『認知症の「真実」』 東田勉

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『認知症の「真実」』(東田勉著、講談社現代新書)をいう本を読んでみた。

 じつは、今出ている私の本『精神医療の現実』――このタイトルは最初、ブログのタイトルと同じ『精神医療の真実』にする予定だったのである。しかし「真実」という言葉には「告発」というニュアンスがあり、そういう雰囲気を払拭したいという編集者の思いもあって、では『精神医療の「真実」』とカギカッコつきの「真実」にしてはどうかという案が出たのだ。そのまま出ていたら、まさに「精神医療」と「認知症」の「真実」という似た者同士になっていたかもしれしないのだが……。

 じつは私はタイトルには案外無頓着なほうで、人がそれがいいと言えばそれでいいという自己主張皆無の人間である。だから、言われる通り、カギカッコつきでもいい、と返事をしたのだが、でもやっぱり、ということになり、いろいろ考えた結果「現実」というもっともニュートラルな言葉に落ち着いたというわけだ。

 そういう経緯もあり、この『認知症の「真実」』という本には親近感を抱き、また、当然これは現代の認知症治療を告発する書なのだと受け止めていた。

 読んでみて、やはりそうだった、と一応は言っておこうと思う。

 認知症についての詳しい説明(病型等)についてはここでは省くが、以下、感じたことを書き出してみます。



認知症と精神疾患のたどった道の共通点

 認知症(認知症治療)と精神疾患(精神医療)にはいくつかの共通点がある。

 たとえば、認知症に関しては、以下のような歴史(流れ)があり、それを見れば一目瞭然だ。

1990年 厚生省研究班による老人性痴呆の推計値 99.4万人

1999年 アリセプト(抗認知症薬、エーザイ)発売開始

2000年4月 介護保険スタート

2002年 厚労省の報告書より 老人性痴呆患者  149万人

2004年12月 「痴呆」→「認知症」へ呼称変更

2005年度から、厚労省は「認知症を知る」大キャンペーンを開始

2011年 認知症治療薬が4種類に増える

2012年 厚労省が介護保険データを使って出した推計値  305万人

2013年 厚労省研究班が発表した2012年時点の推計値 462万人



 これは最近の精神医療が辿った道筋と重なるものがあまりに多い。

 厚労省の研究班が動き出すとろくなことはない。必ずその分野の「病人」が増えるというからくりである。

 そして、それに随伴するように、その病気を「治療する」と称する薬が発売される。

 国(あるいは製薬会社)による疾病啓発キャンペーンによって、病人は急増し、さらに病気を「治療する」と称する薬の増加。当然売上高も急上昇。



 認知症のこうした動きで大きな役割を果たしているのは――(以下引用)

「日本の製薬会社エーザイが、世界で初めてアルツハイマー病の治療薬アリセプト(ドネベジル塩酸塩)を開発したことでした。そこから認知症の診断数は急激に伸び始め、2011年に3種「レミニール、メマリー、リバスチグミン(パッチ製剤)」が追加されるや、厚労省が二度も推計値を修正しなければならないほど(注、305万人を462万人に修正)認知症の患者数が増えました」

 そして、筆者も指摘しているが、「これはかつて、抗うつ薬の登場によって(この表現は正しくない。正確には抗うつ薬の中のSSRIである。奇しくもこれが発売されたのがアリセプトと同じ1999年)うつ病が激増した現象と酷似しています」



 さらに、「病名変更」という共通点もある。「痴呆」から「認知症」。「精神分裂病」から「統合失調症」、そして、過剰診断プラス新薬の登場という流れである。

「厚生労働省が、痴呆を認知症と呼びかえることを決めたのは、2004年12月です。翌2005年を「認知症を知る1年」と定めると、向こう10年間で「認知症サポーター」を100万人養成するという大キャンペーンを始めました。(中略)

 認知症サポーターは、きわめてお粗末な講習を受けただけで誰もがなれます。そこで身につく知識といえば、「認知症は脳の病気である」ということぐらいしかありません。このキャンペーンは少しでも様子のおかしいお年寄りを病人に仕立てようとする世間の目を育て、そうされたくない中高年や初老の人々に認知症への恐怖感を植え付けながら、今も拡大しつつあるのです」

 学校に出向いての精神疾患教育など、まさに同じ構図と言えるだろう。



 さらにもう一つの共通点は、診断基準である。認知症の診断には例の、アメリカ精神医学会による「DSM」が使われているのだ。

 これによる診断では、誰もが通る「老化」を認知症にしてしまう可能性が大きいと筆者はいう。

「年をとってシャキッとしていなければ病気とみなすというのでは、あまりにアメリカ的な発想……。DSM--TRは、日本に多くのアルツハイマー型認知症をつくり、認知症治療薬の売り上げに多大な貢献をしました」

 


認知症は薬で「治る」のか?

