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シカゴの歌姫  Chick Rodgers

2011-12-08 10:16:15 テーマ:Guitar is Life moonybluesmanの投稿

小生が、彼女の歌を聴いたのは、彼女のアルバムで、シカゴのギターリスト菊田俊介氏がギターを弾いていると言う事で聴いたのが,最初である。正直、それまでは、、BLUESの女王 故ココテイラーさんがとても可愛がっている才能のある女性シンガーが居ると言う、うる覚えの浅い意識しかなかった。
それがである、、菊田氏から頂いた彼女のアルバムを聴いた途端に、鳥肌が立つた、、凄い、、、な、な、なんだ~こんな歌手が居たのか~~!まるで、その歌声は偉大なアレサフランクリンの若き頃を連想させる心を振るわされる歌声だった。アルバムを聴き終えた時にはまるで、小生は虚脱状態になっていた。
そもそも、小生は女性シンガーが大好きで、アレサフランクリン、エラフィツツジェラルド、ダイアンシュアー、エタジェームス、日本では、ちあきなおみ、美空ひばり、吉田美和、、などを愛聴してきた。
この日から、このChick Rodgersが、加わった、こほどの、才能ある歌声は滅多に居ない。
最近、同じような経験を日本人女性シンガーで味わった、Yammyと言うシンガーである。彼女もまた少ない逸材の一人と思うが、、ともかく、Chickは凄い!心を振るわされる歌声なのだ。
偉大なココテイラーが認めたシンガーであると言うのは、さすがである!

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彼女のアルバム

またもや、、BLUES界の巨星が落ちた、、、Hubert Sumlin

2011-12-07 09:23:58 テーマ:Guitar is Life moonybluesmanの投稿

2011年12月4日【現地時間】ハウリンウルフやマディーウォーターズなどのギターリストとして活躍
BLUESの伝承者でもあった、偉大なギターリストが心不全で亡くなった80歳の偉大な生涯に幕を下ろした。とても残念である。
小生はこの偉大なギターリストとお会いしたのは2000年の3月の事であった。Mr Otis Rushに同行させて頂き、ブルースエトセトラでの彼のライブにお邪魔させて頂いた。
Mr Otisの紹介でご挨拶させて頂いた。その日の事は小生のこのブログにも書いているので御覧下さい。http://ameblo.jp/moonybluesman/entry-10884355390.html
長年に渡り、BLUESを多くのギターリスト達に影響を与え、最後まで現役を貫いた生き様には敬意と感謝を捧げたい、、、有難う御座います。安らかに御眠り下さい。合掌!

歌心を教えられたギターリスト DAVE MASON

2011-12-05 10:54:26 テーマ:Guitar is Life moonybluesmanの投稿

Mr DAVE MASONにお会いしたのは、1984年の8月の事だった。折からロスアンジェルスで
ライブの為に来ていた彼がGibsonのファイヤーバードを求めに隣の店、ノーマンレアギターズに遣って来た、小生のショップで微調整に来て店頭に飾ってあるTAKAMINE12弦ギターに興味を示しいきなり、弾き出した。メッチャ上手いその音に奥の工房に居た小生は引き寄せられるように店に行った。
暫く、彼のPlayに聞き入っていた。試奏が終わり小生に、(これは幾らなの?)と聞いて来た。改めてその顔を見て、(貴方は、、、Mr Dave Masonですか?)と聞いていた、、、(Yes!I am)と微笑んで答えた、なんと、あのフリードウッドマックのギターリストのDaveその人だった。
(このギターお気に入りですか?)そう聞くと(良い音するね~~)と言う、(では、どうぞ、使ってください)そう言うとキョトンとした表情で小生の顔を覗き込んだ。(えっ?それって、このまま、持って行って良いと言うこと?)そう言うので。(もちろん、貴方に弾いて頂けるなら本望です。)そう言うと(では、今夜のライブから使うので君も観に来てくれる?)(もちろん)そう答え、(それならリハーサルの時間までに、微調整をしてお持ちします)そうしてリハーサルに間に合うようにチューニングをしてお届けした。その夜のライブはこのギターが大活躍だった、そして彼の素晴らしい歌の世界に酔わされた、、、すばらしい。高級なワインに酔わされた気分であった。
その翌日、彼は小生の工房にやって来て、Moonのギターを2本注文して頂き、ランチに御招待すると気軽にご一緒して頂いた、その際にフリードウッドマック時代のお話や、ピーターグリーンの話など伺い、小生にとっては、珠玉の時間であった。
それ以来現在まで長いお付き合いをしている。彼の歌心は、沢山のシンガーに理解してもらいたい。
尊敬するアーティストである。

