クッパムファミリーは、地元に戻ります。

 

その後、サイババからも手紙をもらって、再び、サイババに会いに行くことにします。

 

私達はペヌゴンダに到着した。

ペヌゴンダ駅には今では電灯が取り付けてあった。

また休憩室やちゃんとしたプラットホームもあった。

「おお! これは素晴らしい。」と思いながら列車から降り、少し休んでから私達は出発し、私達の馬車は次の停車場所に五時に到着した。

 

ここでもまた、新しいバスの事業が開始されていた。

全てが素晴らしく思えた。

私達は何の苦労もなくバスの切符を手に入れた。

バスの旅は前回のときのような不愉快なものではなかった。

 

パルティへ訪れる帰依者の数が増えたので、多くの新しい快適な物が導入されていた。

馬車は今では以前よりも沢山利用できるようになっていた。

私達は馬車に乗って出発した。

御者は言った。

「今ではとても沢山の帰依者達がパルティを訪れるのですよ。」

 

即座に私の心は新しい考えで、蜂に刺されたように痛んだ。

帰依者の人数も増えてしまったのだろうか。
そうしたらスワミは以前のように私達と一緒に自由に動き回り、私達に語りかけ、一緒に長い散歩に出かけたりするのだろうか。

スワミは忙しいのだろうか?

スワミは愛情のこもった出迎えをしてくれないのだろうか?

私の心がこのような多くの疑いに苦しめられると、良識は気まぐれな心をけちらし、戒めたのだった。


馬車はアシュラムに着いた。

馬車がまだ少し離れているうちから、小さなサイ・ゴパールは走っていらっしやった。

「お母さん!」

私のこころは叫んだ。

睡蓮が月の光を浴びたときのように、私の胸は喜びで一杯になった。

 

非常に子供好きな人のように、雌鳥がひなを愛するように、スワミはすべての子供達をスワミの腕の輪の中で抱きしめて下さった。

スワミは愛情のこもった眼差しを私達に向け、スワミの愛情の大海に私達を浸らせ、愛を込めて尋ねられた。

「僕の手紙を受け取った?

皆元気かい?

旅の間何もトラブルはなかったかい?

ああ!

皆ここに来たんだね?

それで十分だ。」

そして私達はスワミの足元に平伏し、まるで貧しい人が見つけだした財宝にしがみついて離れないように、スワミの足にしがみついた。

 

子供が家に帰ったときに母親が見せる喜びと同じ種類の喜びをスワミは示され、私達をこう言って歓迎して下さった。

「さあ、さあ、入って。

まず食事をお取りなさい。

皆痩せてしまった。」

スワミの愛情に満ちた問いかけの連続に、私達は至福の海に浸かったような気持ちになった。

私達はこのように愛の大海に繰り返し浸され感激していた。

 

私達が乾いたこころを十分に満たそうと、スワミの蓮のような御顔を見つめ続けていると、スワミはおっしやった。

「なぜそんな風に僕をじっと見ているんだ?

さあ、動いて。」
そのときのスワミの幸せそうな様子は、雌牛が子牛を見たときのようだった。

ああ、なんて幸せな気分なんだろう。

私達は生気を取り戻したようだった。

スワミは変わっていなかった!

「スワミは以前とまったく同じだ。」

私達は胸を手で押さえて安心のため息をついた。

一つ当たっていたことがあった。

マンディールには多くの新しい顔ぶれがいたことだ。

 

 

サイババの本拠地はプッタパルティという南インドの奥地にあります。

 

当初、クッパムファミリーは、大変な苦労をしてプッタパルティに行きましたが、今回は、サイババの帰依者も増えたようで、快適な旅ができたようです。

 

このように16歳のサイババのもとに、多くの帰依者たちが集まるというのは、やはりサイババに相当なカリスマ性が若い頃からあったのだということがわかります。

 

 

(出典:『アニャーター・シャラナム・ナスティ あなただけが私の救い主です』ヴィジャヤクマーリ女史著 平岡一記訳)