ちょっとその前に・・・。

<邦画のシェアが21年ぶりに洋画を上回る>というニュースを、過日、ぽりさん ちで読んだときは、うれしかったな。洋画も大好きなんだけど・・・。
この間、「大奥 」を見たとき、東映は元気だ!と実感して感激していたところだったので、二重にうれしかった。


bushi

武士の一分 公式ページ(


暮れに見たMは「よかった。キムタクもなかなかやるな」と言っていましたが、期待以上でした。


ファーストシーンからよいです。

東北の海坂藩(藤沢周平の故郷、鶴岡市にあった鶴岡藩がモデル)の下級武士の家の中。
新婚夫婦かな、ういういしい若々しい好もしい二人と、老僕がいる。
それで、キムタクの三村新之丞は、ほんとにそういう武士(見たことはないから、いかにもそういうイメージの、というべきか)なんだなぁ。
妻と話していて、方言のイントネーションで「あほだの」と軽口を言うとき、若い武士がどれだけ妻をいとおしく思ってるかがわかり、しかも貧しいながらも武士であり戸主であるという自覚(誇り)をもつ男であることがわかったのだった。「なかなかやるな」以上に、ファーストシーンで感動してる私(--; なお、いつもはとくにキムタクファンというわけではありましねぇ。


老僕(中間・ちゅうげん)の笹野高史も、うまいんだよねぇ。どの登場人物も方言がよかったけど、この人のセリフはとくに方言が効いていた。
きちんと上下の関係ができているのだが(当たり前だけど)、仕えながら保護者のようになる瞬間もあって、新之丞との距離が一定じゃない。セリフや表情からそんなことが見えて、とてもリアリティを感じた。


妻・加世役の檀れいも自然な感じでうまいっす、それに、ほんとにキレーだった。
余談ですが、Mとダチ(どちらも中年おやじ)は、檀れいがもにゃもにゃ(ネタバレになるので言明を避ける)のあと帰宅したとき、カメラがしつこく尻のあたりを追うのが、生唾ごっくんであった、と、超スケベなことを言っておった。どうしようもないサイテ!な奴らである。しかし、きゃつらは、並大抵のことでは女優を誉めないので、それだけ檀れいという女優はなんとも新妻のういういしさと色気を表現していたという証拠のようなものだろう。
あたしはキヨラカにキレーな女優さんだな、と思ったっす。


加世の衣裳についても触れませう。ファーストシーンからしばらくは、生成り地に藍と紅の大きな格子の紬(つむぎ)。紅色はあわくて、この地方で産する紅花紬の色を連想するとともに、やっぱりね、初々しい妻には控えめな紅色がふさわしい。
よそゆき着は、白地に明るい色の小さい柄を織った紬で、一見、小紋(こもん)風。普段とは違う少し改まった感じが白い小紋風の紬によくでていました。
質素だけれど(縮緬や綸子といった絹物は一枚も着せていなかった)きちんとしている、着る人の心映えと美しさが引き立つような衣裳でした。


ところで、再び、キムタク!
目がみえなくなってずいぶんたってから、庭で木刀を振るシーンを見たとき、わたし、えっ???と驚きました。ものすごく運動神経がいいのか? 運動神経がよければ、演じるにあたって練習すればここまでできるのか?と。
剣術の師匠、緒方拳よりも、決闘相手の坂東八十助よりもキムタクのほうがうまい? まさか・・・。役者としての剣の使い方がどうだというんじゃなくって、本当にウマイのではないか、こういうのを「太刀筋がよい」というんじゃないかと思いながらも、自分の目に自信をもてずにいた。
パンフレット見たら、当たってました。エッヘン!☆-( ^-゚)v
かつて剣道をやっていて、殺陣の指導者は二段か三段の腕前ではないかと評している。
何事によらず、上手いものを見るのは気持ちがよいものですが、庭で木刀を振り回すシーンは、もう一度ぜひ見たいシーンです。荒れた気持ちもあって、文字通りめくらめっぽう木刀を振り回すのですが、ビュッという音(この音は後で入れたかもしれない)で己のふがいなさやいらだちを恐いほどの太刀にしている。そんなシーンは演技としての殺陣ではなく、リアル剣道の腕がものをいう場面なのかもしれません。



全て事が済んで、ラストシーン。
これがまた、しみじみとよいのだ。
ファーストシーンと同じ家の中。やっぱり三人がいる。

しかし、新之丞と加世という人や関係に深みが加わって、しかもファーストシーン同様のつつましい明るさがある。
わたくし、まう、はれほれは。

エンドロールが流れる頃、ひとつ置いて左隣に座っていた60代半ばくらいの紳士が、とうとうティッシュで鼻をかみました。
私は、鼻をかむのだけはぐっとガマンいたしておりました。


見終えて、ほぉっと息を吐き、「女冥利に尽きる」映画だな、と思いました。
こういうふうに愛されたら、女は幸せでしょう。以下略w



それにしても(まだ書くか>すません)・・・。
タイトルと原作に関することですが、ネタバレなので白抜きにしました。

武士の一分」というタイトルはとても素敵ですが、妻に不義を強要した上司に対して(盲目になった自分の家禄が据え置かれるように殿に進言してやろうと、上司が妻に嘘を言ったことが原因であったとしても)、決闘という手段にせよ復讐することは、公私の区別をきちんとつけた武士にとって「一分」になりうるんだろうか、というのが疑問でした。
「武士の一分」ではなくて「夫の一分」(タイトルとしてはサイテ)ならわかるけど、と。
それで、藤沢周平『隠し剣 秋風抄』の中の原作にあたる「盲目剣谺返し」(このタイトルより映画タイトルのほうがいいですよね)を読んでみました。
藤沢周平は、三村の行動を「武士の一分」と考えていたのかどうかということです。具体的には「武士の一分」という単語が原作にあるかどうかを知りたかったわけです。予想は「ない」でした。
ところが、決闘シーンにありました。破れたり!ahaha(^o^;)
<だが、狼狽はすぐに静まった。勝つことがすべてではなかった。武士の一分が立てばそれでよい。敵はいずれ仕かけて来るだろう。静止は問わず、そのときが勝負だった。>
う~む、この行動もまた藤沢周平にとって立派な「武士の一分」であるのか。
と、感慨深いものがございました。