文章で読む、元東電社員サーファーの内部告発 被爆者の真実の声

2011-12-02 20:57:28 テーマ:Guitar is Life moonybluesmanの投稿
福島原発の被爆者の真実の叫びが、、、                                                                          【以下は告発者の投函の全文です。】                                
木村氏の告発映像               
                                                                                                                                                                                      文章で読む、元東電社員サーファーの内部告発
繰り返しになりますが、、、
口語文章でも読めます。
=====
元東電社員サーファーの内部告発
http://youtu.be/1AZL_geylCc
短くお話ししますと、僕は福島原発、第一原発から15キロ真西に住んでました。 標高は550ぐらいあったんで、津波は全く問題なく、家も束石方式の基礎の古い家に住んでたんで、平屋の、で、屋根も軽くて、ちょうど本震が来たときは薪 の仕事をしとって、で、一服しようかなと思って、3時前だけど、まあ、いっかなと思って、ココアを、薪ストーブに火入れて、ココア飲んで、で、たまたま午 前中にデジタル放送のテレビの難聴区域だったんで、光ファイバーみたいなのを大熊町が引いてくれて、その工事が終わって、で、別にテレビとか、全然見たく ないんだけど、子供とかがいるんで、テレビ見れるようにしたんですけど、で、ぱっとテレビつけたら、どーんと緊急地震速報が出て、で、これだと思って、す ぐ外出て、で、ココア持ってたんだけど、薪割り台のとこに置いて、で、2分、3分弱ですか、本震があって、その間、山がもう、ごーってずっとうなってて。 で、ココア、ほとんどこぼれました。そのぐらい。でも、立ってられて、別に這いつくばって腰抜けるようなほどでもなくて、薪ストーブにちょうど火入れた ばっかりだったんですけど、中の煙突がちょっと外れたぐらいで、ひっくり返りもせず、何の被害もなかったです。
で、次の日、爆発したんですね、1号機が。その爆発までは、僕はもう、地震、津 波、炉心溶融というのはもう予測してたんで、で、嫁はちょっと離れたとこに、たまたまちょっといたんで、迎えに来てくれて、土曜日、で、常葉町っていう 35キロのところに嫁の実家があったんで、そこに逃げて、で、2日ほどして、まあ、子供もまだ小学校2年生の女の子なんで、もうちょっと逃げようかって話 になって、さらに嫁の親戚筋をたどって、栃木県の那須、70キロぐらいですね。まで逃げて、で、そこに3週間ぐらいいたんですかね。で、高知県の県庁が県 営住宅の無料開放を宣言してもらったんで、もともとナカムラのほうに、ほうばい?がおったんで、僕、サーフィンやるんですけど、サーフィンブラザーズがい て、県営住宅あれば、余計行きやすいかなと思って、4月の頭にこっちまで逃げてきました。
実際、じゃあ、放射線、どのぐらい浴びたのかなってぱっと計算したんですけど、 20ミリシーベルトありました。放射線量率って単位時間当たりのマイクロシーベルトとか、ミリシーベルトで表示されてますけど、僕は一応、原子力、学校合 わせると20年いて、国の日本原子力研究所ってとこで大学の原子炉工学コースのさらに短時間濃縮コースみたいのを半年ぐらいトレーニングを受けた人間なん で、ちょっとした線量率の計算とか、あと、どのぐらい積算で浴びるのかって簡単な計算方法はもう自分でできるんで、で、こっち来て、落ち着いて、計算した ら20ミリシーベルトを大体浴びてて。
