雨やどり/半村良

2008-11-29 08:59:43 テーマ:日本のフィクション
1979年 文藝春秋(文春文庫)


そういえば申し遅れていたのだが、半村良を耽読した時期があって、神保町の古書店めぐりをして数十冊をデイバッグに入れて持ち帰ってひたすら読んだことがある。

半村良といえば、やはり伝奇SF小説、というジャンルが最も多いのだが、どっこい人情物も山ほどあって、玉石混交気味ではあるものの、若い頃より今読んでしみじみ味わえるものが多いので、稀ではあるが読み返すこともある。

本書は、そうやって読み返してみて、やはり匠の技なんだなと思ってしまった。

半村良は数十もの職を転々として作家にたどり着いた話が有名であるが、伊達や酔狂でフリーターもどきの職遍歴をしてきたわけではない。そこで得られた知見だけではなく卓抜した人間観察力が徹頭徹尾物語に戻ってくるから、登場人物の心理描写も背景描写も本当に立体的に立ち上がってくるのだ。

どれかひとつの職業を徹底していたらそれはまた違った結果になるのだろうが、名俳優がさまざまな役をこなす「演技」を通して、人生の深みを見事に演じられるようになるのと同じで、半村はそれぞれの職についている時期に、徹頭徹尾その職の本質に出会えていたのだろう。

話の内容はいたってシンプルで、本書に収められている8編には、紫煙と酒精と哀歓をこめた情欲とが溢れている。
ちなみに表題作の「雨やどり」は直木賞受賞作。
鋭いがやさしく包容力を持った人間観察を土台に、ありそうな話の奥底に口を開ける悪夢のようなエピソードや、泥沼、そして後悔と希望。
それを軽妙な会話を中心に書き進めていくのだが、舞台は常に同じバー。
そして半村自身がたぶんに重なっているであろうバーテンダー半田。
まさに半田=半村という掛け合わせで描かれるのだから、自家薬籠中の全てがここに注がれているといっても過言ではない。


半村良というと、軽い作家のように思われる向きもあるだろうが、軽る身のある文体の中に隠された諦念と、人間そのものの執念がしっかりと絡みつく会話を読むと、市井に生きる人たちのあっさりと聞き過ごしてしまいそうな会話こそが、いま、一番聞き届けられねばならない会話なのだということに気づく。

コメント

[コメントをする]

1 ■日常の様子観察

というモノが、職業の重要な部分を占めています。

本当に小説より奇なりという日々だったりします。


人それぞれのドラマがあって、自分が主人公の舞台を生きている。


そのドラマを垣間見るコトは幸せなコトであり、そのドラマを記録するコトに強い責任感を感じます。


的外れなコメントかもしれませんが、市井の方々の素朴な日常を書いて下さる作家さんの存在は、とてもありがたく、とても心強いモノです。

2 ■カウンターの内外(うちそと)

しばこさん>

おっしゃるとおりですね。
半村氏は多くをカウンターの内外という関係で
人間観察を重ねて、その能力を
より多くの職業で深化させていったのだと思いますが

一人ひとりの話を疎かにしないという
真摯な耳があってこその才能だと思います。

もちろん、その耳の内側には
やはり懊悩に苛まれる心が収納されているのでしょう。

コメント投稿

一緒にプレゼントも贈ろう!

Amebaおすすめキーワード

    アメーバに会員登録して、ブログをつくろう! powered by Ameba (アメーバ)|ブログを中心とした登録無料サイト