ブログネタ:お世話になったあの人に一言 参加中

2007年もあと数時間を残すのみですね。
慌ただしくもあり、どん底で自分の馬鹿さ加減に絶望的になったこともあり、自暴自棄に全てを投げ捨てたくなったりもしました。
身体も心もズタボロになり、他人に裏切られ、見限られ、荒れすさみ、人を恨んでもみたり、他人の信頼に耐えきれなくなった自分のすべてをリセットしたいと泣いたこともありました。

自分では避けることも逃げることもできない争いがあるということを学んだ1年でした。

でも、自分が生まれてから、はじめて、自分と向き合い、この世の中の人間というものをたっぷり見つめる時間が持てた1年でもありました。

決して、トラブルやこじれた人間関係などの問題が解決したわけでもないし、乗り越えられたわけでもない。

かけがえのない大切な人をたくさん失った1年でもありました。
愛するということが永遠であるということを学んだ1年でもありました。

どん底に突き落とされても、すべての財産も可能性も奪われたとしても、決して失うことがないもの、それが愛であること。それを心の底から信じることができるようになった。

私が身体を損なっても、精神を打ち砕かれても、最後に残るのは愛です。

命をかけて、最後の最後まで生きる希望を失わなかったヘリコプターパイロットのソガルさん、天に召された後も、がんばれ、と最後のカレンダーを贈ってくださった写真家・高橋昇師匠、思い出すだけで涙がこぼれますが、100万リットルの涙を流すことになったとしても、お二人のことを常に思い出します。

いつも生きる希望をありがとうございます。

会社がめちゃめちゃになり、頼っていた人皆に裏切られ、嫌われていた、と気づいても、それでも私を選び、私と共に活動してくれることを権力のある人たちにきっぱりと宣言してくださったTさん。あなたの信頼をどんなことがあっても背負い続けます。
絶望的な苦境の私に、いつも「あなたはできる人だ。笑顔さえあれば成功できる」と言い続けて下さるあなたの言葉を信じます。

24時間戦えますか?な状況で、毎日ダートロードを300km以上私と一緒に3か月間走り続けてくれたドライバーのてっちゃん。喧嘩したこともあったけど、ほんとにどうもありがとう。また一緒に旅をしようね。

生活の潤いでもあるパートナーのソートンへ。
いつも寂しい思いをさせちゃってごめん。
でも、今年はお父さんにもなったね。留守番ばかりなのに、帰ってきた私を全身全霊で喜びを表しながら出迎えてくれるあなたがいるから、私はモンゴルで暮らせるんです。愛してます。

20年振りの夏の一時帰国を認めてくれた両親へ。
金銭的にも、その他の面でも多大なる迷惑をかけてしまったというのに、何もいわずに迎え入れ、治療の支援をしてくれるお二人にホントに感謝しています。
いつも笑い声と音楽の絶えない家庭に生まれたことを感謝しています。

「モンゴルまるかじり」を読んで、コメントしてくださる方とペタしてくださる方々へ。
なんだか不思議なことですが、とても会ったことのない人がほとんどだって信じられません。
yassさん、cabaoさん、ひらのん、あっく、Heiji & shiitakeさん、ちゅん、micanmican&tkuni夫妻、家丸さん、missa、あやこん、その他、ほんとにやさしいコメントに励まされています。
皆様がよい新年を迎えられますように。

旅に出ると、仕事をすると、熱が出ると、トラブルをひきずると、ブログを書く意欲も気力もダウンするけど、心をいれかえて、来年はこまめに明るく元気な記事で更新をするようにがんばります。

というわけで、2007年、皆様、ほんとにありがとうございました。
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さて、本日予定通り、モンゴル大使館からビザをいただいてきました。
大使館からちゃんとVISA代の領収書も発行されることを確認しました。
飛行機の席も予約しました。

電話でモンゴル航空の東京支社に予約などをすると、必ずといっていいほど成田空港のチェックインカウンターで残念なことを経験し、モンゴルに行くのもいや、となってしまうので、FAXで依頼。

念のために、第1、第2希望まで書いておいたのですが、FAXしてから1時間後くらいにきた返信は、きっちり第2希望で予約確認票が送られてきました。

朝青龍も年末年始の帰国はしないことになったというのに、何故にそれほどまでに混んでいるのかは謎です。

今は、冬スケジュールで、月曜日と金曜日の週2回の運行です。
キャリアーについては、エアバスA310が月曜日、ボーイング737が金曜日、ということになっています。

エアバスのほうがちょっと座席がゆったりしています。
B737は通路1本で両脇に3列ずつギチギチで横幅が窮屈な印象があります。

とりあえず、本年やるべき作業はすべて完了。
あとは忘年会で、今年の嫌なことをぜーんぶ、スッキリさせるまでよ!
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ブログネタ:サンタクロース信じてますか? 参加中

