みずのこえ ことばこころほどき

ことばこころほどき、とは
あなたのかたくなった部分をほどくメッセージです。


テーマ:
今日はお話です。
これは十年くらい前に出来たお話で
何かの賞に応募したんだったか。

その後、書き直していつかブログに
上げたような…
(記憶が定かではない。)


夢でみたお話だったと思います。

そこに既存のキャラクターを
当てはめたのだったのかな?


と書いてたら
ジャスミンの香りが
いや、夏みかんの花の香りかな?
漂ってきました。








来る潮帰る波




陽が輝いて出てきたばかりの海に来ていた。

11月の海の朝は既に肌寒く、辺りに開けた空気は、波の音に響いて、それだけで心もとなくなる。

一年前、妹がこの海で死んだ。

感傷に浸る程に死の実感も未だなく、昨夜までは祥月命日にわざわざ、妹が発見された海に訪れる気持ちは微塵も無かった。

汗を掻きながら妙に早く目覚めた今朝は、あそこに行ってみよう、と何故か突き動かされた。

早朝に波打ち際で発見された妹は、臨月の妊婦だった。
あの夜、彼女に何が起こっていたのか。
何故、真夜中に海に向かって車を走らせたのか。

事故なのか事件なのか自殺なのか。

捜査の後、事件性は低く、本人が暗闇で砂に足を取られたのではないか、と、不確かな理屈で、事故と断定された。
が、原因という真実は何も見えてこなかった。

何故に海に行ったのか。

それだけが、ずっと、頭の中をぐるぐる廻り続けている。

今でも、ありふれた日常として、玄関のドアが開き、ただいまと威勢のよい声が聞こえてくるのではないかと、ふと思ってしまうのだ。

腹の中の子の誕生を待ち望んでいた妹が、臨月の寒い夜に、自ら死に行くなどど到底考えられない。

それならば、何故に海に向かったのか。

答えの出ない問いが、このまま永久に頭の中に続くのだろうかという苦悶に、潮風は、涙腺を刺激した。

潤む視線の先に、この寒い11月の早朝に波と戯れるサーファーの姿を見つけた。

一年前のあの朝も、こうしてサーファーが波乗りに来てくれていたからこそ、寄せる波と引く波を受けて際で動かされていた妹の発見が早かったのだ。

それまで酔狂にしか思えなかった、冷たくなった海での彼らの遊びも、胃の辺りがジワッと温まるくらい、有り難さを感じていた。

俺はそうして、そのまま風景の中のサーファーの動きと、波が寄せて帰る営みを、ぼんやり眺めていた。


…………………………………………………………………………


「兄ちゃん、あたし、できちゃった。」

普段と変わらない会話の果てに、妹はそう、いきなり言い放った。

「は?」

そう聞き返しながら、何ができたのか、恐ろしいことに理解できてしまっていた。

「いや……ちょっと待て、お前、」

「生むんだ、決めたの。

ニコニコと笑みながらも、その瞳はキラキラと輝いていた。

「ー相手は?それ、知ってるのか?」

息を呑んで、聞いていた。
一生の中で一回きりだろう、こんな唐突な出来事は。
ほぼ変わらない毎日が繰り返される日常というちゃぶ台をひっくり返された気分だった。

「ううん。あたし、ひとりで生むの。」

無邪気に言い放つ妹に、俺は舌先が絡むのを口中で感じた。
叱りたいのに、頭がこの現実を受け入れられない。
言葉が空回りする、なんて歌詞によく出てくるけれど、俺はこの日、初めてそんな有り得ないことを実感した。

