12月になった。

時折思う。日付と曜日、そしてカレンダーという物はとてつもない発明、だと。

1日という単位が24時間、1440分、86400秒から成っていて、それが7回で1週間。1週間を4回と少し繰り返すとそれが1ヶ月、そして1ヶ月が12回で1年。

当たり前。

しかし、当たり前などという概念ほど当たり前じゃないものはない。 今ではコンビニに行けばお茶のペットボトルがあるが、50年前お茶なんてものが売り物になると考えていた人はいない。 そんな概念すらなかった。 それが今、過去の概念はすっかり変わり果て、お茶は間違いなく売り物。

だから、概念なんて物、あてにならないと思うのだが、考えてみるとそんなあやふやな概念の元になっているのが時間、日付であり曜日、つまりはカレンダー。 という事は、カレンダーや時間そのものがナンセンスの根源という事になるのだが、そんな究極のナンセンスに壮大に釣られ、「今日から12月だ・・」などと思い巡らす我々が一番しょうもない。
「だから何?」 である。


我々日本人が外国人としてタイで働く。 色々な事がある。

良い悪いある。

取り上げていくとキリがない。

ネガティブな事ばかり言ってしまうと、「ではお前は何でタイにいるんだ? 嫌なら帰ればいい。」 というお叱りを受けてしまいかねないが(実際、私も常にそういうスタンス)、それは言っても、嫌な事は嫌、ムカつくものはムカつく。

物事バランスが大事なのである。

ムカつく事が100あっても、楽しい事が101あれば最終的には楽しいわけだ。

私がオフィスにいて、ムカつく事、イライライする事をいくつか紹介してみたくなった。


<電話を取らない>
日本のオフィスでは、どこかで電話がなっても数秒以内には必ず誰かが取る。 たとえそれが自分のグループとは違うシマの電話であっても、その場に自分しかいなければ必ず取る。これが日本の流儀(ではないだろうか?)。

タイの場合(というよりこれは我が社の場合)、自分の関係する部署の電話しか取らない。

3m先の電話が鳴り続けているのに、皆完全に無視。

多くの場合、内線電話。 1階から2階にかけるというのは分かるが、タチの悪いケースだと同じ階同士で内線をかけ合う。誰も取らないと何度もかけ直す。 そして電話は鳴り続ける。

なんだかなあ、と思う。


<携帯の着信音>
前にも書いたが、タイ人の多くは携帯に着歌を設定している。音量は特大。

ちょっと席を外す時に携帯をデスクに置いていくスタッフが多い。 そして特大音量でタイの歌が流れる。15秒くらいの歌が3回くらいリピート。 時折、サビの部分に到着する前に切れてるような着ウタもあり、それはそれでいいのかと老婆心ながら気を揉んだりもする。

タイ人は不思議。

固定電話の場合、自分に関係のない電話には出ないのだが、他人の携帯電話の場合は出たりする。 「今彼は、トイレに行ってます」などと受け答え。

携帯電話だけに好奇心をそそられ出てしまうのだろうか。


<声がでかい>
文字通りである。 声がでかい。

もちろん、こればかりは人によるのだが、そんな声張らなくても良いだろうと思うくらい張り切ってしゃべるスタッフが多い。 本人席に座ったまま10m先の同僚に向けてしゃべりかけたりする。

そういう時こそお得意の内線使えよ、と思わなくもない。

以上

こんな風に書き出してみると、どうも私は音に対してイラつく人間だという事が分かる。


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タイとは関係のない話。

NHK、Nihon Honsou Kyoukai、日本放送協会。

いきなりとなってしまうが、私はNHKが大嫌いだ。

クソだと思っている。

番組が面白くないとかどうとか、テレビ局としての技術的な面はどうでもいいのだが、営業的な面における奴らの姑息さに反吐が出る。

つい最近も受信料未払いの件で訴訟を起こしたというニュースをあった。

昨日、パッポンの商売はぼったくりではないと言ったが、私の理論でいくと、NHKのそれは完全にぼったくりである。

買い手に一切の選択肢がない理不尽な商売だからぼったくりだ。 いや、恐喝に等しい。 未払い家庭に毎月毎月押しかけ、金を払えと追い込みをかけるのだから、行為そのものは闇金業者となんら変わりはない。

