このところ階段を使って7階のオフィスに向っている。
震災に伴う節電目的から始めたことだが、何かに自分の力をぶつけて
いないと気が治まらない。
未だ時期尚早とお叱りを受けるかもしれないが
今回の震災、私たちは多くの尊い命とひきかえに
何を学ばなければないのか?
次第に硬直する筋肉の痛みをこらえながらのオフィスへ向う僅かな時間
何故だかそんなことを考えてしまう。
戦後世代が大多数を占める今の日本、物心ついたときから
飢餓や殺戮とは無関係。 十分過ぎるほどの食料と安全を
享受してきた私たちの世代はいつの間にか
真剣に生きるということに無頓着になってしまったのではないか。
モンスターピアレンツに代表される理不尽なクレーマーが
幅をきかすこの社会。 不都合なことは他人のせいにして
権利ばかりが前に出る。
今のこの社会、明治維新や戦後の復興期など困難な時代に
生きた人々の目にはどう映るだろうか?
尊敬する人生の大先輩のお言葉
「豊かな人間社会は多くの自殺者を生むものだ。
その一方で安全を担保されない社会では皆、懸命に生きようとする。
戦中戦後を生きてきた私や、周囲の人たちがそうだった。
今回は自然災害だが、被災地域では皆が命あることに涙しその尊さを
実感している。
極限の状況にあっても自殺したいなど言葉にする人はいない。」と。
何かを教訓にするにしてもあまりの惨状。
つくづく思う。
安全など担保されているものではないと。
元々この国の21世紀前半は苦難に満ちたものと覚悟する必要が
あったが、今回の震災で、その難易度は更に高くなったと言えるだろう。
もはや、大した社会貢献もせずして権利ばかりを主張する人間など
この国には要らない。
私たちの世代にとって、これからの20年は、豊かな過去との決別を意味する。
自らこの国のために何ができるのか?
失った命の分まで真剣に生きることでしか、被災された命に報いる方法はない。
懸命に生きた、かつての日本人の様に、この難局に立向かう後ろ姿を
次の世代に示す責任が私たちにはある。