2010年01月18日 03時36分46秒

昭和落日伝・奈津子25・倉田

テーマ:昭和落日伝

その夜、爺ちゃんは、
中野の、薬師さんの方まで出掛けて、
暗くなってから戻ってきた。

岡田さん、外の電柱の陰に、
人が立ってるぞ・・知り合いかい。

岡田は仕事台を片付けていたが、言われて、
杖をとって外に出る。

電柱に隠れるように、
倉田が項垂れて立っていた。

くらた、倉田さんかい?
岡田は、電柱の明かりの影に向かって、
呼びかけた。

倉田はハンチングを脱いで、
黙って頭を下げた。

そんなとこに、突っ立てないで、
中にお入りなさい。
倉田は、それでも黙って立っている。

岡田は店に戻ると、
ちょっとおけいさんのとこへ出てきます、

と声をかけ、小箪笥の引き出しから、
白封筒を懐に入れて、外へ出る。

奈津子は、あらっおけいさんのとこなら、
一緒にいくよ~と駆け寄ったが、

岡田に耳打ちされると、頷いて、
あい、じゃ気をつけていっておいでな。

おけいさんに宜しく伝えておくれね、
と水屋に戻る。

岡田は倉田と肩を並べて、
通りに出ると、
灯りの下の倉田の顔は、腫れ上がっていた。

喧嘩でもなさったか・・

お恥ずかしい・・
つまらない煙草争いで、
仲間とやりあってしまって・・

倉田さん良い話ですから、
一杯やりましょう。
岡田は深く聞かずに、ガード下まで歩いた。

おけいさんは、短めに切った髪に、
パーマをあてて、若やいだ様子で、
客の相手をしていたが、

あらいやだ、お見限りのお人だわ~
岡田を見ると、嬉しそうに笑った。

岡田は倉谷に席を勧めて、酒を頼んだ。

今日はね、鰯が入ったから煮付けたの、
食べていっておくれね。

こちらさんも、それでいいかしら、

倉田は、ごくりとツバを飲むように頷く。

小松菜の煮びたしと、酒が出ると、
倉田は黙ってそれを口に運んで、
ふぅ~というように息を吐いた。

おけいさん倉田さんは、空腹のようですから、
先におでんも頂きましょう。

岡田は、労わるように倉田を見て、
おけいに皿を頼んだ。

あいよ、
おけいさんがおでんを出すと、
倉田はまた黙ってそれを食べる。

岡田さんのお知り合いかい、
食べっぷりの良さに、嬉しそうに笑顔を向ける。

はい、先日来ですが、岡田も微笑んで言う。

先日は、本当に申し訳ありませんでした・・
やっと倉田も口を開く。

食べ物の匂いに牽かれて、入っていくと、
売り台があって・・

かっぱらって小金にしようと・・つい・・
倉田は頭を下げた。

しばらく二人は客の賑わいの中で、
出された、生姜を刻んで煮付けた鰯や、

葱のぬた等の、皿小鉢を口に運び、
酒を飲んだ。

岡田に煙草を勧められると、
嬉しそうに一服点ける。
腹いっぱいに吸い込んで、上手そうに煙を吐く。

こちらさんは、煙草がお好きなんだね~
美味しそうに吸い付けることだ。

おけいさんは、忙しげに皿を提げながら笑う。
倉田も初めて、にゃっと笑顔を見せた。

倉田さん、話は付けて来ましたよ、
御囲地町の印刷工場です。

昔、私も父親の仕事関係で、
印刷工場を持っていたんですが。

当時は名ばかりの役員でしたが、
下請けて、くれていた工場で

再開したか、判らなかったので、
先日、尋ねて行って来ました。

年寄りの社長は、私を覚えていてくれてね、
私が生きていたのを、
大そう喜んでくれました。

私の家筋には内密に、
職人として倉田さんを雇っても良いと・・

小さい所で、給金も安いでしょうが・・

裏手に職工の宿舎も出来てましたから、
そこへ移れるでしょうし、

下働きからで、すまないのですが、
辛抱してやってみませんか。

岡田は静かに含めるように言う。

客が引いて、おけいさんも静かに聞いていた。

ありがたい、と項垂れた倉田は声を震わせた。

見ず知らずの、どこのやからとも知れない、
盗人の私に・・

みんななりたくって、盗人になるんじゃないさ・・
おけいさんも、腰を掛けて倉田を見つめた。

倉田さん、岡田さんが懸命に捜してくれたんだ、
是非、そこで働いてやって下さいな。

こんな時代だもの、仕事があって雨露しのげれば、
