2010年06月21日 19時11分08秒

梅香亭夜話103・文七弔い

テーマ:江戸話

秋の深まりも朝晩の風に感じられる七夜月の夜。

彫り文の看板が風に揺れる暮れ六つに、
文七は仕事仕舞いをしようと、

彫鑿を洗い布で拭いては、
薄い油紙に包んで道具箱に納めていた。

おさんは竈で煮物をこさえ娘のおようも、
見よう見まねで、飯鍋をのぞいて手伝う。

定吉は端金板をいじくって、
おとつぁん、これおくれよ何か作るんだ。

いいとも、だが金物は危ないから鑢をかけてからな。

うん、端木で作ってる家に使うんだぃ。

お前も手仕事が好きかぃ、
今においらが教えようなっ。

文七は丸顔でにこにこと息子を眺めた。

文太郎を膝に抱いてた捨吉が、声を掛けた。
すっかり重くなっちまって、膝が痺れちまったぜ、
文、変わってくれぃ。

おうよっ、親父も不自由な身体で一日、
文太郎抱いてじゃ疲れるだろうさな。

文七が文太郎を抱き取って、高く差し上げて、
きゃっきゃと文太郎は喜んだ。

あれっ、爺ちゃんもう寝ちまうのかぃ、
まだままも出来てねぇよ。

定吉の声に振り向くと、捨吉はごろりと畳みに、
横になって動かなかった。

とっつぁん、どうしたぃ、とっつぁん。
文七が呼びかけたが、既に捨吉の息は、
静かに消え入っていた。

おさん、医者だっ医者呼んでくれっ、

それからは、
鍋をひっくり返したような騒ぎになった。

隣近所の女達も飛び込んできて、
湯を沸かしたり床を延べたり、

枕障子で囲って風が当たらぬようにして、
医者を待った。

長屋向かいの桶屋が走って差配や、
鳶の中也に知らせ行き、
中也は下働きの友吉を連れて飛んでくる。

文さん、案じるねぇっ俺らが何でもやっからよ、
親父さんの傍にいてやりねぇ。

中也は文七の肩を強く掴んで言った。

おさんが連れた下谷の医者玄庵が、
走りこんできたが、
脈を取り息を探って首を振る・・

取りすがって泣き崩れる文七や孫達を、
長屋の人も駆けつけた差配も、
切なく見守るしかない。

それでも年の甲で、差配の善兵衛が言いつけて、
若い者に文机や鉦の線香立てやら、
白い晒しを運ばせ、てきぱきと指図する。

中也も池之端に走り梅香亭に告げると、
籠由しの広太に樽棺の運び話をつける。

と組みに回って通夜、葬儀の手伝いを頼んで、
也太郎を隣家に頼んで、
女房のおきょうを連れて戻った。

長屋の女房達は一斉に家に戻り、料理の支度だ。
腰高障子を鳶連が外し、玄関前を掃いて清める。

仙太郎旦那とお吉も走りこんできて、
捨吉とっつぁん、と、
組んだ手を擦り仙太郎も咽んだ。

幼馴染の父親で、小さい頃から叱られたり、
撫でられたりして過ごした時が蘇る。

文ちゃん、気を落とさずねっ、
そういいながらも涙が止まらない。

お吉は、これ使っておくれなっ、
家中のひっさらって来たの、
すぐに八に油樽運ばせるからねっ。

百目蝋燭の束を渡して、鳶連が蝋燭立てに据えて、
灯かりを灯した。

襷に前垂れ姿の凛も伊三次と入ってきて、
凛は、おさんから文太郎を引き取って負ぶった。

伊三さん、ありがとよっ、
文七は伊三次が抱えるようにすると、
その腕に凭れて泣きじゃくった。

文さん辛ぇだろうが皆がついてる、
親父さんの弔い、
立派に送ってやろうじゃないか。

何時も愛嬌のある文七の泣き顔に、
伊三次も胸の詰まる思いで言う。

涼しい季節で幸いだぁ、明日一日見守って、
籠由しに湯かんに運んでもらおうぜっ、

中也は鳶連に指図して、
弔問の人達の足元を照らす提灯を配る。

源七は弔問の客を記す弔い帳やら筆やらを携え、
太吉は酒の小樽を背負って走って来る。

これだけ酒屋から背負ってきたが、
足らねえ分は、凛ちゃん手配しておくれぃ。

あいよっ、手島屋にひとっ走り頼んでくるさ、
凛は文太郎を負ぶったまま走り出そうとする。

凛、走っちゃ文太郎が揺れて不憫だ、
俺が走ろうぜっ。
伊三次が言うが早いか外に飛び出していく。

夜更けまで煌々と灯がともる長屋内に、
遅くまで駆けつける弔問客、

文七もつくづく、てて親に呼びかけた。

とつぁん、長い間お疲れだったねぇ、
立派なな職人で立派なとつぁんだったよ。

みてみねぇ、仲間のおかげでこんなに、
明るい立派な通夜だぜっ。

おいらはとつぁんの息子で良かったぃ。

あっちに行ったら、待ってるおっかさんに、
孫の自慢を聞かせてやってくれや。

寝つきもせずに立派な子供孝行してくれるぜっ。

おいらぁ大した孝行できながったが、
勘弁してくれよっ。

零れる涙を腕でぬぐって呟いた。

きびきびと立ち働く仲間に支えられ、
文七はありがてぇと、また泣いた・・

ペタしてね

   にほんブログ村 小説ブログへ
    にほんブログ村

コメント

[コメントをする]

