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April 29, 2005 07:52:24

フランス人とボーダーシャツの関係

テーマ:La Vie de Pansee
皆さん、ボーダーシャツを常に、愛用して着ている人と言うと、誰を想像しますか?

僕が想像したのは、ジャン・ポール・ゴルチェ、ピカソ、ジーン・セバーグ、梅図かずお・・・ 

 日本人が好むフレンチカジュアルに、必ず定番でSeint‐James(セント・ジェームズ)社のボ-ダ-シャツを好んで着ている人があなたの周りにもいるのではないか?これはいつ頃から、この様にボーダーが持て囃されたのであろうか?たぶん1980年代後半か1990年代初頭?の『オリーブ少女』と言う言葉が出てきた頃じゃないか?と、自分では睨んでいる。そう言う僕も、以前は好んでボーダーシャツを着ていた一人である。日本に住んでいた頃は、色違いで5枚ぐらい、ボーダーシャツを所持していたものだった。コットン100%で生地は丈夫だし、シンプルで飽きないデザイン。おまけにピカソが愛用していた、それが理由なのだ。

 だが、フランスに住んでから気づいたのだが、日本ほど、ボーダーシャツ人口が少ないと思うのだ。それは何故だろう?そんな疑問を、或るフランス人の友人が答えてくれた。「外国人はフランス人のイメージを作りすぎている。ボーダ-シャツに、バケットを抱え、いつもチーズとワインを飲食している。それは一昔前のフランス人のスタイルだ。2005年現在、何処にそんな格好をしたフランス人がいる?Parisでそんな格好していたら、田舎者丸出しだよ。もう、このイメージにはウンザリだよ」と、彼は答えた。そして彼は続けて「だいたい、ボーダーシャツは船乗りの着るものだった。でも今じゃ船乗りさえ着やしないよ。何故かと言うと、今じゃ、港町のお土産物やで、ツーリストが喜んで買うぐらいだ。」と、そして最後に、「ボーダーを好んで着ているのは、外国人かゲイぐらいじゃないか?」と答えた。それは何故かと言うと、ゲイの世界じゃ、ジャン・ポール・ゴルチェを筆頭に、体のラインを強調した、ボーダーを好んで着ているらしい。ボーダーシャツは、いわゆるゲイのシンボリックになったのだ。そう言えば僕も、マレ地区(ゲイ・レズビアンのスポット)でそれらしい集団を、見かけた事がある。

僕もパンを焼く仕事の時は、ボーダーを着て頭にバンダナや、日本の友人から貰った手ぬぐいを頭に巻いて、仕事している。なので職場の同僚のエチオピア人からは、Pirate(ピラト・海賊のこと)と呼ばれたりする。いつもの挨拶が「海賊。元気かい!! 船の調子はいいかい?」とか、「キャプテンによろしく」とかである。僕も「今日は、船の調子が悪くて、キャプテンが機嫌が悪い」とか「今日は、アドリア海からエーゲ海に向かう」と、冗談で交わすのだ。

 

 まあ、この様にフランスではボーダーのイメージは余り良くないらしい。だが、これは一部の人の意見と思った方がよいだろう。別に、フランス国民が答えたアンケートの結果じゃないのだから。それに人がどう考えようとも、好んで着ているのであれば、それはそれで良いじゃないかと、思うのだが・・・

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April 28, 2005 09:42:06

心に沁みた言葉

テーマ:La Vie de Pansee

誰にでも、昔読んだ本や映画のセリフなどが心に沁みる事が無いでしょうか?