ありがたいってもんだよね。

倉田は俯いたまま頷いた。
ありがたい事です、ありがたい・・

そうときたらお祝いだ、もう一杯やっとくれな。
おけいさんは、焼酎の一升瓶を、
酒台にぽんと置いて、

一杯おごらせてもらうよと、
得意そうに胸を張った。

これは私の紹介状で、
中に地図も書いておきました、
これをもって、明日にでも尋ねて行ってください。

岡田も、ほっとしたように封筒を渡す。
倉田はそれを拝むようにして、上着にしまいこんだ。

奈津ちゃんも、張り切って店やってるようだし、
爺ちゃんも元気で、うちの亭主も忙しい。

あ~っ、全く嬉しい事だよ、
倉田さんも働いて、

仲間連れて、飲みに来ておくれよね。
人のご縁って、嬉しいもんさね~

全ては、おけいさんの人柄です。

受けたご恩は、何処かで返すものですから、
私も何だか、これでご恩のいくばくか、
お返しできたようで、嬉しいのです。

岡田も、おけいさんに頭を下げるように、

しみじみと言った・・

  桃林の桃源郷
 以前も使った、昭和28年の新宿

ペタしてね

   ☆おまけ
   桃林の桃源郷

コメント

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1 ■大切なこと

momo さま

 朝一番に事務所で泣きそうになるのを堪えながら、一気に落日伝後半を読ませてもらいました。

>倉田さんも働いて、
>仲間連れて、飲みに来ておくれよね。
>人のご縁って、嬉しいもんさね~
>全ては、おけいさんの人柄です。
>受けたご恩は、何処かで返すものですから、
>私も何だか、これでご恩のいくばくか、
>お返しできたようで、嬉しいのです。

 今、一番に大切なことを思い出させてもらったような気がしています。

 有難うございました。

2 ■無題

そうですね  縁あって知り合って縁あって助け合ったり喜び合ったり

受けた恩は私もすぐではなくても返すようにしています  それは物とか形ではなくても・・その人のためになるようなことで

3 ■★ster-fighterさん^^

読んで下さってありがとうございますヽ(´ー`)ノ

今の乾いた世の中にも、人の情はあります。
それが無ければ、殺伐とした世間ですねん。
だから・・大切にしたいですね。

4 ■無題

いいお話ですね~。皆こうありたい。
現代も、辛くても慈悲深くそれぞれ思いやりあえば
もう少し生きやすい世の中になりそうです。

5 ■★ふもっちさん^^

おっかさんが言ってたけど、

情けは人の為ならず、めぐり巡って、
おのが為です。
何かで、自分の生きてる幸せを、
お返し出来たらいいと思っています!

6 ■★ふもっちさん^^

情にながされず、情を抱いて生きるのは、
中々に難しいのかもしれませんね~

でも、そういう思いやりや、痛みを感じる、
人でありたいと、願っています♪
何時もありがとう。

7 ■★VIAさん;

ごめんね、上のレコメは、
VIAさん宛でした(。>0<。)
申し訳ありません;
レコメ訂正できないので、ごめんよ~

8 ■昔の事

昭和は時に大きな流れを持って生きていた。
こんな時代はもう来ないかも知れませんね!
私も昭和生まれで、昭和育ちです。
その昔、生きていた頃の母がよく言ってました。
貧乏は苦しく無い、気持ちが落ち込んだ時が苦しいだけ。そんな母でしたから、戦中、戦後を己が楽しみを見つけては無理繰り遊んでいたそうです。
そんな母でも戦後直ぐの事は余り話してくれませんでした。何か辛い事でも有ったのかも知れません。奈津子を読むと戦後の女の人が如何に大変だったのか解る様な気がします。

9 ■★ノビタおじさん^^

その時代を知ってる人も、徐々に少なく、
なっていますね~

貧乏で苦しい中でも、楽しみもあり喜びもあり、
それが人の営みですよね^^
女は男と違った、厳しさも辛さもあったでしょう。
読んで下さってありがとう('∇')

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