大石益代の “行雲流水”ブログ

「空を行く雲と流れる水。すなわち、一点の執着なく、物に応じ事に従って行動すること。」
そんな感じで日々精進!!


テーマ:
2005年8月。 3年後の北京五輪を見据えて、

JISS(国立スポーツ科学センター)の常勤職を辞めて以来、

いくつかの非常勤職を兼ねつつ、

(公財)日本ソフトボール協会のトレーナー職を主として活動してきておりましたが、

4月1日付で、JISS スポーツ科学研究部 トレーニング体育館の専任職に着任致しました。


前回、書いたように、

何に自分の「火」を付けるか!?

何(誰/どこ)について、燃えさせてもらうのか!?

を ちょいと模索しておりました。


火は「主体」ではなく「副」だから、

「正しいものに付く」ことが大事ビックリマーク という易経で学んだことと

事実を擦り合わせしながら熟考し、決断しました。


実は、その決断をする際、以前某アスリートが言ってくれた言葉が後押ししてくれたのです。

「一人でも多くのアスリートに、大石さんと出逢ってほしい。」

その言葉が何度となく浮かび、

もう一度、“大海”に出て行ってみようメラメラと思ったカエル(カエル)です。


・・・と言っても、常に自分が出張るのではなく、

トレーニング体育館の優秀な人材が、適材適所で活躍できるように

「潤滑油」的に働くのも重要な役割と認識しています。


この異動に伴い、長いこと務めて参りましたソフトボール協会のトレーナー任務から

卒業桜させて頂くことになります。

ま、少しの間、縁の下のさらに下でお手伝いはしますけどね。



ソフトボールでのトレーナー活動を通じ、

いろんなことを経験し、いろんな想いを抱いてきました。

かけがえのない経験は、勝利よりも、

それまでの「過程」の中にたくさんあったと思っています。


青春だったな・・・(笑)



JISSの使命はズバリひらめき電球

日本選手団の国際競技力向上アップ

私は、JISSトレーニング体育館の専任指導員として、

公的・社会的使命を果たす責務があります。

従って、たとえ私的なこと・考えであっても、

私が発信することに対しては、それなりの責任が発生するし、

慎重にしなければならないな・・・と思っています。


なので、今後は、つまらないブログになるかも(笑)

というか、あまり更新しなくなるかも・・・

もしくは、専門性からはかけ離れた話ばかりになるかも・・・


ま、大目に見てくださいm(_ _)m
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テーマ:
昨年の冬至の日に「冬至占」を行った。

易経の講座で教わった、「向こう一年で、何を(人生において)学ばせて頂くか!?

を自分自身で問う=占うのだ。

そして、私のこの一年の卦は「離為火」

易経の本を読んで、大体の意味は捉えていたが、

先日の易経講座で竹村亞希子先生の解釈を聞き、

肝の部分が理解できた。


まず、先生がおっしゃられたのは

「指導者としては非常にいい卦ですよ。『明知』を表す卦ですから。」と。

・・・そうだな~。 体だけで引っ張っていく指導の次元は超えてるもんな~。

次に、「眼はいい!?」  「眼を大事に…」とのこと。

・・・。はい。ここんとこ視力が落ちて&加齢現象もあり、

遠近両用眼鏡を昨年末に作ったところでしたあせる


そして、ここからが超重要ひらめき電球

「離」は「火」メラメラを表す。

火は燃えるものに付く。  (←石や鉄などの不燃物には付かない)

紙や木など、燃えるものがあるから、火は燃えられる。

つまり、火は「主体」ではなく「副」

だから、「正しいものに付く」ことが大事ビックリマーク

何に自分の火メラメラを付けるかはてなマーク

何(誰/どこ)に付いて、メラメラ燃えさせてもらうメラメラのかはてなマーク

タイムリーすぎて怖いわ~叫び

今現在、ラビリンスにいます(苦笑)


以下は、竹村亞希子先生御著書『易経一日一言』(致知出版社) より

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【牝牛を畜る】

牝牛を畜えば吉なり。
(ヒンギュウヲヤシナエバキツナリ)

離為火の「離」は「離れる」の意だが、「付く」という意味もある。 

火は何かに付いて燃え上がり、光を発して輝く。

人も何かに付き随うことで能力を発揮する。

「離」には仕事に「就く」という意味もあり、人間関係全般に関わる。

「牝牛」は従順の徳の象徴。角が己の側に湾曲していることから、

自分を客観的に省みることに喩えられる。

尖って攻撃的な人は付き合いにくいから、内省し「牝牛を畜う」ことは処世の基本ともいえる。



【正しいところに付く】

離は麗なり。日月は天に麗き、百穀草木は土に麗く。

(リハリナリ。ニチゲツハテンニツキ、ヒャッコクソウモクハツチニツク)