結局、具合悪くなりました。はっきり言うと。栃木の那須に逃げて、すぐ、だから、4日目ぐらいからもう鼻水、どろどろの鼻水が出て、で、鼻血もとまんなくて、のども痛い。これが低線量障害ってやつなんですね。
だから、実際、100ミリまで行かなくても、恒常的に常に浴びてれば、何らかの障害というのは出てきて、で、国も政府も、当然、原子力安全委員会も、東電も、全く問題ないって言い方してますけど、全く問題あります。というのが1つ、僕の生の証言です。
一応、今日あんまりコピーしてこなかったんですけども、単位時間当たりの線量率をどうやって積算にするのかという計算式を書いたメモ、すごい汚い字なんですけど、書いてきたんで、欲しい方はどうぞ持ってってください。
で、0.24マイクロシーベルトパーアワーって書いてありますよね、新聞に。1時間当たり0.24マイクロ、それを1年間ずっと浴び続けると、2ミリシーベルト、1年間当たり浴びるんです。
ICRPって国際放射線防護委員会が勧告してるのは、一般公衆の被曝線量限度ってのは1ミリシーベルト、わかりますか。その20倍をたった1カ月もたたない3週間ぐらいで浴びちゃったんです、僕は。
で、僕はもう今年47歳なんで、そんなにもう細胞分裂もしてないからいいんです けれども、子供、子供はもう細胞分裂、活発で、自分の原本のDNAをコピーして体でっかくしてるわけですから、壊れたDNAをコピーすることによって発が ん率ってのは高まりますんで、まあ、子供もすぐこっちまで避難させたっていういきさつなんですけれども、そんな、ちょっと生々しい感じの話になっちゃんで すけど。
で、もう1つ言わせてもらうと、僕は10年前に東電やめたんですね。で、何でや めたかって皆さん、聞いてくるんだけど、理由はね、ほんとに簡単なこと。もう、うそ、偽りの会社、ひどい会社。で、偉くなれるのは東大の原子力出てきた人 間、技術系だったら、もしくは東大の法学部出てきた人間が社長とかになりますから。で、もう、そういうエリート官僚主義の最先端行ってるとこなんですね。 最先端っていうのかどうかわかんないんだけども。
で、うそばっかついてて、例えば、あるものが壊れましたと、このハンドルが壊れ ました、壊れた理由は、例えばこうやって日に出しといて、紫外線で劣化して壊れたっていうのが普通の理由なんだけれども、それを経産省、昔でいうと通産 省、で、今でいうと保安院と原子力安全委員会に説明するにあたって、自分たちが説明しやすい、しかも、結果ありきでつじつまが合うようにストーリーをつ くって、それで保安院に報告してプレス発表するわけです。それを専用のテレビ回線を使って、トラブルをちゃんと収束するまでの間、テレビ会議で延々と、昼 夜を問わず、1週間缶詰とか、2週間缶詰は当たり前の中で、どうやって壊れた、ハンドルが壊れた原因を役所で説明しようかってことをやってるわけです。
で、僕はもう17のときからサーフィンやってて、レゲエの神様のボブ・マーリー が大好きで、で、そのせいで、そういううそ、偽りに気がついて、僕は会社いるときにバランス崩しちゃってですね、そういう世界にいたから。いつも自然と触 れてて、レゲエが大好きで、ビールも大好きで、で、友達といい波乗って、おいしいビール飲むっていう生活と、その東電のその組織の中での役割っていう ギャップですよ、真逆ですから、はっきり言って。
で、それでバランス崩して、もうやめたいって表明して、やめるのに3年かかりま した。3年です。もう引きとめに引きとめて、で、最後、もう、僕ちょっと労働組合の仕事とかも少しやってたんで、労働組合の委員長と面談になって、引きと めの面談になって、で、何で、キムラ、やめるんだと、そのほんとうの理由を教えてくれと労働組合の委員長に言われたときに、僕、こう言ったんです。
はっきり言って、10年前ですよ。原子力発電とか、原子力エネルギーというのは斜陽、終わってるって。
