王家の谷

さて、今日はなんと三つ目。

段々と絶好調になってきました。

 

順を追って書いていると

本当に書きたいことがなかなか書けないので

書きたいことを書きます。

 

王家の谷に行った時のこと。

ここは、写真撮影が一切ダメなんです。

カメラはバスの中に置いてから外に出ていきます。

でも、こっそりと車内から一枚だけ。

↓写真からこのすごいエネルギーを感じるでしょうか。

 

 

降りてすぐ、体がズシン、と重くなりました。

岩山のエネルギーなのでしょうか

すごいというか、重苦しくて動きにくい感じです。

でも、別に悪いものが憑いたということではないと感じました。

 

お墓だからかな、と思いましたが

お墓の中に入ったら、むしろ絶好調。

 

体が重い時、エネルギーを感じながら思ったのは

ここはファラオのお墓がたくさんあるところな訳で

そういう意味で、魂を鎮めるために適した土地として

その当時の神官たちが選んだのではないか

ということです。

 

(ガイドさんの説明では、入り口が狭くなっているために目立たなく

盗掘されにくいから選ばれた、ということでした。)

 

石灰岩と花崗岩と奥の方は大理石の岩があるそうです。

重たく感じたのは、この石のパワーですかね。

 

それで、数々のファラオのお墓があるのですが

ツタンカーメンのお墓と、他に自由に3つ選んで入っていいとのこと。

一か所目は、階段を登っていく必要のある所にしました。

なんていう王様のお墓だったかな、

トトメス一世?だったかな。

そこに入った時、私一人だけの時間が少しありました。

不思議なんですけど、肝心なところでそんな風になります。

お墓の奥の、石棺があるところに私一人汗

 

番をしている人が二人いたんですけど

柱で隠れて見えなくて

それで、集中してその石棺に向かうことができました。

私の中の誰かが、こんな風に聞くんですよ。

 

そんな風にミイラとなって立派なお墓に入って

望む死後の世界には行けましたか?

そこはどうでしたか?

みたいなことを聞くんです。

 

王様からは答えが返ってきて

「うん・・・まぁ・・・」みたいな

なんともはっきりしない、バツの悪そうな?

 

石棺の中に今はミイラはなく

博物館などに移されているのだと思います。

または盗掘にあったとか。

 

私自身、何を言っているんだか?って

自分でもよくわからない、不思議な感じでした。

 

ただ、他のお墓に入った時も

なんだかすごく心も体も軽くて

今思い出しても不思議な感じでしたね。

その昔、ここにいて、お墓作りに関係していたのだろうか。

 

その答えは、カイロの考古学博物館でわかりました。

 

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母と子の関係性を癒す

テーマ:

エジプトから帰って、一週間過ぎたので

体調はまだ少し疲れやすいものの

精神的にはほぼほぼ絶好調です。

 

今朝あげた記事を書いてから

なんだか深く納得してしまい

それもあってようやく癒されてきました。

 

昔々の記憶がよみがえって辛かったんだね。

 

帰ってきてから体調管理に努めながら

セッションをさせていただいていたのですが

リーディングの内容が深くなってきていて

1月のあの浄化と、この旅行の相乗効果なのかな

と思っています。

そういうことをさせてくださる方に来ていただいている

という意味でもあります。

 

お母さんとの関係に悩む方向けにも

すごく深く癒しができる方法がわかりました。

それも自分でできる方法です。

方法というか、まずは

霊的な考え方をしっかりと腑に落とし込んで

それからになるのですが

結構画期的なものです。

 

それを、お伝えするのに、お話会なのか

個別がいいのか、一斉遠隔がいいのか

ちょっと考えていたのですが

これ知ったらいいだろうな、という方が

遠方の方にも多くいらっしゃるので

個別になりますかね。

 

通常のセッションを受けていただいたことがある方で

これまでいろいろと努力してきて

ある程度癒されても来て

それでも今一つ突き抜けない

という方向けになるかと思います。

詳細は申込時にご相談ください。

 

こちらは、スピリチュアルカウンセリングというコースで承ります。

HPを見てメールでお申込みください。

 

ハートからのコミュニケーションの遠隔ヒーリングは

開始するまでもう少し延期にさせていただきます。

 

 

先日、あることから

とある精神科の先生が、私の二冊の著書を

読んでくださっていたことが分かりました。

マヂで?なんて思ってしまった。

スピリチュアルに関心を持たれる先生が増えてきているんですかね。

 

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エジプトの街と人々

日にちが経つにつれて、色々なことに気づいていきました。

あまり楽しくない、と感じたのは

楽しくなかったのではなく

苦しかったのだ、と気づきました。

 

