2010-08-28 15:27:11
彼らが反論をやめたとき。ホメオパシーのこれから。
テーマ:ホメオパシー問題
【予告:ホメオパシーを実際に導入した家庭・ホメオパシーを家庭に持ち込んだ妻・ホメオパシーコミュニティーができるまで・家庭内の実情などについて取材しました。整理が終わりインタビューイの了解が取れ次第エントリーとして報告するつもりです】
ホメオパシーへの批判は数年前から我が国に存在し、それはwebを検索してみれば一目瞭然でしょう。
批判の件数が著しく増加したのは2010年7月にビタミンK2欠乏症で乳児が死亡した事件の報道からであり、8月24日に日本学術会議が「ホメオパシーは荒唐無稽であり医療機関が用いるのは問題がある」と談話を発表すると、これまでにない数の批判が様々な人々から吹き出した感があります。
この動きに対抗して、日本学術会議の談話への反論も多く見られます。
朝日新聞・apitalの「ホメオパシーを巡る問題」は(その5)と回数を重ね、記事のコメント欄はホメオパシー批判派による書き込みが多いものの、信奉者からの反論が相変わらず登場しています。
報道側への異論として「ホメオパス片上敦子's blog」に書かれている信奉者の声も、記事が真実であればさもありなんという感じです。
amebloのメッセージで接するなど私が直接耳にした信奉者の発言も含めて整理してみると、反論には下記のような傾向があるように感じます。
○「私は効いた」・「誰かさんは効いた」論
○科学至上主義と現代の医学至上主義への批判
○薬害・副作用への批判
○製薬業界陰謀論
○現代の医学でも治らないものはある論(悪化、死亡した人もいる論)
○病気とは患部だけでなく体と心の全体に関わるものだ論
○実際にレメディを飲んでから批判しろ論
○200年も支持されてきたものは効く論
○個人が信奉するものに立ち入るな論
上記以外にもあるのでしょうけれど、数年前から現在に至るまで言い回しなどに変化はあったとしても同じ反論が繰り返されてきました。そして、ホメオパシーを批判し論破する側の言葉もさほど変化していません(変化しようがないと言ったほうが正しいかもしれません)。
つまり堂々巡りをしているだけなのです。
堂々巡りを数年間続けてきて、この過程でホメオパシーの誤りについての啓蒙が拡がったという点は評価されるべきことだと言えますが、ホメオパシー信奉者の考えを改められたかとなると甚だ疑問です。
そして、着実にホメオパシー導入者は増加していたのです。
ホメオパシー導入者と批判者が直接対峙する機会はそうそう見掛けるものでなく、各自が一方的に持論を展開し、そこにそれぞれの賛同者が声を残すというパターンがほとんどです。このような中にあって、双方がやりとりする場面が見られるapitalのコメント欄は珍しい状態にあると言ってよいでしょう。
現在進行形のapitalでのコメントのやりとりを眺めていると、ホメオパシー批判者に圧倒され信奉者は沈黙するケースが多いようですし、見方によっては双方の主張がまったく噛み合わぬまま話題が流れて去って行っているとも言えそうです。
そしてここでもホメオパシー導入者の反論のパターンは過去に繰り返されてきたものばかりです。したがって、ホメオパシー批判者はかねてから用意されている根拠や言葉を繰り出せば、相手をほぼ沈黙させることができます。
まるでゲームセンターでモグラ叩きをしているかのようです。ゲームがはじまればモグラが飛び出す。ハンマーでモグラを叩く。モグラは引っ込む。別のモグラが飛び出す。またハンマーで叩く。apitalでも数年来の堂々巡りが繰り返されているのです。
apitalの例に限らず、ホメオパシーを論破されて立ち去った人は、その後どうしているのか考えてみます。
彼ら彼女らが反論をやめるのは、ホメオパシーへの批判に納得したからではありません。ただ単に受け売りの言葉が底をついたか、自分自身でホメオパシーを語れる言葉が枯渇しただけです。
そして、論破されて消えて行った信奉者たちはリターンマッチを挑むことなく、自分たちの立場を理解させる努力を諦めます。これは私と個人的にamebloのメッセージで散々やりとりをした信奉者たちが、かならずと言ってよいほど「あなたは何もわかっていない」と言い残し、唐突すぎるくらいぷっつりと連絡をしてこなくなることからわかります。
ホメオパシーを理解させようとする意欲を失ったとき、信奉者たちは互いに分かり合える者たちのコミュニティーに戻り、外部との交渉を断つのです。
