テーマ:おいしい珈琲いかがですか
2011-08-31 14:47:54

台風くらぶ

今日で8月という夏のカレンダーが終わる。カレンダーをめくると、暦の上では秋。
大型の台風が日本を直撃するらしい。ゆっくりと、残った暑さを回しながら日本列島に向かって来る様は、何故かわくわくする。

昔のこと、私がまだ青年で会社勤務をしていた時、アルバイトで使っていた学生がいた。ちょっと、変人だったのだが、今で言う、山里(やまちゃん)が話すこととよく似ていたことを思い出した。当時彼は、しきりにおにゃんこクラブのことを話題にしていた。私は、その彼とは私のニューヨーク時代にも接点がある。オタクと呼ばれる初期の人間だった。変な男だったが、何故か面白く、私にとっては時々思い出す。

彼が私に、アルバイト時代に見た、工藤夕貴主演の映画「台風クラブ」は面白いといっていたいたことを思い出す。若い子が台風が来ると、何故か興奮して騒ぎ出すという映画内容だったような。
台風は、強烈なエネルギーを運んでくる。
そのエネルギーは秋風と共に消えるのだろうか。
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2011-08-25 16:54:02

まだ、夏の日。

毎年のように去りゆく夏には、ほのかなる想いを感じる。
まだ、秋が訪れた訳ではないのだが、気持ちの上では、夏と秋とが同居をし始めたのがわかる。この同居をしているときの気持ちが、不思議とくすぐったい。
空一面に広がった何層もの雲に隠れて秋が走っている様を思う。夏は、まだ私の肌に纏わりついているのだが、それも、ようやくしがみついているかのようだ。

小さいときには、夏休みが終わりそうになって、また学校に行くということを考えると甘酸っぱい郷愁を感じた。だからというわけではないが、そっと、誰もいない学校へ行ってみた。やはり、誰もいず、そのまま自転車で夕方の暑さを味わった。

カナカナという鳴き声に釣られて、その声の主を探すのだが見つけられなかった。

薪の煙が、目に染みた。
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2011-08-22 16:41:48

涼しい夏に

このところの涼しさは、まるで眼の縁に溜まった涙の行き先を感じさせる。眼を瞬かせたら、頬をツーっと伝わって途中でその滴が皮膚に溶けていくような。
空を見ると、眼の奥に溜まった滴のたまり場のようだ。

飽きないほどに、日々が過ぎていく。まるで幸せが、日々に薄く貼り付けてあるかのような錯覚を覚える。すべて毟りとってしまった後には、きっとケロイドのような傷跡が見えるのかも知れない。ただ、このケロイドはよく見透かしてみると、南国の島々での日々のような記憶を蘇らせる。

あっという間にもうすぐ9月を迎える。しかし、その先に、覚えていなければならない予定などはありはしない。
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2011-08-11 13:34:59

昭和の、ある夏

夏の気怠い午後には、昔の思い出が蘇る。

まだ、昭和という時代がみんなの心に深く横たわっていた時、私は夏休みを迎えていた。
外に出ても暑く、家にはまだクーラーなるものがなく、家は木造だったので微風が吹くと、心持ち涼しさを部屋に運んだ。畳にみんなで寝転んで、じっとりと汗をかきながら、うつらうつらと午睡をむさぼった、あの時。私が10歳ぐらいのことだった。

今、ふと思い出したけれど、何故か友達と昼寝をするということをしていた。その中には、私が仄かに想いを寄せた女の子もいたような気がする。その子の家でみんなで昼寝をした。夏の暑さが女の子の薄いブラウスを少しだけ濡らしていた。みんなの首筋にはうっすらと汗が浮いていた。

夕方になって、涼しい風が家の中を徘徊し出すころ、ボーっとした頭でその子の家を後にした。まだ、アスファルトが今のようにしっかりとしたものではなく、何となくコールタールが熱さの為に浮き出ていた。私が履いていた運動靴が、道路にくっついて歩きにくかった。足裏が焼けるように暑かった。

