2015-08-18 18:48:23

天才の倒し方

テーマ:ブログ
先日、twitterで↓こんなつぶやきをしたのですが



天才は存在しないという言葉はまったくの真実で、というのも、赤ちゃんは基本何もできないからです。つまり、天才に見える人も生活の中で「自然に訓練」してきたにすぎません。訓練を無意識にすれば天才、意識してすれば努力家となります。




この文章を書いたとき、ふと、僕は昔



「凡人が天才に勝つ方法を見つけて、それを本にする」



を最大の夢にしていて、タイトルも「天才の倒し方」にしようと思っていて、自分のモチベーションをあげるために「天才の倒し方」で商標登録したほどなのにも関わらず、


そんな自分の最大の夢を、「完全に忘れていた」のでした。


どうしてそんなことになってしまったのかということですが、


その前に、まず、そもそも「天才の倒し方」を見つけることができたのか? という疑問を持つ人もいると思うので先に言っておくと


天才の倒し方を見つけることはできました。


というより、天才を倒すことは予想以上に容易であり、というか、彼ら(天才)はかなり脆弱な存在である、ということが分かりました。


では、どうして天才の倒し方を見つけたのに、その方法を出版しないのか、そもそも出版することすら忘れていたのかということですが、


その理由は


世の中のほとんどの人が『天才の倒し方』を必要としていないことに気づいたからです。



僕は昔、世の中の多くの人は「生まれつきの才能」というものに対して悔しい思いをしており、そのノウハウを見つけることこそが自分の人生の使命だと感じていて、死に物狂いでその方法を探し出し



「よっしゃぁみんな、天才の倒し方を見つけたぞー!」



と振り向いたとき、そこには誰もいなかったのでした。



それは、たとえば本のサイン会をしていたときに、感じました。

本を出した初期の頃、サイン会をするとき「自分みたいな凡人が何をサイン会なんて気取ったことをしてやがるんだ」という思いがあって、

さらに僕が書いているのは、ハウツー本のジャンルであり、ハウツー本とは、先天的に恵まれた才能を持つ人を倒すための道筋を伝える本であり

「読者は天才を倒すために一緒に頑張っている同志だ」という思いがあったので、著者という立場にならず、できるだけ低い感じになりたくてサイン会も薄汚い格好でやってたんですが、そのときお客さんが、僕に会うと「がっかりしてる感じ」があったのです。

やはり、お客さんは、遠くからわざわざ会いに行った相手が「自分と同じレベルの人間である」と分かることは嫌だと思うようでした。

そのとき、

「ああ、自分の夢は『天才の倒し方』を見つけて、結果を出しながらもいかに自分がしょぼい人間であるかを言うことで多くの人に希望を与えることになると思っていたのに、現実ではそんなことは誰も求めていなくて、天才然とした方がサービスになるんだなぁ」

と気づき、それ以来できるだけ綺麗な格好をして、すました顔でサイン会をするようになりました。すると僕に会っただけで泣いてくれる方もいらっしゃったりして

(やっぱりこっちが正しいんだなぁ)

と思うようになりました。


また、テレビや雑誌のインタビューも同様で、初期のころは「僕がいかに才能がないか」という話をするようにしていたのですが、そんな話をすればするほど聞き手の気分が沈んでいくことが分かったので、そういう話はしないようにしていきました。


やはり、お客さんは、自分が好きな対象に対して「超然」としたものを求めていると思います。


「この人、すげぇ!自分には真似できない!」と思い「たい」のです。


また、僕はこれまで色々な人に、仕事のやり方を伝えてきましたが、結局のところ、僕がそのことを伝える伝えないに関わらず、成長する人は成長していきました。

そもそも、「方法」を直接聞かなくても、世の中には優れた人が残した「作品」や「仕事」があり、やる気のある人にとっては、それが最高の教材なのです。


マイケルジャクソンに、直接ダンスのやり方を習わなくても、「踊っているマイケルジャクソン」を見て、(どうしたらこんな動きができるんだ?)と考え、真似して、試行錯誤することが最高の教育であり、これはマイケル・ジャクソン自身の成長の過程もそうでした。彼はまだメインステージで踊れなかったころ、舞台袖でジェームス・ブラウンのパフォーマンスを徹底的に真似しながら学んでいったのです。


