昭和の日本史・ジャーナリストの目
テーマ:桃の昭和語り今でも、日本は外交に弱いと、
思ってる方は、多いんでしょうね~
昭和の日本史本で、
森恭三という戦中のジャーナリストが、
書いてる一文にぶつかりました。
開戦時直前にも、
新聞社のニューヨーク特派員として、
日米開戦交渉を取材してた方です。
米国のカトリック系の神父さんが、
なんとか開戦にならぬよう、
日米間の橋渡しをしょうという、
動きがあった事も、初めて知りましたねん。
けれど、当時の日本外交を牛耳っていた、
日本軍部は米国情勢をことさら、
日本有利に判断していたのよね。
日本人が国際情勢を見る時に、
三つの死角があるというのです。
それは第一に・宗教
第二に・ナショナリズム
第三に現実主義である。
第一の宗教について:
第二次大戦(1939年)勃発時のにも、、
同じカトリック系の英・仏は、独・伊に対して、
ローマ法王の融和姿勢に基づいて、
好意的だったといわれる。
ところが米国は、プロテスタントであり、
宗派は多く、国家の危機にあたって、
ピューリタン主義で纏まる事は、
米国の基盤の統一としても、
国家的に重大事だったのでは、というのね。
日本の軍人は、
米国を物質文明・退廃した国とみなし、
日本の精神主義ほど、立派なものはないと、
考えていたのよね。
米国の、宗教事情が見えないんだよね・・・
彼は軍人達に、
資本主義とピューリタン主義について、
度々説明したが無駄だったらしいの。
第二のナショナリズム:
日中戦争に於いても、誤りがあった。
日本が手を焼いている、
中国のナショナリズムに対して、
敗戦の段階に至るまで、
正しい認識を持てなかったと言うのね。
中国内で起きた、近代ナショナリズムの目覚めを
中国内の、「軍閥対立」としか見ず、
近衛内閣は日中開戦後も、
「蒋介石を相手にせず」と発言し、
一方中国の経済は、銀価格の世界的暴落で、
銀本位制の、中国の貨幣制度は、
崩壊しかかっていた。
もし、日本が中国ナショナイズムに、
理解を持っていれば、
貨幣制度改革に協力していただろうが、
財界の意見もあって協力を拒絶し、
かたや英国は、
貨幣制度改革に協力し成功した。
これで自信をつけた中国は、
対日強行政策に、
大きく傾く背景になったのよね。
穏やかに優しい気持ちで、
日々を送りたいと思っているの。
でも、そういう平和日本で生きている事は、
親や祖父母の、苦労に感謝しながら、
また時代の過ちも認識して、
子供達を戦争に巻き込むような事が、
ないようにとも、願うのです・・
この話は、現代の日本外交を眺めるのにも、
参考になると思うので、続き書きます~♪
ちっとも、スタイル変わらへんねん; Σ\( ̄ー ̄;)







1 ■その
死角になっている三つの項目って
今でも欠けていますよね
公人として宗教の質を比較するのも居た様だし
戦時中のジャーナリストは即ち国際感覚に優れた人であったという事もある訳です
国粋というのは鴨居にかけられた 首吊りロープみたいな物だと思いますよ
国境無き政府とまた同じようにね