みずのこえ ことばこころほどき

ことばこころほどき、とは
あなたのかたくなった部分をほどくメッセージです。


テーマ:
今日もお話です。
創作話です。


完結した話のふたつの続きと

来る潮帰る波

実になる花~追伸


トーチカ~神楽シーン①
を読んでからの方が
判りはいいかと思います。

伏線的には。

そうでなかったら個々にでも。



東三河に住む神楽の目線からと
神奈川に住む瑠璃の目線からと
同時期の話を、
それぞれの目線から
進めていきます。


今回は性描写もありますが
それぞれかなあ
何を思うかは。

難しい題材ではあります。


それと、
瑠璃シーンでは
各々の欲望がぶつかり合うので
苦しいのではありますが

そこに人間らしい
ドラマがあるかとは
書いていて納得しました。

書くのに助けられたシーンが
急遽入ったり。


タイトルのトーチカ

戦争遺産であります。

Wikipedia先生のトーチカ

特火点と訳されます。
逆に意味わかんないよね。

↓Wikipediaより
語源は、долговременная огневая точкаのточка(tochka=「点」)に由来し、直訳すると、「長期的な着火点」を意味する。


そんな意味合いかな。


でも意味わからず
この作品は
「トーチカ」だ
と、降りてきました。


あと、トーチカを
もうひとつ、掛けてますが
それは今回の最後の方に出てきます。


お楽しみください、
というより
おこころ動かしください、
かしら。










トーチカ~瑠璃シーン①



このプロローグをKに捧ぐ


プロローグ


うちの家族はみんな、植物に関連した名前なのに、あたしだけ全く関連が無い。
だから、あたしはパパとママの子じゃないかもしれない。
それを泣いてその人に訴えたのは、八歳の誕生日の前の事。
そうしたら、八歳の誕生日にその人は、ラピスラズリの指環をくれた。

「ラピスラズリは日本語で瑠璃っていう石だよ。」

深く青い色の石。
神秘的で、その青に惹き込まれそうだった。

「瑠璃は地球の色合いを示す事があるし、だから瑠璃は地球って言ってもいい。鉱物だから植物じゃないけど、瑠璃は植物どころか、地球という母、全ての源、な意味もあるよ。」

そう言いながら、ラピスラズリの指環を指にはめてくれた。
それから、この指環が、あたしの宝物になった。

十二歳の秋に、指環を見せながら、その人にそう伝えた。

「ごめん。ソレ、安物だよ。」

二花ーつぐはるーは、照れながら瑠璃の顔を見た。

「二花くんの安物って言葉は信じない方がいいってママ言ってた。あの人の金銭感覚は庶民的じゃないって。」

「何処でも、そうやって、俺の金銭感覚を都市伝説的に語るの流行りかよ。」

制服の胸ポケットから、布の小袋を取り出す。
その小袋から、ネックレスを取り出した。
二花が瑠璃の十二歳の誕生日プレゼントにくれた、三日月のプラチナネックレスだ。

「こうして、一緒にいつも持ち歩いてるんだよ。瑠璃の宝物。」

笑う瑠璃に、少年のような童顔の四十歳の二花は、恥ずかしそうに首を傾けた。

「男としては嬉しいけどな、そういうのも。」

「いつも、一緒ね。」

ベンチに座っていた瑠璃は立ち上がり、二花の両肩に手を置き、顔を近づけ、唇を軽く重ねた。
それから少し離れて、瑠璃は驚いている二花の顔を見て笑う。

「お前っ、外でこんな事。」

「少しは普通にしたいよ、普通のカレカノみたいに。」

自分から瑠璃に手を出す訳にはいかない。
二花のその堅い意思を瑠璃は知っているから、自分がアクションを起こすしかない。
二花には、それも拷問状態であったが。

そんな瑠璃の気持ちを慮ってか、クリスマスの後の瑠璃の十三歳の誕生日に、二花はラピスラズリの指環を改めてプレゼントした。
瑠璃の左手の薬指に、その指環をはめる。

「これが俺の今、表現できる精一杯。」

「二花くん。」

瑠璃は涙ぐんで、二花を見つめた。

「少し屈んで。」

二花より十センチ背が高い瑠璃は、言われるままに少し屈む。
二花は瑠璃の額に唇をつけた。

「一緒にいような。」

「うんっ。」

そして初めて、二花の方から唇にくちづけをしてきた。
巧みな唇の動きに、瑠璃は腰が砕けた。
とろけるようなしあわせの時だった。
それがずっと続くと信じていたし、そのつもりだった。

