明日は7月1日。
1年の折り返しだけれど、モンゴル国ではそれ以上に生々しい歴史的な事件のあった日です。

2008年7月1日。

2008年の国会総選挙の投票日の直後のあの悲劇。

有効得票数がまだ開票されていないにも関わらず、当時の首相で人民革命党党首だったS.バヤルは、早くも「勝利宣言」を出したのでした。結果、微妙な得票数で、かろうじて人民革命党が勝利・・・と

各地の開票集計所において、様々な不正(票の入れ替え、正しく集計しないなど)が、公正中立であるはずの選挙管理委員会の内部に送り込まれた党員たちによって、行われたことがビデオカメラや内部告発などで発覚したこと。

血気盛んだった市民運動の会から出馬していたマイダル候補は、「こんな不正選挙は無効、やり直しだ!」と自身の選挙区の投票箱を奪取逃走など、騒動は各地で起こりました。

やり直し選挙をもとめ、人民革命党本部前で抗議デモを起こしていた市民有志たちが、「このままではラチがあかない」とスフバートル広場でのデモへと移動をしようとしていたところ、事件は始まりました。

デモの主要人物であったマイダル候補、バトザンダン候補ら、若い、いわば第二次民主化世代の活動家達の足は止められ、振り返ると、誰かが人民革命党に火をつけていた・・・

そして、その火は血の熱いモンゴル人たちを刺激し、あっという間にデモ行進は暴徒の集団と化してしまったのでした。

日が暮れても暴動は納まらず、ついにはテレビ中継が入っている中で、どこからともなく武装警察隊が市民に対して発砲。

結果的に、このデモ行動とは一切関係なかった、ただの通りすがりの人も含めて市民側は6名が命を落としました。ひとりは、なんと助けを求めて、第一病院へと走っている途中で引き戻され、銃殺されたそうです。その発砲をした警官はいまだ特定されていませんが、目撃証言がいくつも出ています。

警官隊側にも重軽傷多数の犠牲が出ました。

エンフバヤル大統領らは、「非常事態宣言」を発令。市民は夜10時以降の外出禁止令が出され、国会議事堂がある市内中心部は武装警官と機動隊、装甲車による24時間警護されたのです。

あの日から2年がたちました。
いまだに、6名の市民に発砲した警官が誰だったのか、わかりません。
遺族に対する保障も決まっていません。
暴動事件の落とし前は誰もつけないままに2009年の大統領選挙があり、民主化リーダーの一人、エルベクドルジが勝利しました。

民主化のシンボルであるエルベクドルジの勝利。
エルベクドルジの国家元首としての改革方針はことごとく国会議員やバヤル内閣によってつぶされ、あるいは邪魔されなかなかうまくいかなくなり、「口先男」の批判も出るようになりました。

そして、今、あの暴動の責任は、S.バヤルとエルベクドルジの両者にあり、という世論も強くあります。

モンゴルの民主化にとって、忘れてはいけない日がいくつもあります。
20年間という歴史は生々しく、ただの教科書の文章で納まるだけのものではありません。
民主化のテーマソング「ホンホニードー(鐘の歌)」を世に出した民主化バンド・ホンホのリーダー、S.ツォクトサイハンはもうこの世の人ではありません。
でも、彼の作った数々の歌は、モンゴルの歌手に歌い継がれ、選挙のたびに街中に流れます。

中国の天安門事件の学生運動がうまく進まなくなってしまった限界のひとつに、彼らには彼らの心をひとつにする歌が「インターナショナル」以外になかったことだ、と評した人もいました。

そういう意味では歌の民族・モンゴルがS.ツォグトサイハンというジャーナリストでありながら、ミュージシャンでもあるという稀有な才能の若者を、その当時に有した、というのはひとつの天啓であったのでしょう。

1998年10月。民主化のリーダーで当時国会議員だったS.ゾリグが首相立候補宣言をする前夜未明に自宅で惨殺されました。この事件もまた、犯人が見つかっていません。しかし、ゾリグを失ったことで、モンゴルの民主化は10年遅れることとなった、といわれています。
今現在は、イギリス留学から帰ってきたゾリグの実妹・S.オユンがイルゲニィ・ゾリグ党を率いて、民主化の重要なリーダーの一人としてその遺志を引き継いでいます。