 隠し剣秋風抄  この短編集に納められた「盲目剣谺返し」が原作。


<三村新之丞は、立ち上がって居間を出た。目に光を失ってから一年半近く経つ。闇の世界にもだいぶ慣れて来たが、まだ物に触れながらではないと家の中を歩けない。一歩先に、思いがけない陥穽が仕掛けられているような不安が抜けなかった。>
これが冒頭です。原作「盲目剣谺返し」は新之丞がすでにめしいていて、妻に疑いをもつところから始まります。
原作と映画は、大筋は同じですが、冒頭部分がとくに違います。
声をだしてMに読んだところから一部抜粋。(ネタバレなので白抜きです)

<では、盲人として生きてみようかと思ったとき、新之丞は、それまで一縷ののぞみにひかれてとかく外にむかいがちだった心が、深く沈潜して内側にむいたのを感じたのだった。それまで何気なく見過ごして来た妻の寺詣りの陰に男がいる気配は、その沈潜した心が映し出したのである。>
そすると、Mは言いました。「現代小説だな」。その言葉に触発されて、私も思いました。「時代背景を江戸に借りた男の心理小説」なんだなと。 

新之丞の心理描写が際立つ原作、三人の人間関係を描いた映画、それぐらい原作と映画は違いました。

原作の会話文は標準語、この映画は方言を使っている。だから、「あほだの」という私を感動させたw新之丞の口癖、ラストにも有効に使われている言葉も原作にはない。この言葉や冒頭のシーンを作ったということだけをとっても、山田洋次監督は凄いな。



なお、こちらは松竹。松竹は松竹らしいですなぁ。

松竹もとっても元気ですね。うれすぃぃです。

東映「大奥」と松竹「武士の一分」の二本を、先週同じ日に見て、わたくしは幸せでござりました。


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映画「大奥」

ooku 映画公式サイト( )  赤い星印はリンクです。


牡丹に蝶をあしらったパンフ表紙。イヤミなく金色が使われていて、なかなかステキ。

モダンな感じがするかもしれませんが、花の部分は名物裂( )の一重蔓牡丹( )をアレンジしたものでしょう。



ありえねぇ~~!が50回ぐらい(x_x)☆\(-_-メ)バキ
だけど、「東映は元気だ! よかった!」を実感した映画です。


超長文、すみません←先に謝っときます。



前置きの①
「大奥」がテレビで始まった頃、少し見て、わしゃ見ない!と思ったドラマでした。
私にとってはストーリー以前の問題でした。若い女優さんが素顔(のような薄化粧?)で演じたのも話題になっていましたが、将軍の夫人や奥女中が真昼間に素顔でいるわけがない(べったり塗れとはいわないが)。
それに!衣裳が全体的に色調が暗く、金色はじめ各色とその模様がイカニモ安・・・で、ああ、時代劇はこういうふうになってしまったか、といまさらながら_| ̄|○でした。
エンタメ志向の強い時代劇ならストーリーはありえね~!の連続であるのはもとより承知、だからせめて周辺をそれらしくしてもらわないと、私は楽しめませんのです。
嘘をつくなら周辺をできるかぎりそれらしくって、フィクションの基本じゃありません?



前置きの②
わたしが、やっぱり見ようと思った理由。
暮れのテレビドラマが初期の印象よりずっとよかった。
映画の予告編をちらちら見ていると、衣裳が初期テレビドラマとは全然違う。これはイケルのではないか、と思った。
決め手は、この映画が「絵島生島事件( )」を題材にしている、と知ったから(遅い!だって見ないと決めてたw)。実際にあった大スキャンダルのこの事件、わけても絵島に惹かれ、ずっと昔w、絵島が蟄居した信州・高遠の屋敷にも行ったことがありました。去年、連句で捌きをさせていただいていたとき、<炭果てるまで絵島帰らず>という句が出て、前後を顧みず(x_x)☆\(-_-メ)バキ、この句をいただきました。史実は、朝帰りなんかじゃなくて門限に遅れたということのようですが。


前置きの③
友人夫妻は過日、「大奥」を見たそうだ。
夫さん曰く、
「右に中年夫婦の奥さん、左に自分の奥さんが座っていて、途中から右がハンカチ持ち~の、ぐじゅぐじゅ鼻をすすり~ので大泣き、終わりの頃は左も泣き、真ん中の私はなぜ泣くのか理解できず」だったのだそう。それで、私が今週見るとブログに書いたら、こんなお題が出ました。
<「大奥」を観たら、女はなぜ、どこで泣くのか分析してくれない?>
鋭意、努力いたしませう。


