妄想で子作り

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何を隠そう我が家には一男一女の子供がいる

良く他人様にはうまくやったねぇーとお褒めを頂くが・・・



本当にうまくやったのサ!!



結婚して5年たったころ、そろそろ子供が出来てくれないと

子育てが大変になるねェー、などとある意味のんきな妄想夫婦

目標はせめて60定年時に子供が二十歳をすぎてて欲しいね
この一点だった



んでネ、排卵日近くになるといやがる妻を口説き落とし

せっせコせっせコ、励みましたワ^^;

どうにか出来ました第一子、息子です



まぁー、釣り師の妄想おやじとしては我が輩の跡継ぎとなる
息子が欲しくて必死に妄想しました


人間の体というのは不思議な物で心に思う事、
想像や妄想がある種のエネルギーとなって
夢、かなったりするんです


良い例が  癌にて余命3ヶ月、半年といわれた方が
医師の薦めと、ご本人の強い意志で薬を使わず
進行が止まった例がいくつもあるそうです

こういった方に多いのが、まず妄想力

・常に俺は癌に負けずに生きてやる
・ひたすら前進を妄想する、考える
・元気に生きる自分を妄想する
・喜怒哀楽を激しくする→とっても重要


良い妄想をし思いっきりし、笑ったり、泣いたり、怒ったりすると
体内にある種の物質が分泌され癌を抑制するのだそうです


(分泌される物質名忘れちゃいました、すんません)



いずれも、心からわき出る力と感情から発せられる
パワーなのだそうです


さてさて
そう、これをご懐妊に利用するのです


まず、生まれてきた子供をかわいがる自分を妄想し
息子にフライロッドの振り方を伝授する自分を妄想
そんな父子を見守る妻を妄想
子供のいる生活を現実のごとく強く妄想し続ける

そう、常に子供がいる生活を妄想したのです


+我が輩は産み分けならぬ、作り分けをプラスしました

まず、男子を作るXY染色体
このオタマジャクシ泳ぎは早いが寿命が短く、酸性に弱い
(一応、医学的にだったはず)

ズバリ射精日は排卵日とドンピシャの日
次に、妻が勘弁してというくらい

「あっあん、いっやぁぅん」
「もっと」「もっと激しく」

「うぅり、おりゃおりゃ、これでもっかぁぁぁぁぁ」
「これでもよぉん~」

というくらい感じさせ、分泌液・・俗に言う愛液で膣内を満たす
そして、これでもかって言うくらい奥の奥の院で
射精するのだぁぁぁぁ

では、何故か

その1
うんと、あぁんと感じれば感じるほど
あふれ出る密はアルカリ性が強くなる


その2
女性器内に分泌される体液のアルカリ性が強くなると
女子を作る染色体はこれが苦手で弱くなっちゃいます
つまり男の子オタマジャクシには天国となります


その3
奥の奥で発射する事により泳ぎの早い
男の子オタマジャクシが先にゴールする確率が高くなる


その4
生命力の弱い男の子オタマジャクシ達も
奥の奥で射精されるため生存率が高くなる


を、妄想パワーに組み合わせたのです


ふっふふ、結果我が息子は5月5日生まれの男児となって
この世に出でてきましたワん


さて、次に女児を望む方

今度は先ほどまでの全て逆でっせぇ~

XX染色体を持つレディーなオタマジャクシ
彼女たちはまず、XY染色体よりも生命力が強いのです


従って受精予定日は、排卵日の2,3日前がよろしいそうな
次に奥さんをかぁるく愛撫する程度にとどめ
どっぷりとした愛液の分泌和させない

え、ちょっとぉ」「もう終わったの」
「コケコッ、まで言って無いわよー」

「仕方ないだろ、作り分け実践してんだから」
と、苦もない事をいいわけがましく言ィの


て、いうくらい早くに旦那様は
頭を挿入した程度の浅い位置でさっさと射精する

ちなみにこれには、すんごい助平な妄想を繰り返し
すぐ射精できるようにする、大変ですけどネ本当

えーちなみに早漏気味で、短小気味?の我が輩楽々こなせました
(医学的には、勃起時5cm未満を短小といいます、我が輩の名誉のため)

