みずのこえ ことばこころほどき

ことばこころほどき、とは
あなたのかたくなった部分をほどくメッセージです。


テーマ:
今日もお話です。

ロンドンウィメンズコレクションでの
ショーモデルデビューに向けて動き出した瑠璃サイドのお話。

トーチカ~瑠璃シーン⑤中編1
ここで、ブランド専属モデルとなりました。


みんなエスパーだよ編。
不倫って何なのさを問う編。
登規くん心真っ裸編。
そんな長い瑠璃シーン⑤。
中編は5までです。
後編は初コレクションの年の
4月まで進みます。



トーチカ~神楽シーン⑤中編
↑ここで椎也のライヴでの神楽との会話の時が、どんどん近づいてきました。


トーチカ神楽シーン①
東三河に住む、未来を知っている少女
神楽の眼線

トーチカ~瑠璃シーン①
神奈川に住む、モデルの美少女
瑠璃の眼線

交互に同時期を書いていきます。
どちらにも童顔の二花(つぐはる)が絡んできます。

それ以前の物語はこちら

来る潮帰る波
神楽の母が亡くなったことを、その兄(神楽の父になった人)が回顧する話

実になる花~追伸
モデル瑠璃の母、女優実花と、父、アーティスト椎也の物語。


今、書いてるのはもっと先の話なので
見直すと、あー
そうだったかと感じました。




トーチカ~瑠璃シーン⑤中編2





帰る前の日、チャスはパサッとチカの肩にコートを掛けた。
チカは不思議そうな顔をした。

「 A present to you. 」

チャスは笑って、そう言った。

「To me? 」

一体、何に対するプレゼントだか。
チカは困った顔をした。

「素敵よ、よく似合うわ。」

黒の上品なチェスターコート。
背の高い男の人でないと、絶対に似合わない。

「袖を通してみて。」

瑠璃にせがまれ、チカはコートに袖を通す

「ぴったりねえ。」

肩幅も、よく合っている。
チカに抱きついた時、チャスはチカの肩幅も袖丈も、自分の身体で測っていたと気づいた。
それもこの出来上がりからすると、九月にハグした時から、だろう。

「… I appreciate your kindness. 」

チカは丁寧にチャスに礼を言った。

「Cheers! 」

チャスは笑って、砕けて返した。
ロンドンの人がよく使う、このCheers。
よく聞いていると、瑠璃は妹の知愛―チア―の名前にも聞こえると気づいた。
パパ、もしかしたら、このCheersに掛けて知愛の名前、決めたのかな。
面白い事に気づいた。

「 I will send you the secret that you requested, again later.」

チャスはチカに話し掛ける。

「 I am thankful for your support. 」

チャスに何かお願いをしたのかな。
チカは気まずそうに、チャスに笑む。
そのチャスはメジャー片手に、チカの首周りのサイズを測り出した。

「何だ?」

チカはチャスの行動に驚いている。
チャスは胸囲や腹囲や太腿周りや、股下を測っていく。

「 For my fancy. 」

チャスは笑いながら、趣味だから、と言った。
また、チカに何かプレゼントするつもりなのか。

チャスは瑠璃には、何点も服をプレゼントした。
ウチ以外の服着て出歩かないで、と、釘を刺されたからもあるし、きっと、あの罪滅ぼしなのだろう。
瑠璃は、そう感じた。

そんな楽しいロンドン滞在。
墓参りをしたり、エレナの家でスコーンを食べて、エレナはまた違うレストランに連れて行ってくれた。
チカはよく、エレナにからかわれていた。
からかわれたと知った時の、その顔が可愛い。

ジョージアの元にも顔を出し、前回のロンドンコレクション様のアフターヌーンティーを楽しみ、別の日にはフレンチレストランも行った。
料理を良くしてくれている、とチカは教えてくれた。

ロンドンで売っている、あるシャンプーが、硬水で黒髪を傷めないと情報を得たチカは、最初のスーパーの買い物の時に、それを求めた。
お陰で、前回ほど傷む、と言う事は無く済んだ。

その硬水が故に、イギリスの紅茶は美味しいのだ。
毎朝、チカは美味しい紅茶を淹れて、ベッドまで持ってきてくれる。
その後でブレックファーストを味わいに行く。
お陰で、ゆったりとした朝を迎えられた。

チャスの元に日々通い、布を巻いては吟味する事を繰り返した。
その場にはチカがついていてくれたから、もう、安心だった。

瑠璃は作りたい時だけ調理をして、最後の今夜は残った食材を使い切ろうとしていた。

よく通ったけれど、この日もクリスマスマーケットを楽しんだ。
チカの好きだったクリスマスマーケット。
クリスマスの飾りつけを幾つか選んで買った。

「ツリーが必要だな。」

ベンチでバーボン入りのホットチョコレートを飲みつつ、チカはマーケットの様子を嬉しそうに見ていた。

「うふふ。ツリー買って、飾りましょ。」

ミント入りのホットチョコレートを飲みながら、瑠璃は笑った。

「毎年、増やしていくんだ、飾りを。」

「楽しみねえ。」

来年のクリスマスのあと、あたしたちは結婚する。
そして、再来年はどうなっているのか。
その次の年は?
何があろうと、クリスマスの飾りを毎年増やしていこう。
ふたりは、甘いキスをした。



