クラリティ

明確にすること


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去年の今頃と比べると、人生の進んだ方向はとてもじゃないが予想がつかない方向だったなぁと思っている。

置いて来たものもそれなりにあるようなので、後悔の念は拭うことが出来ない。

それでも前に進まなければならない。

それしか後悔を振り払う術は無い。


人のことを一生懸命考えると、巡り巡って自分の事を考えるのと同義になる。しかし、自分の事を考えるならどこまでも自分の事のままだ。
嫌で仕方が無い。いっその事考える事なんかやめてしまいたい。

そしてきっと、やめたらやめたで、後悔の念はずっとつきまとうのだ。

いつでもそういうものだ。

今度は進もう。もううんざりしているんだから。



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不安な事を認識した上で行動する事が出来るだろうか。

人はある程度の人生の経験を積むと、予測という能力が備わる。来るべき未来について、予測を立てる事によって、次の行動を迅速に行えるようにするためだ。いざという時の行動の遅れは、命に関わる事もある。
しかし、その予測が不安を作り出す大きな要素となっている。予測出来る未来というのは大体が、ある種戒めとして体に刻み込んだもので、自らの行動への否定となって現れる。
例えば、数十メートル先の黄色信号を予測して徐行し、ピッタリ赤信号で無理なく止まるといったようなものだ。そのまま突っ込めば大事故だ。それを予測しているし、ドライバーなら誰でもそれを戒めとして持っている。
当たり前のようなことだが、予測がなければ人は様々な物にぶつかって生傷を増やす生き物になってしまうだろう。そうならない為に、怪我や死を避けるために、予測という、戒めによって危険を回避する能力を発達させたのだろう。
これを行うとまずい。こうなってしまってはいけない。その予測によって人は自分で不安を生み出す。生み出した不安を避けたい、忘れたい、解消したい。その気持ちが人間の行動を決める。
しかし、人間は戒めだけで行動していても人間にはなれない。他のどの動物も訓練をすれば戒めを経験し、回避の為の行動を選択する。生物として当たり前の事なのだ。
不安とは、生き物としての死や怪我、不利な立場、窮地などに置き換える事が出来る。それらが人間の場合、物理的な事のみならず、人間が他の動物より特化させた、精神や感情にも大きく関わる事になる。
不利にならないように、自分では不本意な事を行い、自分が不利になりそうだと、少しでも予測出来る事はしない。
人間の不安がいつまでも不安なままになる理由はここにある。精神も感情も目には見えない。時間的、物理的不安に加えて、この精神的、感情、意識的不安も加わる。
例えば、長いものには巻かれろということわざがある。これは、これは強いものによる搾取を回避する為の方法として言われているが、自分を不利な立場に置かないようにする為の戒めを表している。たとえそれが不本意だとしても。

不本意な行動はいつまでも不本意だし、不利な事もいつまでも不利な事。不安を先送りにはしていても、回避も解消もしていない。ずっとつきまとうのだ。
このような形で、人は不安によって行動制限をかける。不安を先送りさせる事は、何もしない事だからだ。長いものには巻かれろとは、実際は何もしなかった事の結果である事の方が多い。

崩す為にはひとつだけあるものが必要になる。他の動物は持っていない、人間だけが出来ること。不安と戦い、先へ進む為の起爆剤となるものだ。

今日はここまで。
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他人がどういう事を考えているのかは分からない。当たり前の事だが、その分からない事はどうしようもなく不安な感情を駆り立てていく。

相手にこう思われるのが嫌だ。相手に嫌われたくはない。どんなに相手に確認しても、その口を通じて耳から入る言葉には何の信憑性も無い。それもまた、不安な感情に拍車をかける。

それでは、人は分からないものと解釈し、不安になる事へ目隠しをする。
人からどう思われても構わない。嫌われても構わない。

どちらとも、不安の解消に繋がらない。個が覗く、深い闇の底だ。壁の反対側を透視するようなものでもある。その先に光など絶対にないのに、人はその先を見ようとして止まない。それは、自分を絶対有利にさせたい人間の欲望も絡んでいる。分からないという理由に加えて、有利じゃないからという理由もそこにはあるはずだ。

人は必ずその壁にあたり、その井戸を覗く。その度に思い出したかのように不安に襲われて動きを止めてしまう。

不安は忘れている間はゼロになる。気持ちの中にいつでも存在しているが、無意識の中に不安は存在しない。だから、消える事が無くても、人は消えてしまったように行動する事ができる。不安を解消出来なくても、意識の外へ追いやる事は可能なのだ。

襲われて、忘れてを繰り返す。人間の生きるための行動本能なのだろうか。見えざるものと戦うことを考える、考えてしまう力と、見えるものから戦う。見えるもの以外に意識を持っていかれないようにする。
当然不安なままではできる事は限られてしまう。不安は常に未来にあるもので、過去には存在しない。先の事について予測がつかないので、それについて何か備えようとする。しかし、うまく行くはずもない。だから結果的に行動制限に繋がる。

結果的には、不安になる事自体は消えないのなら、思い切り行動出来るようにどうするのかを考えた方がいい。
いかに不安にとらわれずに、先の行動と今の行動を線で繋げられるか。これがとても大きなポイントになる。結果がどうなるか分からないとしても、不安で仕方ない事も、割り切り、忘れ、今このように動く事が先への道になると自分に言い聞かす他に方法は無い。

不安は後悔ではない。後悔は、不安に囚われた人間の病気だ。


今回はここまで。
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