その1
何故2,3日前か、レディーは泳ぎが苦手で排卵日当日はゴールできない

その2
生命力が強く、2,3日の間にXYのオタマジャクシは死んでしまう

その3
Yくん実話酸性が苦手、射精位置が膣口に近いほど酸性
(ま、尿道が近いってのが)
急激に弱るそうな


その4
いっぱい感じてしまうとレディーの苦手なアルカリ性が強くなる



えー以上が我が輩が知り得た作り分けでございます

ま、確実ではないですがかなり確率が上がるらしい


この作り分けに妄想を思いっきり+してください
これがホンと、ひっじょぉーに大切でございます

これが、目に見えない内から湧き出でるパワーなのだから



我が輩、これを息子出産後地道に実践し3年

めでたく娘が生まれました


思えば苦しい?実践の日々(妻いわく、ほんまかいなぁ-_-;)


えーちなみに射精後は奥様はあまり動かず安静にし

腰の下に枕など入れ、腰を高くし

極力、愛の液体漏れを少なくするのがよろしいようです


これも、我が家では実践


さぁ皆様もご一緒にレッツトライっても、我が家は強制打ち止め



えー決して無責任ではないのですがあくまでも確率上ですから
わたくし医師ではございませんので、万一謝った記述があった
場合は非常に申し訳ないので、事前にご自分で調べた上で
実践下さい)


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たまに訪れる幸福

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我が輩の妻はどちらかというと性欲のない方である

常にこちらからモーションを起こさないと挿せて頂けないのである

これは、我が輩にとって非常にやっかいなのである


やろォーヨ、今日はしよっか?
愛情の確認作業をしようか?

猫なで声を出す

と、まあ様々な言葉を投げかけ、時に怒ったり
雰囲気作りも大切とあれこれやりーの
なだめたり、疲れるほどの困難をクリアして

やっと事に及ぶのだが・・・

妻はノリが悪いのだ、けして不感症ではないのだが

SEXはあんたがしたいって言うから挿せてあげてるのよ的に

あんまり感じてはいただけない(:_:)

あれこれ小細工も嫌い、さっさっと挿入して

出したらハイ終わり

なのだが・・・・・


どういう訳か年に数度女としての実力を発揮する事がある


そんな時の彼女はどんな絶世の美女よりも色っぽい顔で濡れまくる

とろォンとした彼女の目が見つめる

滅多にさせてくれないディープなキスを繰り返す

こんな時の彼女は小細工しなくても

敏感なところはどろどろに溶け出している


下着をおろそうとすると、そっと腰を浮かす彼女

何も身につけていない彼女の肌は白く

黒い茂みの一点に指が伸びる

かき分け、敏感な一点をつまんだり、ころがしたりする

「あ、ああっン~」
「もっと」
「ネぇ、吸って、もっと」


だけど吸ってやらないのだ

内ももの、敏感な部分からほど近いところを

わざとに舐め回し、じらす我が輩


「いゃぁん」「早くぅ~」


さんざん焦らしてやっと、答えてやる


口に含み、舌で転がし吸ってやると


きれいな弧を描くようにのけぞる彼女

のけぞりが入るとすかさず挿入をせがまれるが入れない

「だぁメっ」

そう言いつつ自信の下半身を彼女の上半身に向ける


と、妻は一気に我が輩のトランクスをはぎ取り

はち切れんばかりの物を口に含み

激しく口撃してくるのである



負けるかぁと言わんばかりに再び彼女のクリを思いっきり刺激する

そして、彼女の口から再び「入れて」という言葉が
発せられるのを待つ我が輩


「入れて、ネ、おねがい」

「うん、じゃ入れるヨ」
(モゾモソ、くるくるをビョーンとのばし被せる・・訳あってスキン)
片手で装着、片手と舌は陰部を刺激



ねっとりとした陰部にあてがう

そっと頭だけを挿入する

そして、動かない。じっとしてやるんだ



堪えきれずに、彼女は我が輩の腰をグッと引き寄せ
深い挿入を求めてくる
こうなったとき初めて動いてやるのだ


前後、左右、前後、左右時には回転


「あっ、あっ、あン」
「もっと、あん」



あーおかしくなりそう」→逝きそうになると口からこぼれる



「まぁだだめだよ」



「いゃん、もー、もぉ、ネ、ネェ」


かわいくて、色っぽいこの妻の声がたまらなく好きだ


「じゃ一緒に行くか」

ピストン運動が激しくなる
と、同時に彼女の声もますます大きくなる

時に、あふれ出る愛液がシーツを濡らす



「あん、あ、あ、あ、あ、あ」
「あっあん、あ、あ、あー」


「いくよ」


スリー、ツー、ワン どっかんーん


「あー気持ちよかった、こういうの久しぶりだね」
「うん、自分でもどうしてだか・・・」
赤く染まった顔が照れる

そして照れながら
「ねぇ、もう一回」
「うん、じゃ元気にして」
「うん」
パック・・・・


いつもの、年に数度のパターンだ





が、今年はまだこんな幸福が訪れていない

アルファリポ酸

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ダイエット、この言葉をメディアや雑誌上で目にしない日はない