そもそもホメオパシーを賛美する個人のブログの数々はファンクラブ的であり、内向きの引力によって更新が続けられ、求心力を高めることでブロガーと読者は満足感と安心感を共有している印象があります。「批判を見ざる、聞かざる。だから反論も言わざる」といった、安寧の場所です。
反論の試みるのは、相手(信奉者)がこちら(批判者)を強く意識しているときです。ところが「見ざる、聞かざる、言わざる」となったとき、信奉者は批判から目を背けています。社会にホメオパシー批判の流れがあるなら、社会とも隔絶していると言ってもよいでしょう。
日本学術会議の談話は、「いまホメオパシーの芽を摘まなければならない」として出されたもので、医療機関での使用に歯止めを掛ける目的がありました。そして、幾多の医療系の団体から賛同の意志が表明されました。
これによってホメオパシーは四面楚歌になった感があります。
いままでマスコミによるホメオパシー批判に対して、即刻反論をホームページに掲載していた饒舌な「日本ホメオパシー医学協会」が、今回は『日本学術会議「ホメオパシー」についての会長談話へのJPHMAコメント詳細は、後日掲載予定です。』としたまま沈黙しています。
これは日本学術会議の談話に留まらず、密接な関係が築かれていた助産師会まで談話に賛同しホメオパシー排除の指針を出すなど、「日本ホメオパシー医学協会」が追いつめられ容易に反論できる状態にないからだと推察することができます。
また、これまで繰り返し使われてきた反論のパターンがこの状況では使えないと悟るに至り、文書による反論が困難で身動きが取れなくなっているのかもしれません。
以前のように、学術界から否定されつくした論文を持ち出すことができず、万能感溢れる自信満々の言葉も吐けないのは、ホメオパシーファンクラブの総本山として信奉者を相手にしていたときと異なり、社会を相手に説得力のある広報をしなければならないという創立以来はじめての事態に直面しているからだと想像されます。
饒舌に見えた「日本ホメオパシー医学協会」ですが、外部とコミュニケーションを取る語り口と語彙が圧倒的に不足していたのです。
いずれにしても、定番の言い回しが底をつき、自らを語るに足る言葉が枯渇している状況であり、これはapitalのコメント欄などで追いつめられて消えて行った信奉者と似通っているのではないでしょうか。
後日、日本ホメオパシー医学協会は約束通りコメントを出すのかもしれませんが、社会に向かって説得力のある広報をすることに限界を感じたならば、いずれ外部との交渉を諦め、さらに内向きの組織として信奉者への求心力強化のみに走るかもしれません。
(「ホメオパシーに関する海外からの応援メッセージ/日本ホメオパシー医学協会」は、外部への正式な反論をあきらめ、信奉者への求心力強化を狙ったものとも解釈できます)
また、「ホメオパス片上敦子's blog」に書かれている信奉者の声にみられる、
・「記事読みました? なんだか記者の悪意を感じますよね~」
・「すごく偏ったものの見方で書いていますよねえ。」
・「きっとバックに、製薬会社がお金で絡んでいて、ホメパシーを広げないようしているんですよ~、だって自分の健康を自分で守るホメオパシーが認められたら製薬会社の業績が不振になるのは目に見えていますもんね~」
といった、内向きのホメオパシー迫害論・受難論で結束が高められ、世の中にはこのような言葉に共感を抱く人もいるので、あらたな信奉者を獲得する可能性があります。
由井寅子氏は、
「ホメオパシーが広がっていく過程で、必ずバッシングを受けるときがくるだろう。でもそれは世の中に浸透する上で必ず通る道であり、必要なことでもあるのだ」
と常々言っているそうです。
由井寅子氏への個人崇拝がすくなからずあるホメオパシー界では、これを予測ではなく予言と受け取り、由井寅子氏は迫害を一身に受ける受難者だと解釈する人々がいても不思議ではない気がします。
ホメオパシーを推進普及する団体に限らず、ホメオパスやホメオパシー導入者が迫害論・受難論を持ち出してきたならば、これは外部および批判者への反論ではありません。
この時点で既に対外的な反論をやめ、内部の安定と組織の維持を求める状態になっているのです。
ホメオパシー信奉者と推進普及団体が反論をやめたとき、社会との断絶を意味します。