貧しい暮らしをしている人々を見ることに

少しでも多く土産物を売りつけて儲けよう

と観光客に迫る人々に。

 

ネパールでは、同じくらいの感じだったのですが

違うのは、経済発展することを選ばなかった

というところ。

だから、首都カトマンズはわさわさしていましたが

地方に行くと、本当にのんびりとしていて

古き良き時代の日本を思い出すようで

すごく癒されたんです。

エジプトは、そこを諦めていないというか

枯渇感があり、狙っているという感じです。

 

それを見て、感じていることの苦しさ。

 

最中は、日本に生まれてよかったと思っていたのですが

深いところでは、何もできない自分に

日本人でよかったなんて思っている軟弱さに

がっかりしている自分がいたのでしょう。

 

買ってくれ、と訴える人たちを避けて歩くことを

ずっとし続けてきたので

それはやはりきついものがありました。

でもそこで財布を出せば、中を見られ

あるだけ奪い取るように

一個買っただけでは済まず

バスの中に入っても、乗ってからも

ずっと、商品を見せられ、ワンダラーと言われ続けるのです。

 

ネパールに行く前に、旅行社から教えられたことがあります。

寺院などでお金を物乞いする子供がいるけれど

絶対にあげてはいけない。

そこいらじゅうから同じ子供たちが集まってきて

せびられてしまう、と。

 

それを聞いているので、今回も基本そんな感じでいました。

 

ただ、帰国したときに

修行を終えた!みたいな少しの達成感と

清々しさを感じたんです。

こんな体験は日本にいたらできないことなので

貴重なことです。

 

本当は順を追って写真と共に紹介したかったのですが

この気持ちを表現するために、先に載せてみます。

 

これは、エドフというところだったと思います。

クルーズ船を降り、馬車に乗ってホルス神殿に行くところ。

馬が一頭、御者が一人、乗客は二人

という仕組みだったのですが

今画面左に小さく見えている子供がいますが

その子が走っている馬車に勝手に乗ってきます。

 

 

一瞬で乗っかり、鞭で馬を叩きます。

この右側の御者さんは何も言わないので

この子はこうしていつも乗っかっているのでしょう。

将来は御者になるのかな?

 

 

ただ、この私

御者さんが馬を鞭で叩くのは、仕方ないなって思うんです。

でも、この子供までも叩くのは、かわいそうだからやめて、って

思ってしまったんですよね。

おかしいですかね?

こんなだから、ギザのピラミッドで

ラクダに乗ることができなかったんですよね。

なんだかかわいそうで。

 

この御者さんが途中で馬車から降りた時があって

この子供がしばらくの間、御者を務めていた時間があったんです。

え!そんなのありなの?って思ってドキドキしたんですけど

この子は慣れているようで、それなりに馬を操っていました。

どうして降りちゃったのかというと

他の馬車に乗っている人が、ペットボトルを落としたので

それを拾うためだったようです。

 

上の写真では、町の寂れた感じというか

それはあまり伝わらないと思います。

そこに差し掛かった時、驚いてしまって

カメラに手がいかなかったんですよね。

上の写真のところはきれいなところです。

無意識にですが、きれいなところのみ撮っていたんですね、私。

 

ここは、どこだったか

バスに乗っていた時、人がたくさん集まっていたので

撮ってみたのですが、ここは男性だけですよね。

 

 

↓ここはなんと、女性だけです。

なんでも、これからお葬式に行くのではないか

ということです。

街には女性はほとんど見かけないんです。

お土産を売っているのは男性だけで

ちゃんとしたお店、レストランでも

サービスしてくれるのはみんな男性のみ。

女性は家で家事をしているのだそうです。

さすがに首都カイロでは、ホテルや空港で

女性が働いているのを見かけましたが。

 

また、ここは

カイロに近い、サッカラというところですが

車と共に走っているのが、ロバの引く荷車。

カイロでさえも、観光用だと思いますが

馬車が普通に走っていました。

働く動物いっぱい。

 

 

働く動物をかわいそうと思う私はおかしいのか

食べる心配がなく生きていけることは幸せということなのか

ここは今一つ自分の中でよくわかっていません。

 

自分の、あるいは集合無意識の中にある記憶

まさか、牛馬ということはないですが

奴隷の時の過去生の記憶から来ているのかもしれません。

 

それなら、目をそらさずしっかりと

その頑張っている姿を見なければなりません。

 

そして、ここまで平穏に暮らせるようになったこと

日本という国に生まれて不自由なく暮らせることに

感謝するのはもちろんですが

そこまでの努力を認めたいと思うのです。

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