さて、本題です。
「ありえね~!ベスト50」(^o^;)のうち、三つだけ面白そうなものを突っ込んでみます。

同時に「前置き③」の課題にも答えられるかな。


ベスト1
敵方w天英院(高島礼子)の後方左右に控えている、赤い振袖の若い娘。
こ、こ、この構図は、どうみても花魁(おいらん)と禿(ハゲじゃなくてカムロと読んでね。花魁見習いの少女です)でございますぅぅ。
歌舞伎でも邦画でも、赤い無地の振袖を着て左右に控える少女のその中心にいる人は花魁と決まっているのでございます。舞踊では禿が一人で踊る有名な曲もあり、この赤い無地の振袖だけで禿とわかる人はわかる、そういう非常に記号化された衣裳なのでございます。
よりによって出家した大奥の未亡人と御付きの女中を、なぜ花魁と禿の構図に・・・?(テン・テン・テン、眼がテン)。シュールでございまぁす(太った奥女中の「美味でございまぁす」は超おもろい)。

だけど、深い意味はなかったりするんだろうなぁ。出家の女性の衣裳は地味だから、まわりで華やかに、というような気配りであったりするのではないだろうか。


ベスト2
月光院(将軍家継・7歳の生母、主人公絵島が仕える主人)と幕府の実権をにぎる側用人( )間部(及川光博)は不義(=不倫)をしていて、敵方の動きを察知した間部は、大奥に行くのをやめる(あれ? 幼い将軍の付き添いということでも側用人は大奥に行けたんだっけ? 「将軍以外は男子禁制」のはずですが)。
月光院は恋患いで床に伏し、ある夜、部屋を抜け出しお鈴の廊下の先にある鍵(金色のおっきな南京錠>わかりやすい。爆)をこじあけて、大奥から中奥へ。と、おりしも間部が中奥の廊下を歩いていて、月光院はすがりつく。

これでは、誰だってありえね~!とお思いになるのでは。
・寝所の控えの間(部屋)には、夜中だってなんの最中(>こら)だって必ず奥女中が控えているのでは?
・なが~い廊下を走って鍵をガチャガチャいわせる間、一人も人に会わないって、そんなぁ(ま、いいか)
・丑三刻みたいな夜中の中奥の廊下をどうして側用人が歩いているんだよぉ。
というようなことを楽しく突っ込んでいると、そこで女性の嗚咽の声が遠くから聞こえてきました。
ああ、やっぱりね、とも思いましたのん。
と申しますのは、この映画のキャッチは「そこは女の牢獄・・・」でありますが(「大奥」ものとしての新しい視点? 昔は女の権力争いだけをクローズアップしてた?)、それをいちばんよく象徴したシーンですね。

このシーンで泣いた人は一度はかなり強く家庭を捨てたいと思ったことがある、というのがわたしの邪推。一度も離婚したいとか家庭を捨てたいと思ったことがない主婦というのは稀有な存在でありましょうから、その程度によっては嗚咽になるのではないかと思われます。←前置き③へのご返事


ベスト3

絵島が歌舞伎見物している最中に、その劇場(山村座)が火事。火事の原因は極端だが、なかなか複雑な女心がよくでてる(長くなるので割愛しよう)。それはともかく、奥女中の歌舞伎見物のときに火事にするというこのダイタンなアレンジ(--; そして、絵島と生島は手をとりあって、お祭りの中を逃げるのです。
そ、そ、そりゃ、火事もお祭りも江戸の名物ではありましょうが、こんなにいっぺんに盛り上げて、いったいなにをする気だ、とはいうまでもありませんw。一夜の恋につっぱしるわけでございますね。
世話物(
)の王道、「道行」( 意味は(4))現代バージョン、やっぱり出ましたか、と思いながら、このありえね~!設定ににやにやしていたわたし、あらららら、人ごみの中を手をつないで走っている俯瞰のカットで、ふいに、じぃんときちまった(^_^ゞオハズカシイ 
さて、ここでじぃんとなる人は、しがらみを全てふりきって二人だけの世界へ、という行動に憧れる人とか、ま、そのぉ。ほとんどの女性はここでじぃんとくる傾向あると思うよぉん。

ヨーロッパ近代のロマン主義小説と日本の近世の世話物の中の「道行」では日本のほうが過激だけど、根本は同じなんじゃないか。だから、西洋風の恋愛に憧れる人にも受けると思う。そいで、そういう行動に憧れる人は、しがらみだとか抑圧だとかを肌で感じてる人なのかな、親や夫のもとから、この抑圧的な社会からなんつう感じで?


次に、左右の女性が泣いたラストシーンですが、そりゃあ、泣くとかうるうるしちゃうのではないでしょか。わたしも、はいはい泣かせたいところね、とわかりつつ、うるうるしました。
この映画の生島は性悪なホストみたいな感じで、私は好みじゃない(そういう問題か)。人の性格はそう変わらないと思うし、とくに映画では善転wする役柄は善なる部分をわずかに見えるようにしておかないと、観客を納得させられないと思うのだが、この映画はくずれた男が変わったということが十分納得できて、それが深い感動に変わるような話の展開、あるいは人物にはなってなかったように思います。それでも、私はうるうるしたのでありますね。う~む、なんでなんでしょ? 

