願望を実現させる占い師 吉本博栄の独り事

博栄流四柱開運術の創始者吉本博栄が世相をぶった切ります、


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どうしてこんなに自分自身のことがわからないのでしょう?

他人のことならよくわかりますが、自分のこととなると盲目同様。

正しい判断ができなくなってしまいます。

自己を知るにはどうしたらいいのでしょう。

人は鏡、ならば他人を見ればいい?





私たちは他人の言葉に一喜一憂します。

他人からどう見られるか常に気を使い、

神経をすり減らし・・・

「他人に笑われるような人間になるなよ」と、

親や学校の先生から教えられてきました。






自分がどう見られるか・・は、

自分を知るための一つの指針であり、

他人という鏡に寄せていると言っていいでしょう。

ただ・・・。

果たして他人は自分のことを正しく評価してくれているでしょうか。

というより、できるのでしょうか?





人間の価値基準などいい加減なもので、

時代や国や環境が変われば、判断も違います。

今では当たり前の主権在民、労使平等、言論自由なども、

明治時代やそれ以前なら危険思想で捕まるかもしれないし、

今の時代だって、国が変われば男女平等ではないところもあります。






法が変われば、基準も変わる。

昨日の権力者が断罪されたり、

犯罪者が無罪放免になったり・・・。

何が正しいかなんてあてにならないいい加減なもの。

一休さんが、言ったように。

「今日褒めて、明日悪く言う人の口。

 泣くも笑うも、嘘の世の中」
 
なのです。





結局、自分の都合の良い時は善人で

都合が悪く鳴れば悪人で・・・。

時々の都合で人を裁き、評価する。

人の心は変化するから、善悪の判断も変化してしまうのです。

昨日の味方は、今日の敵ww

裏切りがあるのもわかるような気がします。





他人鏡がそれほど信頼できないとなると、

何をもって、自分を知ればいいでしょう。

自分を知る鏡を、どこに求めればいいのでしょうか。

良心?道徳心?

そういうものが、自己を映し出す鏡?

はたしてうなのでしょう?






竜宮城で乙姫様が言いました。

「この玉の色を見分けたものに褒美をあげよう」

黒鯛は答えました。

「黒です」

サバは言いました。

「いいえ、青です」

カレイが言いました。

「薄茶色でしょう?」

魚たちの答えはバラバラ・・・。

「どれが本当の色ですか?」

「玉は無色透明。皆さんの色が映っただけです。」

と乙姫さまは笑ったそうで・・。






同じように人間は、自分の考えや感情を抜き取って、

純粋に自分自身を観ることはできないのではないでしょうか。

欲目や我見や色眼鏡・・・。

自分の見る目がくらんでるなんてことはザラなのです。






鏡の前では増えた白髪に一時は驚いても、

隣の婆さんよりはマシだと上に立ち

50歳になれば60歳の人を見て安心し、

60歳になれば70歳、70になれば80歳

あの人よりはと自分を若くみる・・。

実体は変わらないのに、若く言われるとうれしくなって、

老けて見られたら、その人を嫌いになったりしてww






自分のことはみな、良いようにしか見れないんです。

自分に甘い・・。

うぬぼれ心が人間の本性。

人間なんてそんなものではないでしょうか?






本当の自己の姿を、「機の深信」と阿弥陀様は説いていますが、

機の深信とは、今風に言えば

この「私」というものは、昔から今にいたるまで、

自分の力じゃ絶対に迷いの世界から離れることができない、

どうしようもない存在だということです。






要は、本当の自分なんて無い(見つからない)から、

疑いなくためらうことなくかの本願の力に乗じて、

まちがいなく浄土へ生まれることができる、と心に決めて

深く信じなさい・・と、わかったような・・わからんような?

そういうお答えを阿弥陀様が説いておられます。






「機の深信」についてはまた別の機会に書きますが、

いずれにしても、うぬぼれることなく、

そして謙虚に正しく生きることはとても大事なことだとは思っています。


 


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仏教には経典と呼ばれる、信仰の模範を記した書物があります。 

その経典のひとつに般若心経がありますが、

全て漢字で書かれているために、ひと目見ただけでは内容がわかりません。 

そこで今回は、般若心経にはどのような意味があるのか、

般若心経の現代語訳で、とてもわかりやすいものがあったので紹介しておきます。



現代語訳「般若心経」



超スゲェ楽になれる方法を知りたいか?

