夢が実現するしくみがわかれば、私たちはもっと自由になる  君塚由佳

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豊かに幸せに 最高の人生を創りましょ

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喫茶店や電車で本を読んでいる最中うっかり感動してしまって
周りの目を気にして慌てて本から目を逸らし涙をこらえる――という経験は何ものにも代えがたい。

家で読んでいれば涙をこらえる必要はないんだけど、

周りの目を気にせず流した涙より、必死に飲み込んだ涙のほうが心の深い部分に残る気がする。

その点、入院中の病室っていくら個室でも
プライベート空間と勘違いして うっかりウルウル来てたら

主治医の先生とかサブの先生とか
研修医の先生とか看護師さんとか 看護助手さんとか お見舞いに来た家族とか
ゲリラのように出没するので気が抜けない。

さっきルー大柴語録「虫のインフォメーション(虫の知らせ)」をネットで見つけてしまって
涙流して笑っていたら

回診に来た主治医の先生に「ホントに元気になったね」と笑われてすっげー恥ずかしかった。

めっさ
心の深い部分に残りそうである。
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「常に向上すべし」
「甘んじるな。高みを目指せ」の呪いは本当に罪深いと思う


やたらと幸せのハードルを上げて 結果的に幸せを感じられなくなってしまう人を量産している気がする

「今日のカレーおいしかったな」で幸せを感じられるなんて ステキなで素直な感性を
逃げとか負けとか そんな庶民感覚だから成功できない、心理的ブロックだと責めた上で

自分に正直に生きようだの
自分を満たそうだの
自分を大切にしようなんて 矛盾してる

そんなの真実の愛じゃないとか
本当は好きじゃないんだとか

愛と好きのハードル上げるのも自滅でしかないんじゃないかな

幸せとか愛とか好きなんて
人それぞれ。
ケチつけるなんて 本当に余計なお世話なんだわ

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君塚由佳です。


入院して、ちょうど3週間が経ちました。


入院当初は1日のほとんどを寝て過ごしていて
目は覚めているんだけど 気がついたら3時間とか5時間たっててビックリしたり
まっすぐ仰向けになったまま  身じろぎもぜず 
でも、意識はしっかりしててね。

特に私のように
気持ちの準備もないまま急に入院することになったりすると
半数くらいの人が一時的に心身共に混乱することも多いらしく
電気のコードがヘビに見えたり 暴れだしたりすることもあるらしく。

私も、夜中にふと目が覚めた時に 
「あれっ ここどこだ⁈」とドキドキしたり
はじめの2日くらいは うわごとのように何か喋っていたりはしたけども


それよりも
なんというか 深い深い瞑想状態というか
心が止まり、魂が静まりかえる ちょっとあんまり感じたことのない感覚を感じている時間が
とにかく長かった。


どのくらいかというと1日20時間くらい。


そんな話をすると家族はビビるけど
だいじょーぶ。お花畑とか 三途の川とか 亡くなったおばあちゃんとかじゃないから。



そういうんじゃなくて、とにかく静かで
何もなかったけれども 何もかもがある  そんな空間だったのでした。



3週間たって、そんな時間は だんだん短くなり、
寝ている時間よりも起き上がってる時間の方が長くなってきました。

まだ無菌室のベッドからか出れないけれど、おかげさまで
「体調がいい」を超えて「元気です」と言えるくらいになってます。


ご存知の方も多いと思うけれども、大きな病気はこれで2回目。


普段は偏頭痛や生理不順、高血圧やアレルギーなんかの持病もなく
(私くらいの年齢になると 皆さんいろいろ薬を常用していらっしゃる)
いたって健康なんだけど。


忘れたころに  まとめて来るのかな(笑)



よく 事故や病気で死を意識した時
人生観が変わるとは言うけれども、確かに 私は前回の病気の時に
大きく人生の舵を切りました。


当時、フリーランスで企業から仕事をもらっていて
子どもの学費とか 老後を考えたら 心細くはあるけれど  そこそこ収入はあったし
旦那とも いろいろあったけど 夫婦関係の再構築もして ケンカしながらもなんとかやってて
子どもたちも 反抗期とか いじめとかあったけど それぞれ素直に育ってて
お姑さまや大姑さまたちとも 小競り合いはあるものの、まあ 相性は悪くない人たちで

コーチングのトレーナーをしていて、師匠もいて
しかも師匠の研修のアシスタントに声をかけてもらえて、アシスタント仲間ともお互いを磨き合えて楽しかった。


欲を言えばキリがないけれど
つまり、そんな生活に満足していたんですよ。

「やっぱり 日々の何気ない暮らしが1番大切」で、それが私の軸で。



それは今でも変わらないけれど
そこで終わらせるつもりだった。


あの時までは。




「しょせん人生なんて 死ぬまでのヒマつぶし」なんて斜に構えるまではいかなくても、


楽しく 満足できていれば、それで死ねればいいと
本気で思ってた。


本当に死んでしまうかもしれないと追い詰められる
あの時までは。





もし、まだ生きることを許されるなら

自分の人生を賭けるにふさわしい世界で生きること




そう大きく舵を取ることになりました。



師匠の元を離れ、コーチングの資格の更新を止め、トレーナーも辞退しました。
企業から仕事をいただくよりも、個人向けにサービスを展開するようになりました。



そのためなら
楽しいことだけじゃなくて 楽しくないものも積極的に突っ込んでいくことになったし

自信があるところで実績を積むよりも 経験したことのないところにチャレンジをし

自分らしくあるよりも、自分という存在を超えることを主軸にするようになりました。







さあ、今回の療養で力を蓄えたら
ますますその精度を上げて 次のステージに向かえそうです。



人って 本当に本当に素晴らしい。
それって 私が素晴らしいということだし
あなたも素晴らしいということでもある

ただ、忘れているだけで。


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「好き」ってさ、
この人に なにかしてもらいたいより
この人になにかしてあげたい気持ちが強くない?



私、いま むっちゃ飼ってるワンコのお腹なでくりまわして
愛でたくてウズウズしているし


なんかしらんけども
男の子には うまいものガッツリわしわし食わせたくなるし
だから、家族みんなが料理する家だけど、どうしてもやっぱり私が1番台所に立つ回数が多くなる。



なんかね、そういった気持ちを
「私は家族のために今まで生きてきた。自分のためには生きてこなかった」
って まとめちゃうのは なんか違う気がするのですよ




いいお母さんとか
家事はやっぱり女がどうとかじゃなくて

ただただ愛てきた




それをどこかですり替えちゃっただけじゃん



愛してただけじゃん



なんでそんな崇高な行為を
「残念な黒歴史」にしちゃうのかね


私はこれからも
頼まれなくても息子をかわいがるし
お客さんには できる限りのことをするし


そのために自分の時間を削るかもしれないし
すごく大切な考えごとを横に置いて話を聞くかもしれないし
無理してでも会いに行くかもしれない


それで人生の人生を生きれなかったなんて思わないよ


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