私の家にたどり着いても、暑かった。家の庭では父と母がホースで水を庭に撒いていた。私を見た父が、私の足下に水をかけた。父から母へと渡ったホースは私の胸から頭に水かけ始めた。気がつくと、弟も姉も、全身がびしょびしょになっていた。

私は、嬉しかった。
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2011-08-04 15:15:58

折々の記 八月

ある時から、いや吉田秀和全集の中に書かれていた永井荷風の一節を読んだときから、いつか永井荷風を読もうと思ってから随分と年月が経った。

私は仕事柄頻繁には外出をしない。多くて、週に2回ぐらいだろうか。だから、その外出をする時を図って電車の中で本を読むようにしているので、中々ほんを読んだと言えるほどには読んでいない。

「新橋夜話」の中の短編で、掛け取り、というのを読んだ。どうしたら、ここまでの文章が書けるのかと溜息が出た。そう言えば、少し北原亜以子が持っている情感がそれに近いかも知れない。藤沢周平も、しっかりと読んでみたいと思っている作家だが、この永井荷風の風情とはちょっと違うかも知れない。なんと言っても、江戸の香りがまだ漂う明治から生きていた、人なので、荷風が生きていた時代を書くことが、当時のコンテンポラリーと言える。だから、今の作家にそれを望むこと自体が可笑しいとは思うのだが。

荷風を論ずるなどという大それた考えは全くないし、それほど、私は本をたくさん読んでいるわけではない。もう、何年もというか、十年以上、ある種の本しか読めなくなっている。たとえば、ヘミングウェイ、そう書くといかにも時代がかっているようだが、ヘミングウェイも何年越しかで 武器よさらば を読んでいる。どこが面白いとは言えない。ヘミングウェイを読むと、若いときに読んだマルローが頭をよぎる。

私はあと何年、本を読めるかわからないが、読もうと思っていた本だけを読もうと思う。そして、死ぬんだろうなと思っている。
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2011-07-15 18:19:23

月の腕輪 7(小説)

 トントン、トントンというガラスを叩く音で、茂は過去から戻った。
「茂、いるんでしょ?」小さな声で茂を呼んでいる。梨恵だった。
「あれ、どうした。いつ東京にきたんだ?」
 優しさに満ちた声で梨恵に茂は問いかけた。
「昼過ぎ。さっきまで、ちょっと寝ていた。母さんが幽霊でも見に行ってきたら、て言うんでね。」
「あー、あれか。」
 茂は、さもじろうが言っていた幽霊と、あれからすぐに遭遇した。出てみると、最初から知っていたせいか恐怖はそんなには感じなかった。ただ、そいつの出てくるときの、寒さは嫌だった。ぞーっとする寒さだった。例えていうなら、インフルエンザにかかった直後に感じるあの悪寒に似ていた。それから、つけている電灯が急にバシバシと点滅を始めるのも、茂には嫌だった。それ以外は、慣れてみると、相手は幽霊なんだという気持ちさえ持っていれば冷静さが保てた。さもじろうの部屋は茂の真上だから、そこと茂の部屋しか出ていないらしい。よその部屋から、そいつが出たという話は、まだ聞いていなかった。
「なんだ。幽霊を見に来たのか。だけど、いつ出るかわからないよ。梨恵がいる間に出るとは限らないからね。」
「そう、残念ね。私の芸術的インスピレーションを高めようと思ってたんだけど。」
 梨恵は、京都にある美大に通っていた。日本画を画いていると本人は自慢していた。先生にひどく可愛がられて、マスコットとして皆から好かれていた。最近、特に、その先生のことをひどく好きになったらしい。
「僕も、家に行くわ、ちょっと待っててくれる。あ、そうそう、これがさもじろうが画いた絵なんだけど。どう?ちょっと不思議な絵だと思うんだけど。」
「どれどれ。目。ふーん。モチーフとしてはおもしろいわね。結構、優しさがある人かもね、この人。優しさを感じるわ。」
「あのさ、この絵なんだけど、この目に見覚えないかな、梨恵は。」
「わからないわ。」
「そうか。ま、いいか。じゃー行こうか。」