(あ、ちなみに、この話をするときよく「努力することができるのも才能」という話をする人がいるのですが、この言葉は矛盾していて、そもそも天才とは努力では到達できないことを意味する言葉なので、「努力できない」のは才能ではなく「そこまでして結果を出したくない」ということであり、それはそれで良いんじゃないかと思います。ただ「努力する」という行為と「才能(天才)」はイコールになり得ません。努力とはあくまで「選択可能である」ことを指します)。

――話を戻しましょう。

多くの人にとって「天才」が存在してもらいたいものである以上、「天才の倒し方」というノウハウをまとめて文章にすることには意味はほとんどないし、

もし本当に天才の倒し方を見つけたい人は、その思いが本気なのであれば、必ず人生のどこかのタイミングで見つけることになるでしょう。

そして、それは非常にシンプルな方法であり、過去、大きな業績を残してきた多くの人がその方法を使っていたのであり、

そもそも「天才」という概念は、世間の人の「願望」が作り出したある種の「幻影」であることに気づくでしょう。

僕はこれまで、数多くの天才と一緒に仕事をする機会に恵まれ、彼らの持つ才能に圧倒されると同時に、仕事をする過程を通じて



「天才とはなんて弱い存在なのだろう」



と感じてきました。


その弱さとは、一言で言ってしまえば、



「改良できない」



ことです。


これをさらに詳しく言うのであれば



「お客さんのために改良することができない」



のです。


ちなみに、ここで言う「天才」と、多くの人が考える「天才」とは少し意味が違います。

多くの人が「天才」だと思っている人の成果物も、実は単に「改良」を重ねた結果だけかもしれないからです。ただ、改良を重ねる過程を見ることはできないので

いきなり完成品を出され、その素晴らしさを見せつけられたら「この人は天才だ」となります。しかし、それは単なる努力にすぎません。

僕がここで使っている「天才」の定義は


瞬時に、素晴らしい結果にたどり着ける能力


のことです。

つまり、「改良せずに結果を出せる」ことが天才であり、

しかし、瞬間的に95点に到達できたとしても、それを改良できなければ、最終的に、「100点まで改良し続ける」人間に負けるのです。


だから、「天才」は脆弱なのです。


カニを改良した「カニカマ」の味に親しんだ人は、本物のカニを食べたとき違和感を感じ、「カニカマ」の方がおいしく感じるという話がありますが、カニカマは、お客さんが好む味にひたすら改良を重ねることができるので、成長しない本物の「カニ」が最終的に負けることになります。

(ただ、この場合、人間は『本物』を求めるという、『味』とは違う欲求を持っていますので、本物のカニの方が良いと感じる人もいるでしょう。それは、たとえば、「ゴッホの絵が素晴らしくて、ディズニーの絵は子どもだましだ」と感じる人に近いかもしれません。そして、確かに「天才(天然)というサービス」が存在することも確かです。それは「改良しないことに価値を感じる」人であり、「視線がお客さんに向いていない」ことにサービスと感じる人ということです。しかし、たとえばアートのジャンルにおいて、あえて「客に理解できない部分を作る」人もいるので、その意味においても「本当の天才」は分が悪い戦いになるでしょう。それは、ギャンブルにおける、プレイヤーと胴元ほどの違いがあります。

 先ほどのカニカマの例で言えば、お客さんに「本物のカニ」を求めるニーズがあるとすれば、天然のカニの餌と環境から操作して「最強のカニカマと同じ味のカニ」を作り、さらにそのカニは「人工のカニ」であることを隠すことでお客さんにとって最強のサービスとなります。また、その意味でも、「天才の倒し方」のノウハウを披露することは多くのお客さんにとってサービスにならないということになります)

