2017-04-21 00:01:00

Fable Enables 4

テーマ:Fable Enables

 坂を下りたところにある目抜き通りに、『一本木』の店主が懇意にしている人物がいる。俺も何度か会ったことがある。簡単な貿易を扱い、副業でコーヒー豆の自家焙煎をしながら喫茶店の開店指導をしている、壮年の優男だ。白い顎鬚を撫で、詩的でわかりづらいことをボソボソと呟きつつコーヒーを飲んでいる姿が印象的である。
 コーヒー豆の仕入れは、配達を含めて彼の会社が手配してくれている。『一本木』の店主は、自分から商品を取りにいくという条件を引き換えに送料を値切った。
 とばっちりを受けるのは俺だ。
 店主の都合が悪いときにはアミに呼び出される。軋みをあげる自転車に数キロのコーヒー豆を載せ、あの坂道を登る破目になる。箱に書かれた「ドミニカ1000メートルの高原より」というポップゴシック体がときどき憎くなる。産地も店も高いところにあるのなら、わざわざ低地に運ばなくてもいいじゃないか。位置エネルギーが無駄になる。
 行きは楽なんだけどな。
 トートバックをふりまわしてはしゃぐアミを後ろに乗せ、驀驀然羊腸然とした坂を駆け下りる。ブレーキをかけると盛大な音をたてるので、勢いに任せて行けるところまで行く。スポークの寿命は気にしないほうがいい。
 今日もいつもどおり仕入れに向かうはずだった。

 どういうわけか、俺はアミと一緒に、街の一隅にあるアクセサリー店のなかを歩いている。
「なあ」
「なによ」
「仕事はどうした」
「客寄せのための自己研磨してるじゃん。ユキヤも協力しなさい」
 軽口を叩きながら、アミはリングやらネックレスやらをとっかえひっかえ試している。溜め息を禁じえない。
「おまえのお守りはナオキに任せたいんだがな」
「ナオキはダメ。何でも褒めるんだもん」
「ダメなのか?」
「称賛は利他でおべっかは利己」
 メガネの女たらしの顔がありありと浮かぶ。説得力というものを痛感する。
 狭い店内には、俺たちのほかに、かまびすしい女子中学生の集団と、ひとりで買い物をしているらしい女子高生の姿がある。高校生の制服は地元の公立のものだ。カウンターでは、長い黒髪を後ろでひっつめた、若い女性が書き物をしている。
「人気なのは?」
 俺はさりげなくアミに訊いてみた。
「手堅いのは星座モノやチャームかな。ブランドのイミテーションは評価が分かれるね。いま気になってるのは――これ」
 アミは棚から商品を摘みあげ、俺の顔のまん前にかざした。満面の笑みを湛えたアミから、焦点がそれに移る。
 しなやかな曲線をなす、翼を模した銀細工だ。
「あるようで案外ないデザインなのよね。ちょっとカッコよくない?」
「こういうのがねえ」
「なによその冷めた口調は」
「他意はない」
 値段も手頃ということで、アミはその小さな銀翼を買うことにしたらしい。
 カウンターで精算を頼む。若い女性は電卓を打ち、意匠の施された包装紙で商品を包んだ。
 釣銭を受け取ったアミがそれを財布にしまおうとしたとき、突然、女性店員は「あっ」と短く叫んだ。なにごとかと思う間もなく、彼女はアミのトートバックをむんずと掴んで引き寄せ、中に手を入れた。
「ちょ、ちょっと何――」
 アミは甲高い声で抗議する。茫然とした俺の目の前で、店員はアミのバックから腕を抜く。

 手には、値札つきのブレスレットが握られていた。

 好奇と驚きに満ちた客たちの視線が集まる。
 アミは一瞬で真っ青になった。


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