 二人は家に帰る途中、茂がよく行く喫茶店によった。私鉄沿線の駅と駅の、ちょうど中間にある茂のアパートから、商店街のある通りに出て、少し繁華街になりかかるすぐ手前にある、その喫茶店はいつもジャズがかかっていた。JBLのパラゴンと真空管式のアンプから出るジャズが、茂は大好きだった。

「こんにちは。どうも。マスター、大丈夫ですか?」
「外の様子、どう?雨降りそうだったけど、降って来た?」
 外真戸真一という身長が180センチを超えている、痩せぎすでキレイに口髭を蓄えたマスターが茂に尋ねた。
「だから、茂のアパート入った時、すごーく臭かったんだ。肥だめの臭い。よく、あんな臭いところにいるわよね。私だったら、気が狂っちゃうかもね。」
「マスター、コロンビア下さい。理恵は何を飲む?」
「ブルマン。ありますか?」
 梨恵と茂は、京都にいる父親のことを話した。友禅染めも、もう廃れ逝く仕事で、注文はそんなに多くないことや、NHKの大河ドラマの衣装に使われている京都の貸衣装屋さんが結構経営的に厳しいことなどを、梨恵は茂に訴えた。
「母さんのところも、結構きついんだ。そうすると。」
 洋子は、留袖に紋を描く仕事を、茂の祖父の元で手伝っていた。祖父の利一郎と茂とは血は繋がってはいない。茂と梨恵の父である利一は、利一郎の恋女房の連れ子だった。利一郎は、利一を、京都にいる世話になっていた友禅絵付け師に弟子入りさせた。随分と昔の話しだった。その師匠の末娘が洋子だった。

「茂さん、まだ、学生運動しているの。来年就職でしょう?ほどほどにしたほうがいいよ。」
「うん。」
 マスターがさりげなく尋ねた。マスターは60年安保の時に、樺美智子と一緒に、デモの最前列で戦ったことがあると茂に語ったことがあった。その後、挫折をしたと自嘲気味に語っていたことを茂は、梨恵に語ったことがあった。。
「茂は、まだデモに行っているんだ。もう、デモブームも下火だって聞いたわよ。メットは何色被っているの?」
 梨恵は耳学問で、結構、世の中のトレンドとか情勢に詳しかった。
「最近は、赤ヘルなんだ。後ろの方で見張りなんかをしているかな。」
「馬鹿じゃないの。」
 梨恵は本気で、茂のことを怒りだした。マスターは、静かにコーヒーを二人の前に置いた。

 外では、雨が降り出していた。
 外の道路を走る自動車の音が、シャーという音に変わり始めた。
テーマ:おいしい珈琲いかがですか
2011-07-11 16:00:30

月の腕輪 6(小説)

 茂はさもじろうに不思議な親近感を抱き始めていた。さもじろうは、飄々としており、全てに対して素直だった。茂と話をしていても決して妥協をするようなことはなかった。茂は、さもじろうと話していると自分が何を考えて、また自分の行動の意義をいつも話さなければならなかった。さもじろうは、茂の答えを聞くのが好きみたいだった。

 茂は、さもじろうが置いていった目玉の絵をじっと見ていた。さもじろうは、絵本作家になりたいと言っていたことを思い出した。茂は、キャンバスの中に目だけの絵を画く、さもじろうという人間は、どんな男なんだろうと思った。その絵は、優しい眼かと思うと悲しみと憎悪に満ちているようにも見えた。
 茂は、絵を見ていたら、小学生の高学年になろうとしていた時に知り合った「カキ」という自分より三つ年上の少年の眼を思い出した。
 カキは遊ぶことは何でも知っていた。