どうして、あの時の真っ直ぐな純真の気持ちのまま、二花を信じる事が出来なかったのだろう。
どうして、あんなにズタズタに傷つけてしまったんだろう。
どうして、衝動のままに動いて裏切ってしまったのだろう。
二花を愛する気持ちは、ずっと本当だったのに。
どうして。

悔やむ事がいっぱいある。

まるで復讐するかのように、チカとふたりで二花をやっつけてしまった。
だって、二花に、あんなに傷つけられたのだから。
信じられない酷い事を要求されたのだから。
愛する人に、心をズタズタにされたのだから。
もう、二花を愛しているのか憎んでいるのかすら、判らなくなっていた。

涙が溢れてきて嗚咽が止まらない。
そのままで、大きく引いていく波に、ふたつのラピスラズリの指環を投げる。

ありがとう。
そして、ごめんね。

潮風が泣き顔も身体も覆うようにして、吹き流れていった。
長い髪が、バサッと乱れる。
マキシワンピースの裾が揺れていく。

愛していた気持ちは本物だったのに。
取り返しのつかない事をしでかしてしまったのだ。

悔やむ事がいっぱいある。
それでも、今は穏やかに、そして日々が愛おしくしあわせだと言える。
二花が傍にいなくとも。

「結婚、おめでとう。」

泣きながら、海原に向かって呟いた。
しあわせにしたかったよ。
しあわせにしてもらいたかったよ。
でも、もう。
違うんだ。

しばらく、その海を泣きながら眺めていた。

「マッマッ。」

後ろから近づいてくる声に、瑠璃は振り返って微笑みながら、ゆっくり近づいた。

「はぁい。」

泣きながら、笑いながら、幼い愛娘を抱き上げる。
その背後から、パシャリとその姿を一眼レフカメラで撮られた。

「バックの寄せてくる波に光が照らされて、映画のシーンみたいだ。」

その男は、そう言いながら、瑠璃の隣りに立った。

「そんな映画はありそう。愛した男を悔やみながらも愛おしく回顧する……そんな物語もいいね。」

「作るか。これまでの物語をそのまま。」

その男の横顔を、瑠璃は見ていた。

「あたしはイヤだよ。こんな辛い物語を演じるのは、もうごめん。」

こんな悲しくて苦しいのは、もうごめん。
そんな表情の瑠璃を見て、男が瑠璃の頭に手を置いた。

「ちゃんとお別れ出来たか?」

瑠璃は、頷いた。

「多分ね。」

「多分!」

男は呆れて言い返した。

「だって。やっぱり、惜しかったなあって思うもの。あんな可愛い人。」

上目遣いの瑠璃の頭を撫でて、男はフッと笑った。

「そりゃあな。」

「パッパッ!」

その時、瑠璃の腕の中の幼い娘が、男に手を伸ばしてきた。

「はぁい。」

甘い声を出して、男は娘の小さな手を握る。
そして、娘を瑠璃から抱き上げた。
瑠璃は笑って、溢れている涙を手で拭った。

「でも、悲恋より、こんな楽しい物語がいいね。」

「そうだな。」

今が、とてもしあわせだから。
そして、あなたもしあわせそうに笑っているから。
これで、よかったんだ。
瑠璃は男が片手で肩を抱いてきたその強さに、首を傾け、身を預けた。



……………………………………………………………………………




原宿なんかを歩いていると、よく声を掛けられる。

「わあっ!本物の瑠璃ちゃんだあ!きゃあーっ!可愛いっ。すごい大っきい!ファンです!」

握手を求められると、にっこり笑って、それに応える。

「サインください!」

そうねだられれば、快くサインをしてあげる。
そんなアクションに慣れてしまっている自分に時々、改めてびっくりする。

「あたしはねー嬉しいよ、瑠璃っ。ここまで人気になってくれて。読モに勝手に応募して良かったよ。」

隣りの友人の麻里は、しみじみ語る。
この友人が、ローティーン向けの雑誌の読者モデル募集に瑠璃を推薦で応募してくれなければ、そんな刺激のある生活にもならなかった。

何処にいても、美形のミュージシャンの椎也と、綺麗な女優の南藤実花の子どもだと、すぐに噂される。
あの二人の子どもだもん、そりゃあ可愛いよね、とヒソヒソ話が飛び交う。
どっちにも似てるね。いいよね、羨ましい。二人の子ってだけで、それだけで得だよね。
初めて、そのレッテルがつかずに、自分の容姿の魅力だけで、人気になったんだ。
森下瑠璃、一個人として、見られた。
それが単純に嬉しかったし、自信になった。
今では流石にもう、あの二人の長女だと、ネットでも噂になっているが、それでも始まりは、何もない処からだった。

