昨日は、冬の仕事場を提供してくださる某報道ジャーナリスト集団J社のゆかいな仲間たちとかきなべパーチーでした。
ぷっりぷりのカキのみそ鍋はおいしくって・・・たっぷりおかわり。
会社のキープボトルも2本あけて。

社長さんと鬼(?というかかわいい熊さん的な?)ディレクターさんと別会社での仕事でいっしょだった子と・・・とともかく賑やかに、話題はあっちにとび、こっちに飛びしながら盛り上がりました。

この会社の人たちと飲むと、人生っていつでも、何か本質を哲学的に追い求め、こだわることって大事だなぁって感じます。

元・鬼上司から「私をモンゴルに連れてってー」とハグハグされたんで、私も考えました。

旅行業は平和産業ともいわれるのですが、今のモンゴルって、、、と斜め45度右半回転ひねりで斜に構えて、暗い部分をみつめると憂鬱になり、特に、仕事関係だといらないハードルやら横やりやらの障害が多いわりに儲けはほとんどない、ハイリスク・ローリターンにないがちな、旅行手配はやりたくないな、なんて考えてた自分がちょっと恥ずかしくなりました。

今年は長期プロジェクトでの拘束があったから、あえて集客宣伝活動は控えていたのですが、来年は、日本からモンゴルへの直行便が7-8月は毎日就航ってこともあるので、私自身がいきたい!っていうえりすぐり期間限定企画をいくつか提案・募集しようかなって思い立ちました。

普通の日本の旅行会社がやるような、おんぶにだっこ、いたれりつくせりは、はっきりいって、せっかくのモンゴル旅行の醍醐味を台無しにする余計なサービスだって思うので、旅人心をガツンパンチ!とさせるような刺激的でワイルドな冒険精神にみちたものをってね。

お世話はしませんが、ついてきたい奴はついてこーい!みたいなw
高飛車な言い方ですが、自分は旅は参加者みんなが対等で自分の持ち味をいかして、旅づくりに一役買う方がいいって思ってます。
だから、私はモンゴルでの懐の広く深い経験と旅行手配のノウハウと現地の仲間を提供します。
参加する人は、旅行にかかるお金と時間、そして一芸をひっさげて参加していただきたい。

現地に入ってから、あれやらこれやらと余計な気づかいをして、私自身の旅をつまらなくするようなことはしません。
そのかわりに、出発前のレクチャーや相談・打ち合わせはしっかりやっていく。

そんな感じの旅。
予定調和じゃなくても、臨機応変にモンゴルを味わえる、モンゴルという素材で人生にとってかけがえのない宝物を自分でみつける術を身につけられるっていうような。

コンセプトからして、まだ全然漠然としちゃってるけれど、これって、私以外の誰もできない企画だって思うのです。

これからブログでも随時、提案していきますんで、興味ある企画あったら、どんどんコンタクトしてくださいねー。

モンゴルが共通点じゃないけれど、私とモンゴルの絆を強く意識させてくれる仲間たち。
大好きです。
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もう12月に入ったらすぐ、モンゴル行っちゃおう!Y(>_<、)Y

あんまりポジティブではない旅立ち決意、あっさり撤回でござる。
ほんとは、12月上旬に行かねば、って思ってたのは、お得意さんのご子息がモンゴルに語学留学中で、彼の帰国前にもろもろある手続きをお手伝いしないと、まずいなぁ、という気持ちだけで。他は今すぐ行かなくっても、なんとかなっちゃうことだったから、気が進んでるってことじゃなかった。正直いうと。

気持ちの面で、ちょっと今、日本にいるの、切なすぎて爆発しそう!みたいなだけだったので、ちょっとモンゴルで頭を冷やして、またすぐ仕事道具を持って日本に戻る、なんて考えてたw

そんな気軽な往復をするには、往復$800近くするって、いくら円高ドル安でもちょっと・・・躊躇する金額です。

ビザはマルチビザだから問題ないんだけれど。

だから、そのご子息のモンゴル滞在が延期されたときいて、心底、ほっとしました。
今は、まだ日本にいたい。自分の気持ちを見定めたい。自分の行く末を、ベクトルをもう少し、伸ばしてみたいっていう気持ちになってたから。

