昨日の職場忘年会の詳細の続き、、、をビールのほろ酔いが抜けたガナー君から聞きました。
車はおいてけー!!って言ったのに、結局、タクシーがつかまらぬ、ということで、ラブワゴンで皆さんを運んだ模様。後部座席までつけておけばよかったね。。。

でもって、ミクロを呼んだのではなく、代行ドライバーを呼んだのだそうです。

日本でもおなじみのこのサービス、宴会にはお酒がつきもののウランバートルでもかなり大当たり!なサービスのようです。安全確保の問題や走行中の事故その他に対する補償などについての詳細規定がよくわからないのですが、ともかく、酒飲み運転の最大罰則は2年間の免停、っていうことですから、ちょっとのリスクもおっていただきたくありませんから、代行サービスを使ったのは賢明でした。

ウランバートルの東西南北の隅っこに散らばる皆さんを家まで送り届けてからのご帰還だったのですね。

行ければよかったのですが、でも、この背中の痛みとか頭痛とか、血圧とか、いろんなリスクを背負って、点滴まで受けた身の上で、仕事も職場にはいかず、携帯電話での遠隔操作状態っていう私が忘年会だけ出るっていうのも、いかがなものか、と。

で、今日、宴会用費用として私がカンパした50万トゥグルグのおつりをわたそうとしたガナー君、、、なんだか真剣な顔しておつりを数えています。

「・・・僕、お札間違えちったみたいだ。5000tg足りない・・・」と。

クリスマス、忘年会シーズン、旅行等、非日常に関する費用について何かと大盤振る舞い気質が出てくる私にとっては、ノープロブレム。

大事なことは、皆が忘年会を楽しんでくれて、モンゴル人と日本人の職場での交流が円滑になるような心からの一体感みたいなものが持てるってことでした。そのために出したカンパなので、そこから足さえでなければ、有効活用してくれればそれで良かったんです。
モンゴル人が、日本人の人たちが要求するような質のサービスを提供できるようなレストランに行くために財布の中身を気にしなきゃいけない、とか帰りのことを心配してしまう、ってことがなく、細かいことは気にせず、くつろいで楽しめれば、大成功。お祭りとかイベントであんまりケチりたくない。

昔から、そんなこと考えてたわけじゃないんです。これも、何度も、ほとんど毎日登場する、元共同経営者とその姉婿の元マネージャーの陰謀で、せっかく築いた、、、と思ってた財産、貯金、善意で貸したお金など、相当額の資産を、さんざん争った挙句、手放さなければいけなくなったことがきっかけだったのです。

つまりは、お金って使えるところで使ってこそ、その価値が有効活用できるのです。

他人に喜んでもらうため、他人の力になるために使うお金って、使い方としては、私としては、かなり満足でベストウェイなのです。
物欲があんまりなくて、けちんぼさんなのですが、唯一、自分がやってよかった!と思えるのが、モンゴルの地元の人たちが本当に取り組み、継続させている環境保全活動や村おこし事業などへの寄付です。なかなか成果は出ないけれど、私にとっての幸せのひとつに、一生懸命他人や地域の人たちのためにがんばっている人たちのプロジェクトを実施する際に、モンゴル人から頼ってもらえたり、相談をもちかけられたりして、私がその要求にちゃんと満足してもらえるレスポンスができたときの達成感、というものがあります。

結果的に、プロジェクトが失敗する、ということも計画を立てたりするのが苦手な人たちなので、多々あるし、お金に狂っちゃったり、本来の活動から軌道が外れちゃう人や団体もないわけではないんだけれど、それは私が寄付したり応援したりしたことがきっかけで、というわけではないし、寄付、という形で手放した段階で、もはやそのお金やモノは私の所有物ではないのですから、実は、ま、いいや、と片付けることができるようになったのも、会社の内紛を解決させたことで得た思考回路です。