「おい、お前、東京から来た子だろ。」カキは茂にそう話しかけた。
 茂は夏休みになると三浦岬の手前の親戚の家に預けられた。その時は、まだ、父親と年子で一学年下の妹、梨恵がいた。梨恵と茂は夏休みの間中、久里浜の母方のお婆さんの家で過ごした。
ひと夏が長かった時もあれば、短く感じた時もあった。だが、カキと知り合った2年間の夏は短かったように茂は感じた。

「カキ、どこへ行くの?」
「お前も来るか?」
「うん、行こうかな。」
「あのよ、この川の上流からよ、筏に乗って来ようかと思ってんだオレたち」
「おれ、ばあちゃんに聞いてくる。行ってもいいかどうかさ。」
「お前のばあちゃん、オレはちょっとな。」
「ちょっと待ってて」

「ばあちゃんはどこにいるの?」
「駅前に買い物行ったよ。パチンコしに行ったと思うよ。なに?茂」
「怜子ちゃん、僕、カキと一緒にあそこの川の上流から筏で下ってきてもいい?」
「何だって。馬鹿だね、お前は。いい訳ないだろう。あぶないよ。」
「なんでさ。だって、おもしろいよ。」
「川を下るなんて、なんでおもしろいもんかね。とにかく、駄目だって言ったらだめだよ。」
 茂は心の中では、川を筏で下るなんてことはとても危険かも知れないと思っていた。しかし、一方ではそんな冒険をすることを強く望んでいる自分がいた。怜子は茂の叔母、洋子の妹で、ここ久里浜で洋子の母親の喜久枝と暮らしていた。

「カキ、おれは一緒に行かない。」
「ふーん。そうか。」
「でも、どこから下るかさ、一緒に行って見たいな。」
「しげる、しげるんちの裏にある、川に下ってくるから、おまえさ、それ待ってろ。」
「誰が一緒に行くんだって?」
「竜一、ゆきお、オレ」
「えー、ゆきおも行くんだ。」
 竜一とゆきおは兄弟だった。喜久枝が住んでいる集落の外れに、いつ崩れ落ちてもいいような一軒家に何世帯かで住んでいた。電気はなく、畳もなく、ゴザを敷いたところで生活していた。茂は、ゆきおの父親のことを見たことはなかった。ゆきおと竜一は、この集落のいろいろな家から、使いっ走りを頼まれて、小遣いを得ており、それが生活費になっていると言う噂だった。ゆきおは、小学生低学年で、竜一より二つ下だった。竜一は、知能障害のせいで、計算ができなかった。
「じゃーな」

 カキは茂に、満面の笑みを浮かべて、走り去っていった。
 カキは違う集落にいた。そこの共同アパートの一室で母親と暮らしていた。横須賀ベースに駐留していた米兵の息子だった。年の割に、背がスラーと高くて、ハーフということで、眼がちょっと緑がかっていた。髪は軽くカールしており、目は涼しげで、夏の暑さの中で、常に爽やかな雰囲気を醸し出していた。頬に一筋の深い傷があった。年上の女を巡って、地元のやくざに傷つけられたと、ゆきお達は言っていた。
 喜久枝の家から、カキを見送りながら、茂はトンボを目で追っていた。そのトンボは、急に空に向かっていなくなった。茂はゆっくりと足で地面の土を蹴りながら、川の方へ歩いて行った。途中、向日葵が大きな花を咲かせているのを見て、自分の背丈と比べてみた。隣の家の便所の小窓を覗いてみたりした。遠くから、梨恵が遊んでいる声が聞こえた。女の子同士四~五人でゴム縄跳びをしているらしかった。
 茂は、川の畔にいた。川と言っても、川幅が五メートル位の小川といってもよい。川底には蜆がたくさんいた。しかし、まずくて、この蜆を食べるのは、ゆきおの家ぐらいだった。
 川に、少しつきだした小さな艀のような板があり、そこから、大きな四つ手で小魚をすくい取るための小屋があった。茂は、その小屋の隣で、川の流れを見つめていた。思った以上に小魚が泳いでいるのが意外だった。鬼ヤンマが飛んできた。川の向こう岸に散在している家々の生活の音が聞こえていた。
 随分と待っていて、退屈していると、向こう岸の向こうの方から、カキとゆきおと竜一の三人が筏を持って歩いてくるのが見えた。
「どうしたの。」
「途中で、筏が壊れちゃったんだ。」
「むずかしいべ。」
 ゆきおが、洟を垂らしながらしたり顔で言った。
「馬鹿、ゆきおが悪いんだべ。お前がよ、大騒ぎするから、橋にぶつかったんだべ。」
「カキ、凄いね。」
 茂は、冒険心のあるカキを尊敬して、カキ、カキと言っていた。
テーマ:小説
2011-07-01 18:10:55