我が輩のPCに送信される様々なメールにもひっきりなしに
その文字を目にする

昔は自分には無関係だと思っていた、昔は・・・・


我が家にはラテラ○サイトレー○という
上下左右に動くステッパーというダイエット器具がある

もちろん妻の希望でネットショッピングしたモノだ

これは意外と体に効く、痩せるかどうかは別として
運動不足解消にはなる


が、運動不足を解消してもお腹は引っ込まない40歳
どうにかせねばならないのだ




妻は薬の副作用で治療後一気に5キロ増
ズボンもスカートも全てはけなくなり
唯一はけるのは我が輩のジーンズとなってしまった _(_^_)_

これは非常にまずいのである
ただでさえ少ない我が家の夫婦の営みに大いに支障を来すのだ

たとえば正常位、互いの腹が基点となりシーソー状態
(ソウゾウシテミテクダサイ)
後ろからだと我が輩の腹が大いにじゃまするし
肥えた妻の腰回りをつかむのに握力を要する
その他の体位も何かとじゃまをしてくれるのだ


ところが先日某局の番組で夢のようなサプリメントを発見
何事にも持続しない、とっても自分に優しい我が輩にぴったり
1日2錠飲むだけで脂肪が燃焼する画期的な内容だった


あ~アルファリボ酸ヨ、待っていたぞ
早速ネットオーダー、TVの影響すさまじく2週間待ちが
一昨日やっと届いたのだぁぁぁぁ!!

つまり我が輩2、3週間後にはスレンダーな中年に早変わり


生まれ?変わるのダス


生まれ変わると、んんぅ~ナイス妄想


「なぁなぁ見てくれよ、腹筋の割れ目が見えるぞ」
妻の「お父ちゃん、出会った頃に戻ったみたいョ」
この言葉で戦闘開始である

「たまにベットまでお姫様だっこでつれてってやるよ」
にっこりうなずく妻、階段だって何のそのだ



「おまえも若返ったヨ」
「もォ~ン」いざ突撃であります

(細かい前技の描写はテクニックの無さを露呈するので省ョォ略)


いざ合体、スムースインだワ
お互いの密着感がイイネぇ

グラインドもスクリューも動きが軽やか

「体が軽いよ」「おまえの腰の動きも軽快じゃん」

「バッカぁぁぁぁぁぁぁぁンーーー」の甘い声

た、たまらぁーん
合体のままあれこれ体位を変えてみる、抜かずだぁ!
なんて事だ思いのまま、自由だ


20代の頃の体型に戻りつつある

戦闘は続く、調子に乗ったわが輩は
わが輩の好きな後ろに回り込んでみる

か、感激この10年自腹が邪魔してすっきりみえんかった
接合部が露わにィ、夢にまで見たよ?


もっと動いちゃうよ、激しく行くよ


我が輩のボディーは若返ったのだ



珍しく妻も良い感じの欲情を表現してくれる
(妻が欲情するのは年に1,2度しかないのだ。)
(今日はマグロ状態じゃない)


いつ以来だこんな熱烈合体は?
まだだ、まだまだこんなモンじゃないぞ



「今日の俺は違うヨ」自信げな顔をする





「あン、もォ、はァ~、ハァーーー」
「まだヨ、まだ、逝っちゃイヤ」
「おかしくなりそォ~」
「もっとォ、早くゥ、まだヨ!まだヨ!」





ほんのり汗ばんだ妻の裸体がたまらない
そう、たまらなくって




な、なのにどうして(-_-;)





「・・・・・・・・・・・・ゴメン」



ダイエットは大成功
20代の体型に戻りつつあるのに何故?