(以下引用)

「認知症は早期発見、早期治療が必要」(注、このセリフもまさに同じ)と主張する人々(厚生労働省、医学界、製薬会社、マスコミ)が必ず口にする二言目の決まり文句は、「進行を遅らせる薬があるから」です。いったいそれはどんな薬で、それほどの効果があるのでしょうか」

 


認知症の治療に関して、説明しておくと、問題となるのは二つ。中核症状と周辺症状(行動・心理症状)だという。

中核症状(記憶障害等の認知症としての症状)には抗認知症薬が使われ、行動・心理症状(不穏、徘徊、暴言暴力等々)には向精神薬(抗精神病薬、抗うつ薬、抗不安薬、睡眠薬等)が使われる。

そこで筆者は「アリセプト」へと論旨を集中させていくのだ。

アリセプトは、記憶と深い関係のある神経伝達物質、アセチルコリンの減少を防ぎ、アセチルコリン分解酵素の働きを阻害することによって、少ないアセチルコリンを有効活用する、という仕組みであるらしい。

そして、この薬には「増量規定」という決まりがある。1日1回、3㎎から始まって、2週間後に5㎎に増量。さらに高度なアルツハイマー型認知症には、5㎎で4週間以上経過していれば10㎎まで増やすことができるというのだ。

これが標準治療である。つまり、アリセプトを飲む限り、5㎎か10㎎を飲むしかない(そうでないとレセプトで切られてしまう)というわけだ。一応エーザイでは5㎎を維持量としている。

どんな副作用が出ていても、これは「決まり」である。

代表的な副作用としては食欲不振、吐き気、嘔吐、下痢、腹痛、便秘などの消化器症状。さらに問題なのが、「易怒」(怒りやすくなる)という副作用で、これが介護者にとってはたいへん辛い副作用となっている。

添付文書によると、この副作用が出るのは、0.1~1%未満となっているが、「名古屋フォレストクリニック」院長の河野和彦氏は、「アリセプトを飲んで病的に怒りっぽくなる人が20%くらいいます」と言っている。



認知症の薬が今日本で一番売れている

ところで、認知症薬の市場規模は巨大である。

2009年には全医薬品の中で第4位(940億円)だったが、2011年にはついに国内で販売される全医薬品の中で売り上げのトップに立ったという(1442億円、前年比14.9%増)。

最初アリセプトはアルツハイマー型認知症のみの適応だった。その結果、「アルツハイマー型認知症」と診断される人が爆発的に増えたのだ。本当にそれほど多く「アルツハイマー型認知症」がいるのかどうか、かなり疑問であると筆者は書く。

そして、精神薬同様、アリセプトも適応拡大を行い「レビー小体型認知症」に使えるようになった。レビー小体型認知症には薬剤過敏の人が多いとされているが、それでもアリセプトを飲む限り、増量規定に従い、5㎎が維持量となるのだ。


日本の特徴として、認知症を精神科が診ているという現実は大きい。これは精神科の現状を知っている人なら、容易に想像できると思うが、薬で鎮静、拘束、おむつ、放置……。よくなるものもよくなるわけがない。しかも、前述の「行動・心理症状」に対して「抗精神病薬」を安易に(しかもたくさん)処方する。

読者の方に送ってもらった新聞によると(12月4日付、日本経済新聞)、日本では、認知症の2割に、適応外の抗精神病薬が処方されているという。欧米では減少傾向にあるにもかかわらず、日本だけは増加傾向。ガイドラインでは「基本的には使用しないという姿勢が必要」と抗精神病薬の使用にブレーキをかけてはいるが、こんな腰砕けの表現では何の効力もないだろう。さらに、諸外国では使う根拠がないとされている抗不安薬も認知症に対して12%、使用されているというから、何でも薬、薬の日本の医療がここでも浮き彫りになっている。

しかも、思うに、アリセプトの副作用、「易怒」が出た場合、それを薬で抑えつけようということなのだろう。副作用を薬で抑える……精神科のやることは、病名は何であれ、まったく同じということだ。



コウノメソッド?

 コウノメソッドというのは、前述の「名古屋フォレストクリニック」院長の河野和彦氏が唱える、治療薬の適切量をコントロールする薬物療法マニュアルのことである。


「わが国では、医者が認知症の診断と同時にアリセプトを機械的に処方してきたために、多くの家族や介護職が泣かされてきました。アリセプトが興奮系の薬だということを知らない医者が沢山いたのです。陽性症状が出ている患者(注・暴力、徘徊、妄想、過食、不眠等)に増量規定を守った標準治療が行われると、在宅介護は崩壊します。激しい行動・心理症状を抑えるために家族が次にとる行動は、精神科医の門を叩くことです。その結果、認知症患者を抗精神病薬でノックダウンさせることになります。すべては、初診の医者がアリセプトという薬の性質をよく知らないことから起こる悪循環です」


 こういう前提のもと、「コウノメソッド」は作られているのだが、あまり詳細を書いてしまうとまずいかもしれないので、興味ある方は、「コウノメソッド」関連の書籍をお読みいただければと思う。

ただ、このメソッドはあくまで「薬物療法マニュアル」であるということだ。認知症は薬で「治る」のか? という前の疑問に対して、薬の使い方次第で「治る」と答えているということだ。