だって、わかりますよね。皆さん、ほんとに意識が高い人たちだから、プルトニウ ムの241番が放射能の力が弱まる、半分になるまで2万4,000年かかるんですよ。今この瞬間使ってるエネルギーのために2万4,000年先の子孫にご みを、負の遺産を受け渡すことの解が出てないわけじゃないですか、答えが。なのに、発電し続けてることのその矛盾、だから斜陽なんですよ。
そしたら、労働組合の委員長、こう言いました。キムラ、おまえ、頭が狂ったんだな、気が狂ったんだな。
僕は、あんたが気が狂ってるんだよってはっきり言ってあげました。そしたら、すごい怒って、おまえみたいなやつはもうやめろと、そう言われて、やめられて。
で、またその後におもしろい話があるんですけど、僕はね、原子炉の認可出力って あるんですよ。例えば福島第一の1号機だったら、1,380メガワットなんですよ、原子炉の出力は。1,380メガワットを電気にすると、46メガワット で、東京ディズニーランドを1日動かすのに必要な電気は57メガワット。だから、福島第一の1号機じゃ東京ディズニーランドは動かないんです。足りない の。
でね、電気の出力ははかれるんですよ、ちゃんと。オームの法則みたいなやつで。「オーム」(ガヤトリー・マントラのたぐい?)ってやつ。なぜかオームなんですけど。
で、1,380メガワットをはかってるんですけども、間接的に、だけど、認可出力が1,380メガワットだから、絶対に超えちゃいけないんです、それは。1時間に1編コンピューターを使って計算して、打ち出しして、保安院に報告するんです。
で、1,380メガワットを1メガでも超えちゃいけないんです。で、誤差ってい うのは2.5%なんです。ということは、27メガワットプラマイ誤差があるんですけど、だから、うちらは技術者の判断で、それは誤差範囲だからっていうこ とで下げるんですよ。1,381にならないように、僕が計算機に、大型コンピューターにアクセスして、裏技なんですよ、これは。アクセスして、超えそうな ときに係数を掛けるんですよ、0.995とか。1に対して。それで認可出力を超えないように、打ち出しが、そういう操作をしてたんですよ、僕は。
で、それができるのは東京電力の中でも、4,000人原子力従事者がいるんだけども、社員だけでも、その中でも2人か3人、そんな技を持ってたんで、なかなかやめれなかった。全くやめさせてくんない。
何でかっていうと、やっぱりこうやってね、内部告発みたいなことするわけですか らね。あれは間違ってるよって。だって、僕、人並みぐらいには正直な人間ですもん。だから、知りたい人にはこうやってちゃんとアナウンスして、ほんとうの 情報だけ、さっきの単位時間当たりの線量率をどうやって年間にかえるのかとか、そういうことも全部レクチャーしますんで。
そういうことを危惧して、東電は僕に、会社やめるときに、850万円退職金上乗 せしてくれたんです。そのときに、本店に呼ばれて、副社長に、キムラ君、わかってるよね。何がわかってんだろうって思ったけど、わかってますって。わかっ てるよねって言われたら、わかってます、わからないとは言えないんで、じゃあ、もう帰っていいよって言われて、面接2分、それで850万上乗せしてくれ て、で、1,300万もらって、まあ、親が事業やってたんで、全部そっちに回しちゃって、今はそんなお金持ってないんであれなんですけども。まあ、そんな おもしろい話が1つあって。
で、あんまり、第一の1号機も燃料の全体の燃料の7割が溶けちゃって、で、最近 はちょっとデータ見てないんですけれども、原子炉の圧力とかも上がってるし、格納容器内の放射線量率も上がってるし、で、ヨウ素の131番っていうのが 減ってない、最近ちょっと減ってきたみたいなんですけども、つい最近までは確実に再臨界になってました。だって、皆さん勉強してるから、ヨウ素の131番 というのは放射能の力が半分になるのにたった8日間ですよね。なのに、もう8日たって、もう1カ月近くになってるのにヨウ素131がどんどん増えてる、そ れ自体がもう再臨界して、臨界にならなければ、ヨウ素というのはできないんです。絶対に。中性子、ぼーんとウラン235番が受けて、割れて、ヨウ素の 131番っていうのができるんですよ。原子力っていうのはそういうもんなんで。で、そのうちのアインシュタインの相対性理論の話になっちゃうんですけど、 そのうちのほんの1グラムとか、0.何グラムが熱になって、で、水を温めて、蒸気にして、その蒸気をタービンに回して、タービンに直列につながって発電機 を回して電気ができるんです。それが発電システムなんで。