「・・・・逝っちゃったノォ」
「もーオ!!」



あっちゃー、減量に効いてもこっちには効かないのネ


当たり前だわなァ(-_-;)



ダイエット効果と、夜の営みは別ですからァ~斬り、残念




妄想後、妄想のようになる前に
熱烈合体に耐得るサプリメントを探したのは言うまでもない



が、その前に本当にダイエット出来るのだろうか?
まずはこれが肝心だ


心の回復

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退院、でも悲しかった事 

それは、たった40日ほどの入院にもかかわらず
娘が妻になつかない事だった
1歳4ヶ月の娘にとって40日はとてつもなく長かったらしい
甘えたいときに甘えられず
ひたすら祖母と祖父にかわいがられ
母親を忘れたかのように甘えられないでいた

退院してすぐに正月を迎えたが
妻は、新年早々そんな娘を抱きしめては泣いていた

僕は「焦らず行こう、病気も一緒焦らず行こう」そういって慰めた

そんな日々を過ごし、始まった抗ガン剤治療
ドラマのごとく日々抜けていく妻の体毛

妻よ、すまんそう思いながらいずれはパイパンになるだろう事を
妄想し一人で笑ってしまいました
ごめんヨォーこんなトキにって、感じで・・・


数ヶ月後、妄想が現実になったときには
悪いと思いつつちょっと吹いてしまいました

妻の場合、抗ガン剤治療は、3週行って1週休みを繰り返すパターン

当初あれだけ落ち込んだり、悪い方へばかり妄想していても

投与するとこんな症状が落ち着いてくるのが分かってくると
心の準備が整い少しずつ不安も軽減された

それに合わせて、我が輩の妄想も徐々に希望がわいてくる

妻には、抗ガン剤がばっちり効き
転移も、再発も無く妻として、母として人生を過ごしていける

5年生存率?10年生存率?
そんなことは気にしなくていい、
これからまだまだ夫婦として長い時間を過ごすはずだ


そんな妄想が多くなった

それはもちろん明るさを取り戻してきた、妻の笑顔と
なつきだした娘、甘える娘
ちょっとだけ大人になった息子を見ていたからかもしれない



家族の表情という薬はすごいなぁ、改めて思う


術後半年、抗ガン剤も一区切りが着いた頃

妻の髪の毛のほとんどは抜けきってしまったが


「オイ、暗くなるな」「おまえに似合うカツラを探しに行こう」
こんな会話すら出来るようになっていた


どちらかというと、毛深い方だった妻
副作用で毛という毛が抜け全身つるつる

もちろん、投与が終わり数ヶ月すると
髪の毛も含めて体毛は生えてくる

が、陰部はこのままでもいいようにすら思えてくる
妻は恥ずかしいだろうけどネ



その分、夫婦の営みはちょっと燃えちゃうかも
みたいな妄想が膨らんだりした

今、切除をして1年4カ月

2カ月に1度の精密検査では概ね良好

残念なことに?

陰部の体毛もすっかり元通り

たまに訪れる、夫婦の営み時はちょっと残念
と不謹慎なことを思ってしまうほどふさふさ
これはこれで良いのだが・・・・
ジャングルウォーキングも好きなわが輩


ただ、不思議なことに投与前はストレートだった
髪の毛が、なぜか天パに?
くるくるカールした毛に生まれ変わってしまった


先日の検査では担当医の口から「あ、カツラ替えたんだね?」
と言われるくらいに
地毛ですと答えると、「へェ~こんな事もあるんだぁ」
だそうである


妻も家族も明るさを取り戻した
まだ、体力的には多少の不安があるものの
以前と変わらない強情な女に戻った・・・

やはり、強情に効く薬はないようだ(-_-;)