……………………………………………………………………………



クリスマスイヴの夜、チカの家に帰るとクリスマスツリーに飾られたイルミネーションが点滅しているのを、窓の外からでも判った。

「ロマンチックね。」

「そうだろ?この顔に似合わず、ロマンチック大好きだろ?」

「うふふ。」

車から降り、チカは花束を抱えて、瑠璃に腕を組まれ、部屋の鍵を解除した。
ふたりで中に入る。

「キレ……ぃ。」

家の中に電気を点けずとも、そのツリーのイルミネーションだけで、あたたかい気分になる。
キスを交わした。

チカは白百合の花束を床に置いて、瑠璃の長い髪の毛を撫でる。

「Lily…」

そう愛しそうに呟くと、瑠璃を床にゆっくり倒した。

「名前、Lilyにしようと思うんだけど。」

「えっ?」

瑠璃に跨いで、優しく見下す眼。
瑠璃はドキリとして、その眼を見つめる。

「漢字は、どうしようかなーって悩んでる。」

何の事か瑠璃には判らず、一瞬、沈黙したが、すぐに気づいた。

「もしかして、あたしたちの子どもの名前?」

「当たり前だろ?他に誰の名前を決めるんだ?」

出た、当たり前だろ?
あなたには、当たり前でもねえ。
あたしには、突拍子過ぎて。

「Ruri, Lily…語呂がいいだろ?」

「それは……そうかも、だけど。」

チカは瑠璃に、くちづけていく。

「イヤか?」

「イヤとか……そんなんじゃなくて。」

余りにも、突然過ぎて。
あたしたちの子ども。
欠片すら存在しないのに。

Lily、あなたの妹の名前ね。
子どもが妹の生まれ変わり、という事?

「違うよ。」

チカは、くすっと笑った。

「名前は綺麗だから、綺麗な娘に、そう付けたいだけ。」

チカは隣りの白百合に顔を近づけ、香りを気持ち良さそうに嗅いでいる。

「あなたは百合のようだ。」

そして、瑠璃の首筋から耳にかけて唇を這わす。

「気高く純潔で美しい……。」

「あたし、純潔、じゃあ、」

「純潔だよ。あなたは、そんなに清らかだ。」

チカの両手が、瑠璃の両手を軽く押さえる。

「清廉だよ。」

こんなあたしを、清らかと言ってくれるあなた。
大粒の涙が溢れてくる。

Lily  Ruri  Lily  Ruri  Lily  Ruri  Lily  Ruri

繰り返し、頭の中に、そう流れてくる。

瑠璃と名づけてくれたのは、パパだけど。
十二月の誕生石はラピスラズリだよって、それをパパに教えたのは二花くんだけど。
あれ?

「Lily……」

チカは瑠璃に身体を重ねる。

「あなたに、逢いたかったよ。」

疑問符が頭に飛び交いながら、瑠璃は優しいチカの動きに身を任せた。
ロンドンで買った天使の飾りが見守っている、クリスマスツリーのイルミネーションの元で。







…………………………………………………………………………



暖房を高めにして、裸のまま、チカは、お洒落なプレゼント包みを瑠璃に渡した。

「ありがとう……。」

瑠璃は喜んで受け取る。

「開けてもいい?」

「どうぞ。実は俺も中身は見てないんだ。」

「え?」

瑠璃は不思議そうな顔をして、その包装を、ゆっくり丁寧に開けた。

「わあ!」

あのブランドのジーンズ二枚と、フィットした白のニットのセーター。

「ワンピとかスカートは、いっぱいあるだろ?だから、もう少しカジュアルなジーンズとか、チャスにお願いしておいて、さ。」

それが秘密の依頼、だったのね。
瑠璃は、くすっと笑った。
チャスは確かに、瑠璃のサイズを知っているから。

「ありがとう!」

「瑠璃に似合うね。」

そのセーターを瑠璃の身体に当てる。

「悔しいけど、チャスの見る眼は確かだね。」

「ふふっ。デザイナーだもの。」

上目遣いで笑って、チカにキスをした。

「嬉しい!」

抱きつく。
チカは去年もだが、前もって、俺にはプレゼントは要らないからな、と断りを入れてある。
だから瑠璃は、料理をしようと思った。
七面鳥は買ってあるから。
ロンドンの味を作りたかった。

「早速、これを着たいわ。」

「あれ?服着ちゃうの?」

チカは残念そうな顔をした。

「 Present from me,  the second stage. 」

チカは自分の下半身を指差した。

「リボン巻くか?ん?」

「もうっ!」

瑠璃は笑いながら、それに触れた。
好き、コレ。

「後にしましょ。」

「えー?」

「だって、クリスマスディナー……。」

「もーちょっと、後にしよ。」

遅くなっちゃう。
お腹空くでしょ?

「うん、でもねえ。くださいってこの子が言ってんだ。」

それはそうかも。
もう、こんなに、なら。

「瑠璃だって、ほら?そんな顔。」

あたし、どんな顔してるのかな?

「見てご覧。」

チカは鏡に向かせた。
上手い事、全身が映る鏡をマットの横に置いてある。
潤んだ眼を細めて、紅潮して、艷やかな唇が半開きになっている。
何てセクシーな顔。

「こんな顔見たら、男はもう、我慢出来ないね。だから、なあ、他の男に見せんな。」

そして、キスをする。

あの沖縄の夜。
何もしないで一緒のベッドで寝た、チカの二十六歳の誕生日の夜。
あなたはとても我慢をして、そして決意した。
この娘に恋をするなら、相当の覚悟が必要だ。
全てを失いかねない。
マネージャーの地位どころか、社会人として全てを。
それでも。
始まってしまったから、決意した。

結婚しよう、と。

「違うよ。」

瑠璃に愛撫しながら、チカはそう、口にした。

「俺が決めたのは、手を繋いだ時、だよ。」

そうなの。
そうなのね。
瑠璃の眼から涙が溢れた。
あの時に、もう。

瑠璃を横向きに寝かせて、背中に唇を動かしていく。
そして、瑠璃の太腿の上にチカは脚を載せた。
背中に当たる、それ。

「湿ってるの、判る?」

「うん……。」

「出ちゃうんだよねえ、先に。」

その感覚が、また違う興奮を呼ぶ。

「もうさっき出してるから、生 で入れたら、これに混じってさ、出来る可能性だってあるよ。」

もしかして説教かしら?

