2010年09月29日

自由は自分で護る

テーマ:生き方

人の社会で、自由ほど大切なものはありません。

人は自由を持たされて生まれたはずなのに、いつの間にか取られてしまいました。

自由を失った心は、不幸な心。

個人から、自由を奪おうとする心は、悪い心と言わざるを得ません。


しかし、この悪い心のほとんどが、自分は良い心の人間だと信じているのです。



自由を取られる危機にみまわれる可哀想な被害者を、

悪い心は自分に苦労をかける加害者、

自分は加害者を許している優しい心だと思い込もうとしています。



ダメダメ。

そこで自分の自由を護らなければ。

被害者なのに、加害者のレッテルを貼られて檻に入れられ、

そこから出られなくなってしまいますよ。




自由とは、好き嫌いが思えること。

好き嫌いを言えること。

好きになるか、嫌うかこそが、全くの心の自由です。

個人の心から、自由が取り去られた世の中、心に自由のない世の中は、暗闇。

人々は、好きな方へは行けなくて、同じ方へ行くことしか許されません。

トッ、トッ、カッ、カッ勇ましい行軍の様に「皆あっちだ!」「イエス・サー!」


自由は、生まれながらに持った権利、他人の自由を守るのは生まれながらの責任。

しかし文化社会では、個人が自分の自由を護り続けるのも責任とされています。

自由を奪われる被害者になったら、責任放棄の罪人、弱い心の者と見下される。




「あ~ん、自由を取られた~」

「自由を取られたのは、人間として責任放棄だから、お前には罰を与えよう」

「やだ、やだ、自分は自由を取られた被害者なんだ」

「簡単に自由を取られるようなバカ心には、自由は高価過ぎるから、エイッ」

「あ~、少しだけ残っていた自由も取られた~,返してよう~」




「息子は、いつまでも真面目すぎて、女友達もいないから、もう心配で心配で」

(よく言うよ、ガールフレンドを連れて来るたびに仮病で大騒ぎする癖に)

「息子が結婚してくれたら、どんなにか安心でしょう」

(そうしたら、あなたは死にそうになるんでしょう、解ってますよ)



自由が取られ続けている自覚があったら、そこから勇気を持って逃げること。

いつまでも我慢しているのは、自由を取られた弱虫心と見下げられるだけですよ。







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