暁のうた 守る誇りは2 | *Aurora Luce**

暁のうた 守る誇りは2

クラウス皇太子は私の親指の危機には気がつかない様子だった。

引き続き小声で、

 

「リースルはあの事件以来、とても怯えてしまってね。

 日中は無論侍女たちや友人たちと過ごしているんだが、

 夜まで一緒にはいられない。

 侍女と枕を並べるわけにもいかないし…」

「それは確かに…ですけど、枕を並べるのは無理でも、

 となりに別のベッドを設けて寝てもらうことはできないのですか?」

 

私は親指をさりげなく冷たいお手拭きで押さえながら訊ねた。

 

私だったら、侍女さえ『はい』と言ってくれたら、

同じ部屋だろうと一緒のベッドで寝ようと全然問題ないんだけどなあ。

ローフェンディア級の国になると、

身分の壁がすごく高いというのはなんとなくわかるけど、

ベッドは別でも一緒の部屋で寝るのもありえないのかな。

 

「そうだね…私もそう思って侍女たちに頼んだのだが、

 侍女たちが恐縮してしまってね。

 リースルはそういったことに頓着しないんだが」

 

クラウス皇太子も、身分の差による壁に困っているようだった。

 

「リースルの友人たちにも一応お願いしてみたんだが、

 類は友を呼ぶというべきか…誰も引き受けてくれなくてね」

 

リースル皇太子妃のお友達ならそれ相応の貴族だろうから、

侍女ほど身分にとらわれずに一緒にいられるはず。

でも、貴族のご令嬢が、いくらお友達のためとはいっても、

そんな怖い思いをするかもしれないお役目は

引き受けてくれなかったってわけね。

 

それで私に白羽の矢がたったってことは、よ。

 

「クラウスそれはつまり、私だったら、

もし不意に襲撃されたりしてもなんとかするだろうと…

そういうことですか?」

 

私は思い切って核心を突いてみた。不本意だったけど。

いくら私だってねえ、

寝込みに刃物持った人たちに襲われるかもしれない、

と思ったら怖いわよ!

 

残念ながら、

クラウス皇太子のお返事は私の予想に反してくれなかった。

 

「面目ない…」

 

クラウス皇太子に頭を下げられて、

私は慌てて頭を上げてくれるように懇願した。

 

別にリースル皇太子妃と一緒にいたくないわけじゃないのよ。

だけど、どうして私なわけ?

リースル皇太子妃と仲がいい、

身分相応の淑女なら他にもたくさんいそうな気が…

 

いるじゃない、適任者。

 

「あの、私は決していやというわけではないのですが、

 リースルさまとは昨日お会いしたばかりですし、

 私よりもっと以前から親しくしていらして、

 ふさわしい方がいらっしゃるのではないかと思うのですが…

 例えばラ」

「ララメルはだめなんだ。彼女は夜が…いろいろと忙しいからね」

 

そうだった…

私はがっくりと肩を落とした。

ララメル女王なら、私よりも二人と交友も長そうだし、

適任かと思ったんだけど。

 

でも、ララメル女王、何度も刺客に狙われてると言っていたけど、

おとといのあの怖がりようからすると、

いざというとき頼りになるか少し心もとない。

何より『運命の殿方探し』をしている方のベッドを、

皇太子妃と一緒にできるはずがない。

 

クラウス皇太子は、コーヒーを一口飲むとため息をついた。

 

「リースルは、本当に交友が少なくてね…

 私が一緒にいてやりたいのは山々なんだが、

 『世界会議』の間は、ほとんど徹夜に近い状態でね。

 ずっとそばにいてやることができないんだ。

 もちろん、部屋の周囲に護衛は置いている。

 アレクはリースルのそばにさえいてくれればいい。

 身の安全は私が保証する」

 

でも『それでももしも』のときの、私の行動力(?)を

買ってくださってのお願いなのよね…

 

私がまだお返事できずにいると、

クラウス皇太子の最後の押しが入った。

 

「普通なら私も、ここまで無理なお願いはしないのだが、

 実はリースルは…懐妊しているんだ。

 不安定な時期だから、少しでも安心させてやりたくて。

 これも、こちらの勝手な事情に過ぎないのだが…」

 

ああ、そうなんだ。

リースル皇太子妃、妊娠していらっしゃるんだ。

 

ユートレクトも、きっともう知ってるんだろうな…

 

ここまで言われて引き受けなかったら、

なよなよの貴族令嬢の仲間入りしちゃうじゃないの。

それだけは、ごめんこうむるわ。

 

「わかりました。私でよろしければ、謹んでお引き受け致します。

 ただ…」

 

私は極端に寝相が悪いので、

リースル皇太子妃と同じベッドで寝ると、

お腹の赤ちゃんに悪影響が出るおそれがあることを

申し出ておくのは忘れなかった。

 

 


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