初めは雑誌の読者モデルなんて興味が無かったが、ポーズを取り、それが認められ褒められる楽しさに、すぐに取り憑かれた。
背の高さと眼を引く可愛らしさもあり、すぐに読者に人気も出て、専属のモデルとなった。
その純粋な楽しみが、今、奪われようとしている。

学校帰りに流木に座って二花の波乗りを眺めていた瑠璃は、 海から上がってきた二花に、 ダーっと語り出した。

「ひどくない?瑠璃が居ないと思って、笑いながら話してるんだよ。『背も胸も育ち過ぎちゃったね。ウチでは困るね。』って。」

瑠璃はハアっと長い溜め息をつく。

「瑠璃だって好きで背も胸も大きくなったんじゃあないよ。」

「俺は好きだよ。」

タオルで顔を拭きながら、二花は瑠璃を見て、無邪気にそう言った。

「瑠璃の背の高さも、そのおっぱいも、大好き。丁度、俺の身長に合うんだよな。」

にっこり笑うから、瑠璃は照れて、顔が赤くなる。
瑠璃より身長が十センチ低い二花は時折、倒れかかるように瑠璃の胸に顔を埋めてくる。
それが瑠璃には溜まらなく興奮の材料になっている。
もう、いっその事、押し倒してしまおうか。
それとも、胸をはだけて眼を潤ませて見つめてみるか。
いろいろなパターンで妄想する。
二花くんも、実はそれを待っているかもしれないしなあ。
何せ、あの、エロ丸出しのパパとママの子だしなあ。
互いが家に居れば毎晩、凄い声が聞こえてくる親だしなあ。
なので、娘のあたしがエロくても仕方ないんです。
みなさん、許してください。
四十のおじさんって言っても、童顔で可愛い少年みたいな顔なんです。
そんな男が十三の女の子に手を出したら、それでも犯罪ですか?
あたしは、して欲しいんです。
世間にそんな理屈で通用しないかな。

「つ、二花くんの悦びになってもねっ。それはそれでいいんだけどっ。いいけどさっ。嬉しいんだけど、いいんだけど、でもさっ。」

身長が175センチもあれば、ショーモデルで充分通用する。
だけど、瑠璃はバストが有り過ぎる。
その線で詰めるのは難しいよ。
ママもマネージャーとしてお世話になった公子さんに今後の相談したら、そう語られた。
そして、それなら、うちの事務所に入らない?と誘われた。
それも御膳立てが整い過ぎてない?
しかも、瑠璃は演技に興味がないし。
二世タレントなんて、まっぴらだし。
かといって、したい何かがある訳でもない。
瑠璃は、それを二花に伝えた。

「俺は事務所に入るのは有りだと思う。」

「そんなの、パパとママの七光じゃん。」

「それを巧いこと利用するんだよ。」

「イヤだ、そんなの。」

「この先、もう、それは避けられないよ。だったら、利用するんだ。二人の子だから、あんな可愛い。言わせとけよ。他の人間は、そんな大きなバックボーンは無い。瑠璃が羨ましすぎるんだ。それが瑠璃の生まれ持った資産でもあるよ。大いに活用するんだ。」

二花はビジネスの話だと熱くなる。

「既存の道を歩もうとするから、その先が無くて辛いんだ。きっとこの先、この世にひとつ、瑠璃だけの表現方法が出てくると思うよ。それを活用できるのが、七光だ。」

判ったような、かと言って、腑に落ちないような苛立ちを抱えたまま、瑠璃は繰り返す波の音に眼を閉じた。
暖かくなってきたとはいえ、3月後半の海の風はまだ冷たい。
瑠璃は、ぶるっと震えた。

「瑠璃、俺もう少し乗ってくるけど、家帰るか?」

「えっ?」

邪魔って事かな?
瑠璃は不満そうな顔を明らかにした。 

「今日、椎也居るんだろ?という事は、俺行っても知愛ーちあー見せてくれないよな。」

「うん。」

二月に森下家に第三子が生まれた。
瑠璃の妹だ。
女の子だった為、父の椎也が二花を警戒した。
お前は知愛を見るな、触れるな。絶対に抱き上げるな。
二花の友人でもある椎也は、徹底的に大事な娘の知愛を二花から遠ざける。
瑠璃も第二子の幹也も、育児を二花に助けてもらった故に、瑠璃は幼いながらに二花に恋心を抱いた。
だから、次女は必死で守ろうと決意したのだ。