今年はほんとにいろんなことがありました。
苦しみも決して少なくはなかったし、しかも最後の最後で体調を崩し、腎臓病を再発させてしまった、というのは自分の修行不足であり、自律神経のコントロールやテンパーコントロールが出来なかったことの報いなので、それはそれとして、来年への大きな課題として、神様からの宿題です。

家族、同僚、いろんな形でまたモンゴル人と繋がって、何かをやろう、という気持ちを持ち、また実際に信頼できる仲間やパートナーが出来た、ということも大きな収穫です。
モンゴル語のことわざで、「けちは友達をなくす」というものがあります。
また、「水草が多い湖に水鳥が集まる」というものもあります。

与える、ということを「私はいつも与えてばかり。Give and Give and Give...だわ。」と心に不満やわだかまりを持たず、「Give and taike」とは、「他人に何か貢献する」という行為を提供することで、すでに、私は「何かいいことやった」という満足感を得ることが出来た、って思って、早めに満足しちゃう、という思考回路を得ました。

最終的な結果に対して初めて、達成感や満足感を覚える、というのが、これまでの私だったら、2009年は、「先のことまで考えてられないから、「今・ここ」での自分が「やったぜ!」という満足感を多いに満喫してしまおう、と方針転換しました。

個人対会社、という契約形式に日本側クライアントが固執するならば、残念ながら1月からプロジェクト半ばではあるけれど、ケツをまくろう、と決めました。モンゴル人スタッフには、忘年会のことがあるから内緒にしておこう、と思っていたのですが、元旦休日出勤とかいろんな問題が吹き出てしまっていたので、仕方なく打ち明けました。

通訳の皆は一生懸命やっているし、貴重な冬の収入のチャンスなので、私が撤退しても、日本人クライアントに直接契約をしてもいいよ、とも告げたのですが、彼らのこたえは嬉しいことに「私たちはモンゴルだるまに声をかけられ、あなたの会社と契約したんだから、あなたの会社と日本側の会社の契約が変更になり、あなたがおりるなら、私たちもおりる。私たちはあなたの味方だ。」と皆の意見が一致している、と言ってくれました。

そんなことにならないように、慎重に交渉はしなければいけないし、そして、何よりも、今のプロジェクトがどれほど、様々な紆余曲折を経ているといっても、援助対象の企業や機関に迷惑をかけるわけにはいかない。

でも、契約は契約です。ひとたび、双方が合意に達した上で、会社の代表者同士がはんこをついたものを、一方的に、「上からの話から、こうしたい、と思った」という一方的な理由で、私がせっかく背負った会社の看板を無視させるわけにはいかない。

プライドとは虚栄心であってはいけない。
でも、相手の尊厳を尊重できない人とは仕事はできない。


「上から」といわれても、私は「上」との交渉での前提条件で「会社として引き受ける。なぜなら自分がべったりつけない事態が想定されるから、そうであっても、プロジェクト自体は円滑に進行できるように請け負いたいから。」としたうえで、「それで結構です」といってもらってたからです。

問題ない橋を、「落ちるかもしれない」と叩いて、叩いて、叩きまくって、彼らは私との信頼関係という契約の大前提をぶち壊しにしようとしている、、、ということは、大企業でビジネスのエリート街道を闊歩していた人たちには理解できないのかもしれない。

我慢に我慢を重ね、相手の仕事が成果をあげられるように、かなり自分にとっては高いハードルも、なんとか乗り越えてここまできました。
正直、私は今年ほど、自分の仕事の環境をクライアントが快適でいられるようにということのためだけに設備投資したことはなかったです。
結果的に、私にとっては、ものすごい張り詰めた状態での決断であり、精一杯の努力だったのに、「彼らにとっては契約に書いてなくても、やってもらうのが当たり前」なことであり、さらなることを要求してきた。モンゴルでは物理的に、私的には、予算と時間的に不可能なことを。