「離」は火を表す。離れる、付くという意味がある。 

「麗」は並ぶ、くっつく。

日月は天にあって輝き、植物は土に付いて生育する。

同じように、人間も正しいところに付くならば、

物事が明らかになり、本来の充実を得られる。


火は何かに付いて燃え上がるが、万物も正しいところに付くことで、

その力を発揮すると教えている。



【化成】

重明をもって正に麗けば、すなわち天下を化成す。

(チョウメイヲモッテセイニツケバ、スナワチテンカヲカセイス。)

「離」=火が二つ重なる離為火の説く徳は、明知をもって正しい道につき、

太陽のように周囲を明るく照らすこと
である。

人間も明徳を修養して正しくあれば、風俗を感化し、

広く社会を育成する者となれると教えている。

感化し育成するという意味の「化成」は、多くの企業名に用いられている。



【明を継ぐ】
 
明両たび作るは離なり。大人もって明を継ぎ、四方を照らす。

(メイフタタビオコルハリナリ。タイジンモッテメイヲツギ、シホウヲテラス。)

「明両たび作る」とは太陽を意味する。今日も明日も太陽が昇るということである。
 
これは国や社会、また家庭の照らし方、その心構えをいう。

「離」は「火」であり、燃え上がる火はよく見ればその中心は暗い。

つまり、心が空虚でなければ、明を継ぐことはできない

 朝に昇る太陽のように、日々心新たであれば、

周りを明るく照らすことができる
という教えである。



【老いを楽しむ】

日昃くの離なり。缶を鼓ちて歌わざれば、大耋の嗟あらん。凶なり。

(ヒカタムクノリナリ。 ホトギヲウチテウタワザレバ、ダイテツノナゲキアラン。キョウナリ。)

「日昃くの離なり」とは、一日の終わりに日が西に傾くことをいう。

「大耋」は九十才、百才の大老。

人生の終末を日用の酒器(缶)を叩いて歌い楽しめないならば、

老いを歎くだけになる、という意味になる。

 必ず日が傾くように、人間も年をとり、没し、次の生命に役割を受け継いでいく

生あるものは必ず死すという事実を受け入れて、天命の終わりを楽しもう。

没したくないと思うのは、時を知らない人である。



【飛んで火にいる夏の虫】

突如それ来如たり。焚如たり、死如たり、棄如たり。

(トツジョソレライジョタリ。フンジョタリ、シジョタリ、キジョタリ。)

突然として飛んできて、焼かれて、死んで、棄てられる。

この一文は「飛んで火にいる夏の虫」という喩えに使われる。

離為火は「火」を表す卦。

火は何かに付くことで燃えることから、陰の徳である。

付き従う精神がなければ、正しく能力を発揮することができない。
 
勢いに乗って才能を振りかざし、激しさだけで燃えさかろうとすれば、

自ら火に焚かれ、一瞬にして明を失うことになる。

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最近、おっひらめき電球 と思った言葉:

"Turn your wounds into wisdom."

   Oprah Winfrey

日本語だと、「あなたの傷を知恵に変えなさい」って感じかな。 

確かに、「経験を活かして・・・」ってよく言うけど、

どちらかというと「いい経験」よりも「痛い経験」を活かしている方が多い氣がするもんな~。

なかなか深い言葉だなぁ~お茶
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でかい障害物に当たる時は、

「いったるぜ~!!」「試練上等!」

と覚悟ができるんだけど、

むしろ日々のちょっとしたこと、

仕事でも生活でも、

「やったことないこと」や「慣れないこと」に日々遭遇した時、

私は常に「挑戦!」「ワクワク!」

・・・なんてことはない(笑)


やっぱり、多少、ちょっとの瞬間だけど、

「面倒だな…」とか“及び腰”的な消極的感情が湧くこともある。

でも、その感情から自分を少し離してみると、

「これは何かあるな・・・」

ととらえることができ、

「いらっしゃ~い!」 「さ~来~い!」 となる。


地球に人類がこれだけ(どれだけ?!)いる中で、

私にからんでくること・人が有るのであれば、

それは何らかの「縁」があるものなんだろう…と。



「大きな石にはつまずかないが、小さな石にはつまずく」

という言葉を聞いたことがある。

「大きな石」はわかりやすいし、油断をすることはないが、

「小さな石」は見過ごしたり軽く見ているからつまずいてしまう・・・

ということなんだろうけど、

日々の小さな出来事に、ちゃんと「正対」していけるかどうか?!の積み重ねが、

大きな出来事に出くわした時にちゃんと「正対」できるかどうか・・・

につながる氣がした今日この頃。


ちなみに、全然関係ない話だけど、

「大きな石」と「小さな岩」の境目はどこだろう??

と思ったことがしばしばある 大石 であった。


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