「ハラスメント」って、大嫌い。

 

ハラスメントするやつも大嫌いだし、

もちろん、自分でするのも大嫌い。

 

そして、

「ハラスメント」と名前がつけば(つければ)、すべて糾弾されてしかるべし、オールOK、異論をはさんでくる奴は「ハラスメント擁護者。糾弾すべし!自己反省せよ!」みたいな

「赤狩り」「魔女狩り」

のような状態(と、それを都合よく利用する人)もちょっとなぁ…。

 

スケベでバカなエロおやじと、その録音を金で売った人のことは「もうウンザリ」だから、

いまいちどハラスメント(harassment)の本意と本質をじっくり考えてしかるべき時期に来ているのではないか?

(そういや以前、汗くさいだけの人を「スメハラ」と呼んで、炎上した記事があったなぁ… たしかに運送ドライバーの汗とか生理中の女性とかの匂いは自身で気づきにくいし、本人の責任の域を超えている)

 

でないと、自身の首を絞めかねない事態にもなりかねない。

全国民がハラスメントのつるし上げに怯える日々は不幸だ。

(声が大きくて迷惑な人は「ボイハラ」?)

 

それは、いわば「ハラスメント・ハラスメント」

つまり、「ハラハラ」だ。

 

結局は

「それはある程度までは仕方ない」

「いや、仕方なくない!」

という「寛容 vs 非寛容」の話になってしまうのだろうけど、

その論議に参加することすら怖くてできない魔女裁判のような事態、

一部の人間だけが錦の御旗のように利用できたりして、それ以外の人間は固く口を閉ざすしかない状況を放置しておくのは、もはや「意識の先進国」とは言えないのではないだろうか。

 

でも…

だからといって、職権の強い人間がしつこくエロを押し付けていいわけがない。

この話の本質・本意は、そこにはない。

会社員を辞めて良いことはいくつもあるけれど、

とりあえずは、家族と過ごす時間が増えること。

子供と対話する時間は3倍くらいに増えるし、夫婦仲もよくなった。

ストレスを家に持ち込んでこなくて、家の仕事をする回数が増えたからなんだろう。

 

昨日は次男のピロぼうと映画を見に幕張のイオンモールまで行った。

千場の幕張というところは全国に散らばる「イオン」の総本山みたいなところなので、「イオンモール幕張」のデカいこと、デカいこと。全部見てまわると一日が潰れるほど。

 

で、

お目当ての映画は「パシフィックリム・アップライジング

レディ・プレイヤー1」と、どちらにしようか少し迷ったけど、まあ前作の時から続編を望んでいたので、「パシフィックリム」にした。

 

「パシフィックリム」が公開された時にさんざん度肝を抜かれたので(巨大ロボットのリアリティがめちゃ凄い)、そういう意味での新たな驚きは減ったし、ストーリー的に「無理」が増えたので、前作ほどの興奮には達しなかった。

でも充~分に楽しめた。やっぱこれ、楽しいよ。ロボットアニメ・特撮もの世代にはタマラナイ。

 

しかし!

「面白い映画」といえば、これを紹介しないわけにはいかない。

その名は… 「バーフバリ」

&「バーフバリ2 王の凱旋

 

いわゆるインド映画なんだけど、全米映画興行収入トップ10入りも果たしたアクション大作で、製作費もハンパねえ。ハリウッドも真っ青になるくらいの、超弩級エンターテイメント。

エンターテイメント系の映画はほとんど見ないウチの奥様(サイケデリ子)も、思わず唸って食い入るように見入ってしまうほどの面白さ。

 

ほら、

ハリウッドとかのエンターテイメントって、人生高学年ともなると「あ、次こうなるよね」とか「このチャラ男、殺されるよね」とか「どうせここで助けが来るんだろ」とか、ぜんぶわかっちゃうじゃない。

 

で、

このインド映画は、それらすべてを否定せず(むしろ踏襲しつつ)、

それでいて、その先の展開と表現が、常に「我々の想像の域の1歩先」を突いてくる。

「ありえね~」と大笑いしつつ、拍手喝さいを送っちゃう。

もう、「映画の面白さ」をぜんぶ詰め込んだ感じ。

ロードオブザリング、スターウォーズ、アバター、レッドクリフ、ライオンキング、少林サッカー、ブルースリー怒りの鉄拳、チャングム、無双系ゲーム、それどころか手塚治虫から水戸黄門まで、ぜんぶ入ってる!