月の腕輪 5(小説)

 空調が全くない和楽荘は、自然の移り変わりが部屋にいてもわかった。外の気温が、日一日と下がっていくと、スリーシーズン用の寝袋では寒さを感じ始めた。
 隣の五十代の女性は名前を西小路と言った。朝日が昇るか昇らないうちから壁越しに、炊事の音が聞こえた。また、向かいの部屋に住む母娘も朝早くから出かけた。茂は、誰もいないと思い、ギターでフォークソングを弾くようになっていた。

茂がアパートを借りてから二週間ほど経ったある日、、アパートの二階へ至る金属製の外階段で、ドテラを着た、顔がいたって小さく、半分坊主頭で、背は一八〇センチぐらいある青年に茂は会った。
「おたく、歌がうまいね。」
「え、歌って?」
「ギターでフォークソングよく歌ってるだろう。」
「聞こえてますか? すみません。」
 茂は、しどろもどろになりながら、自分が昼間歌っていることへの迷惑を詫びた。
「聴いているんだ。本当にいいよな。プロみたいでさ。神田川だっけ、あれいいな。」
アパートの住民の一人、さもじろうという絵描きの卵に茂は会った。
 さもじろうと茂が初めてアパートの近くにある『天狗』という赤提灯でお互い飲めない酒を飲みながら語ったのは、お互い将来何になるかと言うことだった。お互い少し酔っ払ってきた。
 さもじろうは、赤い顔をしながら、茂に、知っててあの部屋を借りたのかと尋ねた

