イギリスの classic fm を真似して日本でもクラシック専門の放送「OTTAVA」 が始まった。

webのストリーム を聞く。podcasts もあって30分番組がたくさんダウンロードできる。

これはいい。

職場でまわりの雑音をシャットアウトして仕事に集中したいとき、koss の PortaProという外出用ヘッドフォン(20年ほど愛用)でこれを聞いている。

選曲は「聞き流せる美しい曲」を中心に、クラシックのさまざまなジャンルを切れ目なくつないでいく。間違ってもBeethovenのうるさくしつこい曲は入ってこない。「田園」の一楽章ぐらいかな?あと、ヴァイオリン・コンチェルトとか情緒の安定する音楽が選ばれている。

さっき、土曜日の朝のOTTAVAで、「コシ・ファン・トゥッテ」のとろけるような四重唱が流れてうっとりとした。モーツァルトは「爽やか」とかなんとかいろいろ言われる。だが、俺の胸に一番響くのはこのような「恋愛感情」をそのまま表したような音楽だ。

恋する気持ちそのものを音楽にする天才!モーツァルト。恋愛の陶酔を弦楽器のざわめきに乗せて登場人物の四人が歌い上げる。聞いている俺の胸が高鳴り、じわっと汗が出てくるほど高揚感がある。

すごいな。

フィガロに出てくるの有名なケルビーノのアリアも同じだ。若い少年が年上のスザンナに寄せる恋心。少年なのでソプラノが歌う。歌手は少年の扮装をして、舞台の上は倒錯したエロティシズムで満たされる。

ほんと、素晴らしい。

恋心には理屈がない。好きなものは好き。そのあたりのざわざわっとした中学生の時のような気持ちが音楽になっているのだ。

すごいな、モーツァルト。エロいな、モーツァルト。
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落語家としての芸もないのに大看板を襲名した。そのことだけで十分犯罪行為なのに、襲名の祝儀を意図的に隠して脱税していたなんて。

芸もせこいがやることがせこい。しかも看過できないのは奴の言い訳。

「芸人は大まかでいいという古いしきたりがあり、私自身いくらもらったか把握していなかった。」

芸人全体に対する冒涜だ。いつからお前が芸人を代表するようになったのだ?「大まかでいい」なんて語呂の悪い寝ぼけたしきたりなんてあるものか。

ふざけるのもいい加減にしろ。

こいつの母親が、お笑い・教育再生会議のメンバーだぜ。笑止だ。

こぶ平は妾の子だそうだ。立川談志があちこちで公言している。そのような出生があの陽気なようで心底暗い陰気な芸を育んできたのだ。

立川流の落語家がよく言うくすぐりに「そんなことしてると、正蔵さんが『芝浜』語っちゃうよ」と言うのがある。これにたいする受け答えは、「ううう、縁起でもない。。」「滅相もない」「くわばらくわばら」だ。

こぶ平!!!おまえなんか一生ひろみにいじられてろ!!!

落語をやるな!!!下手くそなお前の落語なんか聞きたくないんだよ。芸能界の面汚し!!!!
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ごく普通の女の子が成長していく様子が丁寧に描かれる。美しく可愛くてなにより可笑しい映画だ。

アメリのどこがごく普通の女子だって??



だって、厳格な医師である父親とはほとんどからだの接触がなく、幼い頃父親から心臓が悪いと誤診されたため、学校には行かず、自宅のホーム・スクールで学び、友達は一人もいなくて、口うるさい母親が考えられない事故でアメリの目の前で死んでしまい、現実逃避が日常になってあれこれ夢想しがちな、ごく普通の内向的な女の子。

ほら、これを読んでいる女子はすぐに自分自身のことだとわかるでしょう!!

わかるよねえ!俺が女子だったら、この映画はまさに自分自身のことだ、と思ったぜ。

アメリに固有の条件、例えば父が医師だとか、母親が事故で死んでしまうとか、そんなことを丹念に除いていくと、ほら、内向的なごく普通の少女であるアメリが現れてくる。

そこがこの映画のキモだ。

見かけのエピソードがめまぐるしく大笑いのうちに進むので、つい、不思議ちゃんアメリ、と思いがちだが、アメリの逡巡はどんな男でも女でも持っている葛藤なのだ。そこがしっかりできているから、どんな荒唐無稽なエピソードが繰り広げられても容認できるという仕掛けだ。

舞台はモンマルトル。街の色彩が素晴らしい。アメリの服の色、店の内装、部屋の調度など日本では見ることのできない色の組み合わせが目を楽しませる。

たくさん詰まったエピソードもとても面白い。何度も大笑いする。楽しい映画です。

アメリの、オドレイ・トトゥウは、同じ監督作品の「ロング・エンゲージメント」で見ました。チャーミングな目の表情に惹きつけられます。エスプリを感じさせる、知性ある女優さんだと思います。
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大嫌いな言い草、「脳トレ」。

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な~にが「脳トレ」だ。


ずいぶん前からこの言葉を目にする。不愉快だ。


「脳を鍛える」という言い草が嫌だ。人間を見くびっている。脳が筋肉のように鍛えられるようなイメージが不快だ。

その昔「脳味噌が筋肉」と言えば馬鹿な体育教師にむけた侮蔑の言葉だった。知性のある素晴らしい体育教師もたくさんいるので念のため。


たかがゲーム機を売りたいだけだろ。「ゲーム脳の恐怖」とか言って売れ行きが落ちるのを、脳を鍛える、とか言って、知性の低い母親層に売りつけるために考え出した言葉だろう。


嫌な世の中だ。


こんなゲーム機をいくらやっても、ゲーム機がうまくなるだけだ。そのくらいの判断もできない愚民どもが「脳トレ」とか「脳年齢」なんて言う言葉に踊らされている。


笑止だ。おまえらのような愚鈍な奴らは納豆でも食ってろ。


下手くそなウクレレでも弾いている方がよっぽどからだも頭も使う。指先を使ってウクレレの弾き語りでもすればいい。ゲーム機の百万倍は知能を使うぞ。


愚民の愚劣な嗜好が耐え難い。

俺は酒を飲まない。その大きな理由の一つに、宴会が大嫌い、というのがある。

ことにこの季節、傍若無人に野外で酒を飲む愚民ども!!!おまえらが大嫌いだ。馬鹿ども!!詩ね!!

桜が咲いているのを眺めるのは別に嫌いではない。車で走っていて見えてくる桜を眺めるのはいいものだ。

寒かったり風が吹いたり雨が降ったりしているのに、取り憑かれたように宴会をしている愚民を見るのが嫌だ。参加者は何も感じないのだろうか?まともな感覚が麻痺している。

場所取りの愚劣。会社の名前をさらして何週間も前から場所をとっている愚民どもがいるそうだ。

そうまでして何が楽しい?最悪だ。

公共の場所での飲酒は法律で禁止しろ!!おまえらの馬鹿面を世間にさらすのは犯罪だ。

いい加減にして欲しい。