誰でも幸せに生きる方法のヒントだ

もっと力を抜いて楽になるんだ。

苦しみも辛さも全てはいい加減な幻さ、安心しろよ。

この世は空しいモンだ、

痛みも悲しみも最初から空っぽなのさ。

この世は変わり行くモンだ。

苦を楽に変える事だって出来る。

汚れることもありゃ背負い込む事だってある

だから抱え込んだモンを捨てちまう事も出来るはずだ。

この世がどれだけいい加減か分ったか?

苦しみとか病とか、そんなモンにこだわるなよ。

見えてるものにこだわるな。

聞こえるものにしがみつくな。

味や香りなんて人それぞれだろ?

何のアテにもなりゃしない。

揺らぐ心にこだわっちゃダメさ。

それが『無』ってやつさ。

生きてりゃ色々あるさ。

辛いモノを見ないようにするのは難しい。

でも、そんなもんその場に置いていけよ。

先の事は誰にも見えねぇ。

無理して照らそうとしなくていいのさ。

見えない事を愉しめばいいだろ。

それが生きてる実感ってヤツなんだよ。

正しく生きるのは確かに難しいかもな。

でも、明るく生きるのは誰にだって出来るんだよ。

菩薩として生きるコツがあるんだ、

苦しんで生きる必要なんてねえよ。

愉しんで生きる菩薩になれよ。

全く恐れを知らなくなったらロクな事にならねえけどな

適度な恐怖だって生きていくのに役立つモンさ。

勘違いするなよ。

非情になれって言ってるんじゃねえ。

夢や空想や慈悲の心を忘れるな、

それができりゃ涅槃はどこにだってある。

生き方は何も変わらねえ、ただ受け止め方が変わるのさ。

心の余裕を持てば誰でもブッダになれるんだぜ。

この般若を覚えとけ。短い言葉だ。

意味なんて知らなくていい、細けぇことはいいんだよ。

苦しみが小さくなったらそれで上等だろ。

嘘もデタラメも全て認めちまえば苦しみは無くなる、そういうモンなのさ。

今までの前置きは全部忘れても良いぜ。

でも、これだけは覚えとけ。

気が向いたら呟いてみろ。

心の中で唱えるだけでもいいんだぜ。

いいか、耳かっぽじってよく聞けよ?

『唱えよ、心は消え、魂は静まり、全ては此処にあり、全てを越えたものなり。』

『悟りはその時叶うだろう。全てはこの真言に成就する。』

心配すんな。大丈夫だ。







この「現代語訳」は2010年9月、

ニコニコ動画に投稿された動画「初音ミクアレンジ『般若心経ロック』」への

コメントとして、その後まもなく書き込まれそうです。

この動画は「般若心経」の読経をロック調にアレンジしたもので、

「歌詞」自体は「般若心経」の観自在大菩薩……で始まる有名な文を

そのまま使っています

そこに、ある匿名ユーザーがちょうど字幕のような形で、

新たに「現代語訳」を付けました。

原文を相当大胆に変えていますが、

原意を留めるように工夫した様子が伺えて・・・。




どうやらこのユーザーが自ら考えた、オリジナルの訳らしい。

この若者言葉で語られる「般若心経」は、あっというまに

多くのユーザーの心をつかみ、

ニコニコ動画では楽曲自体へのコメントをしのぎかねない勢いで、

「かっこいい」「こんな意味だったのか」「勇気をもらった」

といった感想が続々と寄せられました。

ツイッターでも最近になって、元の動画から独立した形で

この現代語訳が相次いで紹介され、

これまで知らなかった人にも改めて反響が広がっています。





私が知ったのも、数年前。

有名な現代訳だから、知っている人もおおかもしれませんが、

あらためて、ご紹介しておきます。



 


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陰陽五行が乱れています。

だからでしょうか?