だから、私の体と心は壊れてしまった。もしかしたら、「できません」で終わらせればよかった話なのかもしれない。だけど、私は「できません」といいながらも、「できない」自分が悔しくて仕方なかったのです。でも、悔しがる必要はなかった・・・。だって自分の身の丈+5寸くらいのことは、精一杯やってたんだから、それ以上のことは、ちびの私にはできないんだもーん、でよかったのです。

そう、自分の身の丈ってどうしようもないんです。153cmの身長はヒールをはけば+5cmくらいはのばすことができるけど、7cmヒールを履いたら私は歩けないのです。わずか+2cmの違いでも、大きな差になる。

そういうことって現実社会ではいくらでもある。
「このくらい、出来るでしょ」というお客の要求にイチイチ、カーッとなりながら「そんなこと言われても」と慌てふためいたって、「無茶ばっかりいいやがって」と憤慨したって意味はない。

今、職場に行かないのは、ひとつには体調のことがあるからだけど、その遠因として、「あいつ」がモンゴルにいる間は、正直、職場に行くことで、ムードメーカーの私が雰囲気を悪くする根源になる可能性が高いから。その心があるから、体も自分が思ってた以上のひどい状態まで私を追い込んだ。

そう病気を発動させた直接原因は「あいつ」だけれど、ここまで悪化させてしまい、透析だけは免れなきゃ、という事態で闘病することになった原因は、「私の心」にあるのです。病気を理由に職場に行かないで自宅で仕事をするため、多分、そうなんです。
しかも、仮病ではなく、ほんとに熱が出て、出るべきではない場所からの出血。正常値をは
るかに超えた血圧。これらはすべて、私自身や職場の人に納得してもらうために、心が体に働きかけて引き起こした、「私」に対するストライキなのです。

私は、私と私を取り巻く環境との調整・調和をはからなければいけません。
点滴を受けたり、マッサージとか吸盤治療とか西洋医学の薬やモンゴル漢方の処方とか、それは緊急処置でしかない。
最終的に、自分が自分の世界と「融和」するために「折り合い」をつけなければ、病気は直らない。

「あいつ」がいるかぎり、治らないのかもしれない。無理はしたくない。悪い人ではない、のかもしれない。だけど、今の私は「あいつ」を大嫌いで憎んでいる。その状態をまず受け入れなければいけない。そのうえで、なぜ?ということに対してつきつめています。なぜ?なぜ?というのは、問題の核心をさぐりあてるための、キーワードです。なぜ、という言葉は、果てしなく続く道のない雪原を書き分けるためのシャベルです。

最終的には、雪を溶かす春がくればいいんだけれど、春を待っていられないのです。
だから、私は病床で一生懸命、かきわけました。まだ全部を探り当ててはいないんだけど。

でも、私は自分が怒りをそれほど長期間維持できない性分だってこともわかっています。
許せない、ってことはないってこともわかっています。

だって、散々、「我々だけが、このモンゴル国でお前の味方だ」みたいな善人面で私を取り込み、陰謀を企て、何年もかかって、私個人や会社に考えられる限り最大のダメージを与えたやつらですら、私は、「世の中にそういう人もいるってことを勉強した。お金の使い方や財産管理に対する意識を変えるエポックメーキングになった」とプラス思考で許すことが出来るようになったのですから、「あいつ」ごときを許せぬわけがない。

そもそも、「あいつ」なんか、職場から離れてしまえば、私の生活にとって、台所を這いずり回るゴキブリ以下の存在でしかないのです。

そう、離れている今、自分ひとりで考える時間を得られた今、そんな風に、「Take it easy」を自分に浸透させています。

2009年の総括を、こんなゴキブリ以下な「あいつ」の暴挙に憤り、それを乗り越えるだけで費やしてはもったいない。

2009年はとても大きな転機だったのです。
家族っていうものが奇跡的な社会構成だってこと。良くも悪くも受け入れていく、なんでもなかったって、問題をなるべくさらりと流して、一度蓋をした問題は、封印をとかずにおいておくこと。