僕は昔、この本を読んだとき、心の中に、この言葉が突き刺さった。それは今でもたまに、脳髄に蘇るのだ。


            薔薇の華は 早く摘まなきゃ 凋み 色あせる・・・

        

                                   著者: 遠藤 周作
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April 27, 2005 09:42:52

笑いで見る人種観

テーマ:La Vie de Pansee

 『人間のからだの態度、身振り、そして運動は、単なる機械をおもわせる程度に正比例して笑いを誘うものである。』                                   Henri Bergson (アンリ・ベルクソン)


日本人の或る友人の家に、初めて遊びに行った。そうしたら意外なものがその部屋に置いてあった。それは僕がフランスに住んでいる間に、日本では、いかりや長介の死と偶然にも重なって、結成40周年記念DVD・3枚組BOXが発売されたらしい。それを彼は所持していたのだ。「ワォ-・ドリフ!!」今、思い返すと恥ずかしいが、思わず叫んでしまったのだった。そして子供の頃に見たノスタルジック(懐かしさ)が僕の胸を締め付けた。 そうしたら彼は言い訳をさしてくれと言うように、買った理由を話したのだ。彼曰く、少し照れた様子で「日本に帰国したときに、丁度このDVDが発売していて、懐かしさのあまりに衝動買いしてしまった。」そして「海外に住んでいると、TVは面白くないし、笑いが不足してしまってね」と、いう訳であったのだ。僕はそんな事無いが、確かにその気持ちは解るような気がした。別にこのDVDを持っていたからって彼の人間性を疑わないし、軽蔑したりもしない。ただ普段こんな趣味を持っていたんだという驚きで、思わず叫んだのだ。反対に貸して欲しかった。そうして彼に尋ねたのだ。「このDVD貸してくれない?」そうしたら彼は、共犯者を見つけたかのような笑みをして、「ビアン・スール(勿論)!!」と彼は微笑んで答えたのだった。 
 
 僕には或る魂胆があった。それはこのDVDを僕とルームシェアしているフランス人のManu(マニュ)に見せてあげたいのだ。何故かと言うと、彼は、フランスのコミック(お笑い)好きで、いつも「monde1974!!(僕のこと)このコミック面白いぜ!!見てみろよ」と、フランスのお笑い芸人のDVDを見せてくれるのだった。フランス語がまだ不自由している時、彼が初めてお笑いのDVDを見せてくれた時は、あまり面白く無いと思ったが今は以前ほど解らない訳でもないので結構笑えるようになったのだった。そして、僕の魂胆は彼にドリフターズのDVDを見せて、フランス人の反応を見てみようという訳なのだ。
* 今まで8回ほどBlogに投稿しているのに、今までルームシェアの事を書き忘れていました。Manuは、今年で21歳になるノルマンデー出身の男で、同じ店で働いています。この事は近いうち記事にしようと思います。  
 
 彼に「日本のコメディアンのDVDを借りてきた。」と言ったら案の定喜んだ。そして早速、見てみようという事に。見始めてから最初の頃は、言葉が解らないからどうだろうか?と考えたが、ドリフタ-ズならリアクションの笑いも沢山あるし、解りやすいだろうと思った。彼も物珍しさもあり、マラァン(面白い)と言っていた。だが見始めてから10分辺りで、リモコンの早送りをしだしたのだ。さすがに何を言っているのか解らないのが厭きさせるのだろう。そして、20分も掛からないうちに、一枚目のDVDを見たのだ。いや、見たとは言えないだろう。だが、何度かクスクス笑いを誘う場面もあったのは確かだ。この様にしてフランス人の笑いに対する反応を見守った訳だが、やはり難しいようだ。だが、チャップリンやキートンなどの無声映画などは、どの人種にも共通の笑いを起こすのだ。しかしアメリカのリアクションだけのコミックやアメリカンジョークにはあまり笑いを誘わない。今回はドリフで試したのが間違いだったのだろうか?!そして当の借りてきた僕でさえ、10分見たらお腹一杯だった。今、ドリフターズを思い返すと、良く計算されたシナリオがあり、個性豊かなキャラクターが、あの当時、子供の心を掴んだのだろう。だが、子供の頃のように、純粋な気持ちでは見れなかったことに、何故か寂しさを感じた。


 冒頭に書いた言葉は、フランス人の哲学者Henri Bergson (アンリ・ベルクソン)の言葉である。この人は、笑いのメカニズムや、哲学的考察を書いた『Le rire(笑い)』という書籍を書いている。笑いまでも哲学するフランス人。それ自体が、既に笑えるのだが。僕が思うに、フランス人の笑いにたいする価値観は、皮肉じみて滑稽なほど笑いを誘うのだ。そして一流のユーモアが無ければならない。単純な笑いより、思考を働かせる笑いがフランス人の笑いの哲学なのだろうと思うのである。


         『笑いとは、人種のアイデンティティ-が垣間見れる、生理学である』      Monde

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April 26, 2005 08:06:23

Gauloisesを吸ったことがあるかい? 