「外に出せばいい?アイツ、それまで出来なかったからって、とんでもない事してたな。何だ?あの知識は。マジ喧嘩した事あるよ。女性を物扱いするなって腹立って。」

性教育が始まったの?

「お前も男にイヤって言えないタチだし。嫌われたらって思うと、本音言えないもんな。」

「……そうね。」

あの時は、まだ。

「今なら言えるわ、イヤな事も……イイ事も。」

「うん。大事にしてね、あなたの身体。俺が最低な事したら、ちゃんと嫌がってね。イヤな事は、ちゃんとイヤって言ってね。」

チカの優しさが、身体に沁みてくる。
そして、その動きに悶える。

「チカ……」

「ん?」 

「欲しい……」

「もう?」

チカは優しく笑んだ。

「いいよ。幾らでも、あげる。着けたのを。」

あたしの欲求を読み取るあなた。
優しく強く入り込む。

「もっと、奥までぇ。」

チカに膝をつくことを禁止されているから、身体を起こそうとすると、そのまま横向きに寝かせる。

「……や、動かないで。」

チカはじっとしたまま。

「ん……ん、ふうっ。」

声が出てくる。
耳に掛かってくるその声が色っぽくて、瑠璃は余計に悶える。

「動くな……そんなに。」

切ない声。

「あたしは動かしてないわ、勝手に動いてるの。」

「ダメ……瑠璃。アツい……。」

泣きそうにも聴こえる、そのセクシーな声。
それが好き。
今日は、あなたの思うように、させてあげる。
部屋に拡がる百合の強い香りが、さらに深い恍惚感を呼ぶ。
とても神聖な儀式のように、瑠璃は感じていた。



……………………………………………………………………………



とうとう、あと一年。

「瑠璃、誕生日おめでとう。」

「ありがとう、チカ。」

部屋に入ると、すぐにくちづけてくる。
優しく、柔らかく、情熱的に。
お洒落なラッピングのプレゼントを渡してくる。

「開けていい?」

「モチロン。」

ピンクゴールドの細いブレスレット。
繊細な作りに、青と緑と白とピンクの宝石が入っている。
大事に扱わなければ、すぐに壊れそう。

「Lovely! これを頼んでたのね、密かに。」

「マアネ。」

少し照れて、瑠璃の右手首にブレスレットを着ける。
柔らかな感触。

「これを着けてたら、手の動きに気をつけるでしょ?」

「そんな動きまで考えてるのね。」

確かに、これを着けて無茶な動きは出来ない。
自然と柔らかな仕草になる。

「しかも、これ、あたしひとりじゃあ着けられないわね。」

右手首に着けるならば。

「デショ?結婚したら、毎日、俺が着けてあげるからね。」

その言い方に、瑠璃は悦びを感じる。

「あと、一年。」

「来年の今の時間は、もう結婚してる。」

「ホントに……ドキドキしてきた。」

ようやく現実味を帯びてきた。
この一年で大事件が無ければ。
このまま、ふたりがいっしょにいれば。
チカの、「結婚しよ?」という驚きの言葉が現実になる。

「これは俺の愛の手枷だと思って。」

「もうっ。」

ロマンチックな気分でいれば、こうして茶化す。

「まーそれと。プレゼント、預かってるのがあって。」

「え?」

丁寧な包装を施してある箱を出してくる。

「チャスから。」

「え?」

少し憮然として渡す。
瑠璃は笑った。

「チカの頼んだクリスマスプレゼントと一緒に送られてきたのね?」

「まーね。」 

チカは釈然としないまま、その箱を見ている。
瑠璃は、ワクワクしながら、その包装を開けた。

「まーっ!Brilliant! 」

チカは自分の頭を押さえた。
セクシーで洒落た下着、上下セットが二組入っていた。

「なかなか、可愛いブラが無いのよねえ!」

瑠璃は喜んで、そのブラジャーを手に取り、胸に当てた。

「フクザツ……。」

チカはその光景を見ながら、困ったように前髪を掻き上げた。

「ソレ、メチャメチャいいのに、チャスが選んだと思うとね。萎えるよな。」

ブラジャーのサイズが判るという事は、トップバストもアンダーバストも測ったという事実があるからだ。
一瞬冷たい眼をしたが、でも、チカはニヤニヤしてきた。
チュッチュッと、短いキスを交わす。
部屋にはまだ、クリスマスツリー。
これは年明けまで飾っておくよ、とチカが言った。

「ブランドの下着モデルもいいかも。」

瑠璃の言葉に、チカは明らかに嫌そうな顔をした。

「だって、ホントに大きいサイズは可愛いのが少ないのよ、日本は。だから、あたしが、胸の大きな女性に宣伝したいわ。海外には、こんなにお洒落なのもありますって。そして、手軽に買えるようにしたいわ。」

「お前の下着姿は男子悩殺、だぞ?ったく。セクシー過ぎて十八禁だ。広告も出せねえよ。」

チカは瑠璃のワンピースを脱がして、ブラジャーを外す。
その、新しいブラジャーを着けるつもりが、瑠璃の豊満な胸を見た途端、溜まらなくなり、後ろから優しく鷲掴みにする。