子育て。子供がいることの幸せとストレス。
幸福の反対語は不幸だけれど、子供を持つことでの幸福の反対語は不幸ではない。
不幸だと思ったことは一度もないのです。めんどくさいなぁ、とかイライラするなぁ、ってことはたくさんあるけれど。
失い、そのことで得られた奇跡もありました。

会社が再興できた、法律上も100%きっかり裏切りモノたちを排除し、自分ひとりの責任でがんばるしかない、っていう自分がビジネス上、本来歩くべきだった道に軌道修正が完了しました。

いろんなことで繋がっていくことの感謝。
自分を発見する喜び。
それらは、すべて、自分の中の好奇心によって引き起こされている。

体を壊さなければ、自分の時間を得ることはできなかった。
ストレスにより腎臓病が再発したことで、自分の時間ができた。
仕事をしたことで、ごちゃごちゃしてると働きづらい、というニーズが発生し、
寝たきりでデブな身体が床ずれになったりしないように、適度に運動するために、頭をすっきりさせるために大掃除ができた。
大掃除をしたことで、発掘された必要なものたち。例えば点滴セット。
すっきりすると家人もすっきり、うきうきになってくれる。

いろんな人に憤ったりもしましたが、そうした、ひとつひとつの問題で得られた自分の解決策の核心はかけがえのない宝物。永遠に失うことがない財産です。

2009年の嫌なこと、問題は総括した上で、ようやく箱に収められた感じです。これに蓋をして封印をしたら、2009年のドアを閉め、2010年へと入る準備を始めます。

起きてしまった事に「なぜ」と問いかけても意味はない。
でも、起きてしまった問題を「どうやって」解決させるか、ということのために問題に対する全ての「なぜ」は必要ない。
ならば、私は、「問題」のこじれて、救いがたくもつれた糸をほぐす作業、つまり「原因」と「結果」に固執するのではなく、「どうやって」という経過、どんなルートがあるのか、というルーとファインディングに時間を費やし、その捜索作業を楽しむことにしよう。

ともかく、2010年のドアノブは、2009年よりさらに可能性が広がったという手ごたえがあります。

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職場忘年会

さて、2009年も残すところ22時間足らずとなりました。
職場の忘年会は大成功だったようで、モンゴル人スタッフ、日本人コンサルさん、多いに盛り上がったようです。

ガナー君もいったん車を置き、スーツに着替えてから会場へ。

私は自分が「忘年会をやって日本人・モンゴル人の職場親交を図ろう」といったくせに、血尿騒ぎで欠席。それでは申し訳ないので、モンゴル人側出席者の分は私のポケットマネーをガナー君に託して送り出しました。デジカメも持ってってもらえばよかったのですが、酔っ払ってどこかにおいてかれても困るし、使い方が分からず、壊されても困るので、断念。

Modern Nomadsという夏の旅行シーズンや長期滞在の外国人のパーティーや接待でよく使われるレストランで一次会、二次会はカラオケだったそうです。

夜1時くらいに皆さんを送って帰ってきたー、というガナー君はちょっぴりキャラ変わってる。
目、すわっちゃってます。
言動もいつもと違って、へんなロレツです。
といっても、酒癖が悪い、というわけではなく、かわいい酔っ払いって感じで、いろいろご報告してくれて、モンゴル人スタッフから私には、赤ワインとチョコレート、ソートンにはModern Nomdadsのホルホグの残り骨のプレゼント。ソートン、大喜びでかぶりついています。

ちゃんと夕飯は食べてるのに、「餌、あげてないんじゃないの?」とガナー君に言われるほど、骨に夢中。

ガナー君の報告から、とにかく皆さん、キャラが際立つ忘年会となったようです。
言葉がわからないながらも、それなりに皆楽しめたみたいだったし、カラオケは選曲とか歌い方とか順番とかで、それぞれの人の本質が見極められる、、、といっても過言ではないくらい、ガナー君はカラオケが大好きなので、楽しかったみたいでほんと、よかった。