 

ま、騙されたと思って、DVD借りて、見てみてよ。損はさせないよ。

バーフバリ2のほうが少し面白いけど、1から見ないと話が通じないね。

いやあ、ここ5年間で見た映画でいちばん面白かった。

 

この映画のキャッチコピーは

「映画の面白さ、極まれり」

「奇跡の映画体験」

「映画の神、降臨!」

だそうだけど、たしかにその言葉以外に正確に言い表す言葉はないかもしれない。

とにかく、この映画を見れば、「空前絶後」という言葉の意味がよくわかる。

 

ちなみに、「バーフバリ2完結編」なら、Yotubeで400円で見られます

『バーフバリ』完結編を見る前に5分でわかる前作ダイジェスト映像 というのもある。

 

いや、でもやっぱ、1,2と続けて見てほしい。

幸せな映画体験を5時間フルに味わえる。

 

 

 

50代で会社を辞めるとどんな感じか?

…というより、自分で事業をしてたりすると、どんな感じかというと、

 

まずは、「怖い」。

その恐怖は確実にありますね。

 

それは、例えて言うならば、

「生まれて初めて、足のつかない深い海へ泳ぎ出て、岸までの距離が遠~くに見える距離まで来ちゃって後戻りできなくなり、伴走する船がいなくて、目的地も見えない時」

って感じかな。

 

まあ、最悪の場合、「生活保護」はもらえるから、

救命胴衣くらいはつけてるのかもしれない(笑)

貯金もいくらかあるので、数時間は浮いていられるのかもしれない。

 

だからね、その恐怖と向き合ってちゃダメなんだ、って思った。

あとはもう自分が「魚」になっちゃうしかないの(笑)

そしたら「溺れる」とかって考えなくてよくなるの。

それしかないよね。もう。

だって、完全に「別世界」なんですもの(笑)

 

もちろん、作家やってた時も会社勤めしてなかったんだけど、その時は「家族」がいなかったからね。まあ、どうにでもなればいいさ的な踏ん切りがついていた。

 

魚になるには、まだ時間がかかるようだ。

 

あとね、いつでも(運営のことを)

「気にしていなければならない」っていうところもあるね。

それは例えて言うならば、

「いつでもコンロでヤカンに火をかけている」感じ。

自分がその火の始末をつけないと、誰もとめてくれはしない。

そういうところ、会社員の気持ちの持ちようと、ぜんぜん違う。

会社員の抱えるストレスは計り知れないけど「気楽なところもあったんだなぁ」と感じる。

 

でも、世界は、確実に、めちゃくちゃ大きく「ガラリ」と変わるよ。

時間の歩みが極端に遅くなり、

その「時間」の中で目に飛び込んでくる情報量が一気に10倍、いや20倍くらいになる。

だから、近所を散歩しただけで、まるでインドの町中を歩いているみたいにキョロキョロしてしまう。

そして、まだ会社やめて2週間しか経っていないのに、すでに2か月以上経過してるように感じる。

 

どちらが「充実しているのか」は、言うまでもない。

 

今日なんか、タンポポの花びらと茎の観察までしてしまった。

こんなことしたの、小学生の時以来だ。

 

そう。小学生の時間の歩みにも似てるね。

「恐怖と緊張感を持った小学生」って感じかな。

 

 

 

 

 

あれからもう13年が過ぎた。

そしてこのたび会社員から独立起業して、自由になって、今これを書いてます。

 

「あれから」というのは、僕が作家業をやめようと決意してた、「最初で最後のサイン会」から。

作家をやめたのは、「食えなかった」から。

そして、つらかったから。

 

まあ、連載とかもしてたので、そこそこは食えてたけど、やっぱ「そこそこ」でしたし、収入の不安から来る鬱の波はほんとヤバかった。

そして「食えなかった」のは、やはり「物語を紡ぎだす才能がなかった」んですね。

そして、エッセイとかなら書けたし、そこそこ自信みたいなのもあったけど、

やってみてわかった。

エッセイストって、生活のすべてがもう、全部「ネタ集め」になっちゃうから、僕に限らずみんな生活の潤いがぜんぶ吸い取られて「乾いたぞうきんを絞るような毎日」になっちゃって、

みんなつらくて鬱になっちゃうんです。(エッセイストは鬱ばかり)

あとは、携帯とスマホが普及して、書籍は完全に売れなくなってしまいましたしね。

 

ま、

みなさんが知りたいであろうことは、このへんまでにしといて、

「あれから」13年間、何をしてたのかと言うと、会社員をやってました。広告制作と、専門学校の先生と、あとはネットビジネス系のIT企業(これがいちばん長かった)。

で、ネットビジネスでそこそこ家族を養えるだけの実力がついたような感じなので、思い切って独立して自由になりました。

 

で、

今、「自由」に戸惑ってます。(笑)

わかりやすい例で言うと、「刑務所から出てきたばかりの元受刑囚」って感じかな。

なにしろいきなり朝9時でも10時まででも寝てていい生活になっちゃったもんだがら、それなりに仕事もしてるけど、どうにも生活のリズムがまだ掴めない。

平日の昼間に仕事してないと、どうにも「罪悪感」ってやつが襲ってくる。

 