「急がないなら、瑠璃、俺んちで待ってて。」

二花の愛らしい笑顔に、瑠璃はドキリと胸が高鳴った。

「宿題して待ってて。四十分くらいで帰るから、珈琲淹れといて。」

「う、うん。はいっ。」

瑠璃の返事に、二花は瑠璃の頭をくしゃくしゃと撫でた。
海に入っていく二花を確認してから、瑠璃はダーっと駆け出して行った。

誰にも内緒で二花の家の合鍵を貰っている。
いつでも来ていいって事は、何をしてもいいのかな?
ドキドキして宿題も手につかないまま、鏡で姿を何回も確認したりして、うがいをしたりして、二花の好きな濃い珈琲を淹れる。
二花の家はやはり、ヘビースモーカーの二花の煙草の匂いがする。
このまま帰ったら、匂いですぐにバレてパパにキレられるから、消臭スプレーはいつも学校用のリュックにも入れてある。
匂いが瑠璃につかないように、二花は最初は禁煙していたのだが、やはりムリだったか、また喫煙しだした。

ガチャガチャと音がして、二花が入って来た。

「おかえりなさい。」

「ただいま。」

家で待ち受けて、おかえりなさいと言うだけで、特別感があり、ドキドキする。

「珈琲、飲む?」

「んっ、ありがとう。」

眼を瞑り、香りを楽しみ、美味しそうに口に含む。

「俺、瑠璃の淹れた珈琲、大好きだよ。」

この愛らしい笑顔。
何回見ても飽きないし、ドキドキする。
一杯分を飲み干し、二花はウエットスーツを少しはだけた。

「シャワー浴びてくるわ。」

「う、うんっ。」

厚い胸板が少し見えて、瑠璃はドギマギして答えた。

「瑠璃も一緒に浴びるー?」

二花は笑って冗談を言った。
こういう時にうっかり忘れているのだ、相手がまだ十三歳の少女だという事を。

「うんっ。」

瑠璃の思わぬ返事に、二花は首を大きく横に振った。

「いやっ、ダメっ。嬉しいけど、ダメっ。ダメだよっ。」

二花は慌てて逃げて行った。
瑠璃は、ちえっと寂しく不貞腐れた。

頭をタオルで拭きながら二花が戻ってきた姿を、瑠璃は無言で見ていた。
怒っているけれど、本当は、水分を含んだ身体にピタッとした長Tシャツに逞しい上半身のラインが出て、セクシーだなと見惚れていた。

「瑠璃、怒ってんの?」

ソファに座っている瑠璃を見下げるように、二花は瑠璃の顔に自分の顔を近づけた。

「怒ってる。」

瑠璃はプイッと顔を横に逸らした。
それを逃さず、二花は瑠璃の唇に優しく重ねた。
声が漏れてしまうような唇の動きに、瑠璃は思わず二花にしがみつく。

この人は大人だ。
その上手なキスとスマートな肩の抱き方。
今までに、どれだけの人数と関係があるのか、想像もつかない。
女性よりも男の方が圧倒的に人数は多いだろうけれど。

溶けるような気持ちよさと同時に、瑠璃の胸中には、そんな切なさも浮んでいた。

「……ヤバい。」

二花は瑠璃の耳元で呟いた。

「ごめん、ダメだ。」

ハアっと溜め息をついて、二花は優しく瑠璃を離した。
苦しそうに、濡れた前髪を掻き上げる。

「ヤバい。」

そのまま、瑠璃と離れて座る。
ヤバいのは、あなたのその耽美な表情です。
瑠璃は、二花のその顔を見て更に、身体がぶるぶるしていた。

「誰にも言わないから。」

瑠璃は震えながら泣き出した。

「バレないように、するから、お願い。」

瑠璃の悲痛な叫びに、二花は苦しそうに顔を横に振った。

「パパとママには、すぐにバレるよ?」

「……バレるよね、そりゃ、あの人たちには。」

瑠璃が中学校に入学してすぐ、二花は友人であり、仕事仲間であり、永遠の片想いの相手でもある椎也に頭を下げに行った。

「自分でも、とんでもない事を言ってると思う。でも、敢えて恥を忍んで言う。瑠璃とつきあわせて下さい。」

その言葉に逆上した椎也は、そのまま二花を三発殴った。
右フック、左フック、右ストレート。
あっという間だった。
そして、倒れた二花の胸倉を掴む。

「瑠璃に手ぇ出すんじゃねえぞ。」

そして、二花をパッと離した。
凄まじい形相で睨んで、そして、リビングから出て行った。
それは交際は不本意ながら認めたが、一線を越えるのは許さないというニュアンスだと思う、というのが、椎也の妻であり、幼なじみの実花とまとめた意見だ。

