日本の芸能界で多くの在日朝鮮人が活躍している。テレビだけぼんやり見ている人々は知らなくても、すこし世間のことがわかってくるとその事実を知るようになる。

この作品でも描写されるように、芸能事務所の方針で在日であることをを徹底して隠す俳優、歌手が多い。ラサール石井が演じる豚のような「大物プロデューサ」が言うとおり「面倒なこと」は嫌なのだ。在日であるが故に味わうむごい差別を映画は執拗に描く。

前作の「パッチギ!」は、痛快なアクションと、笑い、涙の娯楽作だった。在日朝鮮人の美少女と、寺の息子の「ロミオとジュリエット」を軸に、音楽もよく、爽やかな青春映画だった。今回の作品は娯楽作ではない。前回作の大成功をうけて井筒監督がやりたかった、日本の「アメリカン・ニューシネマ」だ。



映画業界に関してまったく無知の俺だが、ビジネスとして考えたら、今回のような「社会問題」に対してネガティヴなメッセージを含んだ映画を一発目から作れるはずがないと感じる。だれもお金を出さない。だから、第一作目の興行的な大成功は重要なことだ。

多くの在日朝鮮人が芸能界やスポーツの分野で活躍していることを映画という大きなメディアに乗せたことが大きい。戦争のむごたらしい描写もいままでの日本映画にはなかった。ボロボロになりながらぶざまに逃げて逃げて逃げまくり生き延びてきた一人一人の人間でこの世界は成り立っていることに感銘を覚えた。

傲慢石原慎太郎のちゃちな特攻隊カス映画を大がかりに茶化しているのが痛快だ。

キョンジャ役の中村ゆりが良かった。子役もうまくて泣かされた。あの「今、会いに行きます」に出てきたむかつくガキとは大違い。

もっといろいろ書きたいが、とりあえず。。。






AD

パッチギ!LOVE & PEACE

テーマ:
見てきた。感激しました。おすすめ。ぜひ見てください。けなげな、でも力強いキョンジャに惚れます。



詳しい記事はまた改めて。

書きたいことがたまっていますが、徐々に。。。

姫野カオルコさんの本が面白い、とかいろいろ。
AD
アニー・ホール の拡大版といった趣の作品だ。アニー・ホール同様、俺は深く共感した。内容はウディ・アレンが愛してやまないニュー・ヨークを舞台に、男女がくっついては離れ、離れてはくっつく話。

この作品の感想を書いたいろんなブログを見ても、冒頭のマンハッタンの風景とガーシュウィンの音楽が素晴らしい!そのあとはなくてもいい、というような凡庸な感想しか書かれていない。誰の受け売りなんだ?

がっかりだよ。(もはや、「エンタの神様」でしかうけない桜塚やっくんの台詞より)

大人のほろ苦い恋愛が詰まっているんだよ。それもすぐ疲れちゃう日本の「しょぼくれサラリーマン」の目から見たら理解不能な恋愛感情がリアルに描かれている。タフな人間はどこにでもいるんだよ。俺はどちらかというと、この映画の主人公のような人間だ。ウディ・アレンのなんでもぶっちゃけにしていく人生観に共感する。しゃべってしゃべってしゃべりたおす。全編に満ちている会話こそこの映画のキモだ。

ウディ・アレン演じる主人公は、二回離婚して、子供の養育費を払い、時々自分の子供に会っては遊んでやる。いまは17歳の恋人(マニエル・ヘミングウェイ)がいる。友人(マイケル・マーフィー)の不倫関係に巻き込まれ、その友人の不倫相手(ダイアン・キートン)と恋に落ちてしまう。率直で意外にも筋を通そうとする主人公は、友人の不倫相手とつき合うとき、17歳の恋人にそのことを打ち明け、別れ話を持ちかける。未練があるのは若い恋人のほう。だが、友人の不倫相手はやはり友人が忘れられず結局は去っていく。離婚した元の妻(メリル・ストリープ)は同性愛のパートナーと暮らしていて、そこそこ有名人である主人公との結婚生活と離婚の一切合切を暴露本に書く。失意の中で思い起こすのは17歳の恋人。

大人だって恋愛するし、恋人だっているもんだぜ、はな垂れ小僧ども!おまえらガキにはわからないだろうがな。映像が美しい、ニューヨークとガーシュウィンの音楽が主人公、とか、ほのぼのした感想文でも書いてな。

この映画の痛くて苦い後味が好き。アニー・ホールもまた見たくなった。
AD
「本の話」の三宮麻由子さんのエッセイに気付いたのはつい最近だ。こんなに面白い読み物を見逃していたとは!

