January 09, 2009 01:01:30

2009

テーマ:La Vie de Art

TERRA EXTRANJERA
























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November 25, 2006 15:18:14

痙攣的な破片

テーマ:La Vie de Art

  


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February 05, 2006 04:34:51

ジプシーのとき

テーマ:La Vie de Art
                     芸術の都、巴里

 今日では芸術界も商業主義が蔓延り。芸術の境界線が曖昧な時代。死語になりつつあるこの言葉。


だが巴里では、古き良き時代の名残が、まだ微かだが生きている。

 遥か彼方からこの土地に訪れ、己の芸術の為に全てを捧げ、身を沈める芸術家たちが住んでいる街。

       我々日本人も、Ecole de Paris(ヱコール ドゥ パリ)と呼ばれていた時代以来

                多くの芸術家が海を渡って巴里に辿り着いた。

そして名誉や金を手に入れた者。理想が描けず巴里を彷徨う者。又は夢破れ祖国に帰る者。様々だ・・・

   日本人で有名なのは藤田嗣治(ふじたつぐはる)またの名はレオナール藤田(1886~1968年)

         

なんかサルバドール・ダリと同じに臭いがする。つまり守銭奴。個人的には好きになれない画家ですが。


             同時代では、あまり知られていない日本人の画家がいますが。


                  近日中のBLOGで紹介したいと思います。

            ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

                  * ヱコール ドゥ パリ = パリ派

 20世紀前半、ボヘミアン的な生活をしていた画家たちを指す。出身国も画風もさまざまである。

  印象派の様にグループ展を開いたり、キュビスムの様にある芸術理論を掲げたものでは無い。

      そうした意味では「パリ派」とはいっても、一般に言う「流派」「画派」でも無い。

アメデオ・モディリアーニをはじめ、個性的な画家が多く、後の世代の画家たちへの影響も大きい。

                       

                                              Wikipediaより抜粋

              

            ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

          そして現在に至り、この巴里幻想は現代の芸術家にも宿っている。

   巴里に集まってきた芸術家志望。又は売れない芸術家達は、いつも簡素な服装をしている。

 La bohme(ラ・ボエーム)とはGitanes(ジタン)やジプシーという意味を芸術家に向けた仏語。

            もう一つの意味は、チェコ共和国のボヘミア地方を指す。

           この土地は多くのジタンが居住していたから皮肉で使われた。


   売れない芸術家たちは、ジタンのように妨げられた存在として見られているのだ・・・

      

             上記画像はフランスの老舗タバコ。Gitanesです。

       いつ見ても飽きの来ないデザイン。そして極上のセンスを感じられます。

   Serge Gainsbourg(セルジュ・ゲンズブール)の愛用で有名だと個人的には思うのですが。

  

      

  ジタンを片手に彼は何を夢想しているのか?そして彼とジェンー・バーキン。絵になる二人です。

           昔はスノッブな彼に憧れました。今はそれほどでもないですが・・・

      何故かというと、スノビズム(俗物主義)は僕の思想に合わないと判ったからかな!!

そう言えば、オペラにもLa bohmeと言う舞台がある。作曲者はジャコモ・プッチーニ(1858-1924 ) 

                       

                       それでは本題に入ろう。


  現代のLa bohme(ラ・ボエーム)たち。実はパリ市内にアトリエを構えているコミューンがある。


 このアーティストコミューンを知った経緯は、或る日本人の方からココの撮影を頼まれたのが切欠。


具体的に何処に存在するかは秘密。観光名所にはしたくないので興味ある方は自分で調べてください。

                      その名は Les Figos

               


    この敷地内には、巴里で活躍する様々なアーティスト達が、創作と居住を兼ねて住んでいる。


アーティストが住み着く以前は、Les Figos(ラ・フリゴ)という名前の通り冷凍保存庫として使われていた。


          僕は一度、フランスの友人のJAZZリハーサルをこの館内で撮影した。


                そして、映画でもロケに使われた事がある。

         館内を覗いてみたい方は Friched.net をクリックすればご覧になれます。


 このWebサイトはEU圏内の廃墟を紹介してくれる。世界中に存在する廃墟マニアには堪らないだろう。


       僕自身、廃墟を見つけると何故か心が惹かれてしまい、つい写真を撮ってしまう。


               このように廃墟には不思議なものを感じてしまうのだ。


  奇妙と思われる人もいるだろうが、何故か心が落ち着くのである。そして夢想に浸れる場所でもある。


                          4~5年前かな?