2008年7月1日の暴動と警官隊の市民への発砲は、そうした民主化リーダーを失ったことよりも大きな意味と衝撃をもって、モンゴル国民を打ちのめしました。モンゴル人が同じモンゴル人を攻撃し、殺しあう。
民主化国家になって初めての惨劇に、暴徒すら戦慄したことでしょう。
モンゴルの国家権力が市民を武力行使をもって鎮圧した。
民主主義国家にあるまじき暴挙を正当化できる主張はどこにもないでしょう。

風化させてはいけない、国家権力の暴挙。
6月半ばから、マスコミも「リメンバー7月1日」的な論調の記事を扱い、市民の犠牲者の遺族たちが、責任追及と補償、損害賠償を求めて記者会見を起こし、ストライキや集会を行うようになっています。

私は、あの日、ちょうどデモ行進が暴動へと変貌した時間帯、大学の大先輩とサクラベーカリーで食事をしてました。偶然ばったりあって、情報交換なんかしていたときです。「スフバートル広場あたりで暴動が起きているから、そっちのほうは行くな。」と先輩の携帯に彼の友人から忠告があったのです。
先輩は、「どんなことになってるか見に行こうか」といいましたが、私は暴動に巻き込まれる危険と、その場合に在留邦人としてどれだけ迷惑をかけることになるかを考えて、「やめときましょう。私は帰ります。」といいました。その先輩は、社会主義時代も知る、モンゴルの酸いも甘いも、それこそ共産主義時代に「敵国日本」と扱われていた頃からのモンゴルも民主化移行期の混乱も、そしてその後の体制の変化も深く知り尽くし、研究している人でしたから、もしかしたら、一人で行かれたかもしれません。

私はイーグルテレビというアメリカ資本の民放テレビ局による深夜の生中継中に、警官隊が市民に水平掃射している信じられない光景を見ることになったのです。私が通っていたキリスト教の教会代わりになっていたモンゴル国立交響楽団も焼き討ちにあい、同じ施設内にあった、馬頭琴オーケストラも暴徒により、貴重な楽譜原稿や高価で楽団員たちが弾きこんでいた楽器や衣装が盗まれたり、燃やされたり破壊されたりしていました。国立ギャラリーも日本の書籍もたくさんあった児童図書館も何もかもが燃やされ、翌日、心配していったときには、焼け跡のすす臭い嫌なにおいが立ち込めていました。

暴徒が投げた石やレンガ片なども散らばっていました。

あとから、在留邦人の二本木さん(このアメブロでは、モンゴルで働く社長のブログをやっている)がFNNの取材中に暴動に巻き込まれ重態になり、意識不明のまま日本に緊急移送されたと知りました。幸いなことに二本木さんは奇跡的に命をとりとめたばかりではなく、しっかり元気を回復し、今でもFNNの現地取材スタッフをしながら、バリバリビジネスマンとしてご活躍しています。

それにしても、あれからもう2年もたっちゃったのか、と時のたつ早さに驚きます。
あの暴動のきなくささは、つい去年のことのような錯覚をしてしまうのです。

それは、1990年7月29日の総選挙の投票日、私にとっての初モンゴル訪問の日が、ついこの間のことのように記憶鮮明なのと同じです。

暴動の現場となった人民革命党の本部ビルは、当時以上に立派で威圧的な新築ビルを建て直しています。
そのすぐ裏にあった文化宮殿の施設の一部はいまだ、焼け跡のなまなましさを残したまま放置されています。

交響楽団の大ホールは、見事に復活し、今年の1月には、馬頭琴交響楽団が「My love」という国内外の有名な映画音楽をモンゴル伝統楽器用にアレンジしたメドレーコンサートを開催しました。

市民の心の奥底には、7月1日が大きな傷として残っています。
当時は家族内ですら、革命党支持の60代以上の保守派の親と、民主化運動支持の息子や娘同士のいがみ合いなどがあり、家庭崩壊にさえなりかねない緊張状態でした。

いまだ、責任問題がはっきりせず、誰が発砲し、誰が発砲許可を与えて、あのように市民に対して抑止力であるはずの警官隊が積極的な民主化弾圧攻撃を行ったのか、その経緯は闇の中です。

明日、多分、民主化に関わるなんらかのアクションがあるかもしれません。

大使館からは何も注意勧告は出ていないけれど、一応、とてもセンシティブな日であることを注意しながら、また6名の犠牲者への哀悼の意とともに、「モンゴルの民主化が先細りになりませんように」と祈りたいと思います。

