【土・日曜日に書く】論説委員・皿木喜久

 ≪防衛論議の機会だった≫

 今年は昭和35年に日米安保条約が改定されてから50年という年である。だが多くの日本人には、戦後日本の針路を決めた条約改定そのものより、激しい反対運動が吹き荒れた「安保闘争」の方が記憶に残っているかもしれない。

 日米両政府により新安保条約が調印されたのはこの年の1月19日だった。しかし、承認のための国会審議が本格化すると、野党の社会党を中心に改定反対の声が強まる。労働組合員や学生らのデモ隊は連日のように国会を包囲した。アイゼンハワー米大統領の来日も中止に追い込まれる。

 結局、新安保条約は、衆院での自民党による強行採決のあと、参院ではほとんど審議されないまま自然承認となった。

 あのときデモに参加した「全学連」などの若者たちはほとんどがもう70歳を超えた。中にはその後の全共闘運動同様に「青春の甘酸っぱさ」で当時を振り返る人も多いだろう。

 だが、現在の日本人の外交や防衛問題に対する「思考停止」状態を考えるなら、あの不毛としか思えない「安保闘争」の罪は重いと言わざるをえない。

 言うまでもないが「安保改定」とは、昭和26年9月、サンフランシスコ講和条約とともに締結された旧日米安保条約を改めようというものだった。

 旧安保は先の大戦後、日本を占領していた米軍を、占領が終了した後も残すことを法的に担保する意味合いが強かった。このため、条文は日本に対し米軍の日本やその近辺への配備を「許与する」義務だけを課していた。

 これに対し新しい条約は、米軍の駐留に加え、日本の領域での日米いずれかに対する武力攻撃に共同で「対処」することを明言している。つまり米国に日本を守る義務を課したもので、より双務的な条約、民主党の好きな「対等な日米関係」を目指していた。

 同時に厳しい国際情勢の中、駐留米軍という「抑止力」をバックに米国と協力して国を守るということを宣言したものだった。

 ≪本質はずれた反対運動≫

 それだけに安保改定は、国民が国の守りや将来の針路について考えるまたとない機会となるはずだった。この日米安保の中身で良いのか、そうでないならどうやって国を守るのか、再軍備し核武装まで目指すのか、それとも中立や東側の陣営に立つのか。徹底して議論すべきだった。

 ところが実際の論議は、安保の本質からどんどんはずれていく。国会で社会党などが追及したのは米軍が日本の基地を使用して平和や安全を維持するとした「極東」の範囲はどこまでかといった本質外の点ばかりだった。

 社会党としては議論を深めるよりも、当時の岸信介内閣や自民党政権をつぶすことに狙いがあったことは間違いないだろう。マスコミも強行採決をした岸政権の「タカ派」ぶりを攻撃するのに躍起で安保論議はそっちのけだった。

 デモに参加していた学生ら一般国民はどうだったのか。

 当時、全学連リーダーの一人だった評論家の西部邁氏は産経新聞『戦後史開封』の取材に「安保改定の意味などわかっているのは誰もいなかった」と述べた。東大生としてデモに参加した加藤紘一元自民党幹事長も「安保の中身を知っているのは100人に2人もいなかった」と認めている。

 ≪呪縛から「思考停止」に≫

 つまり、ほとんどは社会党やマスコミにあおられるままに「戦争に巻き込まれる」とばかり、反対を叫んでいたのである。

 しかも6月末に条約が批准され岸首相が退陣すると、反対闘争は潮を引くように収まり、国民は経済成長の波にのまれていった。そして、まるで「安保反対」の呪縛(じゅばく)にかかったように、外交や防衛について、考えることを停止してしまったのである。

 米軍の駐留について、兵士の日本人への乱暴や、原子力空母の寄港、それに米軍機の騒音問題が起きたときには関心が高まる。だが米軍がなぜ日本にいるのか、日本の安全にどう役だっているのか、誰も真剣に考えようとしない。

 そしてこの状況は半世紀を経た今でも変わっていない。

 目下「封印」宣言したとはいえ「駐留なき安保」が持論だという鳩山由紀夫首相が「抑止力」についてどれだけ理解しているのか、はなはだ心もとない。そのことが沖縄の米軍普天間飛行場問題のいたずらな迷走を招いていると言ってもいいほどだ。

 50年を機にやるべきはそろそろ「安保闘争」の呪縛から解かれ、冷静に日米安保の意味や将来のあるべき姿を考えることである。そのうえで、現政権の外交や安保政策を厳しくチェックしなければならない。

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