俺は風呂につかりながら出版社のPR誌を読むことを無上の喜びとしている。浴室の入り口に「波」「岩波」「ちくま」「本の話」「一冊の本」のバックナンバーがたくさん積み重ねてある。その中の一本の連載にやっと気がついたのだ。

三宮さんは全盲だ。四歳で視力を失うが、上智大学フランス文学科を卒業し、博士前期課程も修了した。外資系通信社に勤めながらエッセイを書いている。本も何冊か上梓されている。

例えば、山口県の秋芳洞を訪れたとき三宮さんはこんな感想をもらす。

「私の経験では、ドームというのは、数ある建物のなかでも音の直接の反響から情報が得にくいことでは一、二を争う(後略)」

俺は音楽を演奏したり聞いたりする機会が多いので、音響には注意を払うほうだ。だが、このドームについての考察は、初めて教えられた。ドームの音響は目で見た形状と響く音とがつながって感じられるので特別の感想を持っていなかった。

視覚情報なしで音の反響で空間を認識する視覚障碍者の感じ方なのだ。とても面白い。いま、バック・ナンバーを浴室の棚から全部持ってきて片っ端から読んでいる。三宮さんは落語の本も出している。ぜひ読んでみたい。

友人に全盲の女の子がいた。結婚して遠くに行ってしまい今は交流がない。歌が好きで、声楽家に習っていた。負けず嫌いで、俺が「音程が悪い」とか「歌うとき顔を歪めるのは見苦しい」とか容赦なく言ってもなかなかへこたれなかった。何度も泣かしたけどね。

点字の楽譜っていうものがある。音符情報まで入れると大部になってしまうのだが、歌曲など歌詞だけだと数枚に収まる。それが格好いい。だって、ぶざまに楽譜を見たりしなくてもいいんだよ。テーブルの上に点字譜を置いて手でなぞりながら顔をまっすぐ前に向けて歌うことができる。うらやましかった。

友人は結婚したけど、とにかく苦労してたなあ。懐かしい。故あってその子と札幌に行ったとき、藻岩山の展望台で、その子の腕をつかみ、こんなにすごいんだよと、両手の幅一杯、夜空に腕を振り回し、宝石箱をぶちまけたような、もの凄い夜景をなんとか見せてやろうと、はしゃいだりしたんだ。今思い出すと俺も若くて、胸がきゅんとするような思い出だ。玉木宏と上野樹里でできそうな場面だ。俺と竹内結子さんで再現してもいい。

三宮さんの書くものは見逃せない。

しまおまほ LOVE!

しまおまほのTシャツ を買ってきた。吉祥寺の画廊でオリジナルTシャツと原画の展示会があった。

TBSラジオを聞いていると、しまおまほが時々出てくる。「女子高生ゴリ子」で有名な漫画家 だそうだ。というのも、俺は作品は知らないが、声としゃべりをTBSラジオ でよく知っているのだ。

最近では、「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」 という番組にレギュラーで出てくる。その、しまおまほが面白い。俺は早朝5時ぐらいの番組から、平日の午前、午後、深夜枠、午前四時台まで、かなりTBSラジオを聞いているが、しまおまほもほとんどTBSラジオと生活しているらしい。

俺は深夜枠は起きていて聞くことができないので、パソコンとラジオをつないでmp3で録音して聞く。毎日、深夜一時から午前四時までのJUNK枠はすべて録音する。しまおまほは、仕事をしながら全部聞いているようだ。

平日の午前、生島ヒロシ、森本毅郎、大沢悠里、午後の小西克哉、荒川強啓、宮川賢の「バツラジ」、古田新太の「ふるちん」、小池栄子の「オンテナ」、四時台の「あなたへモーニングコール」(略してあなモニ)・・・。俺も全部聞いたことがある。こまかいスポットCMや、構成作家の名前(バツラジやストリームのサトケンとか・・)こまかいネタがぎっしり!!

