明日から懐かしのダルハンで、去年から取り組んできたプロジェクトのいよいよ施工に入る!ってことでのキックオフミーティングとやらに行ってまいります。

今まで1-3ヶ月ほどの短期滞在で、集中的に調査調査の日々でしたが、これからは約17カ月じっくりとじわじわ工事を進めていくことになるのです。

わがほうからはコンサルタントチームの方1名が常駐管理としてダルハンに居残ることになります。

ロシア、特にシベリアでの経験も豊かな人で、ロシア製の毛皮の帽子もご持参していて頼もしい限り。

関税措置が当初の条件と違ってきちゃってるらしくて交渉中だとか、いろいろ状況が変わっちゃってるところもあったりで、この寒い中、想定外、想定内、あれやこれやとやっぱり仕事はいっぱいみたい。

といいつつも、空気がきれいなところで仕事ができるのは嬉しい。

ソートンとガナー君は2週間ほどウランバートルでお留守番。
なんだか二人とも夕食の「食い」が悪いですよ。。。

そして、いまだに荷づくりができていないのでした。

明日までにできればいっか。
フォーマルスーツと防寒服、それからそれから・・・約2週間弱って。。。荷物のリストがうまく作れません。

現地からの情報によると、雪はウランバートルより多いけれど、寒さはそれほどでもないよ、とのこと。

そしてJICAからの情報だと、今、ダルハンには青年、シニアのボランティアの人たちが5人ほど活動しているそうです。

ダルハンで最初にごちそうになったTEXASパブが、そのすぐ近くにできたエンペラーなんちゃらっていうちょい高級感がただよう、似たようなコンセプトで、TEXASパブからコックを引き抜いたというレストランにおされて、閑古鳥が鳴いている模様。

もうちょっと待ってろや!おいらたちがTEXASを盛り上げてあげますぜ・・・

といいつつ、安全パイの韓国料理屋に入り浸ってたりして・・・

いろいろごちゃごちゃいってても、ダルハンの外食産業が繁栄してきているのはとてもうれしいことなのです。

あー、また太っちゃうなぁ・・・
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何徹(何日徹夜)したことある? ブログネタ:何徹(何日徹夜)したことある? 参加中
もう二度とやらんぞ!そんなこと!!!と力強くこぶしを握り、歯を食いしばって思うのは連続貫徹です。

テレビのドキュメンタリー番組制作会社勤めの1年目は、もう徹夜しなきゃADじゃねー、というか、目を開けたまま意識を失って「眠る」くらいの日々で、思考回路も肉体も病んでいました。

周りもみーんな、徹夜とか体や精神状態を「おいつめてナンボ」みたいな感じで、なんというか、我慢大会の会場に日々通っているような気分でした。
セクハラ、パワハラ、仕事責め、どなり散らされ、八つ当たりされ、もう何がなんだかよくわからん???という中でも、常に、「一歩先、二歩先を予測し」、「周囲のニーズにアンテナを張り」、「指示を待たずにさらりと動く」ことを、「教えられなくてもやれるのが当たり前でしょ!!」ってな空気。ほんとかよー!!!

人間、そんなに皆、優秀なんすか?
おいら、そんなにダメ人間ですか???

廃人同然というか、ネガティブ思考回路で、苦手なスタッフが半径100m以内に入ってきた途端に、自分の体の内部のどこかが調子を狂わせ、動悸・息切れ・吐き気・めまい・脂汗という過敏な拒否反応。

連続完徹状態が5日近く続くと、人間、なんか脳波が妙な電波を出し始めるんですね。
ようやく徹夜からも仕事からも解放され、家に帰って部屋の蛍光灯つけると、妙な点滅で壊れてしまったりとか。イライラしているとPCは火を噴くし、蛍光灯が頭の上で不健康に明滅しはじめる。

アラサーとかいってられる内は、まだまだ徹夜5日間といっても1-2日寝れば、疲れはふっとびましたが、アラフォーともなりますと、1日徹夜で、もうゾンビ状態です。
しかも、昔の「目をあけたまま眠る3分寝」とか瞬時の体力回復、脳組織のリフレッシュ技が使えなくなってます。

なので、あんまり無理、したくないのです。

徹夜しなきゃいけない、って自分を追い詰めるよりは24時間x週5日をいかに効率よく、人に迷惑をかけず、仕事の効果をあげつつ、自分もやりがいや楽しさというか充実感を持って働くか、が大事だって思うのです。

そして、AD時代のように誰かに強制されたり、無言の圧力やらに屈して、自分を追い詰めなくても、それなりにつっぱねたり、自分のペースや周囲の仕事ペースの調整もできるようになってきているのです。
アラフォーともなれば、そういうコントロール力や自己管理能力が必要になってくるのです。

まして、自分ひとりががんばってれば、成果がでるって仕事ではなく、全体のチームワークというか、皆を引っ張ったり、押したり、あるいは形を整えたりっていう管理能力や統制力というコントロール、マネージメントといった外来語が自分の役割の重要な部分を占めるようになっている今は、徹夜で自分を弱らせてはいけない、そんな気がしています。