娘も2歳半となり、すっかりわがままに

息子は母親を心配できるようになった

相変わらずなのは、妄想する我が輩だけ


もちろん、妻も我が輩も癌に対する油断はしていない

妻にとってはこれからも再発と転移の不安からは逃げられない

見えない恐怖と戦わなければならないが

我が輩の前向きな妄想で乗り切ろうと思う

もちろん、Hな妄想も含めて・・・m(_ _)m

妄想から抗ガン剤の現実へ

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妄想から抗ガン剤の現実へ

妻の入院は約40日間に及んだ
その間4歳の長男を実家の弟家族に預け
1歳3ヶ月の娘は妻の実家に預けた

我が輩は病院とそれらをめまぐるしく行き来した

最初に息子が根を上げた、2週間がたった頃だ
寂しさで一人毎晩布団の中で泣いていたそうだ

だから兄弟が一緒にいれば寂しさが紛れるだろうと
妻の実家に預ける事にした

娘は、預けられたと言うより置いてきぼりを食らったと思ったらしい
入院以来妻の母、祖母から離れなくなり
祖母の姿が見えなくなると泣き、駄々をこねるようになった


二人の子供には寂しく悲しい思いをさせた



一方妻は、切除後徐々に体力を失っていった
それは、心の体力も奪っていた


もちろん末期癌ではなかったがなかなか希望を見いだせないでいた

彼女を支えたのは、唯一子供たちの元へ早く戻ろうという

ただそれだけだったと思う、母としての思い

それが彼女の気力になり勇気になっていたと思う


夫というのは得てして無力なモノだ


彼女をむしばんだ癌は、リンパ節のポリープにも発見され
又俗に飛びやすい、つまり転移しやすいタイプの癌と言われた
担当医いわく100人に一人いるかいないかの珍しいタイプだそうだ
このため入院後半から抗ガン剤治療に入った

おおざっぱに言うと術後の乳癌治療には3通りある
放射線、抗ガン剤、ホルモン治療だ
その中で抗ガン剤治療がもっとも副作用がある
それでいて効果は、つまり薬の効く人は30%あまりと

非効率的な治療法でしかない
しかし薬が効く事を祈ってスタンダードな抗ガン剤を選択した


ガン細胞というのは実話全ての人が持っている細胞だ

つまり、我が輩も貴方の体内にも存在している

毎日何千と生み出され、何千と体内で撃退されている
だから通常は健康でいられるのだが
弱いところにこっそり隠れ、何かの拍子に体のバランスが崩れると
その勢力を増し繁殖、発病するのだ
そう、いつ自分が発症してもおかしくないのだ

薬は、効けば効用効かなければ副作用が体を蝕む

我が輩は毎週のように540キロを往復し妻の元へ

担当医と相談し新年から地元で抗ガン剤治療を受けられるよう

手配してもらった

そしてそんな日々を過ごしどうにか年内退院をと
年の瀬迫る12月30日退院
妻はやっと子供たちの元へ戻る事が出来た

またまた長くなっちゃて、更に引きずります<(_ _)>

妻を失う?

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家族の死を考えたことはあるだろうか?
もちろん、両親が高齢だったりすると意識はするだろう

では、子供や妻、自分の死はどうだろう?
我が輩はつねに死についての妄想をする

しかし、それは今多く報道されている自殺ではない

それは妻の病がきっかけだった


平成15年、夏が過ぎ、妻は何となく左胸にしこりがあることを発見
我が輩もいやらしい直診でたびたび確認、何となく分かる

それから1カ月後、町の乳癌検診を受診
要、早急な精密検査必要との結果

それでも二人して多少楽観していた
まだ若い(その時妻は34歳)きっと大丈夫だろうと・・・

しかし、どうせ受診するならとネット他色々調べ
実家のある札幌でも、その道では有名という病院を見つけ検査を受けた。
11月も中過ぎ、北海道は冬まっしぐらの季節だった。


心もとなさそうに一人で検査に向かった妻を見送り
ボーとした数時間をすごす。

携帯が鳴った。

妻からの着信、そして泣き声。話さずともどんな状況なのか把握できた

「俺は、冷静でいよう」「焦らずゆっくり彼女の話を聞こう」

心の中で決意する。

目を真っ赤にした彼女を車に迎え、ゆっくり話を聞く

医者が言うには、明らかに癌で年齢から早急な手術が必要と診断
自分の弟子の中でもっとも腕のいい医者がいると言う病院を紹介された

動揺し、泣きじゃくる彼女をなだめながら
その病院へ車を走らせる 

紹介状を見せ、一通りの精密検査を受けてもやはり結果は変わらず
一週間後に入院し更に入院一週間後に手術することまで決まった・・・





あわただしく一日が過ぎる



入院前日、実家に二人の子を預け夜二人でドライブ

そして、結婚して本当に数年ぶりでラブラブホテルへ

彼女の体を慈しむように、愛おしく愛し合った

数日後メスが入るであろう胸を優しく愛撫しながら・・

本当に愛おしかった!!