自分がいけなくても、皆が楽しんでくれた、無事に家に送った、というガナー君の報告、心から嬉しかったです。

なんかサンタクロースになった気分です。

人に何かをプレゼントできて、そして喜んでもらえる。
それってほんと、すがすがしい無償の幸せです。
与えられるものがあることに感謝。

旧正月までには体、治ってるといいんだけど。。。

夜更けまでこんなところでうつらうつらじゃ駄目ですね。
日中に、鎮静剤で変に寝ちゃったから、また寝るタイミングを失っています。

あ、それから!

忘年会シーズンはモンゴルだけでなく、日本もそうだと思うのですが、タクシー会社の無線タクシーがなかなかつかまりません。30-40分待ちはざら、だそうです。
こういうときは、タクシーにこだわらず、
1;白タクをつかまえる。
2;道端にとまってる、通称(ミクロ乗り合い用のワゴンバス)と交渉する。(人数が多いときはおすすめ)

といった、別方法をとることをおすすめします。
外国人だけ、っていう場合は事件に巻き込まれやすいのが、深夜タクシーや白タクですから、よっぽどモンゴル人になりすましきれる人以外は、屈強強面でないかぎりは私は、避けたほうがよい、と思います。でも、何時までつきあわせることになるかわからない場合は、通訳さん、ドライバーさんには、チップとして、高額紙幣数枚をあげてつきあってもらうとよいと思います。
いくら雇っている、といっても、夜中が危険なのは、モンゴル人も同じですし、飲み会的な無礼講の場でも仕事を忘れることが出来ない状態に留め置くっていうのは、「仕事のうち」といっても、やっぱり気働きをしていただきたいなぁ、って思うのです。もちろん、一緒に仕事しているから、多少の親切は「お金のため」って思ってはいないと思いますが。でも、お小遣いもらえるのっていくら給料があるといっても、嬉しいものです。
こういうときくらい、財布の紐を緩めて、誰かに喜んでもらえるっていう「大盤振る舞い」をやってみるのってよくないかしら?と私は考えています。

元来、モンゴル人って日本人よりよっぽどパーティー好きだし、慣れています。
ドレスアップとかもちゃんとしたりね。こういうパーティーについては、会社の福利厚生費の経費で落とせちゃったりするんですね。うちでは基本的に常勤の従業員がいるわけではないので、高額の福利厚生費は「ダレのため?」と会計士さんにシビアに突っ込まれるので、入れてませんがw

パーティーにはあまりケチらない、ちょっと江戸っ子的なところがあります。

そういえば、モンゴル帝国建国800周年記念イヤーだった2006年は、打ち上げ花火屋さんがすごい繁盛してました。
今年は火事等の危険性がある、ということで、「花火禁止令」がでてしまっているのですが、手持ち花火や爆竹はどこからか入ってきてて、繁華街の街角に「マッチ売りの少女」ならぬ「花火売りの坊や」が出没しています。

「ねぇ、兄さん、花火を買ってよ」みたいな。。。
酔っ払ってる「兄さん」がどばーんと「全部買ってやるから、早く家にお帰り」みたいなお大尽ぶりをみせたり、道端でさっそく花火点火してぶんぶん振り回したりしている・・・そっちのほうがよっぽど危険だわい!