もちろん、ある、一部のジャンルでは、確かに「決して倒せない天才」もいるでしょう。

たとえば、100m走のウサイン・ボルトは天才であり、100m走ではどれだけ努力しても、たぶんボルトにはかなわないでしょう。

ただ、そもそも「天才を倒したい」と考えるきっかけは「他者からの評価」であるとするなら、

100m走の選手を終えた後も戦いは続くでしょう。「走る」という行為を通して他者に様々なサービスを生み出していく、という戦いが始まれば

そして、その人が真に「天才を倒したい」と考えるのであれば、最終的な結果として(他者の評価や報酬などで)ボルトには圧勝することになります。

そして、「天才の倒し方」を真に求める人は、「天才とは脆弱である」という隠された真実を知ることになり、

と同時に、「消費者は、天才に存在してもらいたがっている」と気づくことになります。


こうして、僕の「天才の倒し方を見つけて本にする」という最大の夢は失われていくことになりました。


僕の過去を知る人であれば、僕はあくまで「学校のクラスの隅っこにいた普通のやつ」に過ぎませんが、そのことを口にすることは誰も求めていないのです。
(そして付け加えるならば、こうした文章を書くことも、自分が天才的な結果を出していることを前提にしてしまっており、そのことに反論したくなる人もたくさんいるでしょう。
その点でも「天才の倒し方」は多くのお客さんが求めている言葉ではありません)


それなのに、なぜ今、こんな話をしようと思い立ったかと言いますと、


「天才の倒し方」は多くの人にとってサービスにならないのですが、


しかし、ごく少数の人にとってはどうしても知りたい情報であり――というか、過去の自分がそうだったからです。


「天才の倒し方」を見つけたかったときの自分は、喉から手が出るほどそのノウハウを求めており、



その理由は、自分に自信がなかったからです。



自分が仕事で結果を出せると思ってないので、天才の成果物から学ぼうにも、


(こんなものが自分に作れるわけがないじゃないか……)


と不安になって一歩も前に進むことができないのです。だから僕が本質的に求めていたのは、「天才の倒し方の具体的なノウハウ」という装いをした「希望」だったのでした。


そんな過去の自分(もしくはそれに近い人)に対して、天才の倒し方を伝えるのは、ある意味で義務だと思ったので


今回、書いておこうと思ったのです。


それでは「天才の倒し方」をお伝えしたいのですが、


それは一言で言うと




「段取りの徹底」




です。


不安で思考が縛られていたときはこのシンプルな法則に気づかなかったのですが、これは、天才の特徴を考えてみれば必然的にたどり着く答えであり、


というのも、先ほど定義したとおり、天才とは「瞬時に、結果にたどり着く能力」だからです。


つまり、天才の持つ能力とは



「プロセス(段取り)を飛ばせる」



ことに他なりません。


「いきなり走って、早い」
「いきなり歌って、うまい」
「いきなりしゃべって、面白い」


普通の人が一歩一歩進んで行くところを、いきなりゴールまで行くことができる、それが天才です。



しかし、「長所は同時に短所になる」――天才の弱点はまさにそこにあります。



彼らは、「段取りを飛ばせる」という能力に足を引っ張られ、改良ができないのです。



では、どうすれば天才を超えられるか。



それは、天才が飛ばしてしまう段取りを徹底的に行うということです。


その段取りのポイントはたくさんありますが、その中で最も重要なのは


「できるだけ完成品に近い状態を作り、疑う」


ことです。

とにかく完成品に近い状態――お客さんがそれを「良い」か「悪い」かを判断できる状態にもっていき、お客さんの正しい意見集め、精査し、改良し、完璧に近づける、ということです。

これはいわゆる「マーケティング」とは全く異なるものです。

世の中で考えられているマーケティングとは「お客さんに欲しい物をきいて、お客さんがこれだと言ったからこれを作ろう」という、ある意味で「言い訳」を集めていると言えます。

しかしお客さんは、何が欲しいのは自分で言葉にすることはできません。

ただ、お客さんは成果物に対して「判断」はできるのです。

つまり、完成品に近い状態であれば


○ か ×


はつけられる。

そしてそれ以上のことはできない。

では、×をどうやって○にするのか。

それを徹底的に、試行錯誤するのです。

それをやっているのが、アニメーションスタジオのピクサーであり、スターバックスが、少年ジャンプが、ユニクロがやっていることであり、過去の松下が、HONDAが、SONYがやってきたことです。TOYOTAのカンバンシステム「いつでもだれでも作品を疑って良い、疑ったなら検証する」でにも共通するものがあります。そしてTOYOTAのカンバンシステムを取り入れたのがピクサーです。また、組織だけではなく個人においても、ウォルト・ディズニーが、チャップリンがやっていたことであり、全盛時の黒澤明が脚本家を3人・4人体制を敷いていたのも近いものがあるかもしれません(ただ、後期の黒澤は一人で脚本を書き、段取りを飛ばす「天才的手法」に変わっていくことになりました)