で、絶対にヨウ素の131番は中性子が出て核分裂しない限りは、絶対に出ないん です。だから、再臨界してて、そういう、ほんとは再臨界してるのに、原子力安全委員会、認めないでしょう。東電、認めないでしょう。政府も認めないでしょ う。これはね、再臨界はしてたんです。つい最近まで。これはもう事実です。プロがほんのちょっと原子炉の物理とか知ってる人間であれば、だれでもわかるこ と。それがまず1つ、うそね。
で、さっき言った、例えば0.24マイクロシーベルトパーアワーというのは安全だとかっつってるのもうそ。うそです。
それが僕は今日、皆さんに伝えたかったことです。で、高知は結構離れてるんでい いんですけど、ドイツの気象局が出してる放射線の、放射能の分布予測、スピーゲルっていうんですか、わかんないですけど、それを見て、北東の風が日本を全 体を流れてくるときは、絶対に子供を雨に当てないでください。あと、女の人、これから子供をまだ産む人は出さないでください。それは、おんちゃんらはいい ですよ。おれとかも含めて。
何でかっていうと、セシウムの137番というのがあります、今度。それの放射能 が半分になるのが30年かかるんです。で、何が危ないかっていうと、セシウムの137番というのは筋肉にたまりやすいんです。男の人は比較的筋量が多いん で、筋肉に薄く、体の中に取り入れたとしても薄く広がっていきます。だけど、女の人は乳腺と、あと子宮、どうしても筋肉がないんで、そういった器官に濃縮 しやすいです。そうするとやっぱり乳がんの発生率とかがちょっと上がってしまう可能性があるので、そんなことは知ってれば防げることなんで、で、どうして も外に出なきゃなんないときは、布マスクの中にガーゼ入ってるじゃないですか。それをぬらして、で、マスクして外に出る。
あと、ヨウ素が出てる限りは、ヨウ素はやっぱり昆布とか海草類にヨードとしてたまるので、そのヨウ素なんです。で、髪の毛から吸収されやすいです、人間は。だから、帽子をかぶって、直接雨に触れないようにするっていうのが1つ防げる方法です。
全然そんなことだれも言わないですよね。政府も。だけども、これだけは僕は言いたかったんで、今日、ナカムラから来てみました。
あんまり話が長くなっちゃうとあれなんで、最後に1つだけ。
何かチェルノブイリの30キロ圏内にあるすごいきれいな泉を守った長老たちがい るらしいんです。どうやって守ったかっていうと、僕、こんなに原子力のこと勉強して、物理のこととかもある程度勉強したけども、目に見えない力ってのも絶 対あるんです。その30キロ圏内にあった泉を守った長老たちは、逃げなかったんです。逃げずにその泉をどうやって守ったか。祈りです。だから、そう言っ ちゃうと信じる人も信じない人も、どのぐらいの割合でいるかわかんないけども、もしちょっとでも信じてもらえるんだったら、朝、まず、福島第一が穏やかに 眠りにつきますようにって祈りと、あと、出てしまって、僕たちが使った放射能じゃないですか。電気のもとだから。それが、愛と感謝の思いによって消滅し て、無毒化するようにという祈りで、何とかみんなで力を合わせて、次の世代に伝えてもらえたらなって思います。
以上です。ありがとうございます。【転載終了】
=====
祈ります。遠く離れていても、お金が無くても出来る協力、想いです。
朝、まず、福島第一が穏やかに 眠りにつきますようにって祈ります。
愛と感謝の思いによって、無毒化するようにと祈ります。
できるコトならスマトランかマイクロネシアに移住して、
そこから祈りたいのが本心です。
keepsurfdayz