モンゴル人と一緒に歩んできた20年間。異邦人といえども、やっぱり私にとっても、モンゴル国の民主化の歩みは精神の一部であり、知恵と思考回路の血であり肉なのです。

時の激流の中であっぷあっぷになりながらも、この濁流をモンゴルの庶民と一緒に乗り越えようとしている自分がいることの幸せも感じます。

民主化が許されたからこその痛みと哀しみ。そして怒りは禁じえませんが、それ以上に、外国人である私が、誰にも妨げられることなくこの国で暮らし、このようにブログでこの国の出来事を自由に公開できるのだという感謝も感じています。
AD
参議院選挙行く? ブログネタ:参議院選挙行く? 参加中

私は行かない派!

参議院選挙の投票日って、ほんともうすぐ目の前なんですね。
在外投票の案内がきておりまして、どうやら、在外公館での投票手続きは6月25日から7月5日まで受け付けているのだそうです。

この在外投票には、選挙の半年前ぐらいに日本の地元行政役場にて、在外選挙人証なるものと申請して取得しておかなければいけないのです。
でもって、今回の参院選に備えて冬に一時帰国をたくらんでいたにも関わらず、仕事等の都合で帰国できず、選挙権が行使できないでおります。グスン。
基本的にノンポリなのですが、今回はワールドカップにおいて岡田ジャパンに燃やしたような情熱がわきません。

それでも時事ネタは仕入れておかねば、浦島花子になってしまう、とNHKの日曜討論も「ゲゲゲの女房」がお休みなのにも関わらず朝早起きしてみているんですけどね。

今回は、「消費税」が焦点の選挙なんですかね?

今朝、ニュースで菅さんの秋田県での演説が流れていたのですが、私、菅さんの言っている趣旨がわかりません。

どうやら所得額に応じて消費税還付が行われるって方法もあるよ、ということらしいのですが・・・
他にも「生活必需品の消費税率は低めに設定することもできる」ということらしいのですが・・・

これって選挙の応援演説で出てきた話なのですが、与党党首であり一国の首相たるヒトの口から出てきた言葉であるにも関わらず、、、「じゃ、民主党は消費税をどう扱うの?」というのがぜーんぜんわからないのです。

普天間基地問題のとき、「最低でも県外」ってあれほど言ってたのに、「勉強不足ですみません」みたいな、与党になったとは思えない言い訳で、期待が大きかった分、裏切られた絶望の痛みと不信感一杯になってるであろう国民を前に、まーたデキもしない公約をたれている?

てか、「○○というやり方もある」って言ってるだけで、「民主党はこうやって消費税10%引き上げでも国民の皆様が生活に困らず、納得できる方策をとります」っていう決定打がひとつも出てきてない、という印象を受けたのですが、私の国語力の低下ゆえの誤解ですかね?

選挙演説って、「私が選挙で勝ったら、選挙民の皆様、お国のためにこんないいことやりますよ!こんな問題を解決して世の中をよくしますよ。だから私に清き一票、いれてくださいね」っていう流れでやるもんじゃないんですか?

そんでもってこういう演説で「こういうことをやりますよ」というのが公約ってものでしょう。
公的に約束するってことでしょう?
菅さんの言っているのは、「こういうやり方もあるから、自民党が民主党が「消費税を10%に」といっていることが自民党の焼き直しでパクってるっていうのは的外れだ」ってことらしいとは思うのですが、、、でも、「こういうやり方もある」ってあれこれ例を挙げても、「じゃ、あなた方の政府はどのやり方をどういう裏づけと財源を持って実現するの?」が出てこないんですよ。

所得で区切るっていうのもわからないけれど、ともかくも、現在の所得税10%体制は維持しつつ、消費税で商品に対してかけた10%分については、なんらかの形でその分を所得税で分捕る分から控除しますよ、ってことなのだろうか?

