ゆるゆる日記

ゆるゆる日記


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なんで8時に退社するのに、こんなにも罪悪感を感じなければならないのだろうか? バカみたい。
あ~ああ。早く家帰って本書きてぇ。
でもなんか昔みたいだな。こうやって夜中とか朝とかにコツコツ書いていたっけ。
んじゃ、ま、いっか。

それにしてもどうして僕は、仕事場で友達が作れないんだろう?(生徒の友達はたくさんいるが)
これは、長年の謎だ。
プライベートで言うならば、僕は友達が多いし、親友度も高いし、友人とは永遠に友人だ。

あ、わかった。
その仕事場は、永遠じゃないからだ。

ま、それはともかく.....、僕は、どうやらとにかく会社では違う人間になる。(らしい)
このあいださ、会社(学校)で、とある人の送別会で卓球大会があった。
「場を読まず」に、僕はそれに勝ってしまった。
みんなは僕のことを、「あんなに生き生きしているのを初めて見た」と言ったけど、そんなに僕は普段、死んだ魚のような眼をしているのか?(ま、してるんだろうな)
ま、とにかく勝ってしまった。すごくラクだった。
ぜんぜん本気なんか出してない。

勝ってしまった理由は簡単だ。
僕は途中で、「あ、ムキになってしまってはイケないな」と思った。でも「このままでは勝ってしまうな。でもワザと負けるのも失礼だしな」と思って、「んじゃ、ま、とりあえず相手のコートに返し続けときゃいいだろ」と思って、そうやってやっていた。だから勝ってしまった。本気で勝ったんじゃない。
僕が本気になるにはレベルがまだ低かった。(というか普通の社会的レベルだった)

僕は、そういう社会的レベルの世界では、なかなか本気にはなれない。
自分のテリトリーじゃないところでも、なかなか本気になれない。

本気をいつも隠しているから、いつも節目がち。
どこでバイトしても、どこで就職しても、節目がち。
(でも生徒の前だと眼が、スッとあがる)
僕の本気に真剣に眼を向けてくれないかな。
たしかに変わりものではあるけれど。
たしかに早く帰っちゃいますけれど。
そんなに世界に害は与えていないと思いますよ・・・
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ここんとこ、本当に縄文ねえさん(妻)に「バカにされている」気がする。
ここでいう「バカにされている」というのは、もちろん、いわゆる普通の意味で言うところの「ナメられている・蔑視されている」ということではなくて、精神改造としての「バカ化促進幇助」のことである。

バカになるということがどういうことなのかということについて、日々、ゆ~っくり~と考えている。
なにしろバカになってしまったので、急いで考えられないし、電光石火のような「閃き」もない。
すべてが風にそよぐ草花のようなスローペースで進んでゆく。
スローライフは、バカの生活なのではないか?

養老猛先生は「バカの壁」という著書の中でバカを馬鹿呼ばわりしているようだけれど、僕はバカを利口呼ばわりしてみたいし、かねてからそういう生活を望んでいた。
バカとは、なんぞや?

野心の欠如。意欲の低下。眼の輝きの喪失。感激と感性の摩耗。
どれもこれも、人間の「ダメになる見本」として「悪」とされてきたことばかり。
でも、思うんだよな。人は「バカになってはいけない!」という脅迫観念から、自ら不幸を招き寄せているのではないのか、と。
バカ。
それはキチガイの対極にあり、けれども「輪」のように、ぐるりとひねられた異空間で、端と端が結びつき合っている「隣あわせ」の境地ではないのか、と。

バカは悩まない。
バカは幸福である。
鬱? なにそれ? オレバカだからわかんない。
自殺? するわけねーだろ。オレバカだもん。

僕は小中学生の頃の幸せとほぼ同じ精神境遇を手に入れているような気がする。(中学生の時はバカだった)
ひとことで言うならば、「生きいそぐのを、やめた」
笑い顔が、日増しにすこやかに育ってゆく。
10冊の本をフルスピードで書き終えて得られる猛烈な恍惚と感激のようなものを、ひとつの命(こども)を20年かけて育てあげるくらいの、ゆ~っくり~としたスピードで、少しずつ味わっている。
今まで3秒で飲み込んでいた米つぶを、1分かけて噛みくだいているような......。
そしてそれは始まったばかりなので、他人からは「終わったよう」に見えるかもしれないけど、まるで逆。僕はゆ~っくり~とスタートした。

というようなことを、「ある意味解脱したね」という言い回しで、ヨガの先生をやってる友人に話したら、彼は困ったような顔をしていたが、たぶん理解したのだろう。
生き急いでいたら、子供は育てられない。

父ちゃんは長生きするよ。
生き急いでいる人は、本当の愛を、もしかしたら知らないのかもしれない。
などということを、ゆ~っくり~と考えている。
鬱の人、ゆ~っくり~と考えてみなさい。
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自分がどんな人間であるかなんて、この40億人もいる地球の中のたったひとつの情報を「誰が知るもんか」と思わざるものなのだけれど、それでもほんの気持ちの片隅で「覗いてみたい」という人がいるのが驚きで、いつしかそれで........、あるいは自分自身が文章にすることで「それ」を知ることもあって、文章などを書き始めてはみたのだが、今まで、これまで、文章マテリアルの主流は「活字」であって、「活字」を制作するにはとにかく金がかかることもあって、作家と、それ以外の人の「溝」というか隔たりは限りなく大きく(ライターさんという職人もいるが)、作家となって本を出してはじめて、ようやく「自分のことを語れることを許された人」、であった時代はもう遠く過ぎ、今ではWEBの発達によってそれは「境界線」といったハッキリとしたものではなく、いわば「グラデーション」のような無段階の様相を呈している。それを如実に表しているのがブログであり、どこのブログにもプロが素人に混じっている。僕はプロのはしくれのはしくれだが、日々ランキングなどという点数をつけられ、素人と肩を並べて採点されている。
気にしてねーけどな。
うそ。
(気にしているくせにぃ)