1 ■無題

最後まで孫を抱いてて・・・幸せに逝けましたね(ノ_-。)
突然だったのに皆のおかげでいいお通夜になりました 弔事は御近所さん方が頼りですからね

2 ■Re:無題

>fumocchiさん
最近、自分の弔いということを、考えるのです。

こんな風に逝って送られたら、
幸せだと思って書いたのです^^;

この湿気で、ちょっと体調落ちてます、
ふもっちも気をつけてね。
コメントありがとう~

3 ■人が

集まるってことが全てなのかなあ。

生まれた時も。

結婚の時も。

死んだ時も。

その時点での知り合いや家族が集まるわけで。
それは久々の集まりだったりもするわけで。

人はずっと昔から。たくさんの人に迎えられ。
祝福され。送られていったのだろうなって。

科学や医療がどんなに発達しても変わらないのでしょうね。

4 ■とんとん

お元気ですか?

5 ■文七はありがてぇーとまた泣いた


 当然、泣けるシーンですね。
皆へ感謝の涙、感極まって。

今の弔いの多くは孤独な一人が、商売人の葬儀社に連絡して、多くの会葬者でにぎわうカタチです。こういうシーンの感激も、ありませんね、
死の際には、極限の思いというのが、感情のいろいろな方向で生じるのが自然だと思いますが、
現代の葬儀は人工的なあの世への思いや、周りの人への思いが作られています多くのお金だけが、立派に作ることが可能と信じられています。

6 ■無題

仲間っていいものですね。

こうやってたくさんの人におくられることも、
残された遺族の方々に手助けしてくれる仲間があることも、
逝った人にはありがたいことなのではないかと思います。

幸せな光景の中で、わたしもこういう風に逝けたらいいなぁ~。。。

7 ■無題

以前、もう昏睡状態で1週間はもたないでしょう、と言われたクライアントさんの所へ行った時、初めて行った日の午後、体を拭いて、着替えをして、水の含んだスポンジで唇を拭いていた時に亡くなった方がおられました。
看取りに来た看護士の方が(望んだ通り、家に帰ってきて、家族の方の側で亡くなられて喜んでいることでしょう)と言ってました。

その看護士の方と開いたままの口を閉め、包帯を顔の周りに巻きました。
人の死に接する仕事をしていて、嫌だと思った事はないですね・・・

8 ■Re:人が

>らこさん
年寄りを送る時は、
お疲れさま良く生きてくれたね。
そんな気持ちで送りたいです。

何を成し遂げたとかではなくってね、
寿命を全うできれば幸いです。
病まず痛まず逝けたらね。

人の送る気持ち、祝う気持ちは、
立派な儀式でなく、人の想いだと思うのです。
それを忘れたくはないですよね。


9 ■Re:とんとん

>atyさん
ちょっと湿気にやられてヘタレてました(笑)
そんな時はまったり本でも読んで、休んでいます。

ご心配ありがとうね^^

10 ■Re:文七はありがてぇーとまた泣いた

>ktnpoさん
ktnopさんのお記事を読んで、江戸の弔いを、
色々調べていたのですが、考証だけでなく、

送る人見守る人優しい気持ちで弔いを、
運んでやろうと働く人。

それぞれの情や思いを書くのがいいかなって、
自分の弔いを考えながら綴りましたの。

立派な祭壇や、お金を掛けた儀式より、
人の気持ちで集まれば、暖かい送りになると、

自分は直送で灰にしてもらって、
一晩みんなで一杯やってもらえば良いです。
今から、息子に段取りを伝えておこうとね^^;

11 ■Re:無題

>みささん
本当にそう思いますね~

人は何時か、あちらへ行くのですから、
それは時と寿命で仕方が無いんですが、

家族や暖かい友達に送ってもらえれば、
何よりの幸せですね。

だからこそ、家族や友達も大事にしないとです。
普段、友達にも不義理で、家族も少ないけど、

それなりに、静かに送ってもらえればいいなって
思いますね~
何時も読んでくださってありがとね。

12 ■Re:無題

>okkoさん
okkoさんは、良いお仕事なさってる、
何時も思っています。

病院の暗い一室で、チューブだらけで逝くのは、
先進医療かもしれないけど、淋しいようね。

気持ちを持って接してくれる、ヘルパーさんや、
看護士さんや家族はありがたいです。

ささやかな人生であっても、逝く時は、
せめて暖かく見守ってもらいたいなって。

事故やひどい病気で苦しむのも、
人の命なら仕方がないんでしょうが・・

医療や科学を超える何かを求めるのは、
現代では難しいのでしょうね。

コメント投稿

一緒にプレゼントも贈ろう!

Amebaおすすめキーワード

    アメーバに会員登録して、ブログをつくろう! powered by Ameba (アメーバ)|ブログを中心とした登録無料サイト