セミーとレス・ポールの関係
テーマ:セミーモズレーの過去空の高みへと旅立ったレス・ポール。
セミーはきっと天国で、たくさんの人々と共に彼を迎えたことでしょう。
セミー・モズレーは、レス・ポールが自分の少年時代からのアイドルであったと、これまでに何度も語っています。
つまり、セミーの電気ギターのルーツは、少年時代セミーが耳にしたレス・ポールの弾くギター『ラヴァー』ぐらいから始まったのです。
当時レス・ポールは、自分で改造し、造り上げた色々なギターに続いて、契約したギブソン社製の『レスポール』ギターを弾いており、それでレス・ポール独自のレコーディング・テクニックを駆使した革新的とも言えるギター・サウンドを創り出していました。
とりわけ素晴らしいのが多重録音を駆使したスピード感溢れるハイ・ノーツのサウンドでした。レス・ポールはその速弾きを実演でもやって見せていますが、それはギブソン社が発売したレスポール・モデル各種のアナライズへと、ティーン・エイジのセミーを導いていったことは間違いないでしょう。
最初は倍速再生のことさえ知らなかったセミーですが、ギター造りのノウハウを、リッケンバッカーの製作工場で雇ってくれたポール・バースの元で教わってからは、その才能が輝き始めます。
そうしてセミー・モズレーは、トリプル・ネックのギターを考え出します。それはセンターにスタンダードの6弦、下側に8弦マンドリン、上側には6弦の『オクターブ・ネック』を仕込んだ物でした。このオクターブ・ネックが、後にジョー・メフィスのダブル・ネックに採用されることになったのですが、このオクターブ・ネックこそ、レス・ポール・サウンドに近づくべくセミーがたどり着いたひとつの回答でした。
倍速再生でオクターブのアップを図るなら、最初からオクターブ上げたギターを造ってしまえば、後は速く弾くだけだという訳なのでした。要するに少年セミーは、ステージ・ライブで自らをレス・ポールと化したかったのです。今も昔も、憧れに一歩でも近づきたい気持ちは全く同じでした。
他にセミーがレス・ポールのギターから学んだのはフレットです。
60年代頃までのモズライトの大きな特徴であった細く低いフレットは、明らかにジョー・メフィスのダブル・ネック・モズライトを造った1954年に、ギブソン社のレスポール・モデルに加わったカスタムの別名『フレットレス・ワンダー』から来ているのです。
当時、ジャズ・ギタリストが好んだといわれるこの『フレットレス・ワンダー』ですが、モズライトの場合は、ジョー・メフィスのような速弾きのプレイヤーが顧客に多かったという事よりは、セミーがレス・ポールのような弾き方にあこがれた結果が皆に支持されたと言ったほうが、やはり自然かもしれません。
そういったセミーのレス・ポールへの関心とベター・ギターへの試行錯誤が、他にも、速弾きをするためのネックのリシェイピングや弦高の設定、さらにピックアップの研究と選択へと発展して行き、やがてヴェンチャーズのリード・ギタリスト、ノーキー・エドワーズの訪問となったのです。
ご承知かもしれませんが、ノーキーもセミーもアメリカのオクラホマ生まれでした。生まれた年も1935年。
そしてふたりは少年時代からレス・ポールがヒーローで、その速弾きが大好きだったのです。
ノーキーも最初はセミー同様にレス・ポールのレコーディング処理を知らなかったために、必死になって速弾きを練習したそうですよ。
セミーのショップの顧客にはダブル・ネックのジョー・メフィスに加えてマール・トラヴィスもいるわけで、初めて会ったはずなのに話が弾まないわけは無いのです。このセミーの速弾きカスタム・ショップ?から、帰り際に借りていったギターのひとつが、やがて皆が知る『ヴェンチャーズ・モデル』へと発展していきます。
全ては『少年セミーのレス・ポールへの憧れ』から始まっていました。 彼のように音を出したいという想いが、様々なアナライズを懸命にセミーにさせることとなり、それらはセミーを着実にギターの専門家へと成長させて行きます。
1952年にギブソン社から『レスポール・モデル』が登場したことにより、その想いはさらに加速したはずです。さらに聖職者のレイ・ボートライトは、セミーのギター製作を応援します。レス・ポールの弾くスーパー・スピードのハイ・ノーツ、あの音をステージで出したいという気持ちが、やがてジョー・メフィスのダブル・ネックで世に知られる、あのオクターヴ・ネックを生み、C&Wの世界で西にモズライトありを全米に広めます。さらにセミーの加工した速弾き用のリシェイピング・ネックは、それを知ったノーキーを呼び寄せ、そこからヴェンチャーズへと繋がっていったのです。
モズライトの創造者はセミー・モズレーです。でも振り返ればその始まりも成長も、全てレス・ポールあっての事だったのです。彼の存在なくして、セミーのモズライトは生まれなかったかもしれません。自らの電気ギターを造りだし、サウンド・イノベーターであり、94歳まで自身のモデルを弾き続けたレス・ポール、本当に偉大な人でした。
きっとセミーとたくさんの人々が、彼の到着を天国の門で待っていたことでしょう。
氏のご冥福を心よりお祈り致します。