(いや、やっぱたいして気にしてない)
だいたい40位以内程度くらいがラクチンでいいんじゃないかな、と最近思っている。20位以内に入ると、とたんに「ただ覗いてみただけ」といったカンジの少し異物感のあるコンタクトが増えてくる。
高ランキングを維持するためのなんとなく「あざとい」仕掛けが必要になってくる。

  *  *  *

自分のことをたまには真面目に書く。
最近、「自分」という個性で新たに発見したことについて書く。
それは、精神的に自分が「強いのか」、あるいは「弱いのか」という問題についてだ。
それは、いわば僕の長年の研究課題だったと言っていい。

はたしてキミは本当に、精神的に「弱い」のか? もう、完ぺきに弱いのか? 最初っから最後までいつもペッタンコにつぶされたヒキガエルのようなのだろうか? はたしてそうだろうか?
違うんじゃないかな。ぜったいキミにも何かある。

僕は最近、自分の精神的に強い面を発見した。
というか、なんとなく抱いていたイメージが言葉として浮かんできた。
わかった。僕はビビらない。
どんなにひどい人に会っても、どんなにひどい仕事でも、どんなにフル回転を強いられても、どんなに耐久性を望まれても、どんなにストレスをかけられても、どんなプレッシャーをかけられても、どんな事態でも、どんなものに遭遇しても、どんな天才に逢っても、どんな奇跡に立ちあっても、たぶんビビらない。
(うそ。オバケの声を聞いた時は少しビビった)

なんで、みんなそんなことぐらいでビビってるんだろ、といつも思う。巷で生活をしていると他の人を見ていつもそう思う。僕は図太い。「目の前にある自分以外のもの」に対しては、たとえ「勝とう」とは思わなくとも、少なくともビビらない。
「ま、処理できるさ」とタカをくくっている。

けれども、自分自身が生み出した、「想像」というものにビビる時がある。
それが「不安」だ。不安とは自分が生み出したものである。
自分に負ける。それが自分の精神的にモロいところである。
それから、すぐ音をあげる。本当はまだぜんぜんできるのに、体力を温存するみたいに音をあげてみる。
あなたはどうだろうか?

「オフクロが死ぬ前にオレの幼い頃のこと聞いておこっ」っと思って、
「ねえオレ、どんな子供だった?」と訊くと、
兄貴とくらべて「図太かった」と言っていた。
庭に植木屋が深い穴を掘って、「どうだい、入ってみるかいボウズ」と言われて、兄貴は怖がっていたけど、僕はヒョイと穴に落ちていったそうだ。
それから、小学校ではじめてイジメというものを受けて、靴を隠された時、家まで靴下も脱いで裸足で帰ってきたことや、無謀な旅に出てゆく時のことや、........そんなことを聞いた。(イジメの時は、「どうせ持ち回りだろ」っと思っていた)

アンタは結局のところ図太いんだよね。という言葉を灯火にして生きてゆく。
あなたはどうだろうか?


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どーでもいいことを書く。
カマキリについて。
まだ言い残したことがあったから。

僕は基本的に自分に近いものから愛してゆく。
血縁、恋人、友人、知人、文字だけ(と顔)の知人、自分の境遇に近い人。
価値観の「面白み」の共通する人たち。
同じ時間を共有するもの。
それらのものと情を同じくしてゆく愛し方が僕の博愛流儀。

なので僕が生物を愛する時も基本的には同じだ。
猿やイルカやゴールデンリトリバーなどの知的生命体。猫やたぬきやイタチやウサギや、んで哺乳類を越えて鳥とかカメとか。カエルとか。メダカとか。虫とか。ゾウリ虫とか。

「虫」!
虫というのは「インセクト」であるからして、我々「ヒューマン」とは相いれないモノを感じてしまうのは僕だけだろうか?
でもその気持ち、『スターシップ・トゥルーパーズ』を見た人ならわかっていただけるんじゃないか?

とにかく虫。昔は好きだったけど、今はちょっと怖い。
だって血液が「みどり」なんだぜ!
バッタとか何考えてんだかわかんない。イナゴの大群とか見ると、「こいつら恐竜と人類滅亡後の次の地球の覇権を狙ってんじゃないか?」とか思っちゃう。

でもカマキリは違う。そんなに怖くない。なぜだろう?
まず、きちんと「頭」がある。眼もふたつ。
で、「手」がある。
あれは足ではない。手だ。「カマ」を持った手として彼らはあの二本を使っている。
そして直立歩行(?)するところ。
「腹」があるところ。
コソコソ逃げないところ。

カマキリよ。
そんなオマエがオレは好きだぜ。

カマキリに博愛あれ。
カマキリ夫人に博愛あれ。


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