現在でさえ、社会との関わりにおいて独善的であり、一方通行のコミュニケーション以外は認めない傾向があるのですから、社会と断絶することに躊躇いはないはずです。
ある組織、ある団体、ある思想が社会と断絶した状態になると、独善性をさらに高め、社会を敵視する傾向を強め、危険極まりない状態になります。
これは、嘘医療だとしても200年間ホメオパシーが生き延びてきて、ときにテレビ番組で笑いのネタにもされ、信奉者にも批判者にも社会的な免疫ができている欧米とは異なる、日本特有の状況となるかもしれません。
ホメオパシーの誤りを啓蒙する批判者の声は、これからもホメオパシーが拡大することへの抑止力として貢献するでしょう。ただし、反論の声がなくなることがホメオパシーの勢力を削いだことになりません。むしろ、反論の声が一つひとつと消えたとき、新たな問題のタネが生じていると警戒すべきではないかと危惧します。
追記
1. ホメオパシーの矛盾点や誤りを正確に指摘し批判する行為が無駄である、とはまったく思っていません。これは今後も継続的に必要なことでしょう。
2. ホメオパシーは今でもカルト的ではないかという意見が存在することは承知しています。私としては、この状態がさらに変質するのではないか、それは日本特有のホメオパシーの在り方になるのではないかと考えています。
3. カルト化、独善性をさらに高め、社会を敵視する傾向を強め、危険極まりない状態、となるとオウム真理教を思い浮かべるかたもいるでしょうけれど、あのような暴力的な反社会的行動に出るとことを想定して書いたエントリーではありません。これまでも取り上げてきた「自然なお産」志向を助長する、カリスマ的助産院・助産師の危険な活動と、彼女らの思想、頑なな態度、といったものがぼんやり頭の中に浮かんでいます。あるいは別の性質のものかもしれませんが。
4. 8月29日0:20、日本ホメオパシー医学協会の反論を確認しました。滅茶苦茶、支離滅裂もよいところの反論です。いったいどこからどのように論評すべきか悩みます。
ホメオパシーへの批判は数年前から我が国に存在し、それはwebを検索してみれば一目瞭然でしょう。
批判の件数が著しく増加したのは2010年7月にビタミンK2欠乏症で乳児が死亡した事件の報道からであり、8月24日に日本学術会議が「ホメオパシーは荒唐無稽であり医療機関が用いるのは問題がある」と談話を発表すると、これまでにない数の批判が様々な人々から吹き出した感があります。
この動きに対抗して、日本学術会議の談話への反論も多く見られます。
朝日新聞・apitalの「ホメオパシーを巡る問題」は(その5)と回数を重ね、記事のコメント欄はホメオパシー批判派による書き込みが多いものの、信奉者からの反論が相変わらず登場しています。
報道側への異論として「ホメオパス片上敦子's blog」に書かれている信奉者の声も、記事が真実であればさもありなんという感じです。
amebloのメッセージで接するなど私が直接耳にした信奉者の発言も含めて整理してみると、反論には下記のような傾向があるように感じます。
○「私は効いた」・「誰かさんは効いた」論
○科学至上主義と現代の医学至上主義への批判
○薬害・副作用への批判
○製薬業界陰謀論
○現代の医学でも治らないものはある論(悪化、死亡した人もいる論)
○病気とは患部だけでなく体と心の全体に関わるものだ論
○実際にレメディを飲んでから批判しろ論
○200年も支持されてきたものは効く論
○個人が信奉するものに立ち入るな論
上記以外にもあるのでしょうけれど、数年前から現在に至るまで言い回しなどに変化はあったとしても同じ反論が繰り返されてきました。そして、ホメオパシーを批判し論破する側の言葉もさほど変化していません(変化しようがないと言ったほうが正しいかもしれません)。
つまり堂々巡りをしているだけなのです。
堂々巡りを数年間続けてきて、この過程でホメオパシーの誤りについての啓蒙が拡がったという点は評価されるべきことだと言えますが、ホメオパシー信奉者の考えを改められたかとなると甚だ疑問です。
そして、着実にホメオパシー導入者は増加していたのです。
ホメオパシー導入者と批判者が直接対峙する機会はそうそう見掛けるものでなく、各自が一方的に持論を展開し、そこにそれぞれの賛同者が声を残すというパターンがほとんどです。このような中にあって、双方がやりとりする場面が見られるapitalのコメント欄は珍しい状態にあると言ってよいでしょう。