なにがどうってことじゃなくって、自分勝手に結論を急ぐんじゃなくて、自分自身をもっともっと、かけがえのないものとして、私自身が愛すべきだって。落ち込んだり、自分を持ち上げたり、忙しいのです。

とおもったら、モンゴルで、私にサンバを教えてくれたヒロちゃんからお誘い。
ヒロちゃんはモンゴルにいた時も、私の気持ちに安らぎを与えてくれる、すごく素敵な友達。
モンゴル語もわからないまま、だんなさんを支えて2年間。ほんとがんばってたなぁ。
おいしくて健康的なご飯と楽しいサンバのリズムと、そして、延々と続くガールズトーク。

盛岡、ちょっと行ってこようかなぁ…。
「どんとはれ」ですからねw

日本でまだまだ行きたいところ、いっぱいありますw

今週末から、東北行くよDASH!って言ったら、びっくりするかなぁ?

でも、今は気持ちのままに体を動かしていたい気分です。
あとのことは、また考えればいいや!
ほんとの私は、思い立ったが吉日。
いつもフワフワと旅に漂う風来坊なのだから。
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ゆれる乙女心の自己管理は、不慣れなものですから、毎日が脳内じゃじゃ馬馴らし状態です。
日本に帰って来てから、あちこちに散らばり、根をはって生きる友達宅をお邪魔してまわり、それはそれでのんびりと、いい風を自分の中に取り入れて快適なのですが、やっぱりリズムがうまく取れない。

快適、のんびり、癒し系で自由気ままな暮らし、なはずなのに、先日、ハリ治療に通ったら、頭皮がぶよぶよにゆるんで、首や腰や、いろんなところが凝り固まっている!との指摘。
最近、確かに目が疲れやすかったり、首が痛かったり、枕が決まらなかったりっていう感じで、爆睡!ってしてないんですよ。

なんでかなーって、思いつつ、今朝は、独りで早起きして、いつもはぼーっとうどんとか朝バナナをかじったりしながら、テレビ見て、、、という日常を一味かえて、家族みんなの洗濯物を洗濯して(父親のパンツももちろんわしづかみで一緒に洗いますよん)、軽く掃除をしてごみ出しして、サラダ作って、朝ごはんを作って、原稿書いて、、、と、モンゴルでの一人暮らしの時のようにしてみたのです。

実家といえども、居候の身なのですが、、、昨日は遅かったみたいで両親がぐっすり寝てたわけで、ちょっとくらいはやってみっか、みたいな軽い気持ちだったのです。

他人の家って勝手がわからないから、変な家事をやると、それぞれの家庭のハウスルールがあるから、かえって、二度手間になるんじゃないか、とかみょうちきりんなドギマギとした気遅れがあって、結局、文字通りの「居候」ででくのぼうみたいになってしまう私。

モンゴルだと、初対面のうちに旅の途中で、夜中に訪問し、そのまま泊めていただいた翌日っていうシチュエーションでも平気でストーブの薪くべやってたり、お茶を作るのを手伝ったりできるんだけどなぁ。

家事からスタートした本日、えらく気分がすっきりしています。
体を動かすって大事です。ようやく実家が自分の家、という気がしてきました。

それにしても、もうちょっと日本でも自信を持って家事ができるようにならないといけないなぁ。

モンゴルでなんで平気かって言ったら、やっぱり調査中の居候生活が長かっただけでなく、その家庭生活そのものが私の研究テーマだったから、一から十までの過程や秘訣みたいなものを、各家庭の主婦や新妻の心得みたいなものを聞き取りしながら、自分でも実践していたからなんでしょうね。

「赤の他人」の立場から「うちの息子の嫁に・・・」とか「自分の妻に・・・」とか言ってもらえるくらいになれるっていうのはね、強いですよ。やっぱり。
大体、モンゴル男性は、「関白宣言」が服着て歩いているみたいなわけで、結婚とか肉体関係ができちゃった(うふっ)みたいな決定的な関係性ができるまでは、イタリアのラテンジゴロもまっつぁおなくらい、女の子を夢見心地にしてくれる待遇で迫って来ます。