売られた喧嘩は喜んで買うが、自分からは決して手を出さない椎也。
相手を牽制して、自分に非が無いように仕向け、自らへの法的制裁を避ける。
そんな計算高い椎也が、怒りでそのまま拳を振るった。

余談だが、森下家の第三子は、この日に授かった子だと思う、凄かったから、と二花は実花に打ち明けられている。

「じゃあ、いつまで我慢するの?」

瑠璃は二花の腕を掴んで、訴えた。

「それは、当初の予定の十六歳でしょ?」

二花は汗を掻きながら、瑠璃の眼を見ないように答えた。

「あと三年もあるよ?」

「だから、それが非常に厳しい現実になってるんだって。」

掴んだ腕の二花の体温が物凄い。

「じゃあ、途中まで、ねっ?」

何とか二花の眼を見ようと、二花の両頬を手のひらで挟んだ。

「ムリだよ。途中で終わらせる自信は、ゼロ。」

二花の鋭い視線と、そのままかち合う。
大きい呼吸が聞こえて、そのまま瑠璃は肩を押されて、気づいたらソファに仰向けになっていた。
瑠璃の腰を跨いでいる二花に、右肩だけ、押さえつけられている。

「瑠璃、これで動ける?」

怖いくらいの押し殺した声に、瑠璃は少し恐怖を覚え、身体を動かそうとしたが、全く起き上がれなかった。

「そう。男の力って、こんなだよ。俺、利き手じゃない左手で押さえてるだろ。瑠璃より低くても、これだけ力が違うんだよ、お前とは。」

どうしよう。
怖いけれど、ゾクゾクする。
征服されているみたいで、心臓が破れそうなくらい高鳴っている。
瑠璃の身体の震えと、眼の潤いに、ふっと笑って、二花は瑠璃の耳元に唇をつけた。

「どうする?優しくされたい?それとも、少し乱暴にされたい?」

されるんだ。
されるんだ。
今から、されるんだ。
眼をぎゅっと硬く瞑った。

どうしようもなく、心臓が早鐘のよう。

「判った。」

二花はそのまま、瑠璃の首筋に唇をつける。

「あっ。」

発してしまった声に、二花の声にならない反応が感じられた。

「鳴いて、もっと。」

この扇情。
思わず二花の腰に手を廻して、身体を密着させた。
二花の動きが一瞬止まったが、そして手がシャツの上から胸に触れた。
二花の動きに任せて、ただ快感に震えて、喘ぐしかなくて。
潤んだ眼を開いて、眼の前の二花の少し焼けた首を、ぼんやり見ていた。

これ……。
最初は判らなかった。
ぶつけて怪我をしているのかと思った。
Tシャツからはみ出た、二花の右後ろの首の下の方の、痣。

頭の中に映像が浮かんだ。

「いやっ!」

瑠璃の叫び声に、二花はハッとして、力を弱めた。

「どうした?」

突然の拒否の身体の膠着に、二花は、瑠璃の顔を心配そうに見つめた。

「イヤだった?」

違う。
違うの。
瑠璃は涙をポロポロ零し、首を横に振った。
そして起き上がり、部屋から駆け出て行った。

泣きながら町中を走るなんて、そんなドラマみたいな事、ある訳無いと思っていた。
そんな恥ずかしい事を、今、自分が本気でしている。

判っていたのに。
認めていたのに。
でも、それを目の当たりにしたら、全部吹っ飛んだ。

嫌悪感と憎悪感と虚無感が襲いかかる。

家の前に帰ってきて、リュックを二花の家に置いてきたと気づいた。
しかも、煙草の匂いが染みついている。
その匂いに、すぐ隣りに二花がいるような気がして、身体の疼きを思い出した。

あんなの見つけなければ良かった。
そうしたら、もっと。
身を任せて、狂ったようになって。
自分でするより、もっと大きく感じて。
今日、自分は、もっと快楽を知ったのに。

バカっ。
バカっ!
二花のバカっ!