自分ひとりが暴走するように張り切って徹夜してでも仕事仕上げろ!!ってなるよりは、ちゃんと無理せず、持続的にいいペースで仕事ができるようにそれぞれを調整していかなきゃね。

理想はそうなのですが、まだまだうまく仕事をさばききれていません。

若さを武器に徹夜、徹夜をナチュラルハイと体力にまかせて習慣にしている若者たちに言いたい。
今、それでよくても、40歳近くになったとき、体の異変が出てきたときの対処も考えておいたほうがよいよ、と。自律神経失調症とかうつ病とかって多分、睡眠不足も多いに影響を及ぼしていると思います。

私、眠れない日々が続いたことで、クヨクヨし、無気力になり、思わず地下鉄のホームに落ちちゃったとき、このまま列車がきてくれれば、楽になれるかも・・・とボーっとした頭で考えてしまったこともありました。自殺願望ではなく、なんだろう?未必の故意???

わかんないけれど、徹夜でぼーっとしておいつめられていると、生と死の境が見えなくなってきて、死ぬことが苦痛なのかどうなのか、それで全てが終わるとも思えないし、なんか、ひとつの線のこっち側と向こう側なだけじゃん・・・みたいな感じでふわふわと生きてるって実感すらなくなってしまうのでした。

内臓が壊れ、どこから出血しているのかすらわからなくなり、上からも下からも血がじゃーじゃーと駄々漏れになり、食べ物を受け付けず、かといって飲み物を飲み込んだ瞬間にげほげほと逆流してきて、階段の手すりすらつかめないほどに手がぶるぶる震え、、、それでも会社にいかないことで上司にいやみを言われることに恐怖する。。。

ほんと、怖かったです。自分でもどうしてそんな風に自分をおいつめていたのか、今となってはよくわからん。

でも、確実にそういう会社が存在しているのです。今もあの会社がそこまで新人をおいつめているのかどうかはわからないけれど。つぶされる。自分の個性も才能も、全てが押しつぶされていくっていうのを実感したときは、会社だけが人生じゃないってことや不景気だろうがなんだろうが、「生きる」ってことは自分にとっての第一使命なんだってことを思い出して、すっぱり辞めてしまうのも選択していいコトだって思います。

それに労働基準法があるのですもの。

私だって会社を訴えてもよかったんだなー。
ひどい目にあったけれど、そういう風に自分を「労働者」として「働かされている身分」と意識したことがありませんでした。
自分の中には、あくまで「主体的に働いている」という意識があったからでしょう。
だって、他の人だってがんばってるんだし、という気持ちもありました。
「会社を売る」みたいなこともやはり、裏切り者みたいだし、と。

今はこう思います。
自分のうちなる声に耳を傾けたとき、本当に自分はそれを喜んでやっているのだろうか?って問いかけることは大切だって。

そして、徹夜をすることの必要性を考えて、睡眠時間の補填なり体力の回復を図るための手段や時間も含めて段取りをするべきだって。

仕事が忙しいから、徹夜してでも、仕事を優先するべきだ、と自分が雇っている人に強制することはできません。
人間は機械じゃない。機械以上に機能的で繊細です。
だから、品質のよい仕事パフォーマンスを目指すなら、それなりの環境整備と段取りが大事なのです。
今、板ばさみな感じもあるけれど、そこはやっぱり雇い主としては死守すべきラインなんだって思います。

モンゴルってそんなに段取りどおりにはいかないし、どこかで折り合いって大事です。
お願いしたら、100%自分の意志どおりに相手が応じてくれるのが当たり前って、そんな思考回路、自己中心的で大嫌いです。それが仕事だ、というなら、そのやり方を考え直さなければ、仕事自体が台無しになるってこともあるのです。
相手を尊重する場合、じゃあどうするの?どうしたら、効果的なの?
依頼したら、それで全てができなきゃおかしい、専門的な知識を相手が持ってないのはおかしい、自分がメールしたのに返事がこないのはおかしい。

そういうことを言い出したら、モンゴルはおかしなことだらけになってしまいます。
そういうところこそが、モンゴルが抱えている問題だったりするし、それは私達がいっくら口をすっぱくしていったって、そう簡単には変わらないかもしれない。
あるいは、何かわかりやすい解決方法があって、それを提示すれば、ひょいひょいってできちゃうのかもしれない。
でも、答えを押し付けるのではなく、相手が変化するのを待つ、マイルストーンなり、チェックポイントなりを提示しながら、ちょっとずつ前に進んでいってるって相手が実感し、自覚し、その効果を実感し、感動し、やってみよう!って思うまで待ってみるっていうのも、ひとつのやり方なのではなかろうか・・・って。

