ゆるゆる日記

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本を読み始めることに関して言えば、僕は少しばかり環境に「調教された」というようなカンジを持っている。
誰もがそうではないだろうか。なぜ、あなたは本を読むようになったのか。なぜ、あなたは「本を読む人」になったのか。なぜ、あなたは自分の好きなタイプの本を探し求めて時空をさ迷う旅人になったのか。そこには、「何かを求める動機」として、テレビや、音楽や、映画や、洋服や車や、恋などといった世界に入り込む自然さとは、ほんのちょっとだけ違う環境がなかったか。

たとえば、本だけは両親が無制限で買い与えてくれる。とか(それは親に調教されてますね)。
たとえば、会社まで遠いので行き帰りの電車の中で読むようになった。とか(それは時間や手段に調教されていますね)。
たとえば、ナントカ賞を取って、映画化されて大ヒットになったので原作を読んでみたくなった。とか(それは情報に調教されておりますね)。
たとえば、自分の知りたい世界の深い解説が何度でも読めるから。とか。
それはおそらく、好奇心に調教されているようですね。
「本を、読め」、と。

 ……

でも、いちばんオーソドックスなパターンは、「そこに本があったから」、あるいは「誰かに勧められたから」ではないだろうか。僕の場合はそれだった。そもそもは、僕が二十歳くらいの頃に、なかば同棲に近い形で住んでいた部屋の同居人が「本を読む人」だったのだ。

その女性は猛烈な活字中毒者で、アパートの部屋の床には、それこそ足の踏み場もないほどに本が積み上げられていた。大半が馴染みの古本屋で仕入れてきたもので、ラーメン屋のカウンターの下や、歯医者や、自動車教習所の待合室から、かっぱらって(拾って?)きたものもある。

ジャンルはバラバラだった。プルーストがあり、ヘミングウェイがあり、中上健二があり、吉本康明があり、『限りなく透明に近いブルー』があり、片岡義男が何冊もあり、かと思うと『マイルス・デイビス自叙伝』の下から田原俊彦の写真集が出てきたこともある。
それらを床のわずかなスペースに寝転がりながら、手を伸ばしたい時に手を伸ばして、触れたものから片っ端に読んでいたわけだ。

その女性がまた、よく眠る人で、いわゆる「引きこもり」に近い性質でもあるのか、あまり外に出て行こうとはしない。玄関を出て、靴を履いて外へ出て行くとしても、行き先はだいたい決まっている。コンビニ、スーパー、本屋、古本屋、それとバイト先と銭湯くらいのものだった。それで、夜行性の習性があり、真夜中過ぎまでテレビを見るか本を読むかして、それ以外の時間はいつもグーグーと眠っていた。一日に十五、六時間は眠っていたのではあるまいか。

おかげでこちらまで活字マニアになってしまった。そんな長い時間眠りこけることができない僕はいつもヒマを持て余していて、本でも読むしかほかに、時間を潰せる方法がなかったのだ。

 ……

「書店」と言われていま思い出すのは、そんな彼女の部屋の風景だ。僕は彼女の部屋から多くの活字を手に入れた。僕は彼女の部屋に何日も泊まりに行って、そして帰ってくる時には、大抵の場合二、三冊の本を抱えていた。要するに彼女の部屋は図書館のようでもあったけれど、と同時に書店の雰囲気も持つようになっていた。
――というのは、僕が彼女に自分の読みたい本を何冊も買わせていたからである。

駅からの帰り道、バス通りをまっすぐ来て、左折してすぐのところに、銭湯と古本屋が並んで建っていた。彼女とよくその銭湯に入りに来た。銭湯は近所にもう一軒、大きくてサウナまであるやつがあったけれど、彼女は古本屋のあるほうへ僕をいつもひっぱった。古本屋を眺める時間が欲しくて、早めに風呂から上ってくる僕の習性を見抜かれていたのだろう。
「これ面白そうだね」と僕が言うと、風呂上りの濡れた髪のまま、彼女はそれをひったくって、じっ、と表紙を眺めて、そしてそのままレジへ持っていった。そんなことが何度もあった。

「書店の遠景」として、僕の記憶の中にはそんなシーンがある。それから、ダンボール五箱ぶんの古本を、借りてきたリヤカーに載せて古本屋に売りに行った帰り道、そのリヤカーの荷台でガタガタ揺れていた、クリスマスケーキのことなんかを思い出すこともある。



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