薬に頼らない認知症介護

 こういう見出しが最後の最後、第10章になってようやく出てきた。さいたま市にある、「諏訪の苑」の取り組みが紹介されている。

 ここでは、入所者が飲んでいる向精神薬を次々断薬させているという。

施設長の小松氏は――

「うちに入ってきた段階で……薬でメロメロになっている。結局、医者が一つの薬を出してダメだったら次の薬を出したということでしょう。どんどん重ねていくというかたちです。精神科医は、みんなそうなんですよ。まずはその状態から救い出さなければなりません。うちにも統合失調症とかうつ病とか、精神の病気で薬を飲んでいる入所者はいます。しかし、認知症に抗精神病薬はいりません。問題行動は、うちの職員が引き受けますから」

 さらに、ここでは中核症状に対する抗認知症薬についても断薬を目指し、たとえば、アリセプトを中止して笑顔が戻った人の例がいくつか紹介されている。



 以下長くなるが、私が一番気になった部分を引用させて頂こう。

 施設長、小松市の談話の部分。

「たぶん、何十人に1人はアリセプトが効く人もいるでしょう。あとの人には、副作用しかないですね。……うちに100人、認知症という診断をされた入所者がいるじゃないですか。ほぼ全員、その人の生活を見ていない……医者から認知症だと診断され、薬を出されています。本当に認知症だったという人は、この中で1人くらいしかいません。……あとはみんな薬害です」

「現実には、この人に薬が必要だろうか、と思う人まで薬を飲んでいます。飲ませなくてもいいでしょうと言っても、家族が納得してくれないケースが少なくありません。だって家族は、治るものだと思っているんだから。私たちが、認知症は薬では治りませんと言ってもダメなんです。どうして治ると思うのかと聞くと、『これを飲んでいれば治るから飲み続けなさい、と先生に言われたから』という答えが返ってきます。結局、無責任に薬を出す医者がいる以上、イタチごっこが続くんです」

 ……では、家族の承認さえとれれば、認知症の薬は全部やめてしまってもいいものなのでしょうか。小松氏は、こう答えます。

「うちにも、精神系の病気にかかっている入所者がいます(注、統合失調症、うつ病、不安障害、アルコール性精神障害など)。そういう人は、除外しなければなりません。素人が手を出せる病気ではありませんから。……

 それ以外に100人、認知症と診断された入所者がいて……基本的に、体の病気に対して出された薬は継続します。問題は、認知症に対して出された薬です。私は、認知症に薬(アリセプトなどの抗認知症薬、行動・心理症状を抑えるための向精神薬)はいらないという前提でものを考えています……。やめた方が穏やかにはなりますが、やめる前から人間関係をしっかりつくって、職員といい関係になって、快適な生活ができるようになっていかなければなりません。……」(引用おわり)



 この文章(発言)には実にさまざまな意味が含まれていると思う。

本当に薬が必要な人は100人に1人くらい。

医者が治ると言ったから、薬を飲ませたいという家族。

しかし、抗認知症薬も向精神薬も必要はない。



まさに精神科で起こっていることと相似である。

ところが、こうした対応において、精神疾患は除外されるのだ。

アリセプト、向精神薬の「薬害」に言及しながら、それでも一度精神疾患の診断を下された人には(精神科医への不信をさんざん述べておきながら、それでもなお)、その診断を疑うこともせず、薬漬け医療と嘆きながら、精神疾患に対する「薬害」には思い至らず、一律に減薬、断薬から「除外」なのだ。

私はここに、大きな大きな疑問を抱いた。認知症患者だけが向精神薬の「薬害」にあっているわけではない。除外された統合失調症やうつ病など、誤診の可能性、薬害の可能性は、大いにあるはずなのだ。精神科というところがそういうところであることは、この施設長もいやというほど知っているはずなのに、「除外」である。

ネットでこの苑のホームページを見ると、この小松氏は、精神科病院に勤務していた(事務か、介護職としてか?)経歴を持っている。精神科医の「いい加減さ」は見てきたが、精神科病院勤務の人の何割かがそうであるように、患者に対しては、世間より偏見が大きいのかもしないとも思った。

認知症治療で起こっている現象と、精神医療で起こっている現象は酷似している。それを「告発」してくれるのかと思っていたが、この文章を読んで私の思いは一気にしぼんでしまったというわけだ。

もちろん、統合失調症患者の薬を勝手に減らすなどとは、口に出して言えるものではない。精神科医から文句が出るだろう。しかし、認知症の薬は減らしているのだ。(筆者は別の箇所で、処方はしてもらうが薬は捨てる……裏技的なことなのではっきり書けないが、みたいなことを記しているのだ)。

が、そもそもこの本は「認知症」がテーマなのだから、仕方がないといえば仕方がないのだろう。特別養護老人ホームが統合失調症に関わる筋合いのものでもないのだろう。

それでも、精神医療と地続きである認知症治療において、認知症に関わる精神医療に対する認識は厳しいにもかかわらず、精神疾患に関わる精神医療に対する認識があまりに「世間一般」であることに、期待が大きかった分、ものすごくがっかりしたのである。



















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