世の中も乱れています。

とはいえ、それも自然の摂理。

乱れたあとは、やがて整う・・・。

その繰り返しだと思われます。

ということで乱れた五行について、

一言書いておきます。


陰陽五行とは何か・・。

なんども書いていますので、ご承知かと思いますが

まずはおさらいから。

POINTはつぎの2つ。


1)万物は陰と陽の2つの性質に分けられる

2)万物は水・木・火・土・金の五元素の性質を持つ




で、乱れているのは、五行の方。

基本的には次のような循環があります・・・。

「木」は燃えて「火」を生じ、「火」は灰になって「土」を生じ、

「土」はやがて鉱物となり「金」を生じ、「金」は冷えて「水」を生じ、

「水」を吸って「木」を生ずる・・。

この考え方を「相生」といいますが、どうものこの流れ、

現代社会では通用しません。





なぜなら

地表がアスファルトで覆われたため、雨が降っても草が生えない。

植物は固いコンクリートで、根も張れない・・・。

薪を使わず、ガスを使うので火が燃えても灰が残らない。

鉱石から金属が生れることと、金属表面が冷えると露がつくのは

現代でも同じですが、露は植物の葉や蜘蛛の巣にだってつくので

金属だけの特性ではない。







陰陽五行は現代においては破たんしていて

自然界の循環が上手くいっていないような気がします。






循環障害が起こると、かならずどこかが悪くなります。

人間の体だって血の巡りが悪くなると病気になるように、

自然の循環が悪くなると、社会が病んでくる。

社会が病んでいる・・と言うと、

誰でも少なからず思い当たる節があると思われ・・・。

世の中の闇が思う浮かびます。







どんな闇があるかはあなたの想像に任せますが、

五行の乱れが原因(とは断定できませんが)

少なくとも、おかしなことはたくさん起こっています。






テロだ、ミサイルだ、無差別殺人だ、自殺だ、と、

世間を騒がせる出来事ばかり・・。

誰もが平和で安心できる世界を希望しているはずなのに、

そうなっていない現実・・。

やはりそれは、自然の循環を無視する世の中を、

人間が作りあげたからではないでしょうか?







現代は資本主義・拝金主義と言われますが、

それももう限界が来ているようで・・。

これも自然界の摂理によって、

破たんする時が来るかもしれません。

乱れれば、整う、整えばまた乱れる・・・。

それが世の常であり、自然の法則です。






現代社会は乱れの中にある。

五行は破たんし、理不尽がまかり通っている現状・・

でも行きつくところまで行ったら、

陰陽が逆転することになるはずなのです。






その兆しはすでに見えていて、

あらゆるところで大転換がはじまりました。

陰陽は逆転し、価値観が全く変わってくるはずです。






どう変わるか?

競争から共存へ。

剛から柔へ。


逆転後は、これまで信じていたものが否定されるはずです。

つまりこれまでが資本主義だとすると、

(未来のことですので推測の域を出ませんが)

お金の価値が下がる時代かもしれません。







いずれにせよ、乱れた五行は、次は整う方へと変化します。

人間は陰陽繰り返えし、進歩してゆくもの。

新しい時代に向けて、歩きだしていくのです。








なんだか漠然としたお話で申し訳ないですが、

ふと、そんなことを思ったので書き留めておかせていただきます




 


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「あいつはお金にケチだ。」の”ケチ”と、

「人の意見にケチをつける」の”ケチ”は

同じケチか? 違うケチか?

