庶民の力
テーマ:桃の昭和語り相変わらず、戦後の写真など眺めてるねん。
生き残った庶民の底力は、
今だったらと思うと・・ありえないようだ。
何が、一番の力になったかというと、
生き延びたことなんだよね。
命さえあれば何とかなるんである。
敗戦後一ヶ月で、
新宿には露店が、すでに出来たんだよね。
敗戦の年の暮れには、
有楽町で「桜の園、が公演されたり、
寄席も開かれ、文学雑誌もでたんだもんね。
電気アイロンや電気バリカン、ラジオ等の、
電化製品のの宣伝も、翌年には出回ってるのね。
「鐘の鳴る丘」は、後に私も観て泣いたけど、
NHKでラジオ放送され、
1948年佐田啓二主演で公開されたの。
戦争で、生き別れた弟を捜す復員兵が、
やがて戦災孤児の「少年の家」を建てるお話でした。
一方GHQの指導で、時代劇に代わる探偵物や、
「わが青春に悔いなし」等の、
民主主義映画ってのも、登場したの。
ヤミ市では、缶詰から鉄兜鍋や新聞、
煙草まで溢れて、当然高価ではあったが、
グリコのおまけが、子供達の憧れにもなった。
銀座通りには、MPがスマートに交通整理をして、
歩道には、進駐軍横流し物資を売る、
露店まで並んで、専売公社が20億本とも云われる、
ヤミ煙草の取り締まりに出たの。
昨日の敵の、米兵向けに土産物を売る店や、
横浜のように、米兵向けの女店もできてた。
1948年昭和23年は、爆発的に出産ラッシュで、
東京の人口は177万人だったのよね。
(現在は、約一億3000万人)
これが団塊世代なのよね。
写真を見ていて気がついたのは、
悲惨な飢餓状態や、買出しの混乱にも関わらず、
良い顔してるんだよね~
服も貧しく、汚れた顔ではあっても、
顔付きが、今の現代人とは違うような・・
生き残った命だもん、何が何でも、
生き抜いてやろうって、
覚悟みたいなもんだろうかね~
そういえば、15年前にベトナムに行った時も、
こういう、気合の入った顔つきの人々を、
見かけたように思うねん。
i今では、スタイルもずっと良くなって、
体格も、素晴らしく変わったんだけど、
こういう面構えは、
なかなか、見られないようなだわ~
思わず鏡を見たら・・ ・・ ・・・( ̄ー ̄;







1 ■momoさん
私の知る限りでも顔つきは変化してますね。そして良くも悪くも尖った、頑固一徹、痩せ我慢、そんな人がだんだん少なくなって、物分かりがいい人が多くなりました。そして私も。物分かりがよくあろうとしているので、疲れます。そういえば「本格小説」(水村美苗著)の最後にも主人公がそんな事をつぶやく場面がありました。