ネクストギターヒーローのライブに行ってきた。 原 マサシ

2011-11-27 08:23:43 テーマ:Guitar is Life moonybluesmanの投稿

11月26日の夜、神戸の北野にあるウィンターランドでネクストギターヒーロー【原 マサシ】君のライブに行ってきた。彼の事は以前にも、このブログに書いたが、衝撃的なライブであった。
ライブのスタートは原君のオフマイクによる、BLUESの名曲、(スカイ イズ クライイング)をマイクを通じず歌いながら静かに始まった。なかなか、憎い演出である。そして、段々と窮まる様に盛り上げてゆく、味わい深い、素晴らしい、この日のサポートは、大ベテラン、ジョニー吉長氏のドラムス、そして日本のグルーブマスター 清水 興氏がBassと言う豪華版である。
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ライブは全編、BLUESが中心で,ジョニー吉長氏の渋いBLUESや清水 興氏まで(ストーミーマンディ)を歌って、その渋い貫禄のあるBLUESを聞かせてくれた。
驚いたのは、原君の歌の実力である。9年間の海外生活で培われた英語力はなかなかの物であるが、歌そのものについての、歌唱力は群を抜いている。BLUESの何たるかを、知った歌い方なのである。
ギターの実力は言うまでも無い、素晴らしい溜めや、フレーズは素晴らしい。
そして、彼が本物を見せてくれるのは、BLUESのエンターティメントの基本である聴衆との共感なのだ、彼は肌で感じて、聴衆に語りかけ、繋がってゆく、時には、静かに、そして激しく。
この若さでその事を学んでいるのである。素晴らしい!
彼こそ、正真正銘の次の、日本のギターヒーローと思う。
小生は、彼に、ギターを作る決意をした、そして彼に約束した。
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懐かしい昔の友人達に会った。 レイニーウッド

2011-11-19 17:35:49 テーマ:Guitar is Life moonybluesmanの投稿

11月18日の神戸チキンジョージでTosh Sumikawa氏のライブがあり、競演がレイニーウッドだと聞いて、懐かしさでイッパイになり、突然だが会いに行った。
御存知、レイニーウッドと言えば 故 柳ジョージ氏のバックを長年に渡り務めて来たベテランミュージシャン達である。
初めての出会いは1973年、ジョーちゃん(柳ジョージ氏)と当時、小生がやっていた、フェルナンデスギタークリニックで全国を巡っている時、広島の楽器店でクリニックに参加したアマチュアバンドだった。
アマチュアとしては、纏ったサウンドで、ジョーちゃんと驚いたのはリズムがしっかりしていた事だった。
ジョーちゃんは彼らにぞっこん、まいって居た。
その後、ジョーちゃんがそれまで、やっていた活動に終止符を打ち、自分の思ったサウンドで、メジャーを目指そうと、小生と相談して方向性を定め、新しい若いメンバーを集めてデビューしょうと言う事になった
そして、二人であのバンドと、二も無く一番に言い出したのが、広島で会った彼等だった。
早速、二人で広島に飛んで説得に当たった。困惑する彼らを二人で熱心に口説いた。彼等に対する責任の重さが、小生の肩にズシリとのしかかった。当然の事である。20歳にも満たない彼らを大都会東京の、しかも競争が激しい音楽の世界に放り込むのだから、責任の重さを痛感するのは当たり前である。
それから、一月近く経って、彼らは一台の古ぼけたバンに乗って東京にやって来た。夢と不安に満ちた表情で、それからが、彼らとジョーちゃんの葛藤と調和に向けた闘いが始まった。
その後、柳ジョージ&レイニーウッドのデビューも決まり。箱根ロックウェルスタジオで、井上孝之さんのサウンドプロデュースでアルバムの録音が始まった。そして、萩原健一のサポートバンドとして、録音した、(祭囃子が聞こえる)で、大ヒットを飛ばし、その後、次々にヒットを飛ばして、スターダムにのし上がった。
それと、同時に小生との距離はどんどん離れて行った。と、言うより離されて行ったと言う方が正しいと思える。小生の影響力が当時の所属事務所には疎ましく思われたと小生は思う。
それらの、事情もあって、その内に小生の渡米と、重なり彼等とは会う機会が無くなっいて行った。
でも、マスコミを通じて彼らの活躍が伝わり、嬉しく思っていた。
そして、ジョーちゃんが、亡くなった、、、寂しい、悲しい気持ちが小生を包んだ。
そんな、ジョーちゃんが、一周りも二周りも大きく成長した彼等【レイニーウッド】に再会させてくれた。昔の思い出が、走馬灯の様に駆け巡った。ジョーちゃん有難う。そして安らかに、、、、
レイニーウッドはきっと、新しいサウンドで、また復活すると思う、ともかく、彼等の笑顔に会えて、幸せな一時であった。
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レイニーウッドと上綱、石井、ミッキー各氏と小生、神戸チキンジョージにて、