     僕が東京に住んでいた頃。原宿や代官山に同順会アパートというのが存在していた。

   現在、その建物は解体され、その敷地にはモダンなアパルトマンが建っているのだろうか?!


            なんとも味気ない。日本の行政には本当にウンザリさせられる。


   これはEUと日本の文化の決定的な違いである。破壊と創造。いやっ、建造の文化Japon!!


               はっ、つい取り乱してしまいました。すみません。


          そして今回、記事を書きながら思い出した映画が2本ありました。


         

   監督はエミール・クストリッツァ 。旧ユーゴスラビア製作。本編に流れるサントラがお勧めです。


        


 それと、フィンランドの奇才アキ・カウリスマキ の人生讃歌。La Vie de bohême(ラヴィ ド ボエーム)


                このように現代に生きるLa bohme(ラ・ボエーム)


   けして彼らは裕福じゃない。だがアーティストは内なる創造をしているだけで幸せなのだと思う。

   生活の為には最低限の物があればいい。物が心を満たしてくれるのは、ほんの僅かの時間だけ。


     これは個人的な思考なので、全てのアーティストに当てはまるかは定かでないが。

                     芸術から学ぶことはとても尊い。


確かA・ロダン曰く。「芸術とは自然が人間に移ったものです。肝心なのは鏡を磨く事です」と言ってたな・・・


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November 01, 2005 07:45:59

存在の耐えられない軽さ

テーマ:La Vie de Art

        悪性の風邪を引きずりながら、セーヌ川周辺を散歩しているときの事。


      ノートル・ダムから鳴る鐘の音が耳を突き刺し、微熱を患う体内に鳴り響いた。


 グウォ-ン、グウォ-ン、グウォ-ン、グウォ-ン、グウォ-ン、グウォ-ン、グウォ-ン、グウォ-ン・・・

 

                 


         今日、仏蘭西はFerie(祝日)。何の日かは調べてないから分からない。


                  単調な低音の音色は、気分を重くさせる。


             鐘の音が空間を、又は僕の身体を支配しているのが分かる。


      だが、その時の僕にはそんな事どうでもよかった。とにかくこの鐘の音が耳障りだ。


             僕は疲れた身体をセーヌ川沿いの石垣に腰掛けた。


                          目が眩む・・・


       この鐘は僕に呪いでもかけているのか?そんなくだらない事を考え始める。


    そうしている内に、今度は単調な低音の鐘に混ざって高音の軽い鐘の音が鳴り始めた。


                  