また、それ以外にも存在する、様々な段取り


「ベンチマークを見つける」
「似た商品の課題を明確にする」
「反対意見を一度受け入れ、検証する」
「前回の成功の方程式を踏襲していないか検証する」
「自分の伝えたいメッセージとお客さんの求めていることの接点をコンセプトとする」
「一度決めたコンセプトを、途中で疑う」etc……


これらの段取りを徹底するのです。

これは、極めて苦しい作業になりますが、それをやらない(やれない)から、天才は脆弱なのです。

つまりは、「やればできる」という言葉は、真実であり、



才能とは「選択」の問題なのでした。



これは気休めの言葉でも、善意のウソでもなく、


誰もが、何かのジャンルの天才になることができます。


これらの苦しみを、引き受ける「覚悟」さえ持つことができれば。


この言葉に対して、反論する人もいるでしょう。


そして反論したくなる理由は、やはり、その人にとって「天才は存在してもらいたい」からです。



「誰もが、何かのジャンルの天才になることができる」――この真実は、天才を倒す道を選んだ人にしか体感できません。



クラスの隅っこにいた普通の男である僕は、高校生のとき「この人の面白さには絶対に勝てない」と思っていた人が4人いました。


それから10年後、その4人の内の一人が結婚することになり、結婚式で高校で一番面白かった4人が一堂に会することになりました。


その結婚式の余興でそれぞれがマイクを持って場を盛り上げたのですが、圧倒的な笑いを取ったのは僕一人でした。


(やった、やっと僕は彼らに勝った……!)


このときの感動をクラスメイトの一人に涙ながらに語ったのですが、彼はぽつりとこう言いました。



「お前、まだ『面白い』とか『面白くない』とかそんなこと気にしてたの?」




――ちなみに、この道を選ばない人がいても全く問題はありません。生産者を生かしているのは消費者であり、それは社会における単なる「役割」にすぎません。


ただ、個人的には、天才を倒す道を行く人が、一人でも多く現れることを願います。


それは、もちろん、消費者としてその人の成果物を味わいたいという気持ちもありますが、それ以上に、


「ああ、この人はお客さんのためにとてつもない改良を重ねてきたんだなぁ」という感動は


この道を行く者だけが感じ取れる、最高の喜びだからです。



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コメント

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60 ■無題

水野先生大好きです。

天才を倒すには段階を丁寧に踏まなければならないということですが、
天才がなしえる成果にたどり着くための《段階》はどのように棚卸しすればいいのでしょうか?
段階がわからないから凡人なのか、はたまた、段階を見出すエネルギーが湧き起こらないから凡人なのか…

59 ■無題

水野さんこそが天才です。

58 ■実話、実に面白い‼︎

☆☆☆☆☆☆☆

57 ■これは

よく共感できます。


とくに最初のTwitterの文章は、僕も感じていました。

頭の中でモヤモヤと感じていただけなので

言葉にできなかったんですが、水野さんに上手に言語化してもらえました(^^)。

56 ■ごあいさつ。

はじめまして(^^)
新年を迎えてメンタルや自分の芯を鍛えるためにネットサーフィンしていたらこちらのブログに漂着しました。夢をかなえるゾウは拝読し実践もしましたが、継続できていないなと反省中です。せっかくのご縁なのでまた教えを一つずつ実行して今年一年大きく成長できるように頑張ります。
天才の倒し方。なかなか面白い点をフォーカスされましたね(笑)確かに近年では『勝つ』という意識が低いので、共感を得るのは難しそうですが、そういう気概は現代人に必要だと感じました。