テーマ:La Vie de Cinema

 タイトルに書いてある言葉は、ゴロワーズ と言うフランスのタバコの名前である。そしてムッシュ-・かまやつ代表曲のタイトルでもある。僕は日本に住んでいる時から、ゴロワーズ を吸っていた。


思い返せば、8年ぐらい経つだろう。初めてこのタバコを知ったのは、フランスの俳優Jean・Gabin(ジャン・ギャバン)が『ヘッドライト』と言う映画の中で吸っていたからだ。


                    


 このタバコは非常に癖のある匂いが特徴だ。葉巻に近い匂いがして、僕はこの匂いが好きなのだ。だが、 ゴロワーズ を吸い始めてからは、苦難の日々が続いたものだ。


昔、働いていた写真スタジオの先輩から「臭い、臭い !! 」と言われ続け。また、或る友人からは「百草の臭いがする」と言われ、なんか罪でも犯したような気持ちになる事も度々あった。だが、彼ら彼女らに何が解る?匂いにも個人差があるものだ。タバコを吸う人間にも訳があるものだ・・・


あの彷徨となる、安楽感を奪うのか?そして人が何を吸おうと勝手じゃか!!しかし禁煙家には申し訳ないとは思う。なのでタバコが吸わない人の前では、「タバコを吸っていいですか?」と尋ねてから吸う事にした。決して嫌いな人の前では、吸わない様に心がけている。


 最近、フランスも禁煙家が増える傾向にある。ここ1・2年でレストランも全席喫煙と言う店が出てきたし、タバコの料金も値上がり、そしてタバコには必ず《Fumer-Tue》と言う警告表示が付くようになった。
この意味は、《吸うと死ぬ》とダイレクトに書いてあるのだ。さすがに日本では、この様には書かないだろう。だが、フランスでは直接的に警告している。喫煙者の自分にとっても決して気持ちの良いものじゃない。だが僕は辞めない!!これは意地ではないのだ。或る老人の言葉に、共鳴を感じたから・・・


今年、98歳に成るフランス人のアコーディオン奏者の誕生日で、家族がその老人に、こう言ったそうだ。「お父さん、100歳まで生きてくださいね。その為にはタバコは辞めないと」
その時、老人はこう答えたそうだ。「そうだな、100歳になったら、記念としてタバコを辞めよう」と。実に、皮肉の込めたフランス人らしいユーモアで切り替えしたのだった。


この様に、この老人の言った発言は単なるユーモアとして片付けるか、それともそこには特別な意味があるのかを僕は考えた。確かに、タバコを吸うと癌の発生率も高い。しかし、老人が言いたかった事は、多分この様な事だと思った。「タバコを吸おうが、吸わなかろうが、死ぬ時は死ぬのだ」そして、「どのような方法で健康に気を使おうとも、人生とはそんなに生易しいものじゃない」と言いたかったのかもしれない。


 老人なる彼は、様々な人々の死を見て来たわけだ。或る人は事故死し、或る人は、財産が破産し、途方にくれて自殺をした。彼はその様な人生を見てきたのかも知れない。そうじゃないとこんな皮肉じみたユーモアは、言えないだろう!!これは、あくまでも僕の推測だが・・・


    最後に、『ヘッドライト』について、解説と感想を書きたいと思う。1955年度フランス公開作品


                    

 ギャバンが初老男の哀感を滲ませて素晴らしい演技、これはフランス流不倫観である。長距離トラック運転手ジャンは街道すじの宿屋の女中クロチルドに会い恋に落ちる。彼女は、50に手の届く彼のふた廻りも歳下である。ジャンは家庭を持っていたが、ぬくもりのない生活を送っていた。彼女は彼の生き甲斐となったが、妻子を捨て共に新しい道に踏み出す勇気がでない。