いつぞやエッセイかなんかで書いたけど、

「熱出して学校休んだ小学生が昼過ぎに元気になっちゃって、外を出歩いてみて老人しかいなくて不安と罪悪感に襲われる」ってヤツね。

 

なので、

これやっといたら安心な案件、とか、

これやっといたらビジネスチャンスが生まれるだろう案件、とか

いくらでも考えつくので、最初の1週間はガッツリ深夜までそれらに向き合っていたんだけど、そしたらすごく「焦り」が湧いてきて、こりゃイカン。なんのために自由になったのか、「残りの人生を楽しむため」ではなかったのか? と思い、その次の1週間(つまり今週)は、家中のPCがぶっ壊れたこともあって、散歩などしながら、いろいろ考えた。(これ、タブレットで書いてます)

 

で、ラムサール条約で有名な谷津干潟をぐるりと一周しながら散歩してて

「あ、そうだ、日記でも書こう」と思い立ったわけ。

 

僕の日記なんぞを読みたがってる人が、まだ(確実に減ってるけど)いるんだよね。

で、その人たちも、今ではみな「人生高学年」(笑)

 

青春をどのように輝きながら生き抜くか、のテーマを題材にした小説とか映画とか歌とかミュージカルとかはありあまるほどだし、目指すべき人、モデルとなるべき人々もたくさんいる。

でも、僕のような一般人が「これから老後までの年月を、どのように充実させて生きてゆくか」のモデルケースって、少ないと思うんだ。

誰を目標にすればいいんだろう?(吉田兼好?)

だから定年退職とかでみんな、何やっていいのか、わからなくなちゃう。

 

ぞれを、模索しつつ、

文章にしていけたらいいな、と思った。

 

いやあ、それにしても10キロ弱、歩いたんで、疲れたよ。

でも、歩くのって僕にとって「幸せ」だったんだと気づいた4月19日。

「旅」って僕にとっては「明らかな幸せ」なんだけど、なんでかというと「歩く」から。

「世界が開かれる」から。「小さなことにこだわらなくなるから」

そして、歩きながらだと、いろんなことがどんどん希望の波に乗って浮かんでくる。

 

ちなみに今日、思ったこと。

いろいろあるけど、たとえば…

 

「今自分が見ているこの世界は、父が見ることのなかった世界なのだ」

ということ。

 

僕の父は53歳の時にガンで死んだ。

なので、僕は「自分の寿命は53歳」 …とまではいかないにしても

「自分の人生は53歳で終わってもおかしくない」と考えてずっと生きてきた。

 

でも、先月僕は54歳になった。

あとは「余生」だ。

今日を楽しんで生きなくて、どうして幸福を手にできるだろう?

 

明日の不安に怯え、焦り、

どれだけやっても決して足りることのを知らない「努力」、

どれだけ達成してもまた「そこがスタートライン」になってしまうような

「成功物語の、達成と虚脱」を繰り返していて、

果たしてこの先、「幸せだった」と言い切ることができるだろうか?

 

ただ、劣化していくだけではないのか?

 

修正もせず、ただ書きなぐっただけの日記は「作品」とは言えないかもしれないけれど、

もしこの「ゆるゆる日記第3シーズン」がそれなりのテーマを持つとしたなら、

それは「今日をどのように楽しむか」なのだろうと思う。

 

では、また。

ビバ、毎日。

$ゆるゆる日記-スカイダイビング、実感


飛び降りてみた。

スカイダイビング。高度1400フィート。
イン、ハワイ!



実感。
「コイツらみんなキチガイだ!」


いちばん脳の記憶の深いところまで刻みこまれたのは、
やはり「飛び降りる瞬間」。

いちばん「やっちゃいけないこと」を「やっちまった感」強し。
いわば「人間が立ち入ったら即アウト」な空間に飛び込んじまった感じ。

もう「史上最大の作戦」のパラシュート降下部隊のような
有無を言わせないような上手なリードで、
完全に自分のタイミングを尊重してもらえない乳飲み子のような状態で
「即死状態までのカウントダウンの空間」に放り出されてしまう。

でもま、
やはり「高度を増す時の緊張感」とか、「足下をすくわれた自然落下感」とかは、
フジヤマ級ジェットコースターと同じかな。
それの「完璧版」。
飛び降りて3秒間くらいの、
あの「背筋がぞわぞわするっ」ってところまでは、かなり似ている。


それにしても、
飛び込む時のタンデムの兄さんの
足下の重力を操作した貴乃花級の「うっちゃり感」は上手かった。
その日は晴れまくって風もなく、絶好の降下日和だったので、
このタンデムのインストラクターのダイバーは、
まるで終電あとのタクシューの運転手のように、
たんたんと客を胸に抱き抱えて何度も何度も「あの空間」に放り出て行く。

完全、エクストリーム系。

なれど、パラシュートをたたむ時の真剣さったらなかったわ。
正座してたもん。
白人が正座。