そもそも”ケチ”ってんだろう・・・。


ちょっと、考えてみました。






ケチとは「金品を惜しがって出さないこと。卑しい様、事、人」

調べてみたら、ケチの語源は不吉な事を意味する

「怪事(けじ)。あやしきこと。」で、

それが訛りなどで音変化した結果「けち」となったようです。

で、江戸時代以降、「粗末な様」や「卑しい」などの意味を持つようになり、

現代の意味になったらしい・・。






なるほど・・・。

ケチとは、怪事なんだ・・・。

お金に、卑しいのがケチ。





たとえば、ケチな態度で人に接するとか、

ケチな空気感を出すとか、

寄付や援助はびた一文しないとか、

度が過ぎると、周りの人がどんどん離れていってまうでしょう。

人が離れていくということは、ご縁が減って・・・。

お金というのは、人とのご縁が運んできますので、

結果的にお金にも嫌われることになります。

また、要なものにお金をケチるセコイ性格の人も、

お金に縁が一生ないです。








金銭的なケチとは別に、

ケチをつける・・のケチがあります。

いわゆる文句を言うことですが・・・。

何かにつけて文句を口にしていれば

周りから人が居なくなってしまいます。

これもやっぱり、ご縁を遠ざける結果になるので、

ケチを付ける人は、たぶんお金に縁遠くなる・・・

そんな気がします。







やたら愚痴の多い人っていますよね。

嫉妬や不安、過去への執着など負のオーラで全身をまとい、

ネガティブを吐き出す、できれば近寄りたくない人・・・。

ケチなのも、ケチを付けるのも、人間性が小さい証拠。

金運が低下するのはあたりまえです。







以前、お金とは「借用証書」だと書いたことがありますが、

これを言い換えると・・・

「お金持ちとは、たくさんの貸しを作る人」

ということになります。






貸しって、お金のことだけでなく、

「世話になった」という意味での貸し借りでもこの言葉を使いますが、

たくさんお世話する人は信頼されて、結果お金持ちになります。

人は、返報性の原理というのがあって、

誰かに良くしてもらうと、恩を返さなきゃ・・と言う気持ちが生れるものです。

なので、世話をすればするほど、リターンが多くなり、

さらに信頼もされるようになって、好循環が起こってきます。







でも、ケチと呼ばれる人は、「お世話」なんて一円にもならないことはやりませんよね?

それどころか、人のやることにもケチを付けたりして・・・。

何もしない、役に立たない、立とうとしない・・。

そのくせ、人の世話になってばかりで、かまってちゃんだったりして・・・。

ケチって、お金と縁遠くなるのは当然のような気がします。







ケチとは怪しい事、卑しいことです。

結論を言えば、ケチなことしない、ケチなこと言わない。

それは卑しいこと、怪しいことだから、ダメ!

ケチって、人の役に立つことがイヤな人の総称のように思いました。







人生上手くいきたかったら、ケチケチしないこと。

最初のケチは、率先して役に立てという意味で。

二つ目のケチは、文句を言わないという意味。

どちらも、他者にどう接するかを問うているようです。






普段の自分、ケチケチしていないか?

考えてみましょう。



 


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こんにちは。

吉本博栄です。

本日、おかげさまで、

メルマガ配信2000通を達成しました。

毎日1通づつ、およそ5年5か月分の配信量です。

われながら、頑張ったね~ww

ということで、今後とも、よろしくお願いいたします。






さて今回のテーマは

「本当の幸せ」(2)です。



あなたがイメージする「幸せ」がもし、

幸せな家庭を築き

裕福な生活を送り

仕事でも一目おかれる立場になり

多くの人から感謝され

好きな時間に好きなことができることだったとすなら、

それは本当の幸せではありません。




その理由は2つ。 

(理由1)キリがない ⇒ 満たされない不満 

(理由2)続かない ⇒ 失う不安

常にこの2つがつきまとうからです。




では、何を手に入れても、心からの安心も満足もないのは

なぜなのでしょうか?

今回は、その問題を解き明かしてみます。



続きは上位版で↓

http://www.mag2.com/m/0001616546.html

月額540円(初月無料)


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本日、恒例のムーンライトヒーリングを実施します。

23時から20分間です。

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リラックスした状態でお待ちください。

ヒーリングについての詳細はこちらです

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よろしくお願いします。





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今週の鑑定結果は

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1967年12月17日  女性Kさま

Q:私の努力は報われますか? 
  
A:アドバイスを求めよの卦。

 進め方に問題がありそうです。学ぶ姿勢が結果に結びつきます。



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1971年8月21日   女性  Tさま

Q:貧乏神がついているのではないかと思っています。

  アドバイスお願いします。

A:身ぐるみはがされる、追剥の卦。ほんとだ・・・。

  貧乏神が付いていますね。お祓いしてください。
  

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1995年5月15日   男性  Oさま

Q:占う方情報の息子 大学4年 単位は取り終え後は卒研のみですが、

  色々あり今休学中です。退学して、通信制の大学に編入し、
  
  公務員、会計士、税理士の資格を勉強しようと考えていますが、
  
  それで正解なんでしょうか?


A:人生に不正解などナイ。すべてが学びです。

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神奈川県座間市のアパート1室から9人の遺体が発見されました。

