Sun, March 30, 2014

『レインわが半生―精神医学への道』(岩波現代文庫)

テーマ:人文・社会科学

R・D・レイン
レインわが半生―精神医学への道 (岩波現代文庫―学術)

精神医学者・精神科医として結局何をしたひとなのかというと、いまひとつその実態がつかめないレインだが、D・クーパーとともに反精神医学の旗手であり、統合失調症を自己実現の一過程としてとらえるなど、精神医学への新しいアプローチを試みたとは間違いなくいえる。

そのような思想へといたるまでのレインの半生が、本書には綴られている。

スコットランドで生まれ育ち、英才教育による音楽漬けの幼少時代を送ったレインが医学を志すのは、なぜ人類はこうも不幸なのかなぜ私たちはこのように苦しんでいるのかという疑問にこたえるためであった。

人間の不幸の原因は人間自身のうちにある。ならば、ひとを動かす精神を探求すればよいと考えるのは自然なことだろう。そして若かりしレインは、そのためには科学的な人になることが必要だと考えていたのである。

したがって意外ではあるが、ある時点までレインは常識的な西欧人として「科学」や「理性」といったものを信頼していたといってよい。

ところが、「科学」に基礎づけられた精神医学を修めたレインが行き当たるのは、同志的つながり、連帯、交友、親交が殆ど不可能か全く不可能となっている私たちの社会の社会=経済=政治的な構造の一境界面としての精神医療の世界であった。

この人間の同志的結合が失われたことに焦眉の課題を見出したレインが、反精神医学へと歩み出すのは当然といえる。レインは、精神医療の制度とともに、医師と患者の「同志的つながり、連帯、交友、親交」を問わねばならないと考えたのである。

つまり彼は、精神医療の政治学から人間学を考えたと言ってよい。それはレイン自身のことばでいえば、基本的な人間の絆そのものの政治学愛の政治学である。

精神医学は科学として洗練され発達したかもしれないが、これからは「絆」を問わねばならない。その「絆」は、「私」であること、「あなた」であることがそのまま許されるような関係から生まれてくる。

患者と医者ではなく、「あなたと私」として向き合わねばならないのだ。

この課題がどこまで果たされたかは、本書では明らかになっていない。精神病者と医者が規則も治療もなく、ただ共存するというキングスリー・ホールの実験的な試みについても何も書かれていない。

その意味で歯がゆさを感じる一編であるともいえるのだが、ひとりの若者がなぜ精神医学を目指し、なぜ科学へ不信を抱き、なぜ「愛の政治学」へと思いを馳せたのかと意識しながら読むことで得るものは多い。

もちろん、レインのいう「愛の政治学」とは、精神医療の世界だけの話ではない。ひとが生きるとき、つねに考えねばならないものなのである。

★★★★☆
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