クヮァ-ン、、グウォ-ン、クヮァ-ン、、グウォ-ン、クヮァ-ン、、グウォ-ン、クヮァ-ン、、グウォ-ン・・・


    さっきまで聴こえていた重い音に、軽い音が混ざる事によって異質のものに聴こえ出した。


       しばらく鐘が繰り出すハーモニーに耳を傾けながら、或る想いを回想する。


              それは昔、或る友人が僕に、こう呟いた事から始まった。


「これからのArtは表面が軽くなければならない。誰が作者の苦悩に満ちた作品を観ようと思うだろうか?」


            この言葉は、数年経った今でも僕の心に引っかかっている。 


                     表面は軽く。内面は重く。


          無論、物質的な「軽さ=重さ」の事をココでは言っているのではない。


確かに近年のArtがその様な傾向なのは頷ける。またArtに限らず全ての現象に当てはまるかもしれない。


            その頃から僕にとって軽さとは?重さとは?の探求が始まった・・・



  そこで僕は映画から入った。フィリップ・カウフマン監督作品『存在の耐えられない軽さ 』である。


        タイトルを見れば分かるとおり、凄く短絡的かもしれない。だが気になる・・・


          だが、正直言って単なるロマンスな映画は僕にとっては退屈だった。


   しかも、その頃の僕は「プラハの春」と言う言葉ぐらいしか知識が無く、歴史背景が掴めなかった。


               なので、チェコの歴史を知るには為になったが。


    そして、テレザ役のジュリエット・ビノッシュの演技と美貌以外は、殆ど覚えていない。


            アカデミックな映画作りが、何かやたらと鼻に衝いた。


                     それから数年後の今年。


           今更ではあるが、『存在の耐えられない軽さ』の文庫を手にした。


                   ここ数日、この本の世界に浸っていた。


       原作の持つ文章は、映画を超えたイマジネーションの世界に僕を連れていった。


        


この本は単なる恋愛小説ではなく、哲学的な考察と心理学的な鋭い人間描写が読んでいて楽しめた。

        読み終えて思ったことは、まず映画の方は駄作だと言う事が分かった。


          全然、ミラン・クンデラの世界を表現仕切れていないと思うのだ。

                

             そこで気になた文章の一部を下記に抜粋してみたい。


‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐


                        「軽さ=重さ」

 

         この問題を提出したのは西暦前6世紀のパルメニデースである。


                   

                (紀元前500年ごろ?-ギリシアの哲学者)


              彼は全世界が二つの極に二分されていると見た。


              光-闇、細さ-粗さ、暖かさ-寒さ、存在-非存在。


   この対立の一方の極はパルメニデーズにとっては肯定的であり(光、細さ、暖かさ、存在)


        一方は否定的なものである。このように肯定と否定の極へ分ける事は


         我々には子供っぽいぐらいに安易に見える。ただ1つの場合を除いて。


               軽さと重さとでは、どちらが肯定的なのであろうか?


          パルニメデーズは答えた。軽さが肯定的で、重さが否定的だと。


       正しいかどうか?それが問題だ。確かな事はただ1つ、重さ-軽さという対立は


       あらゆる対立の中でもっともミステリアスで、もっとも多義的だということである。


         ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐    


          もし、人生への最初の稽古が、すでに人生そのものであるなら。


                人生は何の価値があるのであろうか?


    そんな訳で人生はスケッチに似ている。しかしスケッチもまた正確な言葉ではない。


          なぜならばスケッチはいつも絵の準備の為の線描きであるのに


  我々の人生であるスケッチは絵のない線描き、すなわち、無のためのスケッチであるからである。


      一度きりの人生。しかし・・・ Einmal ist Keinmal (アインマル イスト カインマル)


                      「一度は数のうちに入らない」          ドイツの諺より。


            ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ 


                  話はだいぶ反れ、長文になってしまった。


他にも挙げたい節があるが、この様にミラン・クンデラの文章には読み手へのメッセージが書かれている。


      鐘の音も鳴り止む頃。鳴り始めた当初より、身体が軽やかになったように思えた。


          あんなに嫌悪を感じた鐘の音が、清々しく聖なるものに聴こえてくる。


             やはり何事も、軽さと重さの調和が大切なのだと思うのだ。


 そして、あの鐘は誰が為に鳴る鐘なのかは判らないが、僕にとって「軽さ=重さ」の探求は続くだろう。

                                                 

                                                         Monde

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May 29, 2005 08:27:07

Blow-up

テーマ:La Vie de Art

 Blogのプロフィールに『Photoを自己表現の主体とする』と書いていながら、その事について語る事は避けていました。何故かと言うと自分の写真哲学などを書くだけなら幾らでも書けるが、やはり作品で語りたい。言葉はPhotoの中に隠されている。それをPhotoの中から感じてくれれば良いと思うのだ・・・


