もん・りいぶる21(21世紀のレビュー三昧)

雑食性のレビュー好きが、独断と偏見でレビューをぶちかまします。

古今東西の本も音楽も映画も片っ端から読み倒し、見倒し、ガンガンレビューをしていきます。

森羅万象系ブログを目指して日々精進です。


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今回は例外編として作品ではなく、個人を取り上げてみたい。

この名前をご存知か。
日本映画特に1980年代から以降の映画のエンドロールをじっくりと見ていると、とんでもない確率でお目にかかる名前である。

その名は、山梨ハナ。

知らないだろう、知っている人が200万会員を誇るアメブロでもせいぜい100人ってところだろうか。
知っている?
いや
気付いているってことか。

その顔は必ず見たことがあって、しかもそれが誰であるかわからない。


そう、ほとんどすべての人はそのようにして生きている。
僅か数百人単位でしかリアルな自分を認識していてくれる人はいない。

その意味では、あらゆる映画のあらゆる路頭で顔を見せる山梨ハナは、貴方であり貴方でない。

では、そのプロフィールをご紹介してみよう。

オフィシャルホームページ

それでもダメなら最近の出演姿だ
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果たして、この姿を覚えておけるだろうか。

彼女の演技はホンの短い時間しか見られないのだが、その凝縮度合いはさすがのキャリアで、確かにそのシーンがないとドラマや映画のシーンは立ち行かない。適切な濃さを出せるスープの出せるラーメン屋は行列ができるが、まさにドラマや映画も同様なのだ。

ともすれば、とある芸能プロダクションに属する見た目重視の役者を主演に迎えれば、ソコソコの視聴率や観客動員を図れると見る向きもあるが、どっこい映画は主演クラスだけでは引き締まらないのだ。
その証拠に、低予算の映画、特にインディーズ(自主制作)映画にいたっては、ホンモノの素人が画面にナマの自分で映ってしまう。主役以外素人同然の映画にとって、これはまさに自殺行為だ。
結果として観るに耐えない引き締まらない映画になってしまう。

日本という国では、よい映画をと評価する基準が、先行するマスコミ情報、特に著名人の言葉に左右されることが多すぎる。
有名であることと映画の価値を理解することはイコールではないし、理解できずに提灯的な感想を述べるから使われることの方が多いはずだ。
しかし、その虚虚実実のコメントの裏側なんぞ考えるまでも無く「あの人がイイ!といったから」と感動する。
みんなが感動するから感動した感動に感動するほどの価値はないが感動して涙を流す自分に感動しているのだから始末に負えない。

で、山梨ハナに戻ると、彼女の立ち位置は全く正反対にある。
いいも悪いも無くそこにいて、自分の勤めを果たす。
その結果、映画が引き締まれば、客観的な映画のレベルは上がる。

その循環をわかっているキャスティング担当は好んで彼女を呼ぶだろう。
山梨ハナが食えるということは、まだ絶望するほどのところまで映像芸術は堕ちていない。
というよりは、堕すまいとする健康な力が働いているのだろう。

映画を観て、自分だけの感性に照らして、よかったと思ったらエンドロールに山梨ハナの名前を探してみるるといいだろう。

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