 さもじろうは、茂が住んでいる部屋は、隣の母娘の息子が住んでいたと言った。二階に住んでいる伊埜というタクシー運転手をしている男の高校の同級生だという話だった。
 息子の名前をさもじろうは覚えてはいなかった。とにかく、その息子はかなりの悪で、母娘には重荷だったらしい。その息子には二人の妹がおり、下の娘が一八歳の時、今から三年前のこと、息子が所属していた暴力団で息子が賭博に負けて、ものすごい金額を借金したそうだ。母娘は金を工面するのに大変だったらしい。その借金の形で姉が暴力団の息のかかったクラブで働かされることになった。妹は風俗に売られるということになった。息子にとっては、やはり妹ということで、暴力団の親分に指を詰めて、妹には手を出さないで欲しいと懇願したそうだ。
 しかし、ある日、組の若いのが二人このアパートに、下の妹を連れにやってきた。そのことを知った息子はあわててアパートに駆けつけてきて、大騒ぎになったらしい。自分の部屋、すなわち、今、茂のいる部屋で話し合っていたのだが、やくざ同士ということで突然切れて、息子が匕首で一人の心臓を突き刺し、逃げるもう一人の首付け根を後ろから切りつけたとのことだった。凄まじい血の海の中で一人のチンピラは死んでいたそうだ。警官が来たときは、息子は部屋で黙って座っていた。それ以来、妹の方は、ああしてほとんど部屋から出なくなった、ということを、さもじろうが話した。
 茂は、まさか向かいの部屋に妹の方が居るとは思わず、赤面してしまった。ひと月が経つけど、そういえば何人であの部屋に暮らしているのかわからなかった。
「ぼくの部屋で、人が死んだの。えーっ、聞いてないよ。」
「息子が殺人犯でさ、懲役十八年の実刑だってよ。可哀想に、世間に対して顔向けできないんだな。家族は悪くないんだ。家族が一番の被害者なのにな。」
 茂は急に気持ちが悪くなって、居酒屋の隣の、半分が空き地になっているところで、ゲーゲー吐き始めた。さもじろうは、茂に何故か詫びながら、二人でよろよろとアパートへ帰って行った。帰る途中、茂は泣き始めていた。その時、さもじろうが意外なことを話し出した。
「俺はな、そのチンピラの幽霊をよく見るんだ。そいつ、自分が死んだことを知っていなんだな。そもそも、そこがお墓だろ。いっぱい幽霊がいてもいいのに、そいつだけ出てくんだな。」
「えーっ。お化け。おれは霊感が全然無いから。きっと呪い殺されちゃうよー。」
「そいつわさ、アパートの敷地から出られないみたいで、いわゆる、その空間だけにしか出られないっていう幽霊。なんてったけ、ポルターグスターってやつ。」
「ポルターガイストって、物が動いたり、ドアが勝手にしまったりするやつ?」
「うーん、ちょっと違うな。そいつは、アパートの敷地内だけでしか出てこないんだ。」
「さもじろうは、そいつとよく話しするのかい?」
「俺は絵描きだから、そいつのこと、結構ありがたいんだ。なんか、そいつが出てくると、俺、芸術家になったようなきがしてよ。」
 二人は取り留めなく、そいつのことを話していていた。

 「伊埜さんもそういつを見るって?」
 「見んらしい。隣の部屋だからな。伊埜さんはここのアパートの大家の代理だし。」
  二人は気があって、それからも数回酒場に行った。
テーマ:小説
2011-06-24 17:21:29

月の腕輪 4(小説)

 暗くなってから見たそのアパートは家賃が二万千円ということで、汚くうら寂しく、茂には思えた。まず、汲み取りの便所で、玄関を入ると臭かった。
「茂がここでご飯を食べる訳じゃないし、ただ、どうせ寝るだけでしょ。」
「まあ、そうだけど」
「あら、ずいぶん騒々しいのね、天井で猫でも飼っているのかしら。」
「あれは鼠ですね。一応、家主に言っておきます。」
「ザザザーって、あれ、鼠が天井を走りながら滑っているんじゃないかな」
「そういう時は、箒で天井をドンドンって叩けばいいんですよ。」
「ほら、静まったでしょ。」
「茂、どうするの?鼠がうるさくて寝られないかも。」
 茂はこのアパートに住んでいる人はどんな人かを店員に尋ねた。彼は、みんないい人ですよと、当たり障りの無い答えをした。アパートは、古い民家に二階を増築したような作りになっており、アパートの敷地に入ると5坪ほどの庭があり、縁側がある部屋は今は母娘三人で暮らしており、玄関を入ってすぐ右の三畳間には五十代後半の女の人がおり、その人は朝早くから夜遅くまで働いているらしい。そして、廊下を挟んで右が、茂の部屋になる。二階は外の鉄製の金属階段で上がって行くのだが、二階は三世帯とも独身の男だった。便所掃除は一階は女世帯なので、当番制にしているが、茂は男だがどうするかと、不動産屋が聞いてきた。
「いいですよ。当番で。二週間置きにするんですね。」