まぁ、年末年始のイルミネーション、スフバートル広場のクリスマスツリー、TDYセンターがある通り、アイリッシュパブ周辺などはおすすめのデートスポットです。

ともあれ、皆が安全に楽しく盛り上がっての忘年会・新年会を楽しんでもらえるといいなぁ、と元来、飲み会は最後まで残るタイプの宴会大好きな私の願いです。
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ずっと片付けられない女だって思い込んでいました。
ふと思いついて、掃除や整理・整頓に張り切ったりしても、すぐに元の木阿弥。
自分の生活と整理整頓はなじまない、、、私はやっぱり神経衰弱や小倉百人一首、カルタなどが得意な女だから、雑然としていても、全部が目に付くほうが落ち着くのよ、と思っていました。

でも、モンゴル人は片付け魔。整理とか整頓とか系統だったことは苦手な家人なので、私の留守中に「片付けといたよ」というのは、ほんとに、まさにどこか片隅にモノを放り込んで、詰め込んで、目に付かないようにしているだけなのです。

見かけはすっきりシンプルライフのようでも、何がどこにあるのか消息不明になるし、一度、その「あかずのドア」を開けたら最後、「魔」が噴出してくる・・・そんな我が家。

仕事で疲れ、病に倒れ衰弱し、イライラし、ちっとも掃除も整理も整頓も片付けすらやる気になれませんでした。

捨てるのだってめんどくさい。

とあるブログを見て、いきなり決意。28日はずきずきした頭と腰を抱えながらも、ひとたび動き出したらとまらなくなり、一応、大掃除らしきことはできました。

今年の大掃除では、ほとんど所有物を捨てなかったです。整理整頓本(かたづけられない人向けの「コーチング」とか「整理整頓名人」の本で、「こうすれば机の上が片付く!」とか、整理術系の本は日本でもしこたま購入してました。図書館で借りて読めばいい、と思うのですが、意外なことに、こういう「整理整頓」本というのは、あまり区立図書館では見かけないんです。本屋で立ち読みしているときは、「これは手元において習慣化するための教科書だ!」と思って、新刊本で購入しちゃうのですが、多くの整理術の本には「ほとんど読まない本は捨てるべき」とか「一度しっかり読んで内容を理解したら捨てる、古本屋に売ってリサイクル」と勧めています。実は、「整理術」の本こそ、まさにこういう「一度読んだら、もういいや」な本だったりするのです。

ぐるぐるしちゃいましたが。

そういいながら、モンゴルでは、日本語の活字本というのは大変貴重なので、捨てられません。
今年は、お風呂の中で読んでて、 うっかり落としちゃった村上春樹著「風の歌を聴け」は一生懸命乾かしたのですが、ページとページが張り付いて、もはや本としての機能を失ってしまったので、なくなく捨てました。「風の歌を聴け」という本はなぜか、私の愛読書の中でも放浪しがちです。あと「ねじまき鳥クロニクル」の3巻もよく消えます。消えるたびにまた買い足すので、後で見つかったりして、3巻だけなんと3冊、「風の歌を聴け」にいたっては4回買いなおしています。何度読んでも、読んでも、面白い。ストーリーは暗記しちゃってるのに、その文体が心地よい。不思議な本です。

さて、リフォーム計画をたて、収納家具を注文したはいいが、いざ、自分の持ち物を全部ひっくり返し、箱につめなおしたり、「僕の場所はここだよ」と物品たちが主張するままにおいてみたところ、あら不思議。

ちゃーんと、全部おさまるところにおさまり、何も捨てる必要がなくなっちゃいました。

古新聞ですら、ガラス窓の隙間ふさぎとして、そのままでーんと積み重ねてみても、きれいにつんでおけば、それはそれで、ちょっとしたオブジェっぽくなりました。

毎年、毎年、「いるもの」「いらないもの」「保留品」というダンボール箱で仕分けをしては、「保留品」ばかりで、「いらないもの」はほとんどない、という状況だったりします。

ほんとに必要なものに限って、元共同経営者たちが奪っていったまま返してくれなくなっちゃったから、そういうものには未練はないし。

必要なものは買う。これです。レンタルとかリースというサービスはモンゴルではほとんど成長していません。他人のものに対する扱いがとても雑なので、ここがニッチだとしても、私は絶対レンタルとかリースとかのサービス業をしようとは思わないけれど。

