2010年12月19日

最後の赤ワイン

テーマ:生き方

秋の森、明るくて静かな午後の日差しの中を婦人がゆっくり歩いて、
温かそうなベンチの前で立ち止まりました。

ベンチが話しかけています。


「お疲れでしょう、少しお座りになりませんか」


「ありがとう。美しい景色を見ながら、幸せな時間をご一緒させてくださいね」


婦人が静かに椅子に掛け、背筋も顎も伸ばして四方を見回すと、
上の方で枝がさわさわ揺れ、木の葉がいっせいに落ちてきました。


「椅子さん、こんな贅沢をひとりで楽しんでらしたあなたに、
今日からご一緒させていただくお願いに来ましたの、よろしいかしら」

「もちろんですとも。どうぞ私が朽ち果てるまで、ここにいらして下さい」

彼女は、そっと頷くと、ふわふわのバッグから、きれいなグラスを取り出してテーブルに並べ、
小さな瓶から赤いワインを満たして言いました。


「椅子さん、それに木の葉さんたちも、聞いてくだいな。
明日で私は満126歳になります。
ふっふっ、そうは見えないでしょうけれど、今日が人生最後の日になりました」

婦人は立ち上がって、グラスを差し上げ、一口喉へ。

「ああ、おいしいこと。すばらしく美味しい最後のワインだわ。

この景色の中で、全てにお礼をしてから、自分に乾杯をしたくて来ました。
本当に本当にありがとうございました。
今、私の胸には、感謝の気持ちだけでいっぱいなんです。
なんて幸せな一生だったことでしょう。
思い切りの感謝をしてから、最後に大好きな赤ワインを頂かせて下さいね」

そう言いながら、婦人はワインを飲み干し、満足の微笑みを浮かべていました。

「優しい椅子さん、今日から、私の思い出をここにおいて下さいね」

椅子に座りなおし、机に身体をもたせて、婦人は微笑んだまま眼を閉じました。

「ありがとう。そして、さようなら、みなさん、ごきげんよう」

ワインのグラスがコトリと倒れても、相変わらず静かな秋の午後でした。



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