 洋子とサキと別れて不動産屋に茂だけ戻って、仮の賃貸契約を結んだ。アパートの鍵をもらい、駅前からとぼとぼとアパートへ向かって歩き始めた。

 十一月に入り、北風が冷たく感じられる。茂は、美里がくれた毛糸の手編みのセーターとマフラーに懐かしさを感じた。線路沿いに、歩きながら時折ゴーっと言う音で通り過ぎて行く電車を眺めて、飛び込んでみようか、などと考えた。茂は、電車を近くに見ると思った以上に大きいので怖くなってしまった。
 子猫が線路に迷い込んでいるのが目に入った。みゃーみゃー泣いている。電車は見当たらなかったので、茂は線路に入り込んで子猫を抱き上げた。
「お前は自殺する気か?電車にはねられたらお前のお袋さんが悲しむだろう。ところで、お母ちゃんはどこにいるんだ?」
 茂は子猫に話しかけながら、周りを見回した。遠くに見える駅から電車がこちらにくるのが見えた。
「おい。こっちにみゃーみゃーはいるぞ。」
 茂は子猫を探しに来た親猫に呼びかけた。柵の向こうをゴーッと言う音が通り過ぎた。

「あら、早かったわね。何かとりに来たの?」
「腹も減ったし、それに考えたら、あの部屋で寝るのに寝袋がいるじゃない。それに、掃除機も必要かなと思って。」
 茂は、夜更けてから寝袋と掃除機を抱えて和楽荘へ帰っていった。途中にある、長く続くお寺の塀の向こうにたくさんのお墓があるかと思ったらいい気持ちがしなかった
 和楽荘は静まりかえっていた。
 引き戸の玄関を静かに開けて中に入ろうとしたら、茂が想像していた以上のガラガラガラという大きな音にびっくりした。不動産屋が言っていた、50代後半の女の人の部屋の戸が開いて、茂を睨みつけた。茂は聞こえない声で、すみません、といって、廊下を歩いて自分の部屋に入ろうとしたら、今度は向かいに住んでいると母娘の部屋の戸が少し開いて、茂を見ていたのに気がついた。そこにも、消え入りそうな声で、すみません、と言い自分の部屋に入った。
 部屋の裸電球の光は、茂の悲しみを増長させた。
テーマ:小説
2011-06-20 17:06:01

月の腕輪 3(小説)

 駅前にある不動産屋まで、二人は歩きながら、愛犬サキの散歩を兼ねた。サキは散歩に行けることを喜んで、ぐいぐいと洋子を引っ張るようにして歩いていった。茂の前を歩く洋子とサキを眺めながら、茂は何故、自分が美里と別れるに至ったのかを考えていた。
 美里が、辰巳健郎と知り合ったことが原因であるということはわかっていた。しかし、もしかすると、茂自身の気力のなさや、毎日を惰性で生きているかのごとく感じさせる茂から発せられるマイナスのエネルギーということも原因だということに、茂は思い当たった。茂は常に、何かに苛立っていた。その苛立ちは、母親である洋子には決して向けられるものではなかった。しかし、美里には、その苛立ちの感情をむけていたことは事実だった。
 
 「嫌な子ね。美里さんって、本当に。」
 気がつくと、洋子とサキは茂と並んで歩いていた。道幅が広くなり、クルマもあまり通らない道を歩いていた。畑の向こうにある家から電灯が点いた。
 洋子の口ぶりは、茂が失恋した相手の美里が憎くてたまらないようだった。
 「美里さんってね。そもそもね。お母さんがよくないわよ。」
 「本当にいやな母親だと思うよ、僕もね。」
 茂は美里の母親が大嫌いだった。美里が小さいときに、母親からうけた躾けの厳しさに、茂なりに反抗的な共感を覚え、それに対しての反感を通り越して憎しみすら感じてしまっていた。また、表だっては言わないが、美里の家族からの茂に対する評価の低さを、茂は感じていた。茂が美里と隠れて交際しているという後ろめたさも、美里の母親への嫌悪感を増長させていたのかも知れない。
 美里の父親、敦は中学を出てすぐに働きに出た苦労人だった。人柄と会社に対しての滅私奉公の功が評価されて先日、副部長にやっとなれた。大学卒業で副部長になれる年齢と同じだから、その働きぶりは凄まじいものであった。上司の家への送り迎えから始まり、まるで会社中毒そのものであった。しかし、家での敦はマイホーム・パパを目指しており、とにかくよく動いた。座布団に座っていても、いつも腰を浮かしており、へらへら顔が板についており損害保険業の職業柄か、茂に対しても、いたって愛想がよかった。そんな夫を顎でこき使う澄江は、地位とか名声が全てであった。澄江は、裏千家の免状をよく自慢げに茂に見せていた。どこそこの大金持ちと一緒の茶席になったとか、よく茂は聞かされた。