「もうっ。」

後ろから顔を出してきて、吸う。

「んっ。」

舌で転がされる。

「見る度、興奮しちまう。一年前、俺たち、まだ、してないんだよ?」

「ん……。」

「この一年、どうだった?」

いろんな事があった。
週刊誌にバラされて、チカは慌てて、電話でプロポーズしてきた。
喧嘩もした。
それから、ようやく身体を知った。
より深く相手を思いやり、愛が深まった。
さらにさらに、奥深くまで達するように、愛が強くなる。

「早かった……でも。」

「でも?」

来年の誕生日は、チカの家にふたりで帰れるって、想像したんだった。
こうして愛し合えるって。

「すごく充実してた……チカは?」

「初めてな気分。」

「え?」

思いがけない返事に、瑠璃は聞き返した。

「毎回、初めてな気分。」

色気のある蒸気した顔に息遣い。
口から出た舌がチラチラ動いているのが見えるから。

「死ぬまで、きっと。」

生涯現役、ね。

「お前死んだ後は、いいや。」

そういえば先に死ぬのね、あたしは。
チカが看取りたいから。

「まだまだ、先の話。」

あと、何回、こうして誕生日を迎えるんだろう?
あたしたちは。
数え切れない程の月日を重ねていくのだろう。
ずっと。
ずっと、こうしていこう。
死ぬまで。
死んでからも。



…………………………………………………………………………



椎也のカウントダウンライヴ。
これを体験するのは初めてだ。
以前は毎年カウントダウンライヴをしていたが、あたしが生まれてから、パパはやめていた。
以来、十六年振りに行う。

ママは知愛もいるし、今回は行かないと言った。
また、東京のオーラスを観るし、と。

幹也は、友だちと近くの神社に初詣に行くと言った。
別にそっち系の友だちではないらしい。
幹也はまだ、友だちにはカミングアウト出来ていない。
友だちだから、その気にはならないけれど、男が恋愛対象だと告白して引かれたら怖い、と幹也は、顔を変えずに呟いた。

「姉ちゃん知らないだろうけど、俺、中学受験するんだぜ。」

晦日の夜にチカと幹也とあたしで中華料理レストランの個室に行った時、幹也はそう言った。

「え?」

初耳だった。
いや、家にいる時間が少なかったからか。

「俺だって、別に好きでそうする訳じゃないけどさ。ほら、姉ちゃんが何かと騒動だったから。地元の中学は、俺にも来て欲しくないニュアンスでさ。」

それは知らなかった。

「ごめん。幹也。」

心から詫びた。

「いいよ、別に姉ちゃんがワザとした所為じゃないし。チカの所為かもな。」

「俺の所為?」

チカは、ふかひれのスープを飲みながら慌てた。

「チカの自制が効けば、何かと騒ぎにならないで済んだけどさ。」

幹也、本気で言っている訳じゃないけれど。

「いやあ、幹也。お前には判らないだろうね。お前の姉ちゃんは、男殺しだよ。」

その言い方も腹が立つわ。

「いや、その。瑠璃は、ね。」

チカはしどろもどろになり、瑠璃に説明しようとする。

「チカ、判るよ。二花くんも、コロッと陥落したからね。俺はあの人は結構、女に関しちゃ我慢強い人だと思うけど。」

幹也はまた、違う眼線で二花を見てきたんだと、知った。
だけど。

「あたしは何なの?」

その言い様は、あたしが二花くんもチカも誘惑したって事?
ましてや、チャスも。

「ほら、チカ。姉ちゃん判んないんだぜ、自分の事は。」

「まあ、ソウダロネ。」

こいつらは。

「でさ、俺の中学受験の祈願してくれるって言うしさ。初詣、奴らと行くんだ。」

「そう。」

幹也はいつも、他人が優先だ。
その優しさが禍しないといいけれど。

「俺。中学行ったらカミングアウトしようかな。」

「えー?」

「俺を誰も知らない場所で、最初から言えば、苦しまないで済むかな。」

「うーん。」

こればかりは、何とも言えない。
だけど、告白するにしろ、しないにしろ、幹也は苦しむ。

「助言は出来ても、決めるのは自分だしな。」

チカは遠い眼をした。

「そういう相手は具体的に、特にいない?想うだけでも。」

優しく尋ねてきた。

「まだ、ね。」

二花くんを想っていた事は避けるのね。
チカだし。

「好きな人が出来てからでも、いいかもね。」

「ふうん。」

幹也は判ったような判らないような返事をした。

「で、幹也は、スカウトの話、聞いた?」

スカウト?

「うーん。何だか。俺には全く欠片にも、希望も夢も無い話だったし。」

「え?公子さんの言ってた若手って、幹也の事だったの?」

「そーだよ。当たり前だろ?」 

チカはまた呆れて見るけれど、あたしには予想もしない話だった。

「どのみち、俺には有り得ないよ。そりゃあウチは芸能一家で、俺が期待されるのは判るけどさ。芸能人なんて、不自由だらけだよ。大体、その世界で生きたいとも思わないし。」

幹也はジャスミン茶を飲んだ。

「まあ、姉ちゃん、モデルになんかなりたくないって叫んでて、結局、モデルになったけどさ。」

「幹也!」 

恥ずかしい記憶。

「へえ。瑠璃、そんな可愛い事言ってたんだ?」

チカはニヤニヤして、あたしを見ている。

「あれはママより背が伸高くなった時だったよね?背が高いならモデルになったらいいって言われて反発してた。背が高くなるのはパパの所為だって、責めてたな、姉ちゃん。」

だって、ぐんぐん身長が高くなっていった時だった。
もう、二花くんを越しそうな勢いだったから、かなりショックだったのだ。
実際、すぐに越してしまったけれど。
二花くんと想いが通じ合って、でも、男より背が高くてもいいやって、納得出来た。