そういうシーンでは、映画の生島じゃなく、もし自分の愛する男がこうなったら、という方向に心が動いてしまいやすいのだと思います(多くの場合、男性よりも強く?)。あるいは、ちょっと崩れた男が好きな女性は意外に多いのかも。そういう人にとっては、男が私を愛して変わった、なんていうシチュエーションは最高なのでは(わたしゃ、うぬぼれ屋じゃないので、そんな厚かましいことは考えない)。仲間由起恵の絵島とかぎりなく自分のもつ心性がシンクロして、まう泣けて泣けて仕方ない場面なのかもしれません。


はい、では、衣裳、まいります!
ようございました。3年ほど前に見たテレビドラマとは全然違う(その後は傾向が変わったようですが?)
打掛に唐織(からおり )が多くて、色使いも本格派。
これは錦織か金襴で、あれは唐織であるな、なんてチェックしながら見るのはとっても楽しかった。
武士の裃とか長着も、能役者あがりの間部の衣裳はうまくアレンジし、大目付や老中のほうは、きちんと裃(かみしも)柄と熨斗目(
 意味の(2))模様でしたねぇぇ。
なんてことを書くのは、この種(文芸物は別)の時代劇の衣裳に絶望とあきらめ(爆)を感じてたからです。

エンドロールで、衣裳協力先を確認しました。
秀吉の「鳥獣文様陣羽織」(
)やねねの打掛( )を復元した「山口美術織物」が筆頭にあって、なるほど、と納得。

以下、衣裳関係、めっちゃ省略。


長いついでに、ユルシテ! 

「山村座」で絵島が歌舞伎見物するシーンが二度あって、一度は生島新五郎が「保名(やすな) 」を踊ってました。この曲が作曲・上演されたのは絵島事件から約80年後だとか、しょうもないことをいうつもりはなく、そっかぁ、「男の恋狂い」がテーマのこの舞にしたのかぁ、と、にやりとしましたです。二度目は絵島の側に生島がいて、舞台の上では「娘道成寺」でした。こっちは「女の恋狂い」ですねw 

そういう意味ではわかりやすく凝ってるんですが、ここ、わかる人、少ないでしょうね(--;

ただ・・・あの・・・、かなり練習はされたと思うのですが(テレビでよく見る劇中劇の舞踊よりは、はるかに)、やっぱり限界があります。


ながくなりすぎたので、その他、いろいろございますが割愛(^_^ゞドモドモ

なんやかや言っても、すごく東映の時代劇らしいです。

これぞ大衆時代劇! だけんど(だから?)超豪華に! っていうところを、わたしは愛しております。

勃興期の歌舞伎も、こういう感じだったんじゃないかなぁ、なんて。


とにかく、東映が元気でよかった!!! 
ひょっとして、わたしは、そのことに一番感激したかもしんない(x_x)☆\(-_-メ)バキ
松竹も、大映なきあとの角川映画もガンバレ!!! とくに時代劇w


最後までお読みくださって、感謝いたしますm(_ _)m


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 ホワイトアウト(通常盤)

【ストーリー】 amazonより
最新装備で武装したテロリスト・グループにより、日本最大のダムが襲撃され、占拠される。20万世帯を人質にとった彼らの政府への要求は50億円。ダムの全職員が捕われる中、偶然逃げおおせた富樫(織田裕二)は、仲間と住民を救うため、ただひとりテロリストに立ち向かう…。

話題になった映画だというのに、見逃していました。

雪山版ダイ・ハードという声も読みましたが、「ダイ・ハード」を見てません(^o^;)


この状況が現実であれば、主人公の織田裕二は五回ぐらい死んでるものと思われます(x_x)☆\(-_-メ)バキ

だけど、これだけのハラハラドキドキ度は、邦画ではめっちゃ珍しいのでは? これぞエンタメという感じで、「24」にも劣らないっす(こちらの主人公はダム職員=一般市民ですが)。

事件のトリックもよくできてるし、ヒーローは絶対死なないと思って見られる映画も、わたしは好きですw 雪山の吹雪のシーンも迫力がありました。


Mは、ご都合主義だとか(スナオじゃないなぁ)、見る時間がないとか言いつつ、この映画に引きこまれそうになって、しばらく立ってみながら、意志の力で自室に引き上げたw 


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昨日、歌舞伎町シネシティで、「それでもボクはやってない」(前記事)の列に並んで看板を一望したら、見たい映画がいっぱい!でした。こんなことは、私には珍しい。

シネシティの映画館情報をリンクしとこ< > 



武士の一分   昨年末から見たいと思っていたら、野暮用にも関係ができて。

          公開は2月9日まで、と窓口で聞いてきました。

         火曜夕方、所用の帰りに行くべし。


大奥       やっぱり、見よう。火曜二本が無理なら、水曜の夜か?


ユメ十夜    

1月27日からだけど・・・。夏目漱石「夢十夜」を十人の監督が再現するオムニパス映画だそう。

そそられてます。


プラダを着た悪魔   DVDになってからかな。


マリー・アントワネット  これもDVDになってから、見よう。


硫黄島からの手紙   Mから誘いがあれば、行こうかな。



追伸:

昨日の映画のカンソですが、また付記したり、直したりしました。お暇ならご覧ください。長くて恐縮ですが。

soredemo  ←「それでもボクはやってない 」のパンフ表紙。パンフも充実。

公開2日目の日曜午後、Mに誘われて行ってきました。

新宿歌舞伎町の映画館が並ぶスクエアに、「それでもボクはやってない」の長い行列。立ち見がでてました。


10年ぶりではあるし、ここのところ周防監督は宣伝のためにテレビ出演してるし、「しこふんじゃった」や「Shall we ダンス?」など今までのラインと傾向が違うし、さて、どんなものだろうと、興味津々。


あらすじ(パンフより抜粋)

就職活動中のフリーター・金子徹平(加瀬亮)は、会社面接にむかう満員電車で痴漢に間違えられてしまう。話せばわかってもらえると、駅員に促されるまま事務室へ向かうか、警察官に引き渡されてしまった。警察署の取調べで容疑を否認し無実を主張するが、耳を貸してもらえず逮捕され、留置場に拘留されることに。