現在進行形のapitalでのコメントのやりとりを眺めていると、ホメオパシー批判者に圧倒され信奉者は沈黙するケースが多いようですし、見方によっては双方の主張がまったく噛み合わぬまま話題が流れて去って行っているとも言えそうです。
そしてここでもホメオパシー導入者の反論のパターンは過去に繰り返されてきたものばかりです。したがって、ホメオパシー批判者はかねてから用意されている根拠や言葉を繰り出せば、相手をほぼ沈黙させることができます。
まるでゲームセンターでモグラ叩きをしているかのようです。ゲームがはじまればモグラが飛び出す。ハンマーでモグラを叩く。モグラは引っ込む。別のモグラが飛び出す。またハンマーで叩く。apitalでも数年来の堂々巡りが繰り返されているのです。
apitalの例に限らず、ホメオパシーを論破されて立ち去った人は、その後どうしているのか考えてみます。
彼ら彼女らが反論をやめるのは、ホメオパシーへの批判に納得したからではありません。ただ単に受け売りの言葉が底をついたか、自分自身でホメオパシーを語れる言葉が枯渇しただけです。
そして、論破されて消えて行った信奉者たちはリターンマッチを挑むことなく、自分たちの立場を理解させる努力を諦めます。これは私と個人的にamebloのメッセージで散々やりとりをした信奉者たちが、かならずと言ってよいほど「あなたは何もわかっていない」と言い残し、唐突すぎるくらいぷっつりと連絡をしてこなくなることからわかります。
ホメオパシーを理解させようとする意欲を失ったとき、信奉者たちは互いに分かり合える者たちのコミュニティーに戻り、外部との交渉を断つのです。
そもそもホメオパシーを賛美する個人のブログの数々はファンクラブ的であり、内向きの引力によって更新が続けられ、求心力を高めることでブロガーと読者は満足感と安心感を共有している印象があります。「批判を見ざる、聞かざる。だから反論も言わざる」といった、安寧の場所です。
反論の試みるのは、相手(信奉者)がこちら(批判者)を強く意識しているときです。ところが「見ざる、聞かざる、言わざる」となったとき、信奉者は批判から目を背けています。社会にホメオパシー批判の流れがあるなら、社会とも隔絶していると言ってもよいでしょう。
日本学術会議の談話は、「いまホメオパシーの芽を摘まなければならない」として出されたもので、医療機関での使用に歯止めを掛ける目的がありました。そして、幾多の医療系の団体から賛同の意志が表明されました。
これによってホメオパシーは四面楚歌になった感があります。
いままでマスコミによるホメオパシー批判に対して、即刻反論をホームページに掲載していた饒舌な「日本ホメオパシー医学協会」が、今回は『日本学術会議「ホメオパシー」についての会長談話へのJPHMAコメント詳細は、後日掲載予定です。』としたまま沈黙しています。
これは日本学術会議の談話に留まらず、密接な関係が築かれていた助産師会まで談話に賛同しホメオパシー排除の指針を出すなど、「日本ホメオパシー医学協会」が追いつめられ容易に反論できる状態にないからだと推察することができます。
また、これまで繰り返し使われてきた反論のパターンがこの状況では使えないと悟るに至り、文書による反論が困難で身動きが取れなくなっているのかもしれません。
以前のように、学術界から否定されつくした論文を持ち出すことができず、万能感溢れる自信満々の言葉も吐けないのは、ホメオパシーファンクラブの総本山として信奉者を相手にしていたときと異なり、社会を相手に説得力のある広報をしなければならないという創立以来はじめての事態に直面しているからだと想像されます。
饒舌に見えた「日本ホメオパシー医学協会」ですが、外部とコミュニケーションを取る語り口と語彙が圧倒的に不足していたのです。
いずれにしても、定番の言い回しが底をつき、自らを語るに足る言葉が枯渇している状況であり、これはapitalのコメント欄などで追いつめられて消えて行った信奉者と似通っているのではないでしょうか。
後日、日本ホメオパシー医学協会は約束通りコメントを出すのかもしれませんが、社会に向かって説得力のある広報をすることに限界を感じたならば、いずれ外部との交渉を諦め、さらに内向きの組織として信奉者への求心力強化のみに走るかもしれません。