「パパのお陰です、今は感謝してるから、パパの遺伝子に。」

「まあ、姉ちゃんどんどん伸びるから、羨ましいなあって思ってたけど。俺も何とか伸びてきて良かった。パパの遺伝子に感謝だよ。」

「あれ?幹也、今、身長幾つ?」

そういえば、最近、幹也と向き合って話してもいなかった。

「171になったよ。」

「すごいわね。」

あっという間に伸びていく。

「あたし越される、わね、そのうち。」

「だろ?俺は、チカより高くなるつもりだから。」

「それはそれは。また、俺は頑張らないとな。」

チカは、キツい眼になる。
また、ライバル心を燃やしたようだ。
そこで料理が大量に運ばれてきた。
コースに慣れているチカは、前菜から必ず頼む人だから、点心やメインが出てくるのは少し遅くなる。

「これ-食べれるの?」

その量に驚く。

「当たり前だろ?俺と幹也が喰うんだから。」

「姉ちゃん、こんなんで驚いてたら、料理、チカに喰わせるの足りてないかも、だよ。」

そうかな?
作ったの足りてないのかな?

「幹也―判らないかもしれないけど、食べ過ぎてもダメなんだ。ハードな運動だから。」

「え?」

幹也は聞き返して、そして、珍しく顔を赤らめた。
この子でも赤面するんだ。

「特に満腹に喰わせちゃダメだぞ、相手に。お前、やり方調べたんだろ?お前、攻めたいんだろ?」

チカの言葉に、さらに動揺する幹也。

「お前、可愛いな。」

チカは、幹也を見て笑う。
弟には手を出さないでよ。

「あのなあ。」

チカは慌てて、あたしを見る。
あたしはワザと、ツンとして余所を向いた。
チカと幹也はキチンと完食し、尚且つデザートも頼んでいた。

「俺たち居なかったら、パパとママ、きっと知愛を早く寝かせて、セ ックスしてるよ。いつも、あれでも声押さえてるつもりだから、今日なんか迂闊に帰ったら、大変な目に合うよ。」

幹也は、小さい頃から、そんな風に恥ずかしげも無く、人が秘める事もはっきり物を言う子だった。
そんな処が、天然のママに、よく似ている。
メディアで何も考えずに、ぽんぽん性体験を告白するママに、公子さんは相当苦労したそうだ。

だから、年末という特別感もあり、超久しぶりに三人でカラオケに行った。 
チカがアニメソングを熱唱していて、大きく笑った。
かと思えば、しっとりと英語の歌を唄う。
以前聴いた、優しく殺して、と唄っている曲。
歌詞を見たら、そういう事かと大体納得した。
二花のピアノと唄で、優しく殺されたいのね。

声変わりして初めて幹也の歌声を聴いたら、パパそっくりな色気ある唄い方に、驚いた。
と言うより、聴き惚れた。
少年はいつの間に、大人になるのか。
ショーモデルの事や渡英で忙しくて、いちばん大事な場面を見逃した感がある。

港を散歩してから、真夜中に幹也を家に送った後、あたしはまた、チカの家に行った。
話をしたかったからだ。

「パパはホントに洒落にならないくらいヤバい男だけど。幹也、いい男になるね。」

「それは……うん。」

その手の話?
パパの事もだし、弟だから、あまり、その事には触れたくないけれど。

「幹也は俺と同じ部類だけど、ね。」

優しいドSって事ね。

「パパとママは、ソフトなディープじゃん?俺は、そーゆーのはダメだけど。」

チカは相手が痛がる事は悦ばないものね。
て、チカはよく家の事情が判るのね。
ママをマネージャーとして見てきたから、よく判るのかも、しれない。

「ママは狂気的な美しさだよね。だから俺は怖かったんだ。ママは、男にそれを引き出させるね。いつかママに酷い事をしそうで、怖かった。」

ずっと、苦しんでいた、チカ。
今も、二花にした酷い事で毎夜うなされるチカ。
真面目で真摯なチカ。

「そういう俺も、いる。」

チャスにした不敵な一面も、ある。
だけど、あたしにそれをするなら、死んだ方がマシだと思っている。

「瑠璃、こんな事聞くのはイヤだろうけどさ。二花のやり方、どうだった?」

イヤ、そんな事。
チカは優しい眼で見て、頭を撫でるから、二花との事を責めている訳ではないと判った。

「こういう言い方もイヤだろうけど。お前は他に男を知らないから、それが普通だって思っちゃったら、可哀想かなって。最初のお前の反応見たら、気づいたんだ。」

額にキスをする。

「……少し乱暴だったのかもね。」

チカは優しく扱ってくれるから。

「そっか。そっちのSっ気だったんだな、二花は。」

ぐいっと引っ張り、ぐいっと押さえ込む。
時折、すごく強引になる。
終わったら、優しく抱きしめてくれたけれど。
男の人はそうなんだと思ったから。

「それは瑠璃の趣味じゃあ、無かったね。つらかったね。」

抱きしめて、頭を撫でている。
その優しさ、涙が溢れる。
この人で、良かった。

「二花くんは、神楽ちゃんに強引にするのかしら?」  

あたしにしたように。

「あの女は、それが好きだから、いいだろ。」 

チカは、しれっとして言い切った。

「大体、二花を支配する女だぞ。むしろ、逆に強引にしてるだろ。エスだぞ、ドS。二花が泣いて悦ぶ、超ドS。」

「怖いわね。」

くすっと笑って、チカの腕に触れる。
その度にチカがくれたブレスレットが、あたしを柔らかい女だと思い知らせる。
だから、チカに微笑む。

「可愛いな、瑠璃は。」

強く抱きしめられる。

「愛してるよ、my one. 」

「Darling……」

恥ずかしくて、すぐにチカの胸に顔を埋めるけれど。

「ん? Would you say it again? 」

チカは意地悪に、あたしの顎を持ち上げる。

「Darling…my darling. 」

チカの緑の眼を見つめて呟く。
言ってみたかったけれど、恥ずかしかったの、ずっと。

「うん。瑠璃、my one. 」

嬉しそうにキスを何回もする。



……………………………………………………………………………



あたしは、パパのツアーオーラスには行けない。
ロンドンウィメンズコレクションの直前だからだ。
その時には、ロンドンにいる。
だからこそ、カウントダウンライヴが楽しみだった。
イギリス人のチャスが好きなアーティスト、椎也。
その、人を惹きつけるステージを、改めてよく観たい。