徹平の母・豊子(もたいまさこ)、友人・斉藤達雄(山本耕史)らは、弁護士を探し歩いた。引き受けてくれたのは、元裁判官の弁護士・荒川正義(役所広司)と新人女性弁護士・須藤莉子(瀬戸朝香)。須藤は、痴漢事件の担当を嫌がるが、荒川は「痴漢冤罪事件には、日本の刑事裁判の問題点がはっきりとあらわれている」と、須藤にはっぱをかける。

検察庁での担当副検事の取調べでも無実の主張は認められず、徹平は起訴されてしまった。刑事事件で起訴された場合、裁判での有罪率は99.9%といわれている。

傍聴席には豊子と達雄、ついに、運命の法廷が始まった。



あらすじを詳しく書いたのは、ほかでもありません。非常にきちんとよくできた脚本だな、と思ったからです。よい映画でした。


いつもの星(5つ★満点 ☆は1/2)は

M ★★★★

私 ★★★★☆



「Shall we ダンス?」は、日本の中年男性にとって妻はその程度の存在なのか、とか、妻があんなに添え物でいるはずがないだろ、あるいは、日本人男性の若い女性好みがまざまざと、みたいな感じで(そりゃ、相手が草刈民代なら、妻も夫の憧れを認めるっきゃないかもしんないが 爆)、私はハリウッド版のほうが好きだし、よくできてると思ってる。(過去記事はココ

あの映画に対する違和感、わりきれなさは、今度の映画には全くなかったのでした。ま、そりゃ、主人公は独身ですから妻はでてきませんけど、そういう意味じゃなくって、ストーリーとか人物設定とか場面展開に全く不自然なところがないと感じた、ということであります。


最近?の社会派的な映画では「誰も知らない」を思い出しましたが、わたしはその映画を評価してません。主人公の男の子の眼力とかYuuがよかったとかには同意しますが。なんでかっていうと、子育て経験者からすれば、ありえねぇ~ってところがあちこちに。社会派の映画を作っているという制作側のリキミみたいなものも画面から漂ってきて、ちょっとクサクない?と思ったのでした(過去記事はココ ) そういう不要なアクが、この映画にないのがよい。


以下、出演者中心の話ですが、ネタバレっぽいので、白抜きにしました。

反転するときは、左クリックしたままズズズズ・・・と、引っ張ってください(なんつう表現、よけいなお世話)


まず私など、最初からもたいまさこの母親に感情移入しちゃいました。だって、息子がいるもの。裁判で、母親がわっと泣き出すシーンがあるのですが、そこで(実はそこだけじゃなくって)、わたくし、もらい泣きしました(^o^;)  過不足なく(最上の誉め言葉のつもり)うまいですねぇぇぇ。

新人の女性弁護士が痴漢行為を働いた男性を弁護したくない、という気持ちもわかるし、そういう設定も欠かせないところではないかと。

役所広司の弁護士、非常によかったです。この役者さんの達者さはよく知っていますが、この映画では達者という以上のものを見たような気がしました。

脚本を五度書いたという監督は、当初、役所広司を主人公にと考えていたが、「日本の裁判」に焦点を当てた作品を作りたかったので、家族の心情など問題が拡散することを避けるために独身のフリーター男性を主人公にしたらしいのですが、私はこの弁護士の役ははまり役なんじゃないかと思いました。また、周防監督→「Shall we ダンス?」→役所広司というイメージから遠ざかるためにも、このほうがよかったのではないか、と。

主人公役の加瀬亮、友人役の山本耕史も、それぞれの役が地なのか(気が弱そうな主人公と、やるときはやる友人)と思うぐらい、いい雰囲気。

アパートの管理人役でワンシーンだけ出演の竹中直人は、この映画で声をだして笑わせる役? 映画館全体が、そのとき(笑)になりましたもん。


映画館から出て、M曰く「この映画、受けるかな」というので、「どうして?」と聞いたら、「Shall we ダンス?」のように花のある映画じゃなく、真面目な地味な映画だから、というようなことでした。

「あなたの評価は?」と尋ねたら、上のように星4つとのこと。

なら、それはそれでよいのではないか、と私は思いました。

「受けるための映画ではない」と、覚悟を決めて作っているような気がしたので。


主旨どおり、裁判シーンが多いのですが、少しも退屈ではない。

ある種のテレビドラマのようにあざとくもないのが、よかった。

私の☆の-0.5は、映画の出来不出来というより、★5つは超傑作にしかつけないからです。


以下、個人的な、うんたらくたらなので、白抜きにしました(爆)


最後近くのシーンを見ながら、松本清張の短篇や、黒澤明の「羅生門」を思い出していました。

松本清張の短篇は、文庫本『真贋の森』に掲載されていた記憶(少しあやふや)がある小説で題名が思い出せないのですが、殺人で無実を主張して無罪判決のあと、弁護士が真実に気づく、というストーリーだったと思います。

清張の小説は弁護士側の問題、こちらは裁判官側の問題と相反する状況(パンフを読むと、あるシーンによって被告が無実であるという側面からだけで作っていない、真実は藪の中という側面をもたせているようですが、普通に見ると、まぎれもなく冤罪)のフィクションが、自分の身近にあるのは好ましいことではないかと。
そういえば、2009年から裁判員制度が実施されるな、なんてことも。なんでも当たったことがないので当たらないとは思うけど(これ、当たったら、しんどいよ、大変だよと思う)、国民が裁判に対する興味をもっともたなければならない時期なんだな、とも思ったりしていました。