それでも、神さまは居ると思う。
父の車が無かったので、一安心の呼吸をして、インターホンを押した。
母が微笑みながら、ドアを開けた。
瑠璃の涙まみれの顔を見て、何も言わず、瑠璃の背中を優しく撫でた。

「ママっ。」

涙が、もっと溢れてきた。
母は瑠璃を玄関の中に引っ張り、ぎゅうっと抱きしめた。
赤ん坊の知愛の泣き声が聞こえてきた。
それでも、母は動かなかった。

「ママ。知愛、泣いてる。」

「瑠璃も泣いてるじゃない。」

瑠璃を見上げている母の美しい優しい顔に、瑠璃は我慢できず、泣きじゃくった。

「理解してる振りしても、やっぱり、ヤなのっ!二花くんが、まだ男に抱かれてる痕跡を見つけちゃうのはっ!」

その叫びに、母の実花は苦しそうに悲しそうに頷いた。

「当たり前だよ。そんなの、誰だってイヤだよ。」

実花も涙を落とす。

「ママ、知ってる?相手を。」

「多分ね。」

実花は苦しげに頷く。

「でも。」

実花はスマートフォンを手に取って、挑戦的な笑いを浮かべた。

「きっちり、本人に落とし前つけて貰いやしょうかっ。」

連絡を取り、すぐさま来いっ!と、電話の相手に怒鳴った。
ママには叶わないなあと、瑠璃は笑みを取り戻した。


……………………………………………………………………………



実花に連れられて、二花は気まずそうにリビングに入って来た。

「忘れ物。」

瑠璃にリュックを手渡す。

「うん。」

無愛想に受け取る。
二花は視線を、ついっと横に動かす。

「知愛だっ!やったっ!逢いたかったよ!」

ベビーベッドに寝ている赤ん坊に、二花は喜んで彼女の頬に触れる。

「そんな場合かよ?」

実花は据わった眼で、二花の上から下まで見やった。

「チカー?」

「ーああ。」

何の事か判らない、暗号のような会話だった。
実花はチッと舌打ちする。

「発情するなら、瑠璃だけにしといて。それが出来ないなら、瑠璃に触れないで。」

実花のドスの効いた声に、二花は瑠璃を見つめる。

「幹也がサッカーで左半身擦っちゃったんだって。大した事はないらしいけど。で、椎也が直行で病院連れてきました。なのでっ。」

壁をドンッと叩いた。

「お話はお早目に。」

知愛を抱き上げ、実花はリビング
を出て行った。

「ママ、産後、肌が前より白いと思わない?あれ、貧血じゃないかな?」

「そうだな。少しフラつく。」

産後一ヶ月の母の体調を心配しているのは、勿論なのだけれど。

「余計に、ぞっとするくらい綺麗だけどね。気をつけてあげないと。」

「ああ。」

そんな会話をしている場合でない事は、百も承知なのです。

「実花の言う通りだ。我慢しないで、瑠璃だけにどんどん発情して、椎也に半殺しにされたって、瑠璃の中に入っちまえば良かった。」

その台詞に、瑠璃は身震いを悟られないようにするのが難しかった。

「それが社会的にどれ程認められない事だとしても、お前と俺がそれを望むなら、そうしたら、いいんだ。」

糞っ喰らえ。

小さく、そして強く呟いた。

「俺は覚悟が足りなかった。ごめん。」

瑠璃に頭を下げる。

「今日の続き、改めて、ちゃんとさせてくれ。」

ズルいと思う。
結局、男の事に話題が触れていない。
もう、男の処に行かないとは、決して言わない。

あの痣、きっと、ワザとつけたの、相手が。
見つけたら、あたしが泣くって判ってて。
それで、笑ってる。
そんなの悔しい。
怯むかっ。

「して。」

瑠璃の恥ずかしそうな一言に厳しい眼つきが緩んで、二花は瑠璃を抱き寄せた。

「するぞ、本気で。」

「はい。」

誰に認められなくても。
あたしたちは、胸を張って言えるから。
この人を心も身体も受け入れたい、と切に願うから。


……………………………………………………………………………



マネージャーの車。
家に帰って来て、これを見つけ、瑠璃は重い溜め息をついた。
気分が重いまま、家に入り、リビングのドアを開ける。

「瑠璃、おかえりなさい。」

ソファに座った実花は、瑠璃に笑いかけた。

「こんにちは。」

母のマネージャーのスーツ姿の吉田は実花の眼の前に座り、瑠璃に軽く頭を下げて、にこやかに挨拶をした。
瑠璃はじっと、吉田の顔を見据える。
この男が。
以前、二花の恋人だった男だ。