55 ■天才の定義

天才とは「超絶勘違い」のことだと思っています。絶頂期のキムタクみたいな。

客観性を得てプロセスを重ねるのとは真逆の方向ですね、実に興味深いです。

54 ■水野さんの人となり、最高ですね

水野さんを天才だと思っています。
最終成果物だけを見ていると、そう思っちゃいますね~^^
段取・改良・継続、の結果だったんですね。

53 ■そうだったのかw

私も、ずっと天才に張り合おうと頑張ってたつもりでしたけど
もしかしたら、自分が、打倒された天才かもしれない(笑)
だって段取り、面倒臭いもんw
苦しいもんw
残念なカニッw
だから、そこを乗り越えたカニカマに敵う筈がないよね。
これから、打倒された天才のリベンジ、やってみる。
素晴らしいコンテンツを惜しげも無く、シェアしてくださって
ありがとうございます。

52 ■あぁ

カニとカニカマの話、ピンときた。参考にさせていただきます。
ただ天才の倒しかたって子供にはウケると思うし、外人にもウケそう。作る気ないかもしれないけど、書籍になることを期待してます。

51 ■無題

ほんとに、いろんな意味ですごくかっこいいです。

50 ■無題

勇気をいただきました!
改良型ではない天才には勝てるかもしれない!
声優、ナレーターのお仕事をしたく頑張ってますが、最近息切れしてました。
頑張れそうです!ありがとうございました!

49 ■努力をした男ですね

応援メッセージです。
先生は天才を倒す努力もして結果もだして、面白くて、スラリとしたいい男なので自信もってください(^-^)昔はモサッとしてたのかもしれませんが、今は画像みてもイケメンだと思います。男の人は経験や内面から出る雰囲気が重要な気がします。
これからも応援してます♪

48 ■御礼

水野さんのブログは5年ほど前、就職活動の際に「ESの書き方」でググってから読ませていただいております(おかげさまで就職しました)。日常や人を観察する目、切口、山本社長との掛け合いや頑固で人情味のあるエピソードが面白くて、定期的に拝見し、新たな発見や気づきを頂いていました。
今回の記事を読んで、あ!と我が身を省みたのでコメントさせていただいています。天才という幻影を掲げ、その虚像に負けたフリして愚図っている場合ではない、と。
また頑張ります。刺激的な記事投稿ありがとうございました。

47 ■無題

感動しました
素晴らしい記事をありがとうございます
わたしは研究者をめざしていますが
研究者は天才じゃないと無理だとか
お前には才能がないとか、周囲の人に査定されてみくだされて
苦しい思いをしていました
ひとは本当に天才の存在を欲しがっているのがわかります。
みんな彼らに無条件降伏し、
私にも降伏するように強要してきます。
天才を倒したいと思っていたし
どうあがいてもかなわない才能なんかないと信じたくて
でも挫折するなかで、
本当は研究に向いていないのではないかと
不安を抱えながら研究をしてきました

本当に勇気付けられました
これからもご活躍たのしみにしています
段取りを徹底していきたいとおもいます

46 ■感謝!

水野さんのブログを読むと、スゴく元気になるんです。
本当に心から感謝してます。
どうしてもお礼が言いたくて……
これからも、楽しみにしています。。21959

45 ■感謝!

水野さんのブログを読むと、スゴく元気になるんです。
本当に心から感謝してます。
どうしてもお礼が言いたくて……
これからも、楽しみにしています。。21959

44 ■なるほど

火花ですね。

43 ■無題

納得&共感いたしました。
改めて、深く深く、読み返して
自分の指先に落とし込みたい思考でした。
ありがとうございます。

42 ■無題

水野さん、こんにちは!
天才の倒し方ではなくて、天才がどうやって柔軟に修正していけるかお考えになることのほうが
水野さんに必要なことのように思いました。
水野さんの論理通り、水野さんご自身もまた天才なのですもの。
天才な部分はまた、弱点でもあるのが痛いところ。。。秋また悩み深し。

41 ■無題

興味深い。。よくよく読み返してみます。

40 ■無題

ものすごく納得しました。
ちょうど子どもに伝えたいことだったので、一緒に読ませていただきます!!