もうひとつ、裁判官の判決文が非常に論理的(当たり前)だったので、こんなことを思いました。
論理至上主義というか、論理的であることが客観的であることと同義語のように使われる傾向に対して、わたしは常々、ちがうだろ!と思っているんですが、この判決シーンが論理に対する反発のような感情を誘発する土壌をもっているのではないかと。こういう危うさに製作者は気がついていて、元裁判官の弁護士に、裁判官の立場を母親や友人への説明と言う形でしゃべらせていると思うのですが。でも、一瞬、思いましたね。ふん、これが論理の正体だ、と(^o^;) 

そして、しばらくして思い返したのでした。

「論理とハサミも使いよう」なんだよね、わたしがこれ以上論理を捨ててどうする(爆)。


それはともかく・・・、

裁判についてよく知らないシロートに、論と情のバランスが取れた非常に受け入れやすいスタイルで興味をもたせ、問題を提示した映画だと思います。でも、そういうの抜きに上質のエンタメなのだ。

「日本の裁判」にも一石を投じるほどの評判になればよいな、と思ったのでした。


なんというスナオなカンソ(^o^;) 自分でツッコミいれたくなるような(;¬_¬)

パイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズ・チェスト スペシャル・エディション
DVD2枚に、登場人物4人(3人+蛸のお化けデイヴィ・ジョーンズ船長)のポストカードがオマケについてました。


映画館で見た記事は、9月5日 に。←まだの方、読んでくださいね(^_^ゞドモドモ


DVDを予約してありました(^^v

12月5日発売だったのに、届いたのは7日でした。

そして、今夜見たのでございます。

えっと、もちろん、二人で。半ば強制か?(x_x)☆\(-_-メ)バキ


そうだった、ジャック・スパロウ船長の登場は海に漂う棺桶からだった。

忘れてましたヾ(ーー )をい!

むふふふふ。このシーン、超カッコイイですよぉぉ。

9月に書いた、ヒキョーー者のところも楽しみました。

ほんたうに楽しい映画でごじゃいます。


これからも、つかれたとき、むかっときたとき、気分転換したいとき・・・・・・

慣用句でいうならば、うれしいにつけ悲しいにつけw

ジャック・スパロウ船長にお目にかかることにいたしませう(^_^ゞドモドモ


夕方から、私は「007カジノ・ロワイヤル」、Mは「武士の一分」を見てきました。

ちょっとした手違いにより(-。-;)


007 まず、私が見た「007カジノ・ロワイヤル 」のほう。

あらすじその他はwikipedia も詳しいです。

ネタバレがありますけど・・・・・・・・。


007といえば、ファーストシーンのアクションで引き込んで、そのまま見せる、というパターンだと思いますが、これも最初が派手。といっても、古きよき派手?w 私としては、ここを踏襲してくれて、うれすぃぃ。

ただし007は新米だから、いつもみたいに完璧じゃないの。

それもまた楽しい。


ただ、ドクターノーみたいな奇想天外さはないっす。

どちらかといえば、「ロシアより愛を込めて」路線。

着衣のままシャワーに座り込んでるエヴァ・グリーンのそばに、6代目007のダニエル・クレイグが、やっぱり着衣のまま寄り添ってシャワーに打たれるシーンは、ぬぁかぬぁかよかったです。

確かに宣伝どおり、今までのシリーズで一番<愛>が見えましてよw


これも一昨日同様、ファン必見。

それ以外の人は、ビミョーかも。


=====


映画が始まる30分ぐらい前に、M(007にも懐かしいMが登場しているが、これは私の相棒のほう>わかっとる!)から携帯に電話があって、わりあい近くにいるから落ち合って見るという。

いい席とっといてあげようと映画館の中で待っていたら、ぜんぜん来ない。

待っても来ないから、Mに電話したら、すでに電源は切ってある。

私がここにいるとわかるように、予告編が始まるまで立ったり座ったりイライラ。

どーしたんだ、いったい!

とうとう最後まで来なかった( ̄∩ ̄#

エンド・ロールもそこそこに、アタマ来て電話したら・・・・・・・。

あれぇぇぇ、「武士の一分」を見たんだそう。

そりゃあ、昨日、とりあえずどっちを見ようか、ちょっと迷ってましたが、そんなバカな!

あたしの心は、007にあったのに。

Mは007だったら、見なかったという。なんじゃ、そりゃ。


偶然、比較できた同日、同エリア、同時刻(-。-;)の映画館の入りとしては、「007」より「武士の一分」のほうがぐんといいみたいです。


=====


武士の一分 」についてのMのコメント。

「たそがれ清兵衛」よりいい。

キムタクもなかなかやる。

日本アカデミー賞、総ナメもアリではないか。

とのこと。

今度もう一度、一緒に見ようと言ったら、二度見るほどではないと断られた(^o^;)



すれ違いのお詫びの印に(ぢゃないかもしれないけど)、Mは「ロシアより愛をこめて」のDVDを借りてきてくれてました。←明日、見るのだ

あたしのお詫びの印(ぢゃないぞ、ぜったい)は、駅で買った「ら・ぽっぽ 」のスイートポテト。←自分が単に食べたかったっていうだけか(^_^ゞドモドモ


リバティーン

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1660年代、王政復古のイギリスで、ロチェスター伯爵ことジョン・ウィルモットは、作家の才能がありつつも、そのセクシャルでスキャンダラスな内容が問題視されていた。女性関係も派手な彼だったが、エリザベスという女優に出会い、彼女の才能を開花させるべく丁寧な指導を施す一面もあった。しかし、ジョンは国王に依頼された、フランス大使を招く歓迎式典の舞台演出で、卑猥かつ刺激的な内容で、国王の顔に泥を塗ってしまう…。



結論は最初にw

J.ディップファンには、そりゃあ、オススメ!!!