ちなみにモンゴルでは事業税が基本的には10%で、付加価値税と訳される事の多いVAT(モンゴル語だとНӨАТと呼ばれてる)も10%なので、法人の場合、1000万トゥグルグ以上の売上があると自動的にVAT支払い対象企業になっちゃって毎月、税務申告しなきゃいけないのですが、売上にどーんと10%VATが課税されて、消費税付きで支払い購入した商品についてはレシートにある消費税の税額分が差し引かれるというやり方をとっています。私もVAT対象になる売上、支出と関係ない支出・収入があるという複雑なシステムで「全然わからん」と困惑していたら、税理士さんからは「とにかく1000万トゥグルグの年商を超えないようにしてね」と言われました。これは結構難しいといえば難しいことなのです。
なので、登記簿に入れられなかった業務については、日本での所得税や個人事業税での確定申告に回しています。

モンゴルのように貧困層に入っているヒトが人口の実に3割を超えているという国でも消費税10%でもなんとかなっているのですから、日本で10%が無理っていうこともないような気もするのですが、逆にいうと、モンゴルでは制度上、決まっていることでも、人々の生活難からくる「工夫」によっていかようにも采配がふるえるのです。

例えば、個人事業や遊牧民は事実上、ほとんど無税、野放し状態です。
今回のゾドの反省から、家畜税はぎっちり取り、家畜保険とか家畜共済みたいなものにも加入が奨励されていますが、基本的には「遊牧民からは税金はとらない」っていう路線があるようです。
多分、高額をかけなくても、まとめて選挙の票田となってくれる遊牧民という層は、総人口の25%足らずとその割合的には低くなっていても、政治家にとっては、おいしい相手であり、怒らせたり、困らせたりしてはいけないからなんだと思います。

自民党もなんだかなぁって感じなのですが、谷垣党首は野党に下ってからのほうが毅然としているというかたくましさが出てきたような気もする。

それにしても民主党が、意味のわからない主張で「消費税」の決定打も打開策も全くない、誰のためのお話なのかが理解しがたい主張しか構築できなかったのに、この「消費税」を選挙の焦点にあててしまっているのは、解決が暗礁に乗り上げた「沖縄基地問題」に触れられたくないからなのかな?

社会党もキンキン、きゃんきゃんいってるけれど、やっぱりお国の台所事情というか財務の把握と外交の機微が全くわかってなさそうな気がします。

つまりは誰がなっても「あんまし期待ができそうにないなぁ」という感じなのですね。
そもそも、うちの選挙区から誰が出るのかもわからんしなぁ。
選挙は国民の権利であり義務だと思うのですが、やっぱり「外国籍のヒトにも選挙権を」とかわけのわからない主張をしている民主党だけは、「ない」と思う。

だって、日本で選挙権欲しけりゃ、しかるべき手続きをとって「日本国籍」の取得をすればよいだけの話なのです。

つい先日、韓国の地方選挙でモンゴル国出身で配偶者が韓国人というモンゴル人女性が韓国に帰化し、地方選に出馬し、見事に当選したんだそうです。
誰が支持層だったのかはよくわからないのですが、この韓国籍モンゴル人の女性の公約は、「安心して外国人が働き、生活の保障がされる街づくりを目指す」だったそうです。

国籍と選挙権=行政権と出自は、かなり複雑なパワーバランスが背後に潜んでいるのでこれもまた思いつきで「長年日本に住んでいる」っていうだけの外国籍のヒトに与えていいものではないでしょう。
長年、日本に住み、外国人差別とかいろいろなものがあるにも関わらず、あえて日本国籍をとって帰化しないのには、その人なりのポリシーやこだわりがあってのことなのです。だから、国籍についての個人の自由を認めるのならば、日本人としての義務についても平等に課す必要があるのです。

以前、朝鮮系民族金融機関の通称「朝銀」が架空名義での巨額の不良債権を抱えて計画破綻をした挙句、日本国の公的資金を投入させて、その資金を北朝鮮本国に送金し政治資金にしていた、というカラクリのスクープの取材に関わったことがあったのですが、まったくもって、そういうことがまた消費税の還付という制度で繰り返されないとも限らないのです。

自分が選挙権を行使できないのは自業自得なのですが、でも半年前に自分がどこにいるか、なんて。。。わからんよ。

でも、最近は一年のうちの大半を外国で過ごしているのだから、ちゃんと手続きしておけばよかったといえばよかったんですよねーーーー。

一時期、インターネット投票って話も出てましたが、あれがいいなぁ。

まあ、とにかく今回はパスです。決め手がなさ過ぎるし、期待したいって思える候補者もいない。
誰にも期待しない、というのが私の意志ってことになるな。すみませんが。

できることならば、仕事ほっぽりだして、日本に帰り、地元で各候補者の演説に聞き入り、配布資料をなめつくすように読み、比較し、それこそ、競馬予想よりもはるかに緻密に検討した上で選挙の投票日にのぞみたかったです。