39 ■敬愛する水野様

大学生の時、人としゃべるのが苦手な僕は、当時奇跡的に付き合っていた彼女に、バスの中で、突然泣かれました。「私と居てもたのしくないの?」と。

僕は、いつも何を話したら良いか分からず、頭の中では必至に話題を探しているのですが、なにも思い浮かばないという状況で、結局毎回無口になっていました。自分が情けなくなりました。

次の日本屋さんに人と話せるようになる本を探しに行き、そこに「ウケる技術」が並んでいました。

買いました。

そこから僕は少しずつ人と話せるようになりました。

水野さんは僕の星です。

夢をかなえるゾウが世の中で売れた時は
「やりましたね水野先生!!」
と思うと同時に
「媚びましたね水野先生!!」
とも思いました。

「媚び」と言うと耳障りが悪いですが、これがお客様に対する改良の結果であり、段取りの成果ということなのですね。

大好きであります。

38 ■無題

いつもブログ楽しく読ませていただいております。

才能や努力というものを、人の選択というフィルターを通して考察されている大変興味深い記事でした。

それを選択しなかったからといって善い悪いではないと自分も思いますし、結局はピンとくるかこないかでそれに対する行動力が変わってくると思いますので、もはや脳や心がピンとくることに全力で励んで行く様を自分にも他人にも感じていたいです。

びんびんなるぬピンピンに。

37 ■無題

天才=段取りを飛ばす
天才に勝てる人=段取りを徹底してる

僕の脳内
天才=別に今みんなに理解されなくてもいいや
天才に勝てる人=信頼を少しづつ積み上げる

ドラクエで
天才=世界の民は勝てないと思っている魔王を俺は殺れると思ってる勇者
天才に勝てる人=なるまでに時間が掛かるが後々あれ?勇者より使えんじゃねってみんなに人気の賢者

この理解で大丈夫ですか?

36 ■無題

簡単に手に入れた才能は簡単に捨てられる。努力して手に入れた才能は簡単に捨てられない。百田さんのボックスを思い出しました。

35 ■成功者

非常に共感できます。
このことは、成功者になれるかどうか、お金持ちになれるかどうかと同じであり、多くの人は成功者やお金持ちにはなれません。それは、心のどこかでは相応の努力(段取りの徹底)を望んでないからです。
そして水野様が成功者になれるのも、その程度の努力は大したことではないからです。この感性はたぶん育ってきた環境によって自然に培われたものであり、このことを「天才」と呼ぶのかもしれません。
(つまり、完成品を披露できる年齢は人によって違い、まわりは完成品を見て「天才」といい、途中の未完成品を見ても天才とは言わないので、水野様も今、天才と呼ばれ、未完成品の子供の頃では天才とは呼ばれなかったということ)

34 ■いい話!

途中、眠気が襲ってくるのかと思うくらい頭ん中が混乱しつつも、言葉の意味の深さに関心しました。

読めば読むほど「うんうん。」って頷いてしまっている自分があり、思わず自分が今置かれている環境に当てはめ、より一層共感を持ちました。(水野ワールドに引き込まれてます。)

「夢をかなえるゾウ」でもありました、ユーザーの気持ちを理解する。と、いうことって大事なのかもしてませんね。

次回も期待しています。

33 ■努力が好き。

私は「打倒、美人!」を目標に
生きてきました。

なので、わかるつもりです。

美人に勝つ努力は楽しい。

努力してる人も好きです。

基本的には本物志向だし、
生まれながら(元々の美人)には
敵わないと思ってますが
人から支持されるのは改良して
進化していく人たちだと思います。

32 ■天才が天才たる理由

努力を積み重ねてきた人間が
結果を残した、この結果に対して
この人は天才だ、と評価するのではないでしょうか。
過程を見ていないのだと思います。

誰しもが凡人に生まれ、育っていく環境で
能力を身に付け(人を笑わせるなどの)、
それを表現する。小学生の頃に面白いと
言われていた4人は、面白いって何だろう?
どうやったら人は笑ってくれるのだろうと
研究、努力をしただけのこと。
努力をやめたら、その人の能力は
それ以上伸びることはなく、
大人になって面白くなくなっても当然のこと。
面白いことが重要だという人はお笑い芸人さん
くらいでしょう。

水野先生は、そのコンプレックスをひたすら
無くそうと努力した結果、4人より面白い
人間になれたのではないでしょうか?