でも、そうしたほうがいいんじゃないか?ってものはたくさんあります。

家族が増えて、特に子供の福っていうのは、ちっちゃくてたくさんあって、しかも、なんというか、一着一着に対しての愛着とか思い出が詰まってて、子供は子供でなかなか捨てられない・・・
ガナー君実家は子沢山(でもどり、できちゃったけどシングル出産等の人たちの子供があふれている)ので、古着をガレージセールしてたりしますが、正直、売れ行きはさっぱりです。
もともとが最低所得層の人たちで、完璧に着古しすぎて、古着ならではのビンテージ的風合いというよりは、ぼろきれというにふさわしい状態だから。。。まぁ、ここまで着るっていうのはすごい!
従来、モンゴル人は古着というのが大嫌い。よく先進国の人たちの慈善事業として、「貧しい人たちに古着を贈ろう」とか寄付を募っていますが、はっきりいって、モンゴルでは「善意があるなら、安くて粗悪でもいいから大量に新品送ってよ」という感じです。

着るものには、その人の魂や業(特に悪いもの・悪癖など)が染み付いていて、他人のものを着ると、その元の持ち主の悪業まで背負うはめになる、と考えられているから。

シャーマンになった元カレもそういうタイプでした。

でも子沢山貧困家庭のガナー君のところでは、そんな贅沢はいいません。
ぼろは着てても心は錦!っていうのが大事なのです。

というわけで、子狐の洋服はほんと豊富。6歳にしてダンボール箱6個分の衣装もちって多すぎでないかい?

ビニール袋に突っ込まれているとごみっぽいけれど、きちんと洗濯し、たたんで、防虫剤を入れて段ボール箱にしまい、箱の外側に「子狐夏服」とか書いておくと、それだけでちょっと保管する必要がある物っぽくなりました。

本も大きさや読む頻度などで並べ替え、しばらく読まなくなりそうな本は、「しばらく読まない本」という箱に入れて、ベッド下等のデッドゾーンに突っ込みます。古新聞も時系列に並べてたためば、貴重な資料っぽくなりました。

そもそも、どれもこれもお金を使って購入したものです。中古、という名で一度でも使えば、その値段がどーんと下がっても文句がいえない商品から所有物へとシフトした物品。本来使うべき手段で使ってあげれば、やっぱり大事なもので愛着があるのです。そもそもけちんぼさんだから、「まだ使えるものを捨てるのは嫌だ」という抵抗感がありました。なので、最初から「買った限りは使う」という姿勢で物を使います。

これもまた大事な姿勢でしょう。

TVショッピングなどであおられて購入したもので、ほんとに使い勝手がいいってものはほとんどありません。失敗したなぁ、、、と思うものがほとんどです。便利かもー!と友達からもらった、「腹筋強化ダイエットマシーン」も結局苦労して持ち帰ったのに、ほとんど使いませんでした。

中古品で購入したものもしかり。なんかうまく自分になじまない。
中古品でいただいて、未だに使っているものっていうのは、弊社のもう一人の出資者であるエコツーリズムの師匠一家が残していった食器、土鍋、急須、子供用の机、いす、変圧器、与論島出身の寒がり屋さんが日本からかついできたコタツ、ダルハンプロジェクトのコンサルさんが残していった(預かったつもりでいた)キャノンの多機能コピープリンターといったものでしょうか。
あと、気象学の女性研究者とその子供たちからいただいた食器などもよく使っています。
つまりは中古品だから、ということではなく、その人たちとの思い出が大切だから、使っていて心地よい、というものなのです。