「ママ、まだ本調子じゃないんです。ムリさせないで。」

あからさまに棘のある発言をする。
もっと、大人の女性の余裕ある態度を取れればいいのに。

「すぐに済ませます。」

瑠璃の顔を眺めながら、軽く頷いた。

「来月、ママが前にゲストで出たドラマのスペシャルの撮影があるの。少し出ないといけなくてね。その打ち合わせ。」

来月なんて、今の調子で身体戻るかな?
瑠璃は母の顔を心配そうに見つめた。

「本当に無理させないでください。お願いします。」

瑠璃は吉田に頭を軽く下げた。

「判りました。」

吉田も頭を下げ返す。

「まあ、吉田くんは敏腕マネージャーだからね。妊娠中も、絶対にムリさせんのに、巧い事、あれだけこなせたもんね。」

実花はさり気なくフォローした。

「ママ、お話終わったら、寝てね。あたしがご飯作るから。そしたら幹也も帰ってくるし。知愛は?」

「今、寝とるの。もう、起きちゃうかも。」

「いいよ。あたしが面倒見るから、ママは休んで。」

「ありがと、瑠璃。」

リビングを出る時、吉田を見やった。
一瞬、ニヤッとして瑠璃を見上げたような、気がした。
イラッとしてリビングのドアを閉めようとして、閉めたあと、軽くそのドアを開けておいた。
壁にもたれ掛かり廊下に座り、リビングの中を首を後ろから曲げて、覗き見した。

「凄い眼ですね。僕、睨まれました。」

吉田は実花に話しかけた。

「あんな眼、埋もれさせるの勿体無い。」

吉田は目を瞑って、顔を振った。

「吉田くん。」

「はい?」

実花の据わった眼に、吉田は、にこやかに返事をする。

「二花と、ちょくちょく逢ってるんだってね。」

実花の直球な言葉に、瑠璃はドキリとした。
吉田は表情を変えず、軽やかに頷いた。

「合鍵返してきませんしね。」

この男が。
そうか。
瑠璃の身体中にゾクッと悪寒が走った。

「僕は二花に可愛い声で求められたら、放せませんよ。」 

ふぅっと長い溜め息を吉田はつく。

「あんたが呼んどるんじゃなくて、二花が自ら行っとる訳よね。」

「そうですよ。」

眼つきが、変わった。
人をバカにしたような、嘲笑を含んでいた。

コイツ、ヤバい。
コイツ、危ない。

瑠璃の中で、シグナルが緊急に告げている。

「俺が欲しくて、夜毎苦しくなる。そういう風にしつけましたから。」

実花は頭を押さえた。

「それは二花の弱さだね。」

「可愛いじゃないですか。」

表情が戻った。
にこやかに笑っている。

「実花さん、瑠璃ちゃんのあの眼、勿体無いですよ。あんな眼、そうそう出来るもんじゃない。」

さらっと話題を変えた。

「次の話、まだ決まってないんでしょう?」

「まあね。」

実花は少し呆れたように、手を横に上げた。

「僕に任せてくれませんか?瑠璃ちゃんの良い所を活かせる、思い当たる話があります。」

「あんたに大事な瑠璃を任せられるって言うの?親としたら、そんな無謀な話に乗らんわ。何を企んどるの?」

「やめてくださいよ、そんな穿った視点は。」

「瑠璃が二花を奪ったから?それとも、それすらも二花を奴隷にする為の効果的な陽動作戦?」

「そんな、色欲な話、今してませんよ。」

吉田は立ち上がった。

「チカっ!」

実花が強く大きく怒鳴った。
瞬時、吉田が身体を震わせた。
汗が一瞬で吹き出たようで、前髪を掻き上げ、苦しそうに実花を見下ろした。

「ヤバいですね。あなたにそう呼ばれるなんて。」

色っぽい表情。
目撃していた瑠璃は、素直にそう感じた。

「実花さん、もうムリです。あなたみたいな女、もうムリです。担当、降ろさせて貰います。」

袖で額の汗を拭いながら、屈んで実花の肩に手を置いた。

「産後すぐの女性が、こんなに美しく色気があるなんて、考えもしてませんでしたよ。」

これはヤバいパターンかも。
瑠璃はいつでも飛び出していけるようにスタンバイした。

「椎也さん、今日帰って来ないんでしょう?思いがけない受賞で椎也班、総収集ですからね。瑠璃ちゃんが帰って来なかったら、あなた大変な事になってましたよ。」

実花は黙って吉田を見上げていた。

「あなたに付いてずっと、俺には拷問だった。二人きりの車中なんて、考える事はひとつしかないでしょう?その欲望を二花にぶつけていたのかな。あなたもきっと、二花のように泣いて欲しがるんだろうなって。お願いして、悦びで啜り泣くんだろうなって。」