警察はこの部屋に住む白石隆浩容疑者を死体遺棄容疑で逮捕。

世間に大きな衝撃が走っています。



言うまでもなく、これはとんでもない事件です。

どんな理由にせよ、人を殺してはいけません。

こんな当たり前のことがわからない人がいるとは・・・。

強い憤りを感じます。






まだ、どんな背景があるのかその詳細がわかっていませんので、

この事件について、突っ込んだことは書けませんが、

報道の中に時々出てくる「自殺サイト」という言葉があるので、

そこに焦点を当てて、思うところを書いてみます。







世の中には、自殺願望を持つ人がたくさんいます。

そして年間3万人もの人が自殺するらしく・・。

これはまさに平和なはずの日本の闇・・・。

人知れず、苦しんでいる人がいることを意味します。






自殺願望者は、精神的に追い詰められているか、

あるいは肉体的に苦しんでいるか・・。

理由はそれぞれでしょうが、「死にたい」といい、

自らの命を絶ちます。






私の知人も30年ほど前に自殺しました。

23歳でした。

当時、彼は私の会社の営業マンでした。

勤務して1年ほどでやめてしまったのですが、

次の就職先へ勤務してから一年後、

彼が自殺したことが耳に入ってきました。





線香をあげに行ってきたのですが、

その時の母親の涙を今でも思い出します。

「なにも死ぬことはないだろうに・・・

 親を泣かせやがって、バカ野郎。」

手を合わせながら、心の中でつぶやきました。







自殺した人も本当は、幸せになりたかったはずです。

せっかく生まれてきたのですから、人生を楽しみたかった。

夢も希望もあったはずです。

何があったかわかりません。

きっとつらいことがあったのでしょう。

そして死を選ぶ・・・。

とても悲しいことだとおもいます。







ただよくよく考えてみると、「死にたい」のではなく、

彼らは「生きるのがつらい」のです。

楽になりたい。解放されたい。

そう思って命を絶ちます。

「死んだら楽かな・・幸せになれるかな・・」

それは彼らが出した歪んだ幸せの追求方法であり、

死後の世界に対する希望だったかもしれません。







幸せになりたい。

これは万人共通の願いですが、

その目的を達成するために、自殺という方法を選ぶ人がいる・・。

「もっと他に、やれることはあるだろうに・・・。」

とは思いますが、それが最善と思い込んでしまう愚かさ。

追い詰められると、判断ができなくなるようです。







誰にだって悩みはあります。

それなりに苦しんでいることでしょう。

もしかしたらあなただって、死んだ方がましだ・・と

思うようなことがあるかもしれません。






でも・・。

人生捨てたもんじゃないです。

悪い時もあれば、いい時もあって・・。

悪い時は、後から考えると、一番学びになっていたりするものです。

人生には無駄がありません。

全てに意味があります。

たとえつらくても、生きることをあきらめないでほしい・・。







悲惨な事件が起きてしまいましたが、

もしこれが自殺願望者を狙った犯行なら、

この容疑者のやったことは間違っています。

たとえ本人が自殺を望んでいても、ほう助してはいけない・・。

彼女たちは、死にたいのではなく、生きるのがつらかっただけなのです。

相談にのるなら、しっかりと支えてあげるべきだったと悔やまれます。







白石容疑者。

たぶん彼も人生に絶望していたのでしょう。

自殺者の気持ちがわかるつもりだっただろうし、

自分自身も死刑になることを望んでいるのだと思います。

いずれにせよ、自殺していい理由も、殺していい理由もありません。

人は精一杯生きなければならない。

もしこの容疑者がその道を閉ざしたとしたなら、

その罪は、このうえななく重い・・。

極刑で償わなければならないと思います。






 


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「義をいつも果たしていれば、利はおのずと集まって来る」

義の波動が、利を引き寄せる・・。

お金の波動は、義の波動だ・・と書きましたが、

「世のため人のために働いていた友人が負債を抱えて倒産した。」

というご意見をいただきました。

なので、こういったケースについての見解を書きます。





ビジネスにおいて、「利」を求めるなら、「義」は絶対条件ですが、

それは世のため人のために頑張るという意味ではありません。

そこに、どれだけ多くの人や、世の中に貢献できるか・・。

またそのために、自分を役立てるとができるかと書いたように、

ポイントは、【多くの人】【世の中】であり、顧客の数が「利」の量になります。







ビジネスにはビジネスの成功法則があります。

どんなビジネスをやるにしても、

1集客(マーケティング)

2営業(セールス)