「馬鹿だって思うら?でも、言わんの、その人には。」

「あのな。」

「兄ちゃんが言いたいことは、全部わかっとる!」

急に叫ぶように声を振り絞った妹は、涙を溜めて俯いてから、顔を上げて、俺を見据えた。

観音のような安らかな顔だった。

人は決心すると、その心の強さから、悟りを開いたような顔つきになるのだ。
そう知ったのも、この時が初めてだ。

「大変だってことも判っとるよ。それでも、今はそうするしかないの。」

五年前、母親が交通事故で急に亡くなったのが堪えたのか、父親も翌年、脳幹出血であっという間に亡くなった。
妹は、父の死で、まだ17歳だった。

その時も、泣きながらも、何処か達観していた。

「これから大変だって判っとるよ。でも、普通に生きるしかないじゃん。」

納棺の時、親族の心配を装った口々に、妹は俺にしか聞こえないように、そうポツリと呟いた。

多感な時期に、名実共に支えを二人も失った妹は、だからこそ、独立心が強かった。

高校を卒業し就職して数ヶ月後に、家を出てアパートを借りて、ひとり暮らしを始めた。
一軒家に、もう俺しか居ないのだから、慌てて家を出ることもない、そう止めたのだが。

「やっぱり無理ってなったら、すぐ戻るからさあ。ねっ。」

何度も止めたが、妹の決心は変わることなく、そして、そのまま帰ることもなく、ひとり暮らしは続いていた。

「兄ちゃんには迷惑かけるけどさあ、あのさあ、家、帰ってきていいかな?」

甘えた声に、回顧していた俺はハッとした。
その独立心が強い妹が、俺を頼っているのだ。

「ここはお前の家だから、いつでも帰ってきていいんだけどさ。お前なあ、何も判っとらんぞ。子どもが生まれたら、どうするんだ?すぐに働きになんていけないし、誰も赤ん坊の面倒見れんぞ。」

こんな時、母親が生きていてくれたらな。
苦しく思う時は、こういう時だ。

「だから、兄ちゃんには迷惑かけます。ごめんなさい、働けない間、養ってください。」

頭を下げた妹に、俺は何処か歓びを感じていた。
何もしてやれなかった妹に、ようやく本当の意味で手を貸してやれるのだ。
こんな状況を喜ぶ方がおかしいだろうが、俺はホッとしていた。

そうか、俺も寂しかったんだ。
この家に、ひとり残されて。

明るい陽射しが当たっていても、何処か薄暗く音が響くだけの我が家が、賑やかになる。
そう想像するだけで、その後の苦労など、大したことのないように思えた。



……………………………………………………………………………




「で、独身のあんたが父親替わりになるの?」

紗千の相変わらずの辛辣な一言だった。

「別にいいだろ?止める相手もいないしな。」

「ふーん。あ、そう。いいんじゃないのー?あんたが良ければ。」

馴染みのバーのカウンターの片隅。
紗千とはかつて恋人だったが、なあなあになり過ぎて、紗千は俺に見切りをつけて、さっさと見合い相手と結婚した。
その後も時折、こうして一緒に飲む仲だ。
結婚して一緒に暮らすことは無かったが、的確なアドバイスをくれる、いい意味でパートナーだ。

「だけどさあ、そんなんじゃ、益々、女ができんね。」

「かもな。」

ある意味、女は邪魔な時期だった。
些細な気遣いをしなければならない女とのつきあい、それよりも仕事に力を入れたい三十手前の脂が乗り出した頃だ。

「大体、あんたのシスコン振りは引くからね。」

「引いてよかったじゃねえか。」

「そうよねえ。」

思わせぶりに含み笑いをし、紗千はグラスのマルガリータを飲み干した。
大体、紗千がこうして誘ってくる時は、遊び心がざわついている時だ。
亭主とはうまくいっている。何も不満のない暮らしだ。
だからこそ、危険な遊びをしたくなる。

正直、女なら誰でも良かった。
それが見知ったばかりで、お互い気を遣い合いながらのつきあいならば、疲れる。
紗千なら、何から何まで、よく知っている。
だから後腐れなく、一晩だけ楽しめるのだ。

あの事件の日も、酒は抜きでこうして紗千と逢っていて、深夜に帰り、妹の姿が無いのに驚き、当てを探しまくった。

その悔恨だからか、丁度区切りがついたからか、飽きたのか、それ以来、紗千とふたりで逢うこともない。

ただ、紗千は感が鋭く、気立てのいい女だった。
タイミングさえ合えば、難なく夫婦になれた未来もあった筈だ。



……………………………………………………………………………



妹は妊娠7ヶ月まで働き、産休に入った。
腹が重くて、もう動けない、そうその時に語っていた。
とはいえ、それまで、腹が張ることが何回かあり、かなり無理はしていたようだ。
生活の心配ならするな、と伝えていたのだが、産後の資金にと、ギリギリまで頑張った。