入院から我が輩は自宅と札幌、何度往復したことか(片道270Km)

その間ネットでどんな手術法があるのか、使う薬、統計データ
様々な資料を入手。プリントアウトした資料が1cm近い厚さに・・

担当医とは十分なインフォームドコンセンスを交わした
自分で集めた資料と共に、妻を交え三人で

大まかに手術には二通りある、乳房を残す方法と
切除する方法だ

前者は、一部を切り取るのである程度形を留める
後者は綺麗に取り去ってしまう

生存率ではあまり変わりないのだが
前者の場合妻のケースだと数ヶ月にわたり放射線治療が必要になる
つまり、幼い子供を残し毎日通院し放射線の苦痛に耐えなければならない
地方に住んでいる妻には当然毎日の通院は無理だし
リンパ節に転移の疑いもありより、精密な手術が必要になる

妻と交わし得た結論は少しでも早く子供の元へ帰ることの出来る
後者だった・・・


ま、妻は思いっきりもいい方だ。我が輩も医師も賛同した。

手術日は午前9時に病室を出ることが決まっていた
いつも実家から40分で着く病院朝の札幌は通勤ラッシュで渋滞する
いつもより早く実家を出るが間に合いそうにない、猛ダッシュだ
若かりし頃の短気でやんちゃな自分に戻りアクセルを踏む
刻む秒針とにらめっこしながら

病院に着いたらついたで、走ってはいけない院内を爆走

そして妻が病室を出、手術室に向かうエレベータに乗る寸前に
どうにか間に合った、ただ見送る事しかできない自分
声にならない心の声で「がんばれよ」がやっとだった

予定は2時間30分 僕には待つしかできない時間だ妄想が駆けめぐる
助かってくれ!いやいやそんな末期ではない
俺と子供を残して先に進むなよ
明らかに無駄でとりとめのない妄想・・・

予定の時刻を1時間ほどオーバーし無事手術終了

ホットしたのもつかの間、この後がとても辛かった

術後しばらくし担当医と面談する

我が輩の目の前にある何かの白い布を取り払う

そこにはトレー?に乗せられた少し前まで血の通っていたはずの

切り取られた妻の胸が無造作に乗っていた、何を語るのでもなくただ・・


生まれて初めてと言っていいくらいに全身の力が抜けた

自分が愛し愛撫し、自分の手のひらに幾度と無く包まれてきた
妻の胸が血の気無く、透き通るように真っ白な物体として現れたからだ


目に涙が満ちてくるのがわかる、が必死に堪えた

これから妻自身もっと辛いはずだから自分が辛いと思ってはいけないのだから


冷静さを取り戻し、現実に戻り医師の話を聞く
裏返した胸に、その場で無造作に再度メスを入れる医師・・・
これがガン細胞、直径は3cmちょっと。リンパ節も赤く腫れ上がりポリープが
10個ほどあったから出来るだけきれいに「?きれいって何だ!?」
切除したと説明を受ける
「ハァ~」気の抜けたわが輩の声

知識はある、理解はしている、資料も熟読していたし覚悟もしていた


が、心はたぶん何一つ納得していなかった


そう、なぜ我妻に何故彼女が?走馬燈のように駆けめぐる



ポリープの細胞検査の結果は一週間後に出るそうだ
「結果をふまえ今後の治療法を相談していきましょう」それが医師の言葉

「ハイ、では自分も又、妻といろいろ相談してみます」そう答えた



妻は、もちろん末期ガンではない
しかし、早期発見の部類でもない
若い分癌も元気が良く進行スピードが速い、これが確かな事である

何が起きても自分が慌ててはいけない、焦ってはいけない
急いでもいけない


今すぐ、今日明日に死が彼女に訪れる事はない
しかし不安が自分を襲う「死という名の」

だから先々を妄想し子供たちは任せろ、大丈夫だ!!!
すぐには再婚しないから、安心しろ!などなど
そんな妄想をいけないと思いつつしてしまうのだ


妻の年齢の5年生存率60%~70%
残りの30~40%のうち抗ガン剤投与の効果がある人は約30%
ドラマの87%よりずっと低いこれが現実
(ちなみにあのドラマ、夫婦そろって1話も見た事がない)

欧米では女性の死亡原因の8人に1人が乳ガン
日本でも今や30人に1人を切って死亡原因のトップに躍り出る
勢いがある・・・近い将来間違いなくトップだろう
新しい薬、切除法もどんどん出てきている
しかし、絶対条件はやはり早期発見しかない・・・




なが~くなっちゃったので次回に引きずりますぅ(-_-;)