会場に入ると、チカはとても緊張していた。
そうね。チカには久しぶりだもの―ステージ上の二花が。
その震えた指を握る。

Darling、大丈夫。

それは始まってみるとすぐに、パパの圧倒的な存在感と歌唱力で、ぐいぐい惹き込まれた。
パパはスゴい、やっぱり。
あたしは、こんな風にショーで、一瞬にして人を魅了できるだろうか。
震えた。

すっかりパパに見惚れていたけれど、チカの眼線は、また違った。
ステージ上の二花を、真っ直ぐ見つめている。
チカが手を伸ばしてきたので、あたしは握る。
震えた指を、指に絡ませる。
二花は自分の世界に入り込んで弾いていた。
相変わらず、何て可愛い人。
曲の合間に無邪気に笑うから、それも堪らなく可愛らしすぎる。

「まだ……興奮する。」

小声で耳元にチカは、そう言う。
それがとても、悔しいように。
チカは或いは、二花をとても憎んでいるからこそ、彼に反応してしまう自分が許せない、ような気がする。
彼のピアノと少年のような声に殺される、から。

来年へのカウントダウンが始まり、場内は一気にお祭りモードになる。
あたしは黙って、パパと会場に響く秒読み上げを聞いていた。
隣のこの人もそうで、でも、あたしを優しく見下ろしていた。

「ハッピーニューイヤーっ!」

パパのよく通る声に、会場のみんなは大騒ぎしている。
チカは一瞬、キスをしてきた。
まあ……こんな時は、特別。
とうとう、今年になったから。
今年の年末に、あたしは結婚する。
この、隣りの優しい人と結婚する。

「Happy new year! 吉田瑠璃……」

会場の喧騒の中で、チカは紛れて、そう言った。

「はい、darling。ハッピーニューイヤー!」

嬉しくて、返事をする。

「夢、みたいだな。」

「夢じゃないよね?これ。」

記憶がおかしくなっていて、本当のあたしはまだ、あの狂った空間にいて、この人との未来を妄想している、なんて。

俺も一瞬、現実か疑わしくなったから。
怖くなって。

苦笑しているチカ。
もし、まだ、あそこにあたしたちがいるのなら、でも、ふたりして気持ちがここにあるのだから、きっと大丈夫。
ここまで、辿り着けられる。
どんなに苦しくても、大丈夫。

あたしを、あなたの妻にして下さい。

チカは、つないだ指の力を強める。

勿論。
俺の妻になって下さい。

あたしは頷く。
涙が溢れてくるのは、パパのステージに感動した所為にしておこう。

パパの姿と、その色気ある歌声と、二花の奏でる鍵盤の音と、不思議な感覚に包まれながら。


…………………………………………………………………………


椎也は、そう言った。

「本当はツアーでは、毎回、二花とハモリタイムがあるんだけど、カウントダウンでは抜いたんだ。細部もね、カウントダウン仕様にしたし。」

そうか。
去年のアレの。
瑠璃は頷いた。

「やっぱり、パパのライヴ、きちんともう一回観たいわ。」

「そうだね。あと一ヶ月だし、何処かの会場に来れるといいな、瑠璃も。」

一月二日。
カウントダウンのあとで、森下家恒例の実花の継父の奥三河の家に来ている。
瑠璃はチカも誘ったけれど、花嫁の最後の家族水入らず、と考えたのだろう。
三日の夜に迎えに来て、チカの実家に行く、という事になった。

「瑠璃がショーモデルだでねえ。凄い事になったもんだね。こんなに綺麗になって、なあ。お嫁さんか、もう。」

去年より、そう変わらなくて良かった、おじいちゃん。
訪れた時、瑠璃は安心して、祖父の顔を見れた。
さらに老け込まれると辛いから。
祖父の手作りの五平餅を食べるのを、心待ちにしていた。

「やっぱり、実花の娘だから、突拍子なかったやあ。もう、十六で嫁入りか。」

「お父さん、それは実花をバカにしとるって事?」

実花は父を、よく見る。

「どちらかと言うと呆れとる、だけど、慣れたから、それが、当たり前だら、実花は。」

「結局、バカにしとる。」

実花は子どもっぽく膨れる。
それが可愛い。
瑠璃は母の天性の愛らしさを羨ましくも思う。
だけど、この人の無邪気な愛らしさと、生まれつきの色気には、それが故に苦労もしたと判る。
男が狂うから。

「幹也もそんなにデカくなったし、知愛は走りまわっとる!孫の成長は早い。傍にいない分、びっくりするわ。」

一年、だから。
来年は、もう、こうして祖父の家には来れないかも、しれない。
結婚しているのは判るけれど、どうなっているのか、予測がつかない。
瑠璃は、こうして家族が祖父の家に集まれるのは、おそらくこれが最後だろう、と感じていた。
幹也だって、来年はどうなっているかも、判らない。