そうじゃない人には、ビミョーー。


もとは、マルコヴィッチが舞台でやってた映画らしい。で、マルコヴィッチは国王役で出てる。


ウィルモットのプロローグ(これはほんとによい。言葉がよい)から、奥方との馬車の中の愛撫のシーンまで数分間見たとき、うわっ!傑作やん!と思った・・・・・・のだけど。


実在の人物ロチェスター伯爵のすさまじい放蕩の人生を題材にしているし、ろうそくの炎の明りのような陰影のある画面で17世紀イギリスって感じがムンムンだし、J.ディップはいいし、劇中劇もすごく凝ってる、と思うのに、「ファンじゃない人にはビミョー」としか言いようがない。なぜなんだろ。

主人公がある意味かっこよすぎて(性病で顔なんかぼろぼろになって死ぬんですけど)、スターお目見え映画、J.ディップの映画になってしまってるのかなぁ。




ジョン・ウィルモット(ロチェスター伯爵)    wikipediaより

12歳でオックスフォード大学に入学し、14歳で修士号を授与されるほどの秀才だった。戦争にも参加し、名を馳せた。やがて、宮廷に出入りし初め貴族の仲間入りをし、酒と女に浸り始めていくジョンだったが、卑猥な詩と鋭い社会風刺詩を書き、注目を浴びる。その度に宮廷から追放されたが、いつもすぐに許された。 そして20歳の時、裕福な娘エリザベス・マレットと結婚を目論むが、反対に遭う。しかし、エリザベスを誘拐し、結婚をする。 ジョン32歳の時、彼は酒毒と梅毒によって急速に衰えていった。そんな中、イカサマ医者になりすまし、薬草や治療薬を多額の金でだまし取っていた。彼の世話をするのは、忠実な召使いと娼婦だけであった。 最期を悟った彼は、田舎のエリザベスの邸宅へ戻る。エリザベスは、ジョンに見捨てられても尚、彼を愛さずにはいられなかったのだ。病床で、彼は「回心」し「私は、あの醜怪な人間に生まれてしまった。もし、生まれ変われるなら犬か猿、人間以外なら何でも良い。今までの卑猥な作品と手紙を焼却すべし。」と遺言を残した。 1680年7月26日ジョンは33年の生涯を閉じた。



ダ・ヴィンチ・コード デラックス・コレクターズ・エディション ミニクリプテックス付き


DVDのリリースを待ちかねた「ダ・ヴィンチ・コード」

公開中に、この映画の長い列を見ながら、こっちを見るんだもんねと、「嫌われ松子の一生」と「明日の記憶」をハシゴ。どちらもよかったんですが重くて、くら~い気持ちになったものでした(^o^;)


さて、8月、所用により原作を読んだ「ダ・ヴィンチ・コード」を昨夜、Mと。Mは未読。


文庫上中下巻分を2時間半だから、展開が早い早い。
ファーストシーンで「えぇっ! そこから始まる? 犯人がわかっちゃうんだ」と驚いた私。
「でも、小ネタの謎解きがいっぱいあって、犯人探しのミステリーじゃないから、これでもいいのか」と、納得したのでした。
前半をはしょれるだけはしょって(でも上手にやってる)、後半はしっかり、という感じ。
小ネタの謎解きを楽しむのは展開が早い映画ではできないけど、ラストシーンは映像のほうがインパクトありました。
つまり私は、映画は映画として十分楽しめました。


星の数(5つが最高)は
M ★★★☆
私 ★★★★


以下、Mの感想です。ネタバレバレなので白抜き文字にしました



「キリストの子孫が一人しかいないってことはないでしょ。

2000年だから1代25年として80代。
2の80乗だから、地球の人口より多いんじゃない?
計算が間違ってなかったら、京以上になるよ。
あなたも私もキリストの子孫だw」

↑ 極東の民族だすが、よろしか? ト、マジ突っ込みしてみる。

DVDはさっさと見るのに、映画になると見に行くまでうだうだ時間がかかる。
この間は「パイレーツ・オブ・カリビアン2」を見るまで、ああでもないこうでもないと迷ったが(ココ に)、そのくせ、今はJ.ディップがよい~っ!と抜かしておる(^_^ゞ 今回もまた長い道のりでありました。


馳星周『ブルー・ローズ』→→ノワール →→J.エルロイ『ブラック・ダリア』の風聞→→映画『ブラック・ダリア』を見よう→→映画のクチコミで評価がいまいち、惨殺死体があるらしいのでおじけづく→→りらさんのブログ記事 を読んで、やっぱり見ようと思う。


本当に世話が焼けます。お仕事以外はややヒッキー?

