大久保利通の像
テーマ:歴史・ドライブ先ほどの里程元標の後に撮影。
NHKの大河ドラマ「篤姫」にも頻繁に登場する大久保利通。その大久保利通の像です。鹿児島中央駅にほど近い場所にあります。
「為政清明」は大久保利通の座右の銘。「政治を行う者は清らかでなくてはならない。」とか「政治に携わる者は私心を捨てて尽くさなくてはならない 」という意味。
(ちなみに、大久保利通の盟友である西郷隆盛の座右の銘は「敬天愛人」だそうです。また写真を撮ってきたら紹介しますね)
日本の近代国家の礎を築いた大久保利通。歴史を感じるなぁ~。
その大久保利通。最後は非業の死を迎えます。以下は、NHKの「その時歴史が動いた」から抜粋させてもらいました。興味がある方は読んでみてね。
明治11年(1878)5月14日出来事:大久保利通暗殺される
1878年(明治11年)5月14日朝8時半、明治政府の最高実力者・大久保利通 が、東京紀尾井町で暗殺されました。政府の政策に不満を持つ士族たちの手によるものでした。 その10年前、薩摩藩士だった大久保は、西郷隆盛らとともに江戸幕府を倒し、明治新政府をうち立てその中心人物となります。そして、視察に訪れたアメリカやヨーロッパで、日本を根底から改革し、近代国家としなければならないと考えます。 そんな大久保にとって大きな壁となったのが、自分の出身母体であり、旧体制を維持し続けていた士族でした。大久保は、強い信念のもと、士族を解体する政策を次々と断行していきます。これに対して士族の反乱が相次ぎ、やがて西南戦争が勃発。大久保は、この戦いで親友西郷を失います。困難の末にようやく、自らの思い描く国家建設を始めようとしたその時、大久保は非業の死を迎えます。 しかしその後、大久保が抱いた構想は、後輩の政治家たちに受け継がれて実を結び、日本は近代国家として大きく発展します。大久保は死してなお、日本を動かしたのです。



。2005年8月から始めました。
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1 ■リンク報告
はじめまして。カミタクこと神山卓也と申します。
鹿児島の魅力を紹介する拙HP「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」
http://homepage2.nifty.com/kamitaku/kagoonin.htm
内のサブ・コンテンツ「大久保利通銅像訪問記
http://homepage2.nifty.com/kamitaku/KAGKAN81.HTM
から貴記事にリンクを張りましたので、その旨報告申し上げます。
今後とも、よろしくお願い申し上げます。