3製品・サービス

の順で、ビジネスを形成しなければ、お金は稼げません。







そして、最も大事なのは「お客様(顧客リスト)」を持っていること。

つまり”集客”。

ご存知の通り、江戸商人は火事が起きた時、

真っ先に顧客台帳を井戸に投げ込んだと言われています。

しかも顧客台帳は、こんにゃくノリで加工されていて、

水に浸っても文字が消えなかったというから驚き。

それくらい、顧客は大事なものであり、すべてのビジネスの土台です。







よって、顧客をどれだけたくさん抱えているか・・・。

それが成功の条件なのですが、

「義」を果たすといっても、1人に対してと、1万人に対してでは、

「利」の量は絶対的に違ってきます。

結局は、顧客の数に比例して、義も果てせるし、利も増えるわけで・・。

もっと言えば、固定客、ファン、信者。

そういった人たちをどれだけ抱えているか・・が成功の要だと思われます。





だとするなら・・。

営業力や、マーケティング能力は必要です。

たくさんの人にアプローチできなければ、ビジネスは小さいまま・・

自転車操業で頑張り続けなければなりません。

集客できなければ、先細り、倒産。

続けることはできなくなります。

ビジネスにおいて最も大事なのは顧客です。

積極的に、営業活動はする必要はあります。








ですが、ただ集めればイイのではありません。

「義が利に変わる」というのは、

あくまで「義」によって顧客の心をつかんでこそです

つまり、より多くのファンをつくること。

義とは、そういうものでなければならず、

通り一遍の親切、形式だけのおもてなしだけでは、

集客しても、取りこぼすだけ・・・。







義に裏付けされた、心に響く圧倒的なサービスの提供。

あるいは感動を与えること。

心から感謝してもらえる商品。等々。

義は、顧客との絆。つながりとなって利へと変化するのです。






世のため人のために頑張る・・とは、

世の中をもっと良くしたい、人の役に立ちたいという、

「理念」に裏付けされた頑張りでなければなりません。

理念とは、将来のビジョンであり、あなたの夢です。

世の中をこうしたい!という、心意気。







優良顧客は、あなたを助けてくれる存在だということを意識しているでしょうか?

あなたのビジネスが、社会的貢献度の高い物であればあるほど、

あなたのビジネスに対する取り組みや理念が素晴らしい物であればあるほど、

顧客は、あなたに協力したいと思ってくれます。応援してくれるようになります。






世の中から応援してもらえる、あなたの取り組みがあって、

そこに人は協力し、応援しはじめる・・。

それがビジネスの成功ということになります。






「あなたは人のために一生懸命頑張ってるね。」

だけではダメです。

何のために頑張っているのか、

目的、理念が伝わる必要があります。。

義とは、正しい道。正しい考え。正しい行い。

公共のために尽くすこと。

顧客は、それを感じ取っているのです。





 