職場は妹の人柄も働き具合を評価してくれているし、シングルマザーになることも承知してくれて、産後半年の復帰を約束している。
何だかんだで、出産に向けて順調な滑り出しだった。

俺というと、家に帰ると、待ち受けていてくれる家族がいるのはいいものだと実感していた。
ひとりで暗い家の中に入ることもない。
俺はその時、心底落ち着いていたのだ。
恐らく、人生で最大に満ち足りた生活だった。

それが突如崩れるとは予想だにしていなかった。

あの日、真夜中に帰宅した俺は、家の前で妹の車が無いことと、妹の部屋の電気が点いていないことに気づき、不審に思った。
妹は暗闇を怖がる。
夜も電気を点けたまま眠るのだ。

焦りにも似た気持ちを抑えて、妹の部屋にも、家のあちらこちらも、その姿を探したが見つからなかった。
居間にはまだ温もりがあって、ついさっきまで妹がそこにいた事を物語っていた。

おかしい。

暗いのが怖いんだ。
そして、何処かに出掛けているならば、必ず連絡を入れてくる性格なのだ。

妹の携帯に電話するも出ない。
留守電になっては切って、何回も掛け直す。

もしかしたら、急に産気づいたのかもしれないと、産院に電話したが、来ていないとの返答だった。

少し買い物に出ているのかもしれない。
携帯の呼出音に気づいていないだけかもしれない。
小一時間待って、でもしかし、やはりおかしいのだ、と、深夜だが、知っている限りの妹の友だちに連絡を入れた。
彼女たちも一様に所在を知らなかった。

これが笑い話になって欲しいと一縷の望みをかけ、警察に電話した。
そして、陽が昇り、朝の7時過ぎに警察から連絡が入った。

置かれていた車、車内に残された財布の中の免許証から、身元はすぐに判明したのだ。


…………………………………………………………………………


何故に海に向かったのか。
それは永遠に判らないかもしれない。

ただ、あの夜、妹が海に行き着くまでの道のりが判った。
コンビニに寄っていて、肉まんを購入していた。
にこやかな妊婦が夜中にひとりでコンビニに来ることが珍しいと、店員もよく妹を覚えていた。

もし仮に、ひとりで出産して娘を育てることに悲観し世を儚んで、急に自ら死のうとするならば、その前に肉まんを買って食べるだなんて滑稽だ。

自殺の線は、すぐに無くなった。

誰かに呼び出されたのかもしれない。
携帯は波打ち際で転がっていたが、怪しい人物からの連絡は残されていなかった。
着信履歴、メールも犯人が消してから、わざと放置したのかもしれない。

第一発見者のサーファーは、妹以外の足跡は砂浜には無かった、と証言していた。

足跡は消せるものだし、もしかしたら第一発見者のサーファーが犯人ということも有り得る。

しかし、警察はやはり、事件性は低いと判断した。

真相は判らない。

もしかしたら、急に人生が嫌になって、暗くて冷たい海に身を投げたのかもしれない。

犯人は胎児の父親かもしれない。

潮風を吸い込もうとして波打ち際に近づいたら、高い波が押し寄せてさらったのかもしれない。

永遠に判らない。

何故に海に向かったのか。

何もかもが、判らない。

例えば、胎児のDNA検査をすれば、胎児の父親が誰なのかは、判明するのかもしれない。

そして、妹は妊娠をそいつにどうして伝えられなかったのか、理由も判明するのかも、しれない。

でも、そうではなく。

妹が死ななければならなかった訳は何なのだ。

理不尽だ。

どうして、出産を控えた妹が、死ななくてはならなかったのか。

どうして、それを免れなかったのか。

俺は、ひとりになってしまった。

何故、家族の誰しもが、俺を置いて逝ってしまうのか。

とうとう、本当にひとりになってしまった。






…………………………………………………………………………


後編に続く。

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