ウサイン・ボルトも、誰よりも走り込んでいるから
世界で一番早い男になれているのだと思います。
努力をやめた途端、他の選手に抜かれるでしょうね。

水野先生の言葉を借りて言うのなら、

「段取りを徹底して努力し続けた人間」
が天才の定義なのでしょう。

31 ■無題

水野先生。こんばんは。
そうなんです。だから、水野先生にはそんな天才であり続けて希望を分けてほしいんです。(過去がどうであれ(笑))
あっ、でも。。自分のことをダメな男と言える人ほどわたしは愛おしいと感じますよ。
時と場合にもよりますが。。
これからも、応援してます^ ^

30 ■段取り!

「段取り!」でほくそ笑んだ私は
その直後に自分の根性無しを確認するのでした・・・

にゃので布団にもぐりこみ
「人生はニャンとかなる!」にほおずりします(笑)

29 ■打倒天才

なんだか胸に刺さるものがありました。
自分も天才を倒しに行こうと思います。

28 ■きっと今回も達成できない

いつも拝見させてもらっております。
大変、参考になりました。
しかし、夢をかなえるゾウ・LOVE理論然り、きっと今回も私は先生のハウトゥーを達成できないのだろうなと感じてしまいました。
実践はしています。しかし続かない。
今回も感銘を受けたばかりに、実行に移すのですがこれまで培ってきた人生観の枠組みから離脱するには、周りの人間の協力を得ないと難しいなと感じます。
この甘い自分の精神力をどうすればいいのか。

そんな悩みを解決させるような閃きを水野敬也先生(天才)にお聞きしたいなと思う今日この頃です。

27 ■無題

ずっと前から知りたかった内容なので本当に嬉しいです。
何回も読み返して、そのたびなぜか感動してます笑

記事にしてくださってありがとうございました。
これからも応援しております*\(^o^)/*

26 ■無題

なるほど!
たまたま最近似たようなこと考えてたので、コメントさせていただきます!
将棋とかもそうなんだと思いました。
自分だけ時間無制限なら善戦できる自信ありますw

25 ■無題

たまたま最近似たようなこと考えてたので、コメントさせていただきます!
将棋とかもそうなんだと思いました。
自分だけ時間無制限なら善戦できる自信ありますw

24 ■天才肌

天才肌からの打倒天才を企ていました。
自らとちゅうまで理解を深めていましたが、
私の狭い幅の中ですが、自叙伝を読んでも回顧録を読んでも啓発本や宗教的な教えを乞いても
『いや、もうその発想が天才的ですやん』と
突っ込む日々でした。
それでも天才にむかい走るしかない毎日・・・。
いましたね。ここに私の求めていた天才。
天才が天才を切り売りしなければならない理由。
カニカマが美味しい理由。
本当にありがとうございます。

23 ■パチパチパチ

共感(^-^)
私は凡人です。
というより、どんな事も初めは人より劣っているくらいです。

カツアゲの話で思ったのですが
あえてマニュアル使わず直球で勝負してみるのはどうでしょう。
また何か生まれそうだな。なんて思いましたー

22 ■無題

突出したシックスセンスで天才の真贋も見分けることができる水野さんは「天才か凡人か」のレイヤーを超えたメタな存在。「天才」は遠くで輝きながら憧れの存在として人々を牽引しますが、全能を隠して敢えて人々の後塵にいて背中をそっと押してくれる水野さんは「超天才」です。超天才が書く文章は読む人に感動を与えます!でもその本が必ず売れるとは限らないみたいですね(~_~;)

21 ■イン・ザ・ヒーロー

初めて投稿させて頂きます。
ブログを読んだ後に何度も水野先生の言葉を噛み締めております。

さて、話は変わるのですが水野先生、李鳳宇先生脚本のイン・ザ・ヒーローを拝見いたしました。

正直、水野先生の脚本ということでハードルが私の中でもかなり上がっていた部分はありましたが、期待値をかなり下回るものでした。

ただ、今回のブログで言うところの「段取りの徹底」が今後の水野先生には出来るという意味では、発展途上段階であり、さらに面白い作品を改良に改良を重ね、また疑い、その過程を経て世に出てくるものを改めてみたいと思います。

期待してます。

20 ■凡人

いつも楽しませて頂き感謝します
今回の内容もとても興味深い内容でした
私が水野さんと共通することは、コンプレックスだと感じています。

19 ■無題

3行でお願いします!