クリスマス、終わっちゃいましたね。
モンゴルでは、クリスマスをキリスト教の生誕祭という認識で迎えるようになったのは市場経済制導入後、10年あまりたった21世紀から。それまでは、ソ連のロシア文化と同様「ヨールカ祭り(モミの木祭り)」として、12月末から1月の新年までという長期にわたって、街の中心であるスフバートル広場に大きなモミの木をもってきてイルミネーションで飾っておりました。クリスマスではなく、忘年会と新年会がごちゃまぜで、最近ではとにかく、飲めや歌えや着飾れや!の大騒ぎで、年々派手に、消費金額もド派手になってきております。この辺、日本よりも激しい急成長ぶりだと感じます。

むりくりモンゴル語のメリークリスマスみたいなものが登場しましたよ。

「Зул сарын баяр хүргэе! 聖火の月、おめでとう、みたいな感じ。」
Зулとは、お灯明のこと。そういえばクリスマスのミサはかなりロウソクを豪勢に使いますね。そうそう、クリスマスのろうそくは、キャンドルっていうらしいですね、日本でも。
クリスマスケーキを買うときに、「ろうそくつけて下さい」っていったら、「キャンドルは入れておきました」とさらりとかわされました。えへ。


サンタクロースの故郷は、フィンランドだということで世界的に認められていますが、私が子供のころから父がまことしやかにけったいナサンタクロース伝説を聞かされてきましたよ。

幼稚園の頃、
「昔々、トルコの聖人ニコラスさんが、貧しい家庭の娘のためい金貨を煙突からそっと差し入れたことが発端で、広まった習慣なのだよ。キリスト教の隣人愛・博愛の心と困った人に救いの手を差し伸べる優しさをニコラス聖人に見習おうと、クリスマスにプレゼントを贈る習慣ができたのだから、世界中どこにでもサンタクロースがいるのは当たり前なんだよ。」
サンタさんが真っ赤なお鼻のトナカイさんにソリをひかせて空を飛んで、世界中の子供たちにプレゼントを運ぶ、、、というのは、そもそもが、ビジュアル的にナンセンスだと、父、力説。

「良い子は、早寝早起きが基本だから、夜遅くまでサンタさんを待って、空飛ぶそりを目撃することは不可能だ。もし、その姿を見ている子供がいたとしたら、その子は疑い深い悪い子だからプレゼントはサンタさんからもらえない。大体、煙突からやってくるということは、日本のような家屋構造だと、そもそもがサンタさんのプレゼント対象外になるけれど、そんな不公平なことをサンタさんがゆるすはずがない。そんなわけで、パパがサンタクロース精神を受け継いで、君たちが欲しいであろうものをチョイスしてプレゼントしてあげるのだ。」
この説明は、私たちが小学校高学年の時の父の主張。
私たちの欲しいものではなく、ちょっと高価な天体望遠鏡や顕微鏡、昆虫標本セットにクラシックピアノのレコード全集、小倉百人一首など、家族皆で愉しめて、かつ父が欲しかったものがチョイスされていました。

やがて、パパ・サンタは息切れしてきたようで、高校生になった頃には、
「君たちはもう子供とはいえない年齢に達している。これからはサンタクロース精神を実践するのは、君たちの役目だ。というわけで、パパはサンタクロースさんと相談して引退することに決めた。新たなサンタさんを探すも、自分が誰かのサンタさんを目指すのも君たちの自由だ。メリークリスマス!」

サンタクロースは信じるけれど、それは「元祖」のみ。元祖がなければ発展もないわけですから。サンタクロースは4世紀の聖人なので、今生きているわけがないのです。だって人間ですもの。

厳しい寒さに震える国の人たちが、長く暗い夜を楽しく過ごすため、そして、冬の失業者対策として、グリーンランドや北欧のオジサンたちに宅配のバイト雇用を創出するため、子供たちに英語でサンタさんに手紙を書いてもらって世界各国の郵便宅配業務機関の収入をふやすため、サンタクロース精神は、市場経済に貢献し、おさない子供たちの想像力を膨らまし、恋人たちには愛の交歓を謳歌できるチャンスを与えてくれています。

その証拠に、セント・ニコラスという元祖ではなく、Saintの部分だけが愛称として残って、「サンタさん」と呼ばれているのです。

さて、屁理屈男の父ですが、最近は、弟のところにできた孫娘のために、サンタクロース業務を再開したようです。

あまりに珍妙なmongol父のサンタクロース伝説だけではいかがなものか、とウィキペディアで検索してみました。興味のある方はアクセスしてみてください。


父の説明もあながち的外れではなかったような気がします。
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