クロチルドは常識をわきまえた娘だ。彼の胸中を痛いほど察している。だが涙を零す。彼と幸福になり、愛する人の子供を生みたいと!ジャンも意を決する。しかし、そんな時、失業だ。クロチルドは妊娠していたが、彼に心配かけまいと密かに堕胎医を訪れる。


原題を『とるに足りない人々』という、しかし、心にいつまでも残る人物像が描けた作品であり何処の世界でも起こりうる不倫というテーマを、美しいモノクロームの映像に溶け込ませ、愛を照らすヘッドライトの逆光は、悲哀に満ちた影を作り出す。


恋愛とは、予期せぬ事が起こりうるものだ。そして、愛し合う二人の前には突然幕が下りる。やがてエンドロールが流れ、Finが訪れる。だが、それが人生であり、または再生の始まりなのかもしれない・・・

                                                       

                                                           Monde

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April 25, 2005 09:37:57

犬喰らう日本人?

テーマ:La Vie de Manger

 あなたは今までこんな質問をされた事ありますか?「日本人は犬を食べるのか」と!この質問はフランス人だけじゃなく、ヨーロッパ人の日本人像の一部なのである。初めてこの質問をされた時(なんでこんな事質問するのだろうか?差別発言?もしかしたら日本のマンガか映画でその様なシーンがあったのか?)と思考を廻らしたものであった。結局は「Non!!犬は食べたこと無いよ」と答えるのだが、そして何故その様な事を質問したのか聞き返すと、「両親や友達に聞いたとか、マガジンに書いていた」と。


 確かに僕も昔の日本人は犬を食べたと聞いたことがあることを思い出た。高校時代バイトしていた所で、「赤犬は旨い」や「大阪のドヤ街に赤犬を食べさせる店がある」と聞いたことがあった。疑問に思い、早速ネットで検索してみると、やはり僕の聞いたことは間違いなかた。韓国や中国では食用犬というものを飼育しているらしい。日本も戦時中は食用品として売っていたのである。その人はこんな事も言った。「赤犬を食べると犬がやたら吠え立て、視線にどうも敵意を感る」と。そしてある日の事である。その人は本当に飼い犬に噛まれてしまったのだっ(笑)今、思い返すと、フランス人の質問は、日本人と交友を交わした事が少ない人達や、日本について曖昧なイメージしか持っていないとか、その様な人々である。

 

 そう言えばイタリアでこんな会話をしたことがある。その男は「ジャッキ-チェンは日本人だ」と(笑)「違うよ!!彼はシノア(中国人)だよ」と答えると、「馬鹿を言え!!俺は映画で見たのだ。ジャッキ-・チェンが三菱の車に乗ってカーレースするのを!!」と言い張る。彼は絶対間違ってないと自信満々だ。僕はやっと理由が解かった。何故彼がそう答えるのか!そして訂正してあげた「それはアメリカ映画のキャノンボールだろ!!ジャッキー・チェンは日本人の役をしていたんだ」だが彼はまだ半信半疑と言う顔つきをしていた。


 この様にヨーロッパの人達は、世界の人々は(親日家は別として)、日本やアジアについて、いい加減な知識しかない事を、僕はその時理解したのだった。だが過去には確かに、犬を食べたという事実は認めなければならないだろう。日本の教科書問題も、中国に対しての戦争の罪も、この様な小さな事から誤解を生むのかもしれない。そう言えばテーマは《犬を喰らう日本人?》なので、その事について、僕の思いを書こう。


 西洋人の価値観は犬を家族同然と思い、当然人間が犬を食すなんてカニバリズムに匹敵するぐらいの考えなのだ。まあ、この思考は解らないまでも無いが、犬は食べちゃだめ。じゃあ牛や豚は食べていいのか?と言う矛盾が起こるのでは?そして韓国や中国の食文化を侮辱することに繋がるのでは?勿論、僕自身犬を食べようなんて思わないが、その様な矛盾を考えてしまうのである。宗教でもたしかヒンズー教の教えは「牛は神聖な生き物だから食すのは罪だ!」とかイスラム教は「豚は不浄な生き物だから口に入れるのも汚らわしい」と言う思考と、東洋の犬を食う食文化の違いに差があるだろうか?これはよく西洋人の言う差別じゃなくて区別なのか?≪食≫とは非常に人種間のデリケートな問題に発展するという事に繋がると、このBlogを書きながら改めて思う日であった。