幹也は、家の中の障子を全部破きかねないくらいに走り廻っている妹を掴まえた。
知愛は兄に抱えられ、面白くて笑っている。

「おじいちゃん、知愛抱っこしてみてよ。」

本当に面倒見の良い兄だ。
瑠璃は幹也の様子を感心していた。
知愛は喜びながら、祖父に手を伸ばす。

「知愛、ジジ、だよ。おじいちゃん。」

そう言って、幹也は祖父に知愛を渡した。

「おじじ、おじじ。チア、くる。」

小さな孫が嬉しくて微笑んでいる祖父に、知愛は喜んでいた。
二語文も出てくるようになったし、去年下半期は瑠璃が家にいなかった日にちも長いので、特に妹の成長は早いように感じられた。
これが、自分の子どもだったら、どうなのか。
チカは、瑠璃は十八で子を産むと言った。
あと三年。
くすっと笑って、祖父と知愛を見る。
しあわせな光景だと、思ったから。
こうして、曾孫を抱っこしてもらおう。

去年の今日は、チカが引っ越ししたので、お手伝いをした。
結婚したら住む、あたしたちの新居に、チカは引っ越した。
もう、一年なんだ。
だから、今年一年も早いだろう。

翌日、実花の母の実家に挨拶し、瑠璃もいろいろな話を久しぶりにした。
そこは、実花の母の弟夫婦の家庭があるし、実花は十歳の時に、ここに母と越してきた。
そして、遠縁に預けられていた二花と出逢う。
二花と初めて逢ったのに、既知感と既視感があったと、母はよく話している。
自分の身に起こった悲劇は、同じ時に二花も受けていたと知り、二花はもうひとりの自分だと感じた。
その時から共鳴した。
自分が感じる強い感情は、二花もまた同じように感じるのだ。

その人が時を経て、自分の娘と恋仲になったのは、どういう気分なのだろうか。
どういう気持ちで、娘と二花の恋愛を感じてきたのだろうか。
或いはだから、チカが実花に感じた狂気さは、こういうのを含むと思う。
瑠璃は強く感じていた。
美しい、とぼけた女性。

夕方、チカがやって来た。
うねった髪の、ラフな格好のチカ。

「ご無沙汰しております。吉田登規です。」

祖父に丁寧に挨拶をした。
向こうの挨拶との切り替えは上手に出来るもんだなあ、と、瑠璃は感心して見ていた。
そして、一緒に、こたつで夕食を摂った。
お節の残りや、雑煮、カボチャの煮付けなど、素朴な夕食。
瑠璃には、これがいい。

「こんな時だけどパパ、僕は気づいてしまいました。」

「は?」

椎也はチカに訝しがる。

「僕、まだ、お嬢さんを僕にくださいって、やってないんですよね。」

「いいよ。やらなくても。婚約した時に承認しただろ?」

椎也は頭を押さえる。

「いや、大切な事ですから!」

チカは意気揚々と語る。

「一生に一度なんですよ!パパ。」

「……ここではやめてくれよ。」

「え?今がちょうどいいのに。みんないるから。」

チカは不貞腐れた。

「チカ、やったら?ついでだし。」

実花は笑って、ふたりの様子を見ていた。

「ですよね?ママ。」

チカは少年のように喜んでいる。
椎也は嫌そうな顔をした。
瑠璃はいきなり始まった茶番劇に、赤くなった。

「では。」

箸を置いて眼を閉じ、額を指で押さえた。
眼を開くと、チカのおどけた表情が変わる。
背筋がすっと伸びて、薄い緑の眼で、椎也と実花を見ている。

「パパ、ママ、こんな僕を家族として迎え入れ下さって、ありがとうございます。」

椎也も実花も、真摯なチカの様子に、じっと彼を見ている。

「とても嬉しかった。いつも一緒に食卓が囲める事。僕の分まで当たり前のように用意してくれる事、感謝します。」

これ、英語で浮かんだ言葉を脳内で翻訳しつつ話してるんだな、と、瑠璃は気づいた。
緊張して、用意していた文句が、全部ぶっ飛んだ、に違いない。

「こんなしあわせな家庭で育った瑠璃……さん。でも、あなたたちには判らないかもしれないけれど、彼女はよく、我慢をするんです。体調悪い時も。伝えないで我慢しようとする。だから、僕は、そんな彼女を守りたいと思った。マネージャーではなくて、男として個人的に。なので、それが僕の大失態でもあるんですけど。」