あー、これって子狐との対峙の仕方の答えのひとつですね。
私、がみがみ教育ママゴンになりすぎてました。
他人のふりみてわが振り治せ、ですね。まったく。

日本人ってやっぱ、理想の実現に対してせっかちな民族なのかもしれませんね。

眠いとき、あれせー、これせーってあーだらこーだらと矢継ぎ早にお願いされると、脳みそが沸騰して、かっかかっかと機関車やえもんみたいに火を吹き散らしてしまう自分に反省しつつ、徹夜がやっぱりよくなかったんだ、、、と睡眠不足のせいにして、全てをチャラにしようとしている私。これって逃避ですね。

でも、労働基準法、大事でしょ?
その点だけは、労働者目線のモンゴル国のきっぱりと労働者の立場や権利のほうが強そうに見える労働基準法、労働法、会社負担の福利厚生費についてのシステムなどはすごい、と思うのでした。

徹夜して働いた分をね、ちゃんと日本の労働基準法などで定めたとおり、ちゃんと残業代として払ってくれてたなら、文句もなかったかもしれません。
週7日間連続半年以上も一日16時間以上働かせておいて、1ヶ月18万円ちょっとってやっぱり、会社としては誠意がなさ過ぎで、ADとしての意欲をうまく利用した不当な雇用であったと思います。
業界で若いADさんが使い捨てみたいにされちゃってるのは、若者の忍耐力がないからっていうよりも、いつ果てるともわからぬ夢を食いちぎられるような過酷な労働環境で自分自身のクリエイティビティを削り取られていくからってことも要因のひとつだと思います。
使い捨てにまさにアシスタントとしてだけの扱いなら、やっぱり半年か1年経験したら十分ですもの。

逆に、ヘトヘトのボロボロになってなお、自分の創造性や映像への情熱を失わない人を育てたいっていうなら、それはそれで意義あることかもしれないけれど、それは会社組織としての雇用・被雇用の関係というよりは、もはや修行の世界であり、会社への就職というよりは入門であり、弟子入りである。

私にとって、正直、TV製作会社への就職自体が給料目当てだったわけではなく、まさに修行の場として、「人間の最底辺での限界値を見極める」ことがテーマだったのですが、そういう意味ではぴったりの職場でした。そして、地獄図みたいなところでは、自分の能力をフルに発揮するのは難しく、そもそも能力を発揮すべき場ですらなかった、ということ。体を壊して初めて気づいたということがおばかさんでした。
途中退職ではなく、契約期間満了で会社を「卒業」したことは、自分にとって、正解でした。

徹夜を続けることの自慢、そんなの社会人のステイタスにしないほうがいいよ、とおばさんになった今は思います。




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日曜日、結局、眠れないまま朝が来て、そして一日掛け持ち仕事して、明日はまた朝3時起きという中で、、、あっという間に11月が駆け抜けていきましたよー。

どういう人と一緒に仕事していても、それなりに楽しいのですが、やはり馴染みというか思考回路がパラレルっつーか、シンクロしやすい人は一緒にいて楽チン。ほっとできます。

初めての人、特にモンゴルに対してがニュートラルというか、無垢な人というのは、なかなか私も思考回路をうまくあわせられず、ムキーってなってしまうんだなぁ。。。

この辺、知識とか経験だけで通訳をやっているわけではなく、どっちかというと、霊媒的なシンクロとかテレパシーに近い域のところが稼動している私の場合、意識が先行してしまい、あ、いかん、先走った、と通訳が先回りしちゃったりすることも実はちょこっとあったりする。

長々話されたりするとね、ついその先1、2秒ほどまで勢いで追いつき、追い越しちゃうっていう。
なんのことかよくわからんすよね。
私も書いてて、なんだこりゃ?と思います。

でもそういうことなんです。

翻訳は文字や文章、行間との勝負というかまさに言語との対峙なんだけど、通訳ってどちらかというと、話している人の思考回路や意志、頭に何を浮かべているかが言葉より先に流れ込んでくるような勢いっていうのがあります。つまりは呼吸なんですね。

全てをゆだねてくれている場合や自分が通訳している人の仕事を100%近く理解し、受け止めた上で、同じ視線、同じリズム、きっと調子がいいときは鼓動や脈拍、呼吸数すらもおんなじだっていうぴったりとした同調感の心地よさで恍惚状態になってしまうのです。

自分がうまく仕事ができているのかどうか、ということを思い悩んだりせずに、やるべきことをやってるって安心できているときはいいんだけど、不安というか「こんなんで自分はいい仕事にできてるのか?」とか疑問がわいてきたり、イライラしてるときって、やっぱりテンションや呼吸が乱れてしまうのです。反省。

今、パワーが落ちている感じです。

まぁ、睡眠不足がたたって、疲労がピークに達しているってことなんだろうなぁ。

ドラゴンボール世代というよりは、Dr.スランプ世代のわたくしですが、こういうヘトヘトモードの時は、仙豆がほしいっす。

最近、モンゴルでも吹き替え版ドラゴンボールも放映されていて、ナルトに並んで人気アニメとなっています。

あー、11月も明日が最後。
悔いの残らぬよう、精一杯踏ん張り、12月からのダルハン行きに備えねば・・・(洗濯モノが手付かずだ・・・。下着と靴下だけでも乾いてクレー)
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