(「ホメオパシーに関する海外からの応援メッセージ/日本ホメオパシー医学協会」は、外部への正式な反論をあきらめ、信奉者への求心力強化を狙ったものとも解釈できます)
また、「ホメオパス片上敦子's blog」に書かれている信奉者の声にみられる、
・「記事読みました? なんだか記者の悪意を感じますよね~」
・「すごく偏ったものの見方で書いていますよねえ。」
・「きっとバックに、製薬会社がお金で絡んでいて、ホメパシーを広げないようしているんですよ~、だって自分の健康を自分で守るホメオパシーが認められたら製薬会社の業績が不振になるのは目に見えていますもんね~」
といった、内向きのホメオパシー迫害論・受難論で結束が高められ、世の中にはこのような言葉に共感を抱く人もいるので、あらたな信奉者を獲得する可能性があります。
由井寅子氏は、
「ホメオパシーが広がっていく過程で、必ずバッシングを受けるときがくるだろう。でもそれは世の中に浸透する上で必ず通る道であり、必要なことでもあるのだ」
と常々言っているそうです。
由井寅子氏への個人崇拝がすくなからずあるホメオパシー界では、これを予測ではなく予言と受け取り、由井寅子氏は迫害を一身に受ける受難者だと解釈する人々がいても不思議ではない気がします。
ホメオパシーを推進普及する団体に限らず、ホメオパスやホメオパシー導入者が迫害論・受難論を持ち出してきたならば、これは外部および批判者への反論ではありません。
この時点で既に対外的な反論をやめ、内部の安定と組織の維持を求める状態になっているのです。
ホメオパシー信奉者と推進普及団体が反論をやめたとき、社会との断絶を意味します。
現在でさえ、社会との関わりにおいて独善的であり、一方通行のコミュニケーション以外は認めない傾向があるのですから、社会と断絶することに躊躇いはないはずです。
ある組織、ある団体、ある思想が社会と断絶した状態になると、独善性をさらに高め、社会を敵視する傾向を強め、危険極まりない状態になります。
これは、嘘医療だとしても200年間ホメオパシーが生き延びてきて、ときにテレビ番組で笑いのネタにもされ、信奉者にも批判者にも社会的な免疫ができている欧米とは異なる、日本特有の状況となるかもしれません。
ホメオパシーの誤りを啓蒙する批判者の声は、これからもホメオパシーが拡大することへの抑止力として貢献するでしょう。ただし、反論の声がなくなることがホメオパシーの勢力を削いだことになりません。むしろ、反論の声が一つひとつと消えたとき、新たな問題のタネが生じていると警戒すべきではないかと危惧します。
追記
1. ホメオパシーの矛盾点や誤りを正確に指摘し批判する行為が無駄である、とはまったく思っていません。これは今後も継続的に必要なことでしょう。
2. ホメオパシーは今でもカルト的ではないかという意見が存在することは承知しています。私としては、この状態がさらに変質するのではないか、それは日本特有のホメオパシーの在り方になるのではないかと考えています。
3. カルト化、独善性をさらに高め、社会を敵視する傾向を強め、危険極まりない状態、となるとオウム真理教を思い浮かべるかたもいるでしょうけれど、あのような暴力的な反社会的行動に出るとことを想定して書いたエントリーではありません。これまでも取り上げてきた「自然なお産」志向を助長する、カリスマ的助産院・助産師の危険な活動と、彼女らの思想、頑なな態度、といったものがぼんやり頭の中に浮かんでいます。あるいは別の性質のものかもしれませんが。
4. 8月29日0:20、日本ホメオパシー医学協会の反論を確認しました。滅茶苦茶、支離滅裂もよいところの反論です。いったいどこからどのように論評すべきか悩みます。
同じテーマの最新記事
- 狂犬病予防注射に抵抗する人たち 01月30日
- まだ言い続けるのですか 01月28日
- 追い込まれている人たち 01月05日
- 最新の記事一覧 >>







1 ■ナルシシズム?
ホメオパシー信者の言辞を目にする度、いつもこの本を思いだします。
http://review-returns.seesaa.net/article/133470928.html
ある意味彼ら「理解」する為の一助となると思いますので、お時間があったら一読されることをお勧めします。
著者は彼が指摘する邪悪な人々に対し、「自己愛性人格障害の亜種」という診断名をつけるべきと提案していますね。
是非はともかく、「自己愛」は重要なキーワードになるのではないでしょうか?