 「裏千家なんてね、お金で資格を買うのよ。」
 洋子は、かって表千家のお茶の師範代をしていた。茂にとっては、裏だとか表だとかの区別はわからず、お茶の話になると、黙って聞く側に徹していた。

  不動産屋までの20分近くの距離を、洋子は美里の母親の悪口で終始した。茂にとっては、美里の母親の悪口を聞くのは、心の隅にある塵を取り払うようで気分がよかった。恐らく、こんな感情も、美里に嫌われる原因になったのかもしれないと、茂は考えた。
  洋子は、決して美里の悪口を言わなかった。茂が、まだ未練を持って打ちひしがれている姿が、洋子の心も暗くしていた。

  私鉄沿線の駅前にあるその不動産屋を訪ねるのは、茂にとって初めてだった。駅前にある小さな本屋に自転車で来る序でに、不動産屋の入り口に張り出されている賃貸物件はよく見ていた。二人は幸不動産という名の、いかにも地元のアパート専門の業者のガラス戸を開けて中に入った。サキは表の電信柱の横に座り始めて大きな欠伸をして、ブフッと小さく吠えていた。
 応対してくれた男は、袖口が垢で汚れたシャツをだらしなく着た、頭髪が薄くなり始めた35,6歳ぐらいの小太りの店員だった。
 洋子は家に居るときは和服をいつも着ていた。どこかに出かけるときとか、サキとの散歩には洋服に着替えて出かけるようにしていた。長い髪をアップにすると襟足が綺麗で、中年の男はよく見とれていた。外出には、いくつもあるツバの広い帽子の中から、その時の洋服に合わせて選ぶのが常だった。洋子の肌は白く、年には似合わないスリムなスタイルは、口紅だけの化粧っ気のない顔を清楚に見せていた。
 洋子は、21歳で茂を生んでいた。
 店員が洋子にお愛想まじりに話しているのを横で聞いていた茂は、表にいるサキを眺めていた。
 
「茂、このアパートはどう?」洋子は、今住んでいる家から7~8分のところにある六畳と三畳のキッチンの間取りで、トイレ共同、風呂なしの物件を茂に見せた。茂は、とにかく家を出て、今の境遇に変化をもたらしたかったので、どこでもよかった。
「ああ、いいんじゃないの。」と茂は同意した。その木造二階建てのアパートは築二十三年で、そろそろ立て替えをする予定があるとかで、不動産屋に言わせると出物とのことだった。
「今から、見に行って見ますか?」店員は、妙に乗り気になって、すぐにクルマを用意すると言った。
 三人でクルマに乗り込むと、店員は、お姉さんは僕の横の助手席にどうぞと言った。洋子は、黙って助手席に乗り込んだ。サキは茂の横で後部ガラスから、遠のいていく景色をじっと眺めていた。
「クルマだと近いんですよね。あそこの信号の先を左に曲がって、すぐですから。」
「ここは瑞祥寺よね。」
「そうです。お寺なんで、夜なんかはとても静かですよ。この塀、百メールぐらいありますけど。そういえば、奥の塀の向こうはお墓なんですよね。」
「やーね。夜道はちょっと怖いわね。」
 店員は、何か言いかけたが躊躇をして言い淀んだ。
「ここです。突き当たりの左にあるアパートです。名前は、和楽荘って言います。」
 茂は、そのあまりにも古ぼけた汚らしいアパートを見て、家に戻りたくなった。

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