梅香亭夜話103・文七弔い
テーマ:江戸話秋の深まりも朝晩の風に感じられる七夜月の夜。
彫り文の看板が風に揺れる暮れ六つに、
文七は仕事仕舞いをしようと、
彫鑿を洗い布で拭いては、
薄い油紙に包んで道具箱に納めていた。
おさんは竈で煮物をこさえ娘のおようも、
見よう見まねで、飯鍋をのぞいて手伝う。
定吉は端金板をいじくって、
おとつぁん、これおくれよ何か作るんだ。
いいとも、だが金物は危ないから鑢をかけてからな。
うん、端木で作ってる家に使うんだぃ。
お前も手仕事が好きかぃ、
今においらが教えようなっ。
文七は丸顔でにこにこと息子を眺めた。
文太郎を膝に抱いてた捨吉が、声を掛けた。
すっかり重くなっちまって、膝が痺れちまったぜ、
文、変わってくれぃ。
おうよっ、親父も不自由な身体で一日、
文太郎抱いてじゃ疲れるだろうさな。
文七が文太郎を抱き取って、高く差し上げて、
きゃっきゃと文太郎は喜んだ。
あれっ、爺ちゃんもう寝ちまうのかぃ、
まだままも出来てねぇよ。
定吉の声に振り向くと、捨吉はごろりと畳みに、
横になって動かなかった。
とっつぁん、どうしたぃ、とっつぁん。
文七が呼びかけたが、既に捨吉の息は、
静かに消え入っていた。
おさん、医者だっ医者呼んでくれっ、
それからは、
鍋をひっくり返したような騒ぎになった。
隣近所の女達も飛び込んできて、
湯を沸かしたり床を延べたり、
枕障子で囲って風が当たらぬようにして、
医者を待った。
長屋向かいの桶屋が走って差配や、
鳶の中也に知らせ行き、
中也は下働きの友吉を連れて飛んでくる。
文さん、案じるねぇっ俺らが何でもやっからよ、
親父さんの傍にいてやりねぇ。
中也は文七の肩を強く掴んで言った。
おさんが連れた下谷の医者玄庵が、
走りこんできたが、
脈を取り息を探って首を振る・・
取りすがって泣き崩れる文七や孫達を、
長屋の人も駆けつけた差配も、
切なく見守るしかない。
それでも年の甲で、差配の善兵衛が言いつけて、
若い者に文机や鉦の線香立てやら、
白い晒しを運ばせ、てきぱきと指図する。
中也も池之端に走り梅香亭に告げると、
籠由しの広太に樽棺の運び話をつける。
と組みに回って通夜、葬儀の手伝いを頼んで、
也太郎を隣家に頼んで、
女房のおきょうを連れて戻った。
長屋の女房達は一斉に家に戻り、料理の支度だ。
腰高障子を鳶連が外し、玄関前を掃いて清める。
仙太郎旦那とお吉も走りこんできて、
捨吉とっつぁん、と、
組んだ手を擦り仙太郎も咽んだ。
幼馴染の父親で、小さい頃から叱られたり、
撫でられたりして過ごした時が蘇る。
文ちゃん、気を落とさずねっ、
そういいながらも涙が止まらない。
お吉は、これ使っておくれなっ、
家中のひっさらって来たの、
すぐに八に油樽運ばせるからねっ。
百目蝋燭の束を渡して、鳶連が蝋燭立てに据えて、
灯かりを灯した。
襷に前垂れ姿の凛も伊三次と入ってきて、
凛は、おさんから文太郎を引き取って負ぶった。
伊三さん、ありがとよっ、
文七は伊三次が抱えるようにすると、
その腕に凭れて泣きじゃくった。
文さん辛ぇだろうが皆がついてる、
親父さんの弔い、
立派に送ってやろうじゃないか。
何時も愛嬌のある文七の泣き顔に、
伊三次も胸の詰まる思いで言う。
涼しい季節で幸いだぁ、明日一日見守って、
籠由しに湯かんに運んでもらおうぜっ、
中也は鳶連に指図して、
弔問の人達の足元を照らす提灯を配る。
源七は弔問の客を記す弔い帳やら筆やらを携え、
太吉は酒の小樽を背負って走って来る。
これだけ酒屋から背負ってきたが、
足らねえ分は、凛ちゃん手配しておくれぃ。
あいよっ、手島屋にひとっ走り頼んでくるさ、
凛は文太郎を負ぶったまま走り出そうとする。
凛、走っちゃ文太郎が揺れて不憫だ、
俺が走ろうぜっ。
伊三次が言うが早いか外に飛び出していく。
夜更けまで煌々と灯がともる長屋内に、
遅くまで駆けつける弔問客、
文七もつくづく、てて親に呼びかけた。
とつぁん、長い間お疲れだったねぇ、
立派なな職人で立派なとつぁんだったよ。
みてみねぇ、仲間のおかげでこんなに、
明るい立派な通夜だぜっ。
おいらはとつぁんの息子で良かったぃ。
あっちに行ったら、待ってるおっかさんに、
孫の自慢を聞かせてやってくれや。
寝つきもせずに立派な子供孝行してくれるぜっ。
おいらぁ大した孝行できながったが、
勘弁してくれよっ。
零れる涙を腕でぬぐって呟いた。
きびきびと立ち働く仲間に支えられ、
文七はありがてぇと、また泣いた・・
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1 ■無題
最後まで孫を抱いてて・・・幸せに逝けましたね(ノ_-。)
突然だったのに皆のおかげでいいお通夜になりました 弔事は御近所さん方が頼りですからね