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April 24, 2005 11:00:40

Braに灯が燈るころ・・・

テーマ:La Vie de Pansee

 麦酒を3杯飲んできた。ほろ酔い気分である我輩は、語学をBrasserie(居酒屋)で学んでいる。つまり居酒屋仕込みのフランス語なのである。


 僕はフランス語を本格的に語学学校で学んだことはい。独学で教材はNHKのフランス語会話か、某○教大学の仏文科の授業に潜りこんだりしたものだ。余談だが、たしかアルフレッド・ジャリの「青髭」についての講義だったかな?それとフランス語講座は、今から7・8年前かな?ファビエンヌと言うフランス人の女の子目当てに見ていたものだった。彼女はとてもキュートで、また彼女の喋る日本語が可愛かった。一度、表参道でで見かけたことがあった。その時思わず覚えたてのフランス語で話しかけた。勿論、その当時は僕のフランス語なんて半分も伝わらなかったが・・・今考えればとても恥ずかしい。しかし、あの時は無我夢中でファビエンヌと話した。今、彼女はどうしているのだろう?


 話を戻すが、勿論まだまだ言葉には不自由している。別に語学を商売にしようとしている訳でもないし、或る程度のコミュニカシオンが出来れば良いと思ってる。だいたい今までの人生で勉強と言うものを本格的に打ち込もうとしたことは無く、小・中・高と劣等性で過ごして来たのだから。つまり努力したことが無いので受験戦争など経験したことも無い。そんな無知な僕が片言ではあるがフランス語を喋っている。凄くビザール(奇妙)な気持ちだ。良く考えると人間の適応能力とは凄いものである。環境が必然的に語学の思考回路を転換するのか、それとも必要に迫られるから?そうだ!必要に迫られる環境に自分を置く。自己脅迫観念を利用する。これが僕に合った語学のやりかたなんだろう。多分、語学学校に行っても絶対勉強しないだろうとつくづく思うのだ。


 人には、それぞれ自分に合った勉強法があるのだ。僕の場合はBrasserieのカウンターで麦酒やぶどう酒を飲みながら、ほろ酔い気分で見知らぬ隣の人と気が付いたら喋っている勉強法が合っているのだろう。動詞の活用形とかエクリチュールなどは今の僕に不可能に近いが、そんな事はどうでもいいのだ。まず、言葉は下手でもリアクションや、辞書を片手のコミュニカシオンが大事なんじゃないかと思うのだが、今日も2人組のマドモアゼルと麦酒を交わしながら、フランス語のトラバイェ兼コミュニカシオンしてきました。もしこれを読んだあなたがフランスに来て、興味があったら僕が良く行くBrasserieを紹介しましょう。

                                                         Monde

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April 23, 2005 03:13:33

サウダ-ジを感じる時・・・

テーマ:La Vie de Musique

 これまで何度か投稿したがどうも文章が硬く真面目ぶっている。今日は文体を変えてみようと思う。ムキィィィィ―――――――ィ、Salut!!


Moiが良く聞く音楽は民族系とか映画音楽・JAZZ・Trip-POP・ROCK(ノイズ・実験音楽を含む)を少々、たまにクラシックを聞くかな。まあ何でもインスピレーションを受けそうな音楽は聴くって事だね。その中でも重要な地位を占めているのは、やはり民俗音楽なんだ・・・

                  

                 


えっ?何故って?そこの読んで下さっている労働者諸君!!そうかい聞きたいなら教えてあげるよ。

何?いいよって?ごめんMoiが怠慢な言い方をしたから?まあそう言わずに聞いてよ!!