俺、しまおまほとTBSラジオの話題だけで半年はしゃべっていられる。

そんなわけで、しまおまほを贔屓する。ギターを弾く金髪少女をモチーフにしたきれいなグリーンのTシャツを買った。職場で着るのが楽しみ。

いつのまにか、イヤー・オブ・ザ・コーチ がなくなっていた!!イヤー・オブ・ザ・コーチ評論家 としてはうかつだった。・・・・なんてどうでもいいことだから忘れていたぜ。この学校もどうせ野球特待生制度があるんだろ?


高野連は実に卑劣だ。野球特待生制度なんてみんな知っていることなのに、いままで見て見ぬふりをしてきたんだ。甲子園大会を主催する朝日新聞社や毎日新聞だって同罪だ。実にくだらない。


ガキの野球を持ち上げすぎなんだよ。俺は甲子園大会にまつわるさまざまなことが大嫌いで高校野球に興味がない。イヤー・オブ・コーチにだけ関心がある(嘲笑)。


リンク: nu press e-NEWS: 高野連が日大三高野球部小倉監督を表彰 .

日本高野連の「育成功労賞」に日大三高の小倉全由監督が選ばれた。同賞は、20年以上高校野球の指導に携わり、野球の発展と選手の育成に功績のあっ た人を表彰するもの。昨年まで「イヤー・オブ・ザ・コーチ」の名称だった。高野連は6月13日、49人の受賞者を発表した。6月17日には、東京都大会の 抽選会に先立って表彰式が行われ、盾と賞状が贈られた。
 小倉監督は1981年から関東一高(東京)で監督として指導に当たり、春夏ともに2回甲子園に出場。87年春の選抜では準優勝に導いた。97年に日大三高の監督に就任。春3回、夏5回、甲子園に出場、2001年は夏の大会で優勝した。
 小倉監督の話 これからも「練習はウソをつかない」をモットーに、甲子園を目指したい。


「赤目四十八瀧心中未遂」 の車谷長吉だ。死にまつわる短編が6つまとめられている。

それぞれに凄絶な死が語られている。俺は特に「三笠山」という一遍に共感した。一家心中の話しだ。事業を興し「あぶく景気」にのって事業を拡大したとたんあぶくがはじけ窮地に追い込まれる一家の話。

いまなお減りもしない年間3万人以上の自殺者一人一人にも青春時代があり、志があり、喜びがあり悲しみがあったに違いない。

事業に失敗し、または病気に苦しみ、借金苦のあまり。。中高年男の自殺の原因はさほど多様ではないと思う。

それぞれがもつ教養や趣味もさまざまなはずだ。それら一切をみずから断ち切るむごさ。目を背けようとしてしても忌まわしい死は身の回りに厳然と存在する。

忌中/車谷 長吉
¥540
Amazon.co.jp
「リバブル」という汚らしい言葉を今日初めて見た。今現在の日本の経済状況は「バブル時代」の再現「リ・バブル」なのだそうだ。富裕層が新しい消費行動に出て、高価でも目新しいブランドに群がっている。なんたらいうドーナツ屋が、乃木坂の防衛庁跡地ビルディングに出ているとかなんとか。

バブル=あぶく景気の沸騰した街を覚えている。あの頃は全員参加の祭りだった。いまの、あぶく景気再来は、はっきり参加者が区別されている。あぶくで踊っている者と、3万人以上の自殺者、年収100万円程度のフリーター層、ネットカフェ難民、マック難民がいる。

俺は、どうしようもなく不器用に落ちていく人々を見ずにいられない。そのような人々がこの世にいないかのように振る舞う奴らが不快でたまらない。あぶくにまみれている鈍感な人々が厭わしい。

車谷長吉の作品を読むことでその不快感が慰撫される。落ちていく人間の切なさを追体験し、わがことのように悲しみを身に帯びる。読まずにいられない。