今日は最近撮った写真を主にを焼きました。ミケランジェロ・アントニオーニの『欲望』という映画を知っている方はどんな作業か解ると思いますが、知らない方は鑑賞してみて下さい。どんな作業か分かります。

モノクロームを主に撮っているので普段は自家プリントしています。時代はデジタルが主流になってきましたし、デジタルの良さも判るが、どうしてもアナログ式の写真加工の工程には敵わない。暗室作業は一種のイニシエーションであり、それは魔術と呼ぶにふさわしい作業なのだ。この工程はとても地味で孤独な作業だが、自分の世界に没頭できる。

そして暗闇の中で光を操り、印画紙に感光させる。そして現像液停止液定着液の3段階の作業を行う。ひたすら自分の気に入るコントラストを出す為に同じ作業をひたすら繰り返す、繰り返す、繰り返す。

                                 

そして今日焼いた写真の一部をデジカメは持っていないが、最近Manuが買ってきたWeb cameraで撮影してみた。ちょと解りづらいがこんな感じで3段階の工程が済むと、パットの中に水を張って水洗する。

*暗室を撮影しようと思ったが、Web cameraのコードが部屋まで届かないので撮影断念(苦笑)

Photoについて書きたい事、伝えたい事はまだまだあるが、今日はこのぐらいにしておきたい。


こんな感じで僕はFranceでの『うたかたの日々』を抜け殻に残してゆく・・・             Monde

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May 07, 2005 08:48:15

パリの壁画

テーマ:La Vie de Art
 パリの街を散歩しながら歩いていると、いたるところにスプレーやエアーブラシで書かれたTAG(落書き)を見ます。それはよく見ると実は単なる落書きじゃなくてファインアートであり、パリの至る所に書かれているのです。今日はつい最近見たフランスのグラフティ-(ファインアート) について書きたいと思います。

 始めてこの壁画を見たときは、アメリカの黒人文化であるHip-Hop Art(グラフティーアート)の影響かと思ったのだ。それは黒人運動が盛んだった1970年代のニューヨークのサウスブロンクス。それがグラフティーアートのオリジンらしい。そう言えばジャン・ミッシェル・バスキアもグラフティーアート出身なんだ!

だけどフランスはどうなんだろうか?ラスコーの壁画もグラフティーと言えばグラフティーだし・・・

その辺は勉強不足なので、興味ある方は調べてみてください。

 

4月26日から5月8日までSection Urbaineというタイトルの企画展です。マレ地区の近くで、ゲイやレズが戯れるお店を通り過ぎると Espae des Blancs-Manteauxという建物があります。


 僕の好きなアーティストはNemo と Jerome Mesnagerなんですが、この二人の作品も生で見れるし、何よりもアーティスト本人がそこにいるのだからたまりません。僕が初めてNEMOの作品を見たのはカルチェ・ラタンの小さな小道でした。そしてJerome Mesnagerはモスクの近くのBarの壁だったのです。

僕は始めてこの作品を路上で見かけた時思わず二人の作品を写真の撮ったんですが、あとになって彼らの作品だと知ったのです。

 それにしてもフランスのグラフティーはアメリカのグラフティーと比べてセンスが良い!!二つの作品とも、とてもシンプルなんだけど、アートに遊びがあり見てて楽しいし夢想に耽られるのだ。アメリカのスタイルはとてもケバケバしく、色使いが下品でヘビーメタルなモチーフが多いいし、攻撃的なイメージがするのだ。

まあこれは趣味の問題なのだが・・・


下記に彼らの作品をサイトから引用し画像添付しましたので、参考にどうぞ鑑賞してください。

僕も彼らのように夢や遊び心のあるPhotoを撮りたいものです!!     Monde



                                           

             

Nemo              

                                   

Jerome Mesnager

http://www.artdanslaville.com/artdanslaville.html





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