(えっ? ここ3週間ほどで出張以外に能鑑賞にレストラン記事・・・いろいろあるようですけど(--;;;)


ま、とにかく、3日夜7時から、歌舞伎町の映画館で見てきました。

Mにぷんぷく怒っていたので、一人で見に行きましたのw

夜の歌舞伎町といえば、『新宿鮫 』や『不夜城 』、そして猫のダンナ(^^vですね。

この映画にもよく似合う街(^^v お酒が飲めないのがかえすがえすも残念。


マエフリが長いですな。本文も長くなりそうです。



black daria ←パンフレット表紙 クリックすると「ブラック・ダリア」公式サイトへ

 goo 映画はココ

こんな映画です:

迷宮入りのまま、今も語り継がれる殺人事件をもとにした小説で、ノワール文学の傑作といわれる『ブラック・ダリア 』の映画化。監督はブライアン・デ・パルマ
1947年、ハリウッド女優をめざして娼婦になった若い女性エリザベス・ショート(ミア・カーシュナー )の惨殺死体がロサンゼルスで見つかった。46年映画化された「ブルー・ダリア」にちなんで名づけられたこのブラック・ダリア事件 の真相を、ロス市警の2人の刑事、バッキー(ジョシュ・ハートネット )とリー(アーロン・エッカート )が追う。


なんて言う説明は、我ながら不十分だぞ(--;


バッキーとリーの間にいるケイ(スカーレット・ヨハンソン )のビミョーな三角関係とか、バッキーと関係ができる悪女的な富豪令嬢(ヒラリー・スワンク  う~ん、ミスキャストでは?)とか、ひとくせあるその父とか、精神を病んでるその母(フィオナ・ショウ  うまい!)とか、服役中の銀行強盗とか・・・・・・。人間関係がとっても複雑です。


だけど、予想外によかった! こんなところが。
①1940年代のロスの街の雰囲気やファッション
②CGいっぱいじゃない、いまとなってはむしろ古典的にも見える正統派のホラーサスペンステイスト
③読んでいなくてもわかる(--;原作に敬意を表した映画づくり
④ホラーティックな効果をあげられる素材をもちながら、それで観客を動員しようというようなアホな下心のないまっとうな姿勢
なんだか②③④は、ひとつのことを表現を変えて言ってるだけのような気もしますが(--;


短所を言えば、
a.原作のストーリーが複雑らしくて、原作を読まずに映像を1度見ただけでは細部がわからないところがあった。

(ストーリーが掴みにくいというクチコミも。私の場合、いくつかのシーンはパンフの解説が必要だった。しかし、パンフによると、これでも原作の複雑さをうまく処理しているらしい)
b.どのシーンも映像がすごくいいのに、最後はハッピーエンドなのに、そのわりに見終えたあとのカタルシスの量(--;が少なかった。

(凄惨な事件に、付けたしのようなハッピーエンドは似合わないからか?)



さらに詳しく・・・ほんとはココが書きたかった?
①ロケはブルガリアのソフィアだったらしい。同時代を生きた人が見れば、チガウ!のかもしれないが、雰囲気はよぉく出てました。ファッションもよいです。場末のレズビアン・バーのセクシャルなダンスだとか(うふふ、よかったわ)、まるっこい黒い車の銀色のバンパーに刑事が座るシーン(バンパーがはずれないか心配にはなったけど)とかも。


②白黒映画的なルックを目指したんだそう。たしかに、カラーですが影がよく効いていました。そして、白黒映画のシネマ・イン・シネマ(劇中劇でよいのかしらん)が3つ、これがとぉってもよい。ひとつは『笑ふ男』という実際にある無声映画、もうひとつは惨殺された女性が演じているカメラテスト(監督の注文に合わせて演技をするシーン。これを見て、バッキーが死んだ女性に惚れ込む)。そして、彼女が出演していたレズビアンのポルノ映画(黎明期の作品がもつ原初の魅力、みたいなのが出ていたんじゃないか)。


③最初のほうに、ロス市警の刑事が八百長でボクシングの試合をするシーンがあるんです。その出のときに、「俺たちの本質を見に来た観客・・・。本質とはプライドと野望、夢とはあまりにも違いすぎる現実への不満」とボイス・オーバーで主人公の声が聞こえました。わたし、をを!と思って、暗闇の中でごそごそバッグをさぐってペンを取り出しました(このブログのために?w でも聞き取りは正確じゃなかったような)。このセリフは原作のままなんだろうな、と思い、原作に敬意を表した映画だと思ったのでした。セリフの引用がどれだけあっても、形をなぞっただけの映画は沢山ありますが、このシーン、この映画は違った。


④惨殺死体は、口が耳元まで裂け、胴体の上下が切断され、血がすべて洗い流されているという凄惨なものなんですが、発見現場では観客にその死体を見せない。烏が死体をついばみにきて、刑事が追い払うというすごく恐いシーンになっているんですが。そのあと、2回死体が見えるシーンがあるんですが、全くあざとくはない。必要最小限です。しかし十分、その凄惨さが伝わる。ちゃんとした映画、という感じがしました。



ええい! 長いついでだ(x_x)☆\(-_-メ)バキ

原作者のエルロイが、インタビューに答えて曰く。

「(デ・パルマ監督以前なら)誰がやればよかったかわかるかい? 黒澤明だよ。『天国と地獄』があるからな」

日本人のインタビュアに答えているので、リップサービスもあるかもしれないけど、そんなことを。

なお、エルロイは、②で書いた殺された女性のカメラテストのときの監督の声で出演しているようです。(どちらもパンフネタ)



映画を見ている途中で、映像ではなく文章のほうの流れに気が付きました。
『ブルー・ダリア(青い戦慄)』

(1946年 フィルム・ノアールの傑作 チャンドラーのオリジナル脚本、邦題が『青い戦慄』)

原作『ブラック・ダリア』(1987年)

小説『ブルー・ローズ』(2006年)。
そうか・・・・・・。馳星周さんの『ブルー・ローズ』は、題名に『ブルー・ダリア』と『ブラック・ダリア』を踏まえた、『ブラック・ダリア』のオマージュともいえる小説であったのか?>ニブイぞ



blue dalia レイモンド チャンドラー, ブルー・ダリア

 ジェイムズ エルロイ, ブラック・ダリア

   馳 星周 ブルー・ローズ〈上〉  〈下〉