アセンションの症状だった

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昨日の発熱と頭痛は、普通の好転反応ではなく

アセンションの症状のようだ、と気づきました。


微熱は割とすぐに下がりました。

ただ、体の芯が熱いんです。

セドナで体感するような感じ。


夜には、痛みを伴わないお腹の浄化。

お腹を壊したときのは、痛みを伴うので

食当たりではないのは間違いないです。


そして頭痛

朝には治まっていましたが、動くとまたぶり返して

痛み止めを飲んでもあまり効きません。

それどころか、だんだんと痛みの場所がはっきりしてきて

なんと、第三の目あたりに集中しています。

昔体感したことのある

第三の目が開くときの痛みと同じです。


そしてさらに気づいたのは

2010年4月1日に

私を取り巻くエネルギーというんですか

それがガラッと変わったのをはっきりと感じたのですが

その時には、それまでの色々な関係性、状況を

自分の意思で変えた時だったのです。


そしてそういえば今年の4月1日に

一斉遠隔をして、そのあとから

これまでとは違う感覚、状況になっているなぁ

と感じてはいたのですが

今日はそれをはっきりと認識しました。


少し前にも書いたかと思いますが

この4月5月6月は

アセンションにとって大きな意味がある時期で

一気に行くというようなことを、あるサイトで知りました。

それ、やはり本当だと思いました。


気づいたら、なんだか覚悟が決まったというか

はっきり気づけなかった時の揺れのような気持がなくなりました。


見えないけれども、感じることでしかわからない

トンネルの中を通っているときなんですね。


または、繭の中にいて、孵化するのを待っている時期。


いつも思いますが

そんならそうと前もって知らせてほしいなって思います。

4月1日から変わるよ、とか

前の時は、始めてからちょうど4年

次の変化はその6年後、って。


まるでそれは、4年間の教育期間と

その次に6年間の実習期間があり

その次は・・・

というように、前もってアセンションの仕組みがあるとか

そういうことのようです。


過ぎてみてからしかわからない。


そして、最近いらっしゃる方は

数は少ないけれど

ある程度準備が整った方が多いです。

あと一押しするだけとか

そんな感じです。

ここに自分自身の変化を感じます。


変化を望んでいるけれど、いざそれが来ると怖く感じるものです。

意味が分からないとなお。

でも、もうすべて運命を天に預けてしまったので

なるようにしかならないし、どうにでもしてくれです。

というか、どうぞ好きに使ってください的な?


自分で何とかしようとしてもどうにもならないし

むしろ身を任せると、入ってくるものは

わ~そう来ましたか?というものなので

流れに沿って行くしかないです。


今は5月の末だから

あとひと月強ですね。

7月にはすっきりしているといいです。


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好転反応と昨日の続き

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去年の6月に一人で八甲田に行った時も

帰ってきてから、好転反応といえるものがありました。


今年はないな、と思っていたら

今日のセッションが終わったとたん

突然頭痛が襲い掛かり

家に帰ったら微熱までも出ました。

熱のわりに体が熱いです。


喉が痛くないので、おそらく風邪ではないと思うのですが。


帰ってきて続いてご予約が入っていたので

気が張っていたのか

終わったとたんの熱発に

びっくりです。


セドナに行くと、最終日には必ず熱が出るのですが

それに近いかもしれません。

自分でも生命エネルギーが強く入った感じがあります。


この好転反応で、受け取ったエネルギーを

しっかりと自分のものに咀嚼するのだと思います。


それを持って今週末の四国入り・・・。



昨日のことでわかった続き。


自己犠牲→自分を大切にする→純粋な奉仕

という流れになると書きました。


これはどういうことかというと

やはり最終的には、自分を大切にするだけでなく

人の役に立つべく奉仕をしていくのが

ライトワーカーなのですが


自己犠牲から自分を大切にするステージを経験すると

次の純粋な奉仕に行く時には

多少の、もしかしたら自己犠牲になるの?というような

そんな風に感じる場面に出くわします。

ある意味怖いです。

また同じことになるのか、と思うので。


でも、ならないんだ、と感じるのです。

というか、そういう内なる声が来ます。


この流れを経験していくと

自己犠牲になるように見えなくもない

入口、扉が現れますが

それは本当に光に向かう入り口となる

ということなのだそうです。


私が最近何度もつぶやいている

自分の気配を消す、陰のエネルギーで生きる

というのもそうです。

結局、人の目覚めと成長を促すわけで

本にも書いている、人に手柄を渡すことになるからです。


ただ、まだ私自身が入り口に到達して、中に入り始めたのか?

という段階なので、結果みたいなものが出ていません。

皆さんが安心して入ってこれるように

私は先に体験して、安心できる確証をもってから

またそれを詳しく書けたらと思います。

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青森から帰ってきて、ああ、やっぱりそうだな

って思ったのが


私は目立たず地味に

気配を隠すほど身を鎮めていると

他の人(霊的なリーダー)が目覚め、育つ

と。


この、インディゴチルドレンサポートは

当たり前ですが、私一人ではどうにもなりません。

多くの、インディゴソウルの力が必要なのです。


かといって、私が何か直接的に介入する

というのではありません。

ただただ、余計なことをせず

自己主張せず

鎮まっていること

これが重要なようです。


そうすると、多くのインディゴソウルが目覚め

必要な能力を育て

直接的に関わることはなくても

同時進行で同じ目的でやっていけるようです。


もしかしてお互いの存在を一生知らないままでも。

それでも関係はないみたいです。

すべてはエネルギーだから。


昨日、最終的に行きついた場所

大きな沼だったのですが

そこに佇んでいたら

もう、胸が圧迫痛になるほどの

圧倒的な大自然からのエネルギーが入ってきました。


ものすごい好天でしたから

太陽光のエネルギーはすごいものがあったと思います。

沼の水面には周辺のブナの森が映り

そこに太陽光が当たって

私に反射する形での

自然界のヒーリングです。


土・・・周辺の山々

水・・・伏流水からなる沼

風・・・エゾハルゼミの大合唱

火・・・太陽の光


この四大元素のエネルギーです。


このエゾハルゼミ

沼でもそのあと登ったブナの森の中でも

大きな声が響き渡っていました。

最初、この声ってなに?セミ?

鳥ではないよね、と思ったら

立札に、セミだと書いてあり

体は小さいけれども声が大きいそうで

それが大量発生すると

鳥の声もかき消されるほどの大きな声になる

と書いてありました。

5月にもうセミなんですね。

驚きました。


そして、今回は野生の動物には特には遇っていないなぁ

と思っていたのですが

いたじゃないですか!このセミが!


木を見上げてみましたが、姿は確認できませんでした。

でも、とにかく、圧倒的な大声なのです。

ミーン、ミーンとかではなく

変わった声です。

あとでYou Tubeにアップしてからこちらに載せますね。


あと、前に、本にも

自己犠牲はしないと書いてきましたが

この頃感じているのは

まず、過去生も含めて、自己犠牲をするというのは

ある意味必要なこと、体験として重要なもの

霊的成長上の必要なステップであり

それが終わったら、自分を大切にするというステージを経験し

その後は、やはり世の中のために尽くす

真の意味で、自己犠牲を伴わない

純粋な奉仕をする

というステージに上がるようです。


つまり、まとめますと

自己犠牲→自分を大切にする→社会貢献

となります。


この間に、愛が育っていくんですね。

自己愛、人類愛が。


まだちょっとまとまり切れていないので

続編があればまた書きます。


とにかく、帰ってきてからぼつぼつと

気づきやら何やらがやってきています。

よかったです。

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