多分、今、動けないんだ、ママは。
顔が青い。
瑠璃はしっかり、吉田を見張っていた。

「まあ、そんな葛藤もお終いです。」

実花の肩をポンポン叩いて、資料をまとめた。

「あ、でも二花は手放しませんよ。俺の最高のおもちゃです。」

その時、赤ん坊の知愛が泣き出した。
瑠璃はハッとして、迷ったが、リビングに入った。

「ママ、動ける?」

瑠璃は実花の腕を掴んだ。

「大丈夫よ。」

フラっとしながら、実花は立ち上がり、瑠璃に笑った。

「寝ながら、知愛におっぱいあげるわ。あとは、お願いね。」

実花は吉田に手を差し出した。

「吉田くん、今までありがとう。」

「はいーこちらこそ、ありがとうございます。引き継ぎはしっかりしますから。」

吉田は差し出された手を、しっかり握った。

「瑠璃に話してやって。あなたの仕事を選ぶ眼は確かだから。」

吉田に笑って、実花はリビングを出て行った。
沈黙のあと、睨みがちに吉田を見る瑠璃に、吉田は嘲笑した。 

「覗き見なんて、趣味が悪いな。」

吉田の溜め息に、瑠璃はドキリとした。

「心配だからじゃない、ママが。」

「嘘だろ?二花の事、聞きたかったんだろ?」  

ヤバい、コイツは。
それでも、何処か、瑠璃は同罪意識を吉田に感じていた。
憎らしい事を言っても、コイツは二花を強く愛している。

「二花としたって?良かったか?俺は入れる方で、奴の入った感覚は知らないからな。泣いてよがる方しか知らないからな。」

瑠璃はカッとなり、吉田の頬を引っ叩いた。

「その眼だよ。」

吉田は瑠璃の腕を掴んで、瑠璃を真っ直ぐ見つめた。

「その眼、トップに立てる眼をしてる。クサクサしてないで、次に進んでみないか?」

どうして。
こんな男の言う事が信じられるだろう?
それでも。
ママの仕事しやすい環境のドラマを選んで、そしてヒットしやすい味のある配役を選んで、ママに適確にアドバイスしてきた姿を、瑠璃は見てきたから。
ママが仕事をしながらも楽になった事、瑠璃は知っているから。

「ほんとに?」

腕を掴まれたまま、瑠璃は吉田に挑んで見返した。

「本当だよ。逢って貰いたい人がいる。」

「どんな?」

「カメラマンだよ。」

「どんな人?」

「君のパパとママを撮った人だよ。」

吉田は表情を和らげ、穏やかに微笑んだ。

「君の写真集を出したいと思う。」

それでも、ずっと瑠璃の腕を強めに握っている吉田に、紅蓮の炎を感じた。
この男は、実は、どんな企みをしているのだろう。
怖いながらも、その先を知りたいと思った。

「あんた、名前は?」

怯まないで、見据えてやる。

「吉田登規。トウチカ。」

それで、チカなのか。
瑠璃は、ふふふと笑った。

「チカ!写真集出してよね!必ず!」

「いいでしょう。約束しますよ。」

チカは、また、鋭い眼つきをした。
それが間違いじゃないし、それがあったからこそ瑠璃は世界を登りつめることが出来たのだから、この時にチカと手を結んで、良かったのだ。

それでも、瑠璃は過去を思い返せば、あの時から、いちばんの大切な何かを失っていくような、モヤモヤした気持ちを抱えて何年も生きねばならなかった後悔を知った。



続く


……………………………………………………………………………




書き出して、
あれ?何書いてるんだろう?と、
書いている方がびっくりしたプロローグが、急に出来上がった。

泣きながら書いていた。
読み返しても泣いちゃう。

好きなのに、どうしてか互いを罰するかのようになってしまう恋愛って、確かにあると思う。
愚かで、虚しいけどね。

後悔もあるんだよね、人生。確かにね。


あのプロローグがなかったら、
確かに暗くて辛すぎて、
書くの躊躇したから、
アレが飛び出てきて良かった。

そこから一気に書き上げました。

瑠璃がトップに立つ処
楽しみにします。



お読みくださり、真にありがとうございます。

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