18 ■無題

勉強になりました。

17 ■天才!

これからも平凡な日々が続くことを、日々思い知らされてきたほぼ100%の人々である私にとっても、いつかたどり着きたいところに行ける希望がわいた!
だから売れるんですね。
閉塞感の時代が産んだ天才?です。
敬虔なクリスチャンにとっての審判の日や仏教徒の弥勒信仰同様。
表現者として尊敬され財務的成功を集めるモテモテ、というこの時代の神です。
水野さんの人生を凝縮した一滴。搾りすぎて枯れてしまえ!

16 ■無題

グッサグサ心にきました。
自分でそれを気付けるか?
自分は天才になれるのか?
なれなくても『お客様のために改良を続けていく』ことはできるので、それの積み重ねですね。

15 ■無題

よくわからないけど、よくわかる、
ん?と思いながら、めっちゃ共感している自分がいます。

なんかもう、とりあえず私が水野さんの文章好きだとわかりました。

14 ■おはよーございます!

正直なんかよくわからん。

私の考えを少し。
もしかしたら、いま『勝ちまけ』のない時代になってるのかもしれませんね。
天才=勝ち、凡人=負け としたら。
水野さんの中で、おもしろい=勝ち、おもしろくない=負けの図式が無かったでしょうか?
それが、勝ち=お客さんを楽しませることとしても。
勝ちまけが必要な場面と、そうでない場面があると思います。
私は天才とは、永遠の憧れの対象であってほしい方です。
しかし、追いつきたいと願い努力を重ねることは大切だと思います。
それが『夢』や『希望』になるのではないでしょうか。

段取りの徹底というのは水野さんらしい、ユニークな発想ですね。
なんだかんだ言って、書籍になったら読むと思います。
そのユニークな発想をお待ちしています。

13 ■結局。

自然には、人間勝てない存在だなと思ってしまいました。

大自然だけじゃないです。

自然に という意味で。

早朝からエンジン全開で考えさせられました。
ありがとう。

12 ■無題

そういう生き方をしてきた先生がすきです!

11 ■最近感じていた悩みでした。

私も水野さんのいう、「天才を倒す道」を求めて試行錯誤してきました。そして、その道筋がだいぶわかってきて自分の人生も変わったので、それを伝えようとブログを書いています。


でも、なんだか最近書いていて、
「みんな本当は変わりたくないのかもな」
「結局変わりたいといっても、そういっている自分に酔うのが好きなんだな」
と感じるようになって切なくなっていました。

そういう人は天才が存在していないと困るし、なにか思い通りにならない出来事に嘆いている人生を選びたいんだなと思います。

私は、もし、「本当に」みんなが天才を倒すような生き方をして、輝いていけばもっと組織も社会も日本も世界もよくなるだろうなと本気で考えていました。そのために自分のできることをしたいと。

でも、他人に生き方を強要することはもちろんできませんし、そういう人がいるから成り立っているものもたくさんあります。

また自分は自分、自分の人生をよくしていけばそれでいい、という考えもあります。でも自分の世界だけで生きていては、天才を羨む人との溝が広がるばかりです。そうやって家族が、組織が、社会が、日本が、世界が、溝を深めていったらどうなってしまうんだろう、、視野を広げて考えていけば、自分の人生がよければそれでいいで済ましていいものかと思ってしまいます。


まあ時代の流れからしても、避けられなことなんでしょうが、できればいま、どっちの生き方をしようか迷っている人には一歩を踏み出してもらいたいと私は思ったり。

そのための力になれることを自分の生き様を通して、自分の発信を通して伝えていけたらと思うのでした。

長くなってしまいましたが、これからも水野さんの活動応援しています!
有難うございました。

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