80年代 AORで、頂点を極めたギターリスト Jay Graydon

2011-11-17 14:46:56 テーマ:Guitar is Life moonybluesmanの投稿


80年代から90年代にかけて一世風靡したAORに欠かせないギターリストが居る。ソングラーターとしても多くのヒット曲を書き、自らも【エアプレイ】と言うバンドを結成し、多くの偉大な功績を残したギターリストである。Mr Jay Graydon、彼がサウンドプロデューサーとして、関わったアーティストは数多い、マンハッタントランスファー、ボズスキャグス、リンダロンシュタット、等、、数えたらかなりの数になる。
彼と最初にお会いしたのは、1983年の事である。小生の恩人である、Mr Ry COODERのお宅であった。
其の日、Mr Ryの自宅スタジオで、三人のギターリストが集まり録音するのでギターメカとして来て欲しいとの依頼で、夕方からスタジオに行った。既に、三人のギターリストは集まっていた。
Mr Ry Cooder、Mr Jeff Backster、そして、Mr Jay Graydonであった。早速、ライ氏が小生と初対面であるJay氏に紹介をして頂いた。
彼が其の時持ち込んでいたテレキャスターの調子が悪く、修理して欲しいとの事なので早速、メンテナンスに入った。完成して渡すと、サウンドチェツクを始めた。暫く弾いていて、ウインドウの向こうでニコニコしながら、親指を立てた。庭で一休みしていると、其処に満面の笑みを浮かべてJay氏が話しかけてきた。(ライから聞いていたんだが、君がMoonyさんなのね、噂の通りに素晴らしい)そう言って、握手をしてきた。(それでね、早速なんだが、僕に一本ギターを作って下さい。細かい事は話す必要が無いね、さっき、メンテして貰ったギターで全てが判ったから、委細はお任せします。強いて言えば、モデルはテリーが良いと思う。)早速小生は快諾した。三人がレコーディングを始めて、Jay氏のギターテクニックを見て其の素晴らしさを見せ付けられた。
半年後、ギターは完成し彼に届けられた。早速スタジオで試奏になった。ギターを持ってスタジオに入って
一時間近く経って、彼は、(凄い!素晴らしい!驚きだ、有難うMoony)と堅くハグして来た。
それから、2004年までの間に全部で11本のギターを注文して頂き製作した。有り難い事である。
彼は、多くのギターリストに影響を与え、素晴らしいアルバムも沢山残している。
変わらぬ友情と尊敬に乾杯!                                  

BLUESの本場からアジアにBLUESの種蒔きをするギタリスト 菊田俊介

2011-11-13 14:29:14 テーマ:Guitar is Life moonybluesmanの投稿
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20年以上、BLUESの本場、シカゴの一線で活躍してきた菊田俊介氏がアジアを中心にBLUESの種を蒔きに、その拠点を台湾に移動した。素晴らしい!見上げた覚悟である。このアジアにおけるBLUESの普及は非常に大事で、とかく、頭打ちのビートが多い日本やアジアのビートにアフタービートの大切さや
、ギターの基本の早弾き志向から一つ一つの音に魂を込める弾き方を教えてくれると思うので、小生はこの基本を知る事でアジアのROCK、JAZZが大きく変わり、世界に通用するバンドやギターリストがどんどん、出てくる気がする。なので、菊田氏のBLUESの普及活動は大変意義ある活動であると思う。
彼のPLAYを観て感じる若者が多く出てくると思うし、又、プロミュージシャン達にも大きな影響を与えると思う。
菊田俊介氏と言えば、あのブルースの女王(ココ ティラー)に認められ、10年近く、バンドでギタリストとして活躍していた御仁である。バークレー音楽院に入学しJAZZの王道を学び、転身してBLUESに、、苦労して、シカゴで、黒人主流のBLUESの世界で成功を収めた。
同じ日本人として、誇らしく思う人である。
シカゴでは、JW WILLIAMS等、多くのバンドで活躍していたが、それらを一時中止して東南アジアに活動の拠点を移した。素晴らしい!