それは今から遡ることMoiが高校を卒業し、早く自立したくて親の保護下から抜け出し、ただひたすら東を目指して、灰色の街から旅立とうとしていた。それは桜の咲く頃。


そんなMoiが東に旅立つときに飛行機の機内で聞いた音楽だったんだ。その曲は何語かははピンと来なかったが、とても懐かしい気持ちになる曲で、その女性の声が透きとうるように滑らかで何故か心に響いたなあ~


それから何年か経って東京の生活にも慣れてきた或る日のこと、渋谷のタワーレコードで偶然その音楽が流れたんだ。その時一瞬耳を疑ったが、「間違いない。あの歌声と、このメロディ-はあの曲だ!!」すぐさま店の従業員に、この曲はどこに置いてあるのか聞いた。従業員は直ぐには分からなかったらしく色々手間を取らせ、やっとの事でどこに置いてあるのか教えてくれた。歌手名と置いてあるフロアーを聞いたMoiは、すぐさまそのフロアーへ駆け上り、その歌手名を探した。そして、ようやくの事で探し当てたのだ。

       

                  

   

Madoredeus でタイトルはExisti。その時は感激だったよ。それから数年後、Moiは初めて海外に旅行に行く事に。それもヨーロッパ13カ国を2ヶ月で回る長期旅行だったんだ。そして旅の主要国にはフランス・チェコ・無論ポルトガルも含まれていたよ。


           

                   

上はMADRE DE US の新作アルバムFaluas Do Tejo。テレーザの円熟した歌声が平安を齎します。

結構、マドレデウスで検索するだけでも色々あるもんだな~しかもセンス良いホームページばかり!!

 

そして今こうしてParisに住んでいながらもポルトガルの存在は気になるんだな~。何故、民俗音楽が好きなのかまだ言ってなかったよね?!それは音楽で世界を旅が出来るからさ!!ボーカルのテレーザは真のディ-バなのだ!!!改めて読み直すと今回は文章に無理があるな(笑)       

                                                          Monde

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April 23, 2005 03:01:18

Salaud !!

テーマ:La Vie de Pansee

 人間観察を好む人がいる。どんな些細なことでも見逃さないように注意深く、その人の癖・特徴・発言などを資料にして、その人の生い立ちや、生き様などを想像する。僕も良く観察する一人だ。


ある日こんな出来事に遭遇した。それはバスの中での出来事だった。車内は通勤時間も過ぎて客もまばらであった。その時僕の後ろの席で大きな声が響いた。中年のムッシュと初老のマダムが口論をしているようだ。まあFranceではよく見る光景なのでその時はなんとも思わず聞き耳立てないでいた。だが、あまりにも大声なので気になり耳を傾けた。


その内容はあまりにも早口のフランス語なので聞き取るのも難しかった。どうも中年のムッシュが不本意な事をしたらしい。経緯がどの様なものなのかは解らずじまいだったが様子を見ていた。その初老の女性は傘を振り回しながら「エゴイスト!!ファシスト!!」と罵しり、最後に「Salaud!!(ゲス野朗)」と止めを刺した。


こんな言葉はCINEMAの中でしか聞いたことなく、生で「Salaud」を聞いたのは初めてだった。流石にその男性も口論では手に負えないと思ったのか次の停留所で降りた。だが、ここからがこの喜劇の見せ所だった。そのムッシュはなんとバスの窓越しに初老のマダムに向かってナチス式の敬礼をしたのであった。そのムッシュの表情たるや見ている観客までも不愉快にさせる笑顔だった。マダムは金切り声を上げ窓越しに傘を振り回そうとしていたが、それを見かねた周りの人達もマダムをなだめ幕は閉じた。


 一部の人達は含み笑いや顔を両手で多い笑いをこらえていた。この初老のマダムもこんなに達者に怒りを吹き上げるのだから、まだまだ長生きできるだろう。そしてナチス式の敬礼をしたムッシュもかなりユーモアの持ち主だ。「ファシストと言われたから敬礼したのか?あるいはナチス崇拝者だったのか?」そこは謎だが、観客は大いに楽しんだろう。僕もその一人だった。バルザックが人間喜劇なる小説を書いたのも頷ける。ネタが豊富なのだから。そして人間喜劇の幕はいつでも突然開かれるだろう・・・