日本だと古道具屋とか民家の取り壊しとか、いろいろ中古品をあさる楽しみというのがありますが、モンゴルの場合は、イマイチ食指が動きません。なんだろう、そのものが持っているオーラ、というか雰囲気が嫌なんです。「俺たち、捨てられたんだ」みたいなヤサグレオーラがぷんぷんしてて、家に持ち込んだら不幸になりそうな・・・そんな感じです。

だから、結局、自分で吟味して購入します。
物に呼ばれるっていうか、引き寄せられるというか。
そういう縁を大事にしたいと思っています。

つまりは、魔法使いの杖、的な運命をモノに求めているんだと思います。
モノだけでなく場所もそうだし、人もそうです。
引き寄せる、引き寄せられるっていう関係。

そういうふうにして生活に取り込んだモノたちなので、ちゃんとそのモノたちの「在り方」に集中すればおくべき場所が自然と決まってくる。パズルをはめるのと同じです。神経衰弱も同様。

他人にとっては雑然としていても、自分にとっては心地よい、という配置だったときは、なんとなく騒然としていました。生活に異物が混入されたような違和感や不協和音が満ち溢れて、少し緊張したりもしてました。

今回、病床につき、自分を見つめ、自分のこれからの生活に思いをめぐらせたとき、私が築き上げた生活がかけがえのないものであり、壊したり、損なったりしては取り返しがつかないものなんだ、と感じました。なので、ひとつひとつモノたちの居場所探しをしていきました。

ディズニー映画の「美女と野獣」の食器たちのように。

バラバラに購入したものでも、そのものたちを引き寄せた自分の在り方が、それらの配置や使い方で決まってくる。

ほとんどが私のものばかりなのですが、だんだん子狐とガナー君のものも増えてきました。
今回の整理整頓で一番気遣ったのが、子狐の居場所、あり方でした。まだ自分で何一つ決定権を持たず、判断力も未熟な年齢でも、自己主張、独占欲は人一倍な子狐にとって、そして私にとって、お互いがお互いを侵食したり刺激したりしないですむ居心地のよさってどこにあるんだろう・・・と。


家人の行動を一人ぼっちの家で思い浮かべてみる。話している会話や、皆が心地よく朗らかでいられたときの風景。あるいは、こんなだったら、あったかい家庭っぽい感じになるなぁ、っていうのを想像してみました。

子狐が好きそうなものは、少し目線が低いところにおいておく、とか。
引っ張り出しても崩れないように収納の仕方もちょっと工夫してみました。

私は背が低く(153cm)、ガナー君は背が高い(182cm)なので、高さでも「モノのすみわけ」をしてみました。

「このものは大事だから捨てたくない」と思えば、狭いスペースでも、ちゃんと居場所がみつかるものです。だって、雑然としてるとはいっても、ちゃんとその家の中に納まっているのだから、はみ出てるわけではないのです。

捨てなくても、今、家の中にあるものは、

おさまるところにおさめれば、ちゃんと整理整頓できる 


これは、今まで私が読んだ百冊近くの整理整頓術本のどこにも書いてなかったことです。
雑誌のリフォームとか、家事・収納の達人の整理術の番組などでも、結局、家具を捨てて、自分で作ったり、新しく購入したりしてました。

でも、偶然でも、なんとなくでも、とにかく、私が購入したものは私が欲しい、と思ったからお金をだして買ったのです。あるいは、誰かの好意でいただいたものなのです。
だから、捨てたり、誰かに譲ったりすべきものって案外なかったりする。

思い切ってって時は、ちゃんと次の持ち主が明確な強い意志表示をもって打診してくるはずなのです。

ということで、大晦日。日本の元旦まで、あと1日ちょっとありますから、大掃除しなくちゃ、とか大掃除が終わらない、とあせることはありません。

大掃除という行動は、自分とモノのあり方、つながりを見つめ直し、「Who am I?」という自問自答によって、これからのライフスタイルを想像できるチャンスだってこと。
これは、掃除、整理整頓嫌いで苦手だった私が、今年発見した、素晴らしい教訓です。


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