受信機(テレビ)を設置しているだけで課金が発生するという無茶苦茶な理論。

受信機の仕様変えるようにメーカーに働きかければいい。

いや、そんな糞みたいな仕様をわざわざ追加するのもメーカーにとって迷惑なだけなので、NHK側でスクランブル放送に対応すれば全てが解決する。 契約してくれる家庭に限ってNHKの糞チューナーを配ればいい。

訳のわからぬ理屈を吐いて、そんな基本的な努力をしないのは奴らの怠慢。 そして、もしそんな事をしてしまえば経営が成り立たない事をよく理解している。 つまり、テレビ局としての実力に欠けているという事を奴ら自身分かっていながら、合法的な押し売りでしのぎ倒しているだけ。

「いつでも、どこでも、誰にでも、確かな情報や豊かな文化を分け隔てなく伝える」
「特定の勢力や団体に左右されない独立性の担保」

先日のタイ洪水の際、バンコク中心部の大部分が水に沈んだ、というようなニュースを流していたNHK。他のテレビ局も同じような内容の放送をしていた。

最近はNHKも韓流番組が盛ん。 他のテレビ局も同じ。

つまり、ご立派なモットーの元にNHKがやってる事。 他局と大して変わらない。

であれば、別にNHKがなくても困らない。

毎月二千数百円を払うだけの商品価値があるのかどうか?

結局消費者の関心はそこなわけで、それが論点であるべき。

論点をぼかし続け、何十年も古典的な受信料しのぎを続けているNHK、

これからも私は断固として拒否する。


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パッポンのぼったくり

テーマ:
この地に何年も住んでいるくせに、パッポン通りには殆ど行った事がなかった。

これと言って行く必要がない。 これが理由。

あの辺りに住んでいれば通る機会もあるのだろうが、正直私の生活エリアからは遠いし、最近はタニヤ通りに行く機会もなく、全くと言っていいほどシーロムエリアには行く事がない。

2週間ほど前、アメリカより友人が訪タイし、シーロムのホテルに宿泊していたため、夕食を食べた後にパッポン通りに行ってみた。

お土産として小さな象の木彫りが欲しいという彼のために、その手の商品を売っている露天を見つけ、一番サイズの小さい木彫り象を手に取り聞いてみた。

「これいくら (タイ語) 」

「450バーツ」

「え!450!? 何でそんなに高いの?」

「だってあんた、これハンドメイドだよ。で、いくらだったら出すの?」

「いくらって。。普通こんなの100バーツもしないんじゃないの?」

「無理無理。じゃ、他で買ってね。」


結局、同じような木彫り象を他の場所(スラウォンの露天)で50バーツでゲットした。 だいたい、木彫りのようなものはどれでもハンドメイドだろうに。 ハンドドメイドだから高いという理論、よくよく考えてみると無茶苦茶である。

パッポンは旅行者が多い土地柄、値段のつけ方が物凄いと聞いていたが、こうやって身をもって経験すると納得出来る。 50バーツで買えるものに9倍の値段をつけるというのは普通ならありえない話だ。

ただ、これ、いわゆるボッタクリかというと、私は違うと思う。

私の個人的見解だが、有無を言わせず法外な金額をつけて半ば強制的に相手に支払わせるのがボッタクリであって、上のように結局買うか買わないかの選択肢が買い手にある状態での売買はボッタクリではない。

何にでも値札がついた明朗会計に慣れ親しんだ国から来る人達はこれに戸惑う。

450バーツも出して買ってしまった物、実は別の所では50バーツだった。

これは結果論であり、商売のかけひきに負けたという事。

450バーツで押し売りをされたわけじゃなく、その場では自分が納得し450バーツを払っただけの話。 終始450バーツという透明な値札をまたいで買う買わないの話がされていたのだから、考えようによっては明朗会計である。 他の場所では50バーツだという市場調査が出来ていなかったのは買い手の問題。

では、そんな事情も良く分かってない旅行者から、市場価格の9倍の値段で物を売る露天商はモラルのある商売をしているのか?

間違いなく、答えはノー。

物凄く性格の悪い商売のやり方だと思う。

ただ、彼らは間違った事をしているかというと、それは我々みたいな連中がどうこう言える立場にはない。

同じ立場なら、殆どの人間はきっと同じような事をするだろう。

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