フリーランスとして仕事をし始めてから彼此6年になります。

その前は35年と5ヶ月をサラリーマンとして過ごしました。


最近読んだ「考え方のコツ」(松浦弥太郎著 朝日文庫)にフリーランスについてこんなことが書いてありました。


『どんな立場であろうと、経営者意識を持っている。

これは長年、フリーランスとして働いてきた自分の特徴だと思っています。雑誌編集長という仕事は組織の一員としての仕事ですが、基本的な意識は、今も変わらないフリーランサーとしてのものです。

一人で働いて、社会とじかに向き合う意識。

今日一日、どんな成果があったかを確認する習慣。

今日一日でいくら稼いだか、どれだけ利益があったか考える習慣。

いざとなったら、頼れるのは自分だという意識。』


私自身は今、サラリーマンの意識・習慣から、フリーランサーとしての意識・習慣に大分変ったなと思っています。サラリーマン時代にも、フリーランサー的な意識・習慣がなかったわけではありませんが、この5、6年でずいぶん顕著になったと思います。


フリーランスとして働くことで、フリーランサーとしての意識・習慣が自ずと磨かれていくようです。自分で考え、自分で決めて、自分でやる。思ったようにやれる自由と、結果に対する自己責任。それが遣り甲斐、働き甲斐につながっていくように思いますニコニコ

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結果が目に見えない

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英語の学習というのは結果が明確に目に見えるわけではありません。自分に力がついてきているのかどうか、ということの実感は極めて覚束ないことのように感じます。

例えば、手作りのクラフト品を仕上げる、レポートを書き上げる、作物を育てるといったような、実態のあるプログレスが見えないのです。あってもせいぜい1年前よりTOEICの点が伸びたというくらいのものです。

このように具体的な結果が見えないのに努力を続けるということはきつい。伸びたことが明確であればやる気も出ます。そうではないのに結果を信じて毎日リスニングを続けたり、単語を覚えたりするのはきつい。

特に、相変わらず聞けないと感じたとき、覚えたはずの単語を簡単に忘れてしまっていた時、こんなことをしていて自分は変われるのだろうかと思ってしまいます。


それでも自分を信じてやる。

力は必ずついてくると信じる。

結局はどれだけの努力を傾注したか、それに尽きる。

そう信じて只管やる。

力をつけるには、それしかないし、それでいいはずです。


今日は今からTEDを聞きます。単語を覚えます。

そういうことをいつまでも続けられたらと願いますニコニコ

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イチロー

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イチローが止まらない。

一昨日は4安打、昨日は2安打、そして今日また4安打。

このところずっと控え選手の扱いで、代打での出番がほとんどだったのに、先発で出場するようになって即この結果。日頃の鍛錬、節制、気持が並大抵ではないことの証でしょう。

42歳というのは野球選手にとって決して楽ではない年齢だと思います。それだけに余計に凄い。私も頑張ろうという気持ちにさせてもらえます。


試合後のインタビューで『しんどいけど野球プレーしている実感が持てて、楽しくはないけど実感が持てて』と語っていたイチロー。

聞いていて、彼はしんどいんだ、楽しくはないんだ、と思いました。でも野球をしている実感、働いている実感、きっとその実感が素晴らしいのでしょう。


彼の言う実感とはどんな感覚なのか?

それが持てることが羨ましい気がします。

私もいつか通訳でそんな実感が持てるといいなニコニコ

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