大丈夫?
とても嬉しいけれど、話が横道に逸れてない?
瑠璃は心配して、チカを見上げ、腕に触れた。

「えと。それだけ惚れしまったという事で。こんなステキな瑠璃さんを育ててくださった、パパとママにお願いです。」

すうっと息を吸い込んで、吐いて。

「瑠璃さんを僕にください。生涯、大切にします。お願いします。」

最後の言葉に、ぐっと実花は泣き出した。

「瑠璃は物じゃないし。」

はあっと、椎也は息を吐いた。

「あげる事も親は出来ない。そういうのは嫌だ。」

ここにきて、そんな押し問答?
誰もが椎也をハラハラして見た。

「だけど、お前が瑠璃を庇ってるから交際を僕たちに伝えられなかったのは、凄く判ったから、あの時。」

つきあっているのがバレてしまった時、チカは隠さずに全てを話した。
二花を互いに裏切っていた事。

「あれでお前が信頼に足る男だと判った。何があっても、瑠璃を守る男だと、判った。」

パパはあの時、そんな事を考えていたんだ。
瑠璃は、涙を抑える事が出来なかった。

「あの時、もう、委ねたんだよ、お前に。瑠璃の事は。」

チカは真っ直ぐ椎也を見ている。
だけど、パパ。
転校する時も、パパは動き廻ってくれた。
いつも、パパは支えてくれている。

「親の務めは最低限するけどな。あとはチカがやってくれ。瑠璃の事は。」

「はい。そうします。」

力強く返事をした。

「パパ、ママ、ありがとうございます。」

頭を下げる。
椎也は顔を逸らした。

「もう、僕じゃないから。瑠璃を傍で守るのは。」

椎也は、そう言う。
覚悟はしていても、そんなに早くに娘を手放すのは、とても苦しい。

「はい。」

チカは微笑んでいる。

「椎也くんの時を思い出したわ。余所の女が自分の子を妊娠しとるのに、実花と結婚を前提につき合わせて下さいと、ムチャクチャな事を言ってきたな。」

祖父の鉄男は、椎也を見ながら懐かしそうに、そう言う。

「お父さん。」

椎也は自分の子どもたちの前で、過去の恥ずかしい話をしてきた義父に、眼を見開いた。

「実花が苦労するのは眼に見えとるのにな。でも、実花は椎也くんが苦しんどるのを理解しとって、それすらもふたりで乗り越えていこうとしとるのが深く判ったから、俺ももう、結婚を認めたんだ。」

「お父さん。」

椎也は笑った。

「娘を嫁に出す悲しさが、椎也くんも、ようやく判ったろう?」

「そうですね。本当に。それに、自分の時の事があるから、どうしても娘に寛大にならざるを得なくて。」

椎也は笑いながら瑠璃を見た。

「チカを甘やかさず、手綱を引くんだぞ。男を甘やかすと、すぐに手を抜くならな。」

「はい。」

瑠璃は、父の言葉にくすっと笑う。

「式、するのよね?」

瑠璃はチカに向く。

「ああ。」

瑠璃に微笑む。

「おじいちゃんも、あたしの結婚式に来てね。今年の年末の、あたしの誕生日だから。」

「それは楽しみだ。瑠璃の花嫁姿。」

鉄男は喜んで頷く。

「結婚式?するの?」

幹也は不思議そうな顔をしていた。

「あ、幹也ごめん。幹也には言ってなかったな。ちゃんと、その日、開けといて。」

チカは幹也に説明した。

「スケジュールの都合上、パパとママには前もって言っといたんだけどね。」

チカ、いつの間にパパとママに伝えたんだろ?
瑠璃は苦笑してチカを見た。

「あたしも、何処で式を挙げるのか知らないんだけど。」

「 It's a surprise. 」

当たり前、というようにチカは瑠璃を見た。

「チカらしいな。」

幹也はポツリとそう言い、雑煮を食べた。
一通り食べて座っているのに退屈した末っ子の知愛は、駆け出した。

「知愛!」

椎也は、その場から知愛を呼んだ。

「戻りなさい。」

「パパ!来て!」

幼い知愛の辿々しい言葉に、椎也は目尻を下げた。

「しようがないな。」

椎也は立ち上がって、知愛を捕まえ、高く抱き上げる。

「外!外、行く!」

「はいはい。」

知愛を抱き、そのまま、縁側から外に出て行く。

「瑠璃の時も、あんな感じね。ううん、最初の子だから、もっとデレデレね。」

実花は、ダメパパを笑って見ていた。

「寂しいんだよ、パパ。瑠璃がいなくなると思うと。」

笑いながら、瑠璃とチカを見た。

「そうね。パパ、大好きだったもの、あたしも。」

そして、今でも。
瑠璃は、チカを見上げた。

「最後ね、これが。」

独身最後の正月。
家族全員がゆったり出来る、最後の団欒。
森下瑠璃でいられる、最後の年始。
来年はもう、あたしは人妻。
あなたの妻。

「ふっ。」

チカは嬉しそうにニヤつき、口元を手で隠した。
人妻、あなたの妻、というのが溜まらなく、躍るキーワードらしい。
でも、本当に、そうなるのだから。
瑠璃は楽しそうなチカを見て、ニコッと笑った。



瑠璃シーン⑤中編3に続く
……………………………………………………………………………



ここらへんの話は何か、気恥ずかしさがあります。
家族団欒、というのが。


チカは二花を悪く言うのだけど、二花にしてみれば、自分を奴隷化したチカが怖くて
、また、そこに惹かれている。
故に離れられなかった。
奥底にある、チカの怖さ。
それを受ける二花は、どんどん瑠璃に、それを向けたくなる。
このトライアングルさ。

そして、二花はチカと瑠璃のふたりから憎まれてもいながら、その言語を直接浴びせられなくても、そのエネルギーは受けながら身体を合わせるという、この精神的苦痛。
与える方も、おかしくなるわね。
それが、事実としてはどうだったのか、というのが見えてくるのが、⑥シーンです。

しつこいテーマだ。


そして、ん?
というのがLily。
読み手は、あれ?
と感じるところです。



トーチカ~瑠璃シーン⑤中編1での台詞。


「 I'll kill you if repeated. (したら、お前を殺す。)」

これは本来、

「I'll murder you if repeated. 」

でした。
意味は同じ。

だけど、murderの方が格好いいのだけど。


あとからスラングを調べていたら、偶然、murderが殺害する、という意味の他に、イギリススラングでは、それを飲んだり食べたり味わう、という意味もあると知って!


じゃ、I'll murder youなんて、
チャスは、
俺を味わいたいの?
なんて誤解をする事も有り得る。

よく聞くたとえのfag
アメリカ語とイギリス語では
凄まじく意味が異なるので
アメリカ人とイギリス人の会話での意味の取り違えが恐ろしい事になる、
という例え話が、よく出てきます。



さて、幹也くんが出てきたので、私は嬉しかったです。
この子は果たして、うまくカミングアウトできるか?

お読みくださり、真にありがとうございます。
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