モンゴル人は韓国やアメリカ等出稼ぎなり留学なりしている異郷の地からでも国民IDカードがあれば、インターネット投票という形で政治参加できるんだそうです。
毎回、不正選挙問題が取り沙汰にされる国ではありますが、なにせ古来から移動が激しい民族なので、不在者投票に対するケアはわりと簡便です。
急な出張が!ってこともあるであろうから、パスポートがあればいつでも、ってしてくれればいいのにね。

どうせ日本にいないのだから、日本での選挙区のほうに私が二重投票できるわけではないのです。

郵送して、、、とか、記述が手続きの面倒くささを強調しているような気がして、ついつい億劫になってしまって、今回もしくじりました。

でも下記記事を読めば読むほど、そしてニュースで報じられる断片的な音声を聞くほどに、「この党はまた公約違反をぺこりと頭を下げるだけで平気でしようとしている。」とか「どうせ細かい検討や制度的な問題や予算調達の財源確保とかなーんも考えないで、ただ選挙民に甘い夢をみさせようとしている」とか、そういうネガティブな印象しかうけないんですよね。。。

下記、記事報道の菅首相の真意について、どなたか、教えてくださいませ。

私が一票投じれない分、選挙投票所にいけるヒトは、よーく考え、私達の日本に今必要な公約をあげているヒトが誰なのか?その公約はほんとに実現できそうなのか?を見極めたうえで、清き一票をびしっと投票してきてくださいね。


引用元URL;http://www.sponichi.co.jp/society/flash/KFullFlash20100630100.html
年収350万円以下は消費税分還付も 菅首相が言及
 菅直人首相は30日午後、消費税率を引き上げた場合の低所得者対策として「年収が300万円とか350万円以下の人には消費税(増税)分全額を還付するやり方もある」と表明した。参院選応援のため民主党代表として訪れた秋田市内の演説で語った。

 これに先立つ青森市での街頭演説では「年収200万円とか300万円」とも指摘した。首相はこれまで税金還付方式の導入を検討する意向を示してきたが、対象となる年収水準を例示したのは初めて。ただ、言及した水準には幅があり、今後線引きする年収額を詰めるとみられる。

 首相は食料品など生活必需品の税率を軽減する複数税率の採用を検討する考えもあらためて示した。

 自らが呼び掛けた税制の抜本改革をめぐる超党派協議については「選挙後に正面から他党とも本気で議論をしようと言っている」と強調。「珍しく自民党がマニフェスト(政権公約)で『消費税10%』と掲げた。その勇気はたたえたい」と語った。

 首相は28日深夜、カナダでの主要国首脳会議から帰国。30日から参院選に向けた遊説を本格的にスタートさせた。


・・・スポーツ新聞の記事だから、政治ネタがわかりづらいのかな?



参議院選挙、行く?
  • 行く
  • 期日前投票、不在者投票、在外投票で行く!
  • 行かない

気になる投票結果は!?

AD
宮崎の口蹄疫感染問題、関係者の皆様の断腸の思いでの決断と牛の処分により、ひとまずは終息に向かいつつあるとのことですね。

これまで口蹄疫が発生していなかった日本にとっては、「どっから感染?」ということ含め、今後の予防策を講じる必要がありますね。

さて残念ながらモンゴル国でも東部ドルノドアイマグのハルハ川流域で口蹄疫(モンゴル語だとシュルヒー)が発生しておりまして、ただいま、感染地域が封鎖状態です。

まだしばらくこの封鎖と処分、ワクチン処理(モンゴルでは感染地区周辺の家畜にワクチンはうつけれどその後の全頭処分などはしません。感染源地域については、やっぱり全頭処分だそうです)作業が続き、ハルハ川地域への旅行などもできません。

この前、偶然で「そうだ!ハマリンヒードのパワースポットに行こう!!」といったときに偶然、JOCVのハルハ川行きのご一行様に出くわしたのですが、その時の事情がこの口蹄疫の発生発覚による封鎖だったのでした。

モンゴルへのご旅行で、東部ドルノドの「ノモンハン事件(ハルハ川戦争)」の戦地跡をたずねる旅をご予定の方は、今後の情報などに注目しつつ旅程の検討をなさることをお勧めします。

当該地域は国境警備隊への事前許可申請とパスポート、許可証の提示が必要ですから、旅の準備は確実にする必要があります。

新聞・テレビ等、こちらで入手できる情報があれば、その後についてもご報告いたします。
AD