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ギターの神様があの男とやって来る

2011-11-12 21:30:27 テーマ:Guitar is Life moonybluesmanの投稿

ギターの神様が、あのスティービーウインウッドとやって来る!
今回の来日公演は小生にとっても、思い出の多い人であるあのスペンサーディビスグループのオルガニストで当時、14歳の若さで参加、天才として評判になっていたスティービーとの来日なんて、夢のようである。当時、ヒットした【アイム、ア マン】を聞いた瞬間、体中に激震が走った。
そのボーカリストが少年であると聞いて驚きと、しかも、あのオルガンまでが、、と聞き、益々、体中に激震が走った。その後、エリックさんと【ブラインド フェイス】を結成、【ディア ミスター ファンタジー】のヒットを飛ばした。

今回の競演は、エリックさんにとっても思い出深い競演だろうし、又、新しい何かが産まれて来るだろうなと思う期待に胸が躍らされます。
しかも、ドラムスは小生が最も好きな スティーブン ガッドさんだし、言う事無し、、、凄いツァーになるな~!親日家のエリックさんの希望で、もっと日本各地のファンに演奏を聞いて貰いたいと言う事から
札幌、金沢、福岡など巡る、約一月のツアーになるそうである。
小生も、その間、お会いするアポイントも取れたし久々に今回は、一ファンとしてライブも楽しみたいと思います。

最近、気になるGUITAR  エピフォン ジョーパス モデル

2011-11-09 08:23:11 テーマ:Guitar is Life moonybluesmanの投稿
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小生のマツモク製のジョーパスモデル


最近、小生が良く弾くギターは、このエピフォン ジョーパス モデルである。偉大なJAZZギタリストJOE PASSのシグネーチャーで、亡くなるまでの数年間をこのギターと演奏活動をしていた。
市販のモデルは日本のマツモク楽器製造で作られたが、その後、韓国に生産の拠点が移り、現在は中国で作られている。プロトタイプから全てマツモクで作られたが、プロトは単板スプルーストップ、メイプル合板サイド、単板メイプルバック、ネックはメイプル単板で作られていた。市販のタイプはネック以外は全て合板である。
ところがである。何本かこのギターを見たが、プロトのモデルより何故か、合板の市販タイプの方が良く鳴るのである。このモデルによらず、過去のギブソンに、もこんな例はかなり有るが。
単板の物は音抜けするまでに時間を要する。かなり弾き込まなければ鳴ってこない。弾き込んで音を作るのである。それに対して合板は最初から鳴るように作られている。それなりに鳴るのである。
問題は、単板はしかしながら、弾くプレイヤーの音作りが、その後の、そのギターの音を決めてしまう。
未知の可能性を秘めているのが、単板で作られたいわゆるハンドメイドギターなのである。
つまりは、ギタービルダーとプレイャーの合作と言う事になり、結果が判断できるまで早くて3年~10年を要する。なので、その期間を短縮して早く鳴らせないだろうか?そう考え小生はBLUES GUITARを開発した。スルーネック構造にサウンドピッチホールの組み合わせで完成させた。
それは、さておき、このジョーパスモデルはマツモクの秀作だと思う。小生の物は、市販タイプの物なのだが、とにかく、良く鳴るのである。このギターから学ぶ事も多い、、、しかしながら、中国製のこのモデルは、全くの別物と言いたい。大変、残念である。素晴らしいモデルなのに、その技術が無視され単なる量産製品に落とされてしまった。誠に残念!                              $MOONYのブログ
小生の物は日本製マツモクで作られた物である。

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