                                                           Monde

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April 23, 2005 02:55:34

KIM・KI・DOKという男

テーマ:La Vie de Cinema

 映画の都Paris。ここ最近日本では韓流なるものが流行しているみたいだが、去年のカンヌ映画祭も韓国人監督のオールド・ボーイがグランプリに輝いた。まあこれは偶然が重なっているのだろう。去年の審査員が奇才クエンティ-ン・タランティ-ノの影響もあるだろうが・・・


 Parisでも、つい最近まで或る韓国人監督の特集をやっていた。その名は。KIM・KI・DOK 日本でもキム・ギドクとして一部の映画ファンには名が知れているだろうが。彼の映画はあまり一般受けするような映画じゃない。韓国でも映画評論家には手厳しい批評をされているらしい。


 韓流という言葉がまだ聞かれない頃、僕はこの監督の『魚と寝る女』という映画を日本に住んでいた頃、ビデオで見たが、透明感ある映像と奇抜なシナリオが妙に癖のある監督だと思うだけでそこまでマークしていなかったが、Parisでさすがに監督週間までやるような監督であればマークする価値はあるだろうと思い、公開している映画を何本か鑑賞した。考えてみると始めて映画料金を払い、韓国映画を観たのであった。ちなみにParisの映画料金は大人一枚8・50ユーロ日本円にして1300円位だろう。余談だが僕はいつもMK2という配給会社の三回券を購入している。それだと1回の映画を鑑賞するのに6・5ユーロで観れるのだ。


 話を戻すがキム・ギドクの映画は人間の心に潜む陰を焦点に作り上げていると思う。まあこれは過去に様々な監督が表現主体として取り上げているテーマだが、キム・ギドクにしか作れない独特のスタイルを持っていると思う。泥臭さい映像の中に突然、透明感のある映像を入れるとか、セオリ-を無視したシナリオに編集、会話主体じゃなくて演技で見せる。そして良く使われるピアノソロの伴奏。イメージで志向する監督だと思った。フランスでも彼の新作公開日には席を埋め尽くすほどファンの心を魅了している。


                       


 そう言えば4月13日から彼の新作「LOCARAIRES」が公開している。感想は批評家じゃないので差し控えるが僕は既に鑑賞し好きな部類の映画だった。日本語の直訳は「借家人」である。近いうち日本公開されるだろう。芸術に国籍を問わないParis。そこが僕のParis愛する理由の一つだ 。

                                                           Monde

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April 18, 2005 07:45:47

神の不在?

テーマ:La Vie de Pansee

 前回、職場のスリランカ人の事を書いたが、今回は彼ら国の事を書きたいと思う。皆さんも既に知っていると思うが、去年の12月26日にスマトラ沖で起きたカタストロフの二次災害で大津波が発生し、スリランカでは少なくとも46,000人が死亡した。職場のスリランカ人達は、カタストロフの翌日とても悲壮な顔つきをしていた。


 或る同僚の一人パスカルが言った。「お前、昨日TVを見たか?」何も知らない僕は「いや、見てないよ。昨日はベルギーの友人の家で、Noel(クリスマス)を祝ったんだ。なんで?君は?」彼は言う「お前知らないのか?俺の国でとんでもないカタストロフが起きたんだ!信じられない!!」いまいちその時はピンとこなかったが、その時はなんとなく彼を憐れんだ。


 その夜、TVを見ると、そこには非現実なる光景が写っていた。そしてTVが「TUNAMI、TUNAMI」と日本語に似た言葉を連呼する。日本語が語源のTNAMIとは、世界共通語らしい。これでパスカルの言った事が理解できた。僕がベルギーで楽しんでいた時に、スマトラ沖では信じられない事が起きていたのだ。僕は職場のスリランカ人達を今度は心から憐れんだ。そして日本に住んでいたら、こんな身近にスリランカ人と接さないだろう。この問題を、凄く身近に感じる事が出来るのもParisだからかもしれない。


 今回はNPOのBlogに書いてある記事みたいな文章になってしまったが、これが僕の日常の一部であることを判ってほしい。この世界は神の不在なのかもしれない・・・

                                                        Monde

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