器のフレーズだ。すぐさま管楽器のふざけた合いの手が入り、おもちゃの兵隊がふんぞり返って威張っているような「空騒ぎ」のファンファーレが鳴り渡る・・・。

「第九」という番号は交響曲作曲家にとって重い番号だ。Beethoven大先生が9番まで書いて死んでしまったからだ。しかもその9番がとんでもないぶち切れた作品だったから後世の職業作曲家はいろいろめんどくさいことになる。

マーラーのような誇大妄想と被害妄想、大胆と小心が混在した人物にとって、交響曲を9曲書いたら死ぬんじゃないか、という幻想はまったくリアルなものだった。9番を書きたくないばっかりにさまざまな交響曲みたいな管弦楽作品(「大地の歌」ですよ・・)を書いたりして、先延ばしにしていた。そして9番を書き終えたら、本当に死んでしまった。10番は未完です。怖いでしょ?

NHK-FMで海外の演奏会のライヴ録音を放送する。今週は、<「ショパンと彼のヨーロッパ」国際音楽祭2006>の録音を一週間放送する。その第一夜。ショスタコーヴィッチの第九を聞いた。

生意気な中学生の頃、俺はこの曲をよく聴いていた。天才ショスタコーヴィッチが満を持して「第九」を書いた。その曲がこの短く軽い冗談のような曲!そんなことができるんだ、という痛快さが魅力だった。社会主義国ソビエト連邦に生まれた天才芸術家ショスタコーヴィッチの精一杯の自己表現だ。

2楽章が素晴らしい。短いが充実したアンサンブル。古典的な大傑作、5番の交響曲の2楽章にも似ている。3楽章のめまぐるしいパッセージも凄いもんだ。溢れるユニークな旋律、リズムが絡み合う。脳が活性化されるような爽快感がある。

生演奏の録音はいいな。名演だとか名盤だとか、うるさい「CD評論」は嫌い。クラシックにはそういう蘊蓄語りが多くてうんざりする。下手な演奏でも生演奏を聞けたらいろいろなことがわかる。演奏会の録音も、演奏者と聴衆の感じがわかっていいな。

明日は同じ音楽祭のピアノ・リサイタル。木曜日はブリュッヘンのモーツァルトとショパンが聴ける。楽しみだ。

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きのう某所で行われたレースで、生まれて初めて5キロを完走した!完走が目標だった。嬉しかった。小さな達成感も味わった。

この2年ほど、少しずつランニングを続けてきた。毎朝、2キロぐらい走ることからはじめて、だんだん慣れてきた昨年の6月ぐらいから意識して走った。10月からは、週5日間、3キロから5キロを目標に走った。

俺は子供の頃から、水泳が好きだったり、現在は自転車に乗って通勤したりしたりはしているが、走ることは嫌いだった。だって疲れるから。。

それが、なんとか5キロ完走できたから感激だ。レースでは普段よりずっといいタイムが出る。普段走っているところより広々としたコースで、変化もあるので、楽しく走った。だが、ふだんより力を出し切るので、やや疲れが残る。今日も朝、2キロ走ってみたが身体が重い。夕方さらに2キロ走ったらすっかり疲れてしまった。今週は休むことにしよう。

今度は10キロを目標に走ってみる。2月のはじめに大会がある。10キロ完走が当面の目標だ。


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