『太平記』は、とんでもない作品で、個々の武将はもの凄くドライで、裏切りなんか平気なんですよね。
よく歴史家がいうような、後醍醐天皇に忠誠を尽くした楠木正成の話が、すべてではない。
西国の武士の南朝方と、鎌倉幕府軍の北朝方が戦う時に、鎌倉幕府は伝統的なやり方をするので名乗りを上げるわけですね、「やあやあ我こそは」と。
すると西方の武将たちはきょとんとする。
あれは一体何なのかと。
どうやって対応していいか分からないんです。
そのうち誰かが「あれは平家物語に描いてあるやつじゃないですか」と気が付く。
かといって、それに応えるわけじゃない。
楠軍の兵士たちは、「あれは要するに戦記物を読み過ぎておかしくなっちゃった兵士なんだ」と笑うんですよ。
笑われた兵士はあんまり悔しいんでそのまま憤死する(笑)。

    中沢新一『週刊読書人2015/3/27』
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