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今回は、パワーストーンについて書いてみる。

石にはパワーがあると言います。

実際私も、ブレスレットを処方させていただいていますが、

この光り輝く、色とりどりの石。まさに宝石。

見れば見るほど、大自然の神秘を感じます。

不思議なパワーが宿る。

本当にそう思えます。


昔から、宝石には数々の伝説があります。

身につけた人が死んでいく、呪われたブルーダイヤモンド。

争いや拷問を巻き起こしたコイヌール。

人々の運命を狂わせる石というものが存在していました。
  
参照:呪われし宝石・ホープ





石には波動があります。

そしてその石が持つ波動に共鳴して幸運や不運を引き寄せる・・。

その力に対してパワーストーンという呼び方をしますが、

伝説に出てくるような本当のパワーストーンは、ほとんどありません。






なぜなら、本当のパワーストーンは石には力が封印されています。

また、それを持つにふさわしい人でなければ意味がない、

縁のある石であり、それを「生き石」と呼びます。






「生き石」とは力が封印されている石です。

生き石は、形が特殊であり「目」があります。

いわゆる曲玉(まがたま)に穴を開けるのは生き石として「命」を宿すため。

目がない曲玉には力はありません。





そして「目」は時として「笛口」として使われ、それを「岩笛」と呼びました。

生き石と縁あったものは、それを「神から授かった石」と大事に扱うことにより、

石が魂と共振して、持ち主の諸々の願いを叶えてくれる賢者の石となります。

※古代神道では、このような石を「鎮魂石」と呼びます。

鎮魂石を手に入れたら、石笛を吹いて己の魂を石に込める。

鎮魂がなされた石は重量が変わってきます。

そして、魂を込めた石を常に大切に布の袋に入れて持ち歩くことで

不可思議な力を発揮するわけです。






一般的に市販されているパワーストーンであるなら、

アクセサリーですから、目を気にする必要もありませんが、

もしこういった生き石を手にしようと思うなら、

「目」のある石を選ぶことです。







ある金持ちの話ですが、旅行で香港に行った時、

「干支」をかたどった石のお守りを見つけたそうです。

彼は「子年生れ」だったので「白いネズミの石」を探したところ、

たまたま目のあたりに「緑色の翡翠石」が混じっている石を発見し

「この石だけ目がある。生きた白ネズミのようだ。」と思い購入しました。

その意思をいつも大事に財布に入れて置いたら、

不思議な事に、その財布だけは、お金が自然に集まってきたと言います。

お金がなくなると、いつの間にかお金が集まって来て、

財布はいつもパンパンになる金運財布になった・・・。

と言います。






これはそのお金持ちが偶然出会った「生き石」の話です。

大切に扱えば必ず良い結果を与えてくれるはず・・。

石には「意志」があるとよく言いますが、

石があるかどうかは、目を見ればわかるのです。






石には不思議なパワーがあります。

闇のパワーの石もあれば、光のパワーの石もある。

呪いの石、幸運の石、

その違いは、人間と同じ、目にあらわれます。






もし幸運の石に出会えたなら、

ぜひ大事にしてください。


地球という大自然が作った神秘の石、パワーストン

あなたの生き石として力を発揮してくれるはずです。






 


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お金持ちになれる方法が分かったので書いてみます。





お金を集める波動って何だろう?

昔から、そんな疑問を持っていました。





全ての現象、物質には波動があるのはご存知の通りですが、

その波動は、周波数が違います。

私が、引き寄せの法則の話を書くとき、共鳴という表現をしますが、

「であるなら、お金を引き寄せる波動に、共鳴する波動があるはずだ・・」

と、それが何なのか、ずっと気になっていたのです。






で・・。最近、気が付いたことがあります。

易経に、「利の本は義」と書かれていたのです。

そして「利の総量は義の総量と等しい」という説があることを知りました。

この説を、安岡正篤先生が「揺るぎない不変の定理」との太鼓判を押していて、

「利(お金)」と「義理」は相関性があることがわかったのです。







この2つにどんな相関性があるのかというと・・・。

たとえば、利(利益・お金・願望)とは、

ある意味、個人の欲を指す部分があります。

つまり利だけを求めれば、上手くいかず・・。

個と全体が調和しない限り、自然の法則が

個人の身勝手なわがまま許してくれません。





そこで、利(お金・願望)を手に入れるために必要なのは、

「利の本は義である」

つまり、利を追わず、義を果たすことである。

と易経が説いているように

「利の本は義」として、因果の法則により、動いているのです。







「義」は、「利」へと変化する。

それはつまり、

「義をいつも果たしていれば、利はおのずと集まって来る」

義の波動が、利を引き寄せる・・。

お金の波動は、義の波動だ・・と言うことです。






では義とは何なのか。

簡単に言えば、「自分の損得」や「人情・感情」では無く、

「こうあるべきが正しい」という判断で行うのが義です。

この「義」を優先して、「利」は後から付いてくると考えるのが、

真の「利」を得る方法だし、

結果は後から必ず付いてくるものだと思います。






自然界は全体の調和をもって、因果率として動いています。

普段から、恩に報い・社会の為・他人の為の行動を心がけ

自分の得を最優先しようと思わなければ、結果として大きな富が

集まってくる。

もしそれが真実とするなら、

「義」の波動が「利」の波動を引き寄せていることになります。







義とは、正しい道。正しい考え。正しい行い。

利がほしければ、行うべきは、義の行動、義の投資ということになります。






では、何をもって、「正しさ」とするか。

正しさの基準も、定義付けが難しいところではありますが、

私は便宜上、「世のため。人のためになること。」

と、考えることにしました。

自分優先ではなく、他に対し、自分を役立てること。

結局、奉仕が「利」へと変化するのだと思われます。







お金持ちになれる方法。

それは、どれだけ多くの人や、世の中に貢献できるか・・。

またそのために、自分を役立てるとができるか。

それだけのことなんだろうと思います。







もちろん、それを労働として実践する人もいるし、

事業として実践する人もいます。

規模の大きさ、影響力によって

返ってくる「利」の大きさは違いますが、

「利の本は義」が普遍的な法則である以上、

お金を手にすることはできます。







「義」の波動を出し続けること。

利害をすてて条理に従う。公共のために尽くす気持。

それがお金持ちになる王道である・・と、

今さらですが、易経が説いていることに気が付きました。




 

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