素朴な遊牧民の、ついこの前まで少年でしたー、みたいな初々しい男の子だって、その辺の日本男児よりは、ずっとずっと女の子を大切にお姫様のようにエスコートできます。

んでもって、いったん、「家」に入ることになったとたんに、お姫様はシンデレラに転落!
普通のシンデレラ物語の逆回転です。

まぁ、家事に対して、協力しないこと、この上ありません。
外での仕事は遊び要素も多いから割と手伝っているけれど、基本的に、炊事、洗濯、掃除、整理整頓、買い物から力仕事に至るまで、家事と呼ばれるものは、女がやるもの、みたいな風潮です。
男性は、「いざ」というときに役に立てばいい、という感じで、女性も「やらされている」とぶうたれることもない。

そんなこんななので、エセ嫁の私も、それなりに家事をしこまれます。
水汲み、モンゴルのミルクティー(スーテイツァイ)を作り、乳製品やら小麦菓子やらを作ったり、肉の保存加工から毛皮なめしだの革ひもづくりだの、、、あらゆることを、それこそ興味津津でやらせてもらったものです。

日本での家事は、家庭科で一通りやっているにも関わらず、戸惑います。
掃除機、炊飯器、洗濯機(全自動洗濯機は先日、浜比嘉島で初めて使いました)、電子レンジ、電子オーブンなどなど、日本には優秀な専用機械がたくさんありますが、その数だけ裏ワザ、みたいなものもいっぱいあって、、、さらに台所回りなんかは、なんとバリエーションがあることか!

取っ手が取れるTファールの一番安いセットとコッフェルと蒸し器と圧力釜は使えるけれど、それ以外のものは、てんで自信がありません。日本で一番びびるのが、米を炊くことです。

そんなに大失敗することはないんだけれど、どうも自分が使っている道具じゃないと、水加減とか不安で不安で。。。

もっと自信を持ってやれば、パキパキできると思うんだけれども、きっと私は日本の家事のゴールというか理想形をあんまりちゃんと知らないからなんだろうなぁ。


「こうすればよい」という最低合格ラインを把握できれば、そこを目指して一直線、なんだけど。

実家の母はなんでもパキパキ独りでやっちゃうし、そのパキパキ度はものすごいハイテンポなので、とてもじゃないけどついていけないのです。

小さい頃は、父方の実家にいたのですが、祖父母の家では、家政婦のおばちゃんという、家事のエキスパートがバリバリとやってて、私は「お嬢様」だったせいで、ちっとも見てないんですよ。
「おじょうさま、あぶのうございますけん、あちらであそんどってください」みたいな。ダメだなぁ。
汚すの専門で、「子供はそのくらいが、よぉございます」とちっとも嫌な顔しなかったおばあさんで。。。
家事のプロの仕事は徹底的で、「私にゃ、あんな真似はできん・・・」と。幼稚園までのことでしたが。

友達の家に行くと、どこもシンプルなんだけれども、彼女たちらしい素敵で、おしゃれなカタチになっていて、私が触れてはいけないっていう気遅れがあります。
食器洗いは好きなんだけど。料理とかね。献立とかっていわれるとドギマギする。

モンゴル料理の時のザックザック感とは違ったところで、田舎暮らしをちゃんとできる人たちは、素朴な材料で、きちんとした美しい日本の食生活を実践することができているのです。私にはその美しさを演出することがまだ、できない。。。

まぁ、そんなこんなの気遅れがあった日々ですが、本日、思い切って、母の領分であった家事に手を出してみたのですが「ありがとう」と感謝されて、やり直しになっていることもなかったみたいなので、ほっとしています。

自分が20年ほど暮らしていた実家なんだけど、それでも主婦の領分に踏み込む時って勇気がいるもんです。

ぐるぐるまわる洗濯物を見つめながら、(動物占いは放浪狼ですもの)ようやく、自分が日本にいるんだなぁって実感できるようになりました。(今まではなんだったのか、というと自分でもよくわかんないんだけど)

おかしな話ですが、一人暮らしで身につけた「なんちゃって家事」でも、実